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世界遺産「遠賀川水源地ポンプ室」について
~世界遺産と一体となった水辺づくり~
房前和朋
井上遥

キーワード:世界遺産、稼動遺産、水辺づくり

1.はじめに
世界遺産「遠賀川水源地ポンプ室」は、遠賀川の河口から11㎞の付近に位置しており、その名の通り遠賀川から大量の水を取水し八幡製鐵所へ送る施設です。
明治43年(1910年)に建設され、イギリス式の赤レンガ積みを主体とした切妻屋根の建物(幅22.5m、長さ38m、高さ10m)で、内部は教会を連想させる風格のあるアーチ柱構造となっています。4基の蒸気式ポンプと8 基の石炭ボイラーを動力として、高低差70m、距離にして12.4㎞も離れた八幡製鐵所へ1日最大18万トンもの送水能力を備える当時最先端の施設でした。
国内の現役ポンプ送水施設としては、最古の施設であり、昭和25年(1950年)に動力が蒸気から電気となったものの、今も建設当時と替わらない赤レンガ造りの外観です。
また「遠賀川水源地ポンプ室」は、建設されて100年以上経過した現在でも、八幡製鐵所が1日に使用する水の7割に相当する12万トンもの水を送水している現役の施設です。
現在、遠賀川河川事務所では中間市と協働し、世界遺産「遠賀川水源地ポンプ室」を中核としたまちづくり・水辺づくりを進めています。

2.「遠賀川」と「遠賀川水源地ポンプ室」
「遠賀川水源地ポンプ室」は、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」を構成する施設の一つとして、2015年の第39回世界遺産委員会でユネスコの世界遺産リストに登録されました。
幕末から明治時代にかけて急速な発展をとげた炭鉱、鉄鋼業、造船業に関する文化遺産です。
当時のわが国は、西洋諸国に対抗するため急速に近代化を進めていました。福沢諭吉がその著書の中で「鉄は文明開化の塊なり」と書いたのは有名ですが、わが国の近代化には鉄鋼生産が必要不可欠でした。
鉄鋼の生産には鉄鉱石の他に、膨大なエネルギー、水を必要とします。遠賀川流域の石炭産業は、当時のわが国のエネルギーの約半分を産出していました。また当時の交通は舟運が主体であったため、八幡製鐵所へ石炭を輸送する交通インフラとしても遠賀川は重要な役割を果たしました。さらに、鉄鋼生産に必要不可欠な大量の水の供給源でもありました。
その重要性から、明治39年(1906年)には、「わが国の生産工場の原動力をなせる筑豊炭田の中央部を貫流する重要河川」とされ国直轄工事に着手しました。起工式は、「遠賀川水源地ポンプ室」と合同で行われたことからも、両者の深い関係が伺えます。

3.世界遺産への推薦・登録へ
また今回の世界遺産登録でも、遠賀川は大きな役割を果たしました。
世界遺産の登録は、国際条約に基づき行われます。世界遺産条約11条に定められた世界遺産登録の基準である「オペレーショナル・ガイドライン」では、「保護される施設そのもの」である「コアゾーン」の周辺に設定する、「世界遺産を保護する緩衝帯」となる「バッファゾーン」についてのルールが記載されています。現在、世界遺産の推薦・登録にはバッファゾーンの設定が実質的にほぼ義務となっています。
中間市は産業遺産の専門家から、遠賀川水源地ポンプ室はバッファゾーンが不要であるとアドバイスを受けていましたが、申請直前に国との協議の結果、バッファゾーンを設定することになりました。
このため急遽、遠賀川河川事務所では中間市と協働し、世界遺産の推薦を受けるために必要なバッファゾーンの設定を行いました。非常に厳しいスケジュールでしたが、無事日本国の世界遺産候補の推薦をいただく事ができました。その後、世界遺産の審査機関であるイコモスに世界遺産への「登録の勧告」をいただく事ができました。

図-1は、日本国が世界遺産登録にふさわしいと考える候補をユネスコに推薦する「世界遺産推薦書」から抜粋したものです。バッファゾーンの大半が遠賀川及びその支川の河川区域内であることが分かります。
これは日本国とユネスコが、人類の宝である世界遺産「遠賀川水源地ポンプ室」を保全するために、遠賀川が必要不可欠であると認めたことと理解しています。
これを受け、世界遺産登録を目前に控えた平成27年5月には、松下中間市長が九州地方整備局森川河川部長を訪問し、国土交通省と中間市が協働し、世界遺産をともに盛り上げていく事が確認されました。

