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ダム貯水池における水質管理の最近の動向

独立行政法人士木研究所 水循環研究グループ
 河川生態チーム 上席研究員
天 野 邦 彦

1 はじめに
ダムの建設に伴い形成される貯水池に生起する水質変化については,従来多くの検討が行われてきている。貯水池特有の水質現象としては冷水,濁水長期化,富栄養化という3つの現象に主に焦点が当てられてきており,多くの場合,これらは貯水池建設前に行うべき水質予測の対象になっている。
これら3つの現象は,種々の対策が講じられてきているにも拘わらず,依然としてダム貯水池における水質に係わる問題として重要なものであり,ダム貯水池の水質管理について考察する時にまず対象とすべき問題であるといえる。本稿では,まずこれら3つの現象について簡単に述べた後,これらの現象がいかにして問題となりうるかについて整理しまとめる。さらに,現象と問題との関連に従い,今後検討を進めていくべき方向性及び実際の対策事例について述べる。

2 ダム貯水池の水質現象についての従来の整理
(1)冷水現象
冷水現象は,春から秋にかけて水温成層が形成される水深の深いダム貯水池において,底部に存在する低温水が,底層から放流された場合に起きる。冷水現象は,流入河川水温に比べて低温の放流水が下流河川に流下することが問題となってきた。従来,灌漑用水の水温低下は稲作への障害となることから間題となってきていたが,冷水放流を防ぐ方法として表面取水,選択取水施設を設置することで,極端な冷水問題は防ぐことが可能になっており,技術的にはほぼ解決が可能と考えられている。

(2)濁水長期化現象
濁水長期化現象は.出水時の濁った河川水が貯水池に一旦貯留され,出水後長期にわたってこの濁水が下流に放流される現象である。濁水長期化現象は,出水中に含まれる土粒子の粒径数µm以下の割合が多い場合,貯水池における土粒子の沈降に時間がかかり,とくに発生の可能性が高くなるほか,出水が起こったときの貯水池の水温分布,や取水,放流口の位置(水深),出水規模と貯水池容量との関係により程度に差が生じる。
濁水長期化現象に関しては,貯水池内の問題と下流河川における問題に分けて考える必要がある。貯水池内の問題としては,水の濁りに伴う景観障害が主たる問題と考えられる。貯水池内の濁りの原因としては,出水時の流入濁水が貯留されて濁る場合と,貯水位低下時に貯水池流入部末端に堆積した土砂が洗掘されて水が濁る場合とがある。
貯水池の濁りが継続する期間は,濁りの原因となる土粒子の粒径と貯水池容量に対する出水規模により規定される。土粒子の粒径については.数µm以下の粒径のものは沈降速度が極めて小さく,なかなか沈降しないため,濁りが継続する期間が長くなる。土粒子の粒径(特に出水時)は,流域特性により決まっており,出水時の濁質粒径が小さい貯水池では,濁水長期化が起こる可能性が高くなる。
また,出水により貯水池に流入した濁水の量が貯水池容量に比べて大きいほど,濁水長期化が起こる可能性は高くなる。特に成層破壊が起こるほどの出水が貯水池に流入した場合は,清澄化に時間がかかる。さらに秋季の大循環が起こると,濁質の沈降が抑制されて,濁水化がさらに長引くこともある。濁水長期化の問題は,貯水池水の濁りよりも下流河川における問題が多い様に見受けられる。特に下流における魚類への影響が問題点とされる場合が多く,水産に関する問題が指摘されることが多い。
冷水問題同様,表面取水,選択取水による清澄水放流や,バイパス水路による出水時の濁水早期放流による濁水長期化対策がとられている。

(3)富栄養化現象
富栄養化現象と言う場合、一般に窒素やリン濃度の高い河川に建設された貯水池において藻類が大量に発生することに伴う現象を指すと考えられる。藻類は,貯水池や湖沼といった水圏における生態系の食物連鎖を支える存在であり,貯水池において増殖すること自体が問題とは考えられないが,増殖量が過多になると,以下のような問題が生じることがある。
富栄養化現象に係わる問題としては,貯水池内での問題と下流における利水の観点からの問題がある。貯水池内の問題としては,①貯水池での藻類の大量増殖,特にアオコや淡水赤潮等の植物プランクトンの集積に伴う景観障害,②大量に増殖した藻類がやがて貯水池底部に沈降し分解を受けることで酸素を消費し,底層での貧(無)酸素水塊の発達がおこり栄養塩や鉄,マンガンの底泥からの溶出や硫化水素の発生が起こりうることが挙げられる。また,利水の観点から見た問題としては,①増殖した藻類が有機物量を増加させることから,トリハロメタン生成能が増加する問題(富栄養化した貯水池から取水する浄水場では、前塩素処理を行うことがあるが,この際トリハロメタンが生成される。トリハロメタンは,発ガン性物質と推定され,その人体影響が懸念されている1)),②カビ臭物質を産出する藻類の発生による水道水への着臭問題③底泥から溶出した鉄・マンガンによる着色問題④硫化水素臭問題⑤珪藻類の大量発生に伴う浄水場におけるろ過障害等が挙げられる。
流入河川水の栄養塩(窒素,リン)濃度が高い貯水池で富栄養化に伴う問題が起こっている場合,根本的な解決は流域レベルでの栄養塩負荷の削減以外にはないが,対症療法的な対策も問題によってはある程度有効である。曝気循環による藻類増殖抑制,藻類種組成への影響や,底層曝気による底層の貧(無)酸素水の解消などが実効的な対策である。選択取水施設の利用も有効な対策になる場合が多い。