遠賀川河川事務所では、世界遺産の保全についての責務と遠賀川と世界遺産を一体として地域を盛り上げていくために、さまざまな取り組み行っています。

4.世界遺産の保全と利活用
1)八幡地区管理保全協議会について
「遠賀川水源地ポンプ室」には、今までのわが国の世界遺産にない大きな特徴があります。それは「現役の施設である」(いわゆる稼働遺産)ことです。
100年以上も稼動していること自体に価値があるため、その価値の保全には、稼働を継続することが必須となります。
このため、平成24年5月24日に閣議決定がなされ、省庁、地方公共団体、所有者等による協議会を設置し、保全に努めることが定められました。
八幡地区では「遠賀川水源地ポンプ室」の他にも、八幡製鐵所旧本事務所、修繕工場、旧鍛冶工場が世界遺産に登録されています。
これら4つの世界遺産を的確に管理保全することを目的として、八幡地区管理保全協議会が平成25年6月に設置されました。
メンバーは、内閣参事官、内閣官房参与、経済産業省製造産業局鉄鋼課長、国土交通省遠賀川河川事務所長、関係自治体と遺産の所有者である新日鐵住金㈱八幡製鐵所等で構成されています。
稼動を継続しながらの保全は、機器の更新や見学者の安全対策、企業秘密の保護など難しい問題が多々ありますが、こうした多くの組織が連携を図り対応を行っています。

2)遠賀川と一体となった観光
「遠賀川水源地ポンプ室」では、市民ボランティアによる観光ガイドが活躍しています。世界遺産と遠賀川は隣接しており、また歴史的にも関わりが深いため、観光客からは遠賀川に関する質問が多くある、とのことでした。
このため観光ガイドの方に、河川事務所から出前講座を実施させていただきました。
現在、観光客へ世界遺産とあわせて遠賀川を紹介していただいています。観光客の評判も良く、今後も継続していきたいと考えています。

また、「遠賀川水源地ポンプ室」は、最寄りの駐車場から徒歩で約20分も要します。そこで、ポンプ室施設のすぐ前方にある河川管理用の坂路を拡幅し、河川区域内に観光バスの駐車スペースを設けました。
観光バス会社からも好評で、観光客の増加に一役買っているところです。

3)バッファゾーン内の工事について
現在、遠賀川河川事務所ではバッファゾーン内で「中間堰改築工事」を行っています。中間堰は、遠賀川水源地ポンプ室のための取水堰ですが、過去に一度改築しており、現在建設中の堰が3代目となります。
本来、世界遺産である「遠賀川水源地ポンプ室」と一体となって機能する施設であるため、九州工業大学と協働で操作室、ポンプ場周辺のランドスケープ、中間堰上屋のデザインについて、模型を作成し景観検討しました。
全般的に、世界遺産のイメージを損なわない色彩のデザインとなりました。

5.おわりに
「遠賀川水源地ポンプ室」は、今もなお稼働遺産であるため、内部の一般公開はされていませんが、赤煉瓦造りの外観で100 年間以上動き続けているポンプ室の佇まいは魅了されます。一目その佇まいを見ようと観光客が訪れ、市民ガイドから建物の構造や製鉄所の歴史について説明を受けていました。市民ガイドの方は、「観光客だけでなく、中間市民もポンプ室まで足を運び、施設や歴史を学び、色々な人に紹介していってほしい」と期待していました。
また、「遠賀川水源地ポンプ室」の保全に関して、遠賀川を管理する河川事務所としても、バッファゾーンの約半分が遠賀川の河川区域であることから、河川事務所の果たす役割も大きいと感じています。引き続き、川づくりを通じて、中間市が取り組む世界遺産を活かしたまちづくりを支援していきたいと考えています。
最後に、今回の執筆にあたり、貴重な資料や情報の提供を頂いた中間市世界遺産推進室、新日鐵住金㈱八幡製鐵所の皆様に厚くお礼申し上げます。

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