3 ダム貯水池水質に係わる問題の今後の捉え方
(1)水温変化
冷水現象については,名前が示すとおり従来,春季から夏季にかけて流入河川水に比べて低水温の水を放流することで灌漑用水温の低下や下流河川に生息する魚類への影響が懸念される問題であった。
しかし,貯水池が建設されることによる下流河川水温への影響について考えた場合、貯水池建設による影響は,本来流入河川水温と放流水温の違いにより評価されるべきものと考えられる。下流河川における環境影響を考える場合,そもそも貯水池が建設されることにより下流河川の流量変動が変化するので,水温だけの議論は成立しないが,表面取水施設などを利用することで放流水温を上げると言うことだけでは問題が完全に解決したことにはならないと考えられる。
例えば,秋季から冬季にかけての放流水温の低下パターンが流入河川水温のそれに比べて著しく異なるようなことがあれば,下流河川の環境に影響を与える可能性がある。このような現象が起こらないように最近の環境アセスメントでは,10年程度の期間をとり,10年間最大値と最小値との範囲内に放流水温が入るような運用が可能となることを目安に環境保全対策を策定する様になっている(図ー1)。

下流河川水温への影署の度合いを考える場合,その影聾範囲はダムからの放流量と下流の残流域面積や他支川や本川との合流時の流量比の違いによっても変わってくる。このため,今後貯水池による下流河川の水温変化について検討する場合,貯水池放流水のみでなく,下流のいくつかの基準地点での水温変化についても正確に把握し,適切な放流水温の管理を行うことが望まれる時代が来る可能性が高いと考えられる。
ダム管理の立場からは,放流水温の管理手法として選択取水の運用,曝気循環等を用いた貯水池内の水温躍層位置(水温が急に低くなる水深)のコントロールが考えられ,放流水温に関する問題は,生起する可能性があったとしても技術的に対処は可能と考えられる。曝気循環は,富栄養化対策として施行されることが多いが,鉛直循環を促進する本手法を施行すると,圧縮空気を吐出した水深より浅い部分の水温変化が減少する。特に夏季では表層水温を若干低下させると共に,水深5mぐらいから吐出水深までの水温を上昇させる効果を持つ。
下流のいくつかの基準地点での水温変化についても貯水池の影響を極力低減させるためには,現況の把握をするための基礎資料として水温の連続観測データが必要になる。しかし,これらのデータについては観測が行われている貯水池でも,流入河川,貯水池内,放流水温のみで,下流河川にわたり連続観測されている例はあまり無いのではないかと思われる。技術的には特に困難ではないデータ収集であるので,今後のデータ収集、データベース化が必要と考えられる。

(2)懸濁物輸送
濁水長期化現象に関しては,今後も下流河川への影響が主要な懸念であり続けると考えられるが,貯水池による水温変化の場合と同様,その影響範囲はダムからの放流量と下流の残流域面積や他支川や本川との合流時の流量比の違いによっても変わってくる。濁水の場合,懸念が水温だけの場合とは違い,すぐに目で見て違いが分かるため,問題が顕在化しやすい。しかし,下流河川において濁水長期化により魚類を含む生態系がどれだけの影響を受けるかについて,定量的に評価することは現時点では情報不足に起因して困難を伴う。今後の調査研究が必要である。
濁水の影響については,濁りによる影響のみならず懸濁物に吸着されている物質(例えばシリカやリン)の下流への輸送形態が変わることによる影響も考えられる。その意味で懸濁物の河川による輸送形態の変化という形での問題の捉え方が必要になってくると思われる。
濁水に関する貯水池での問題は,濁水長期化という言葉で示されるため,あたかも貯水池が建設されることにより懸濁物の放流量が増えるような錯覚を感じるが,貯水池が建設されることにより河川を流下する懸濁物量は貯水池に沈殿する分,減少している。最近は,この貯水池における土粒子の沈殿や珪藻類による摂取,沈殿によるシリカの減少が,海洋環境に影響しているのではないかとする国際的な研究が始まっている2)
海洋においては、珪藻類が食物連鎖の中で大きな位置を占めており、重要な種であるが、必須栄養塩としてシリカを要求する。これに対して内湾等で赤潮を形成する渦鞭毛藻類は、シリカを要求しない。このため,藻類全般が必須としている窒素,リンといった栄養塩とシリカの比率は海洋における優占藻類種の決定に大きな影響を及ぼす可能性があることが指摘されており3),シリカが窒素,リンに比べて減少した場合,赤潮の発生頻度増加などの悪影響が考えられる。
大陸の大河川に建造されるダムと日本の様な島国に建造されるダムとでは,その影響の度合いについては異なっており,日本のダムの影響が海洋全域に影響を及ぼすようなレベルでは無いことは自明であるが,今後の検討課題であると考えられる。現在のところシリカについては河川,ダムなどで定期的な調査項目として取り上げられている箇所が少ないので,現状についての知見は限られたものになるが,Harashima et al.は4)水質年表に記載されている野洲川と琵琶湖内におけるシリカ濃度を比較して琵琶湖内のシリカ濃度が湖への流入河川(野洲川)のそれに比べて1/7程度に低下すること,この理由として琵琶湖の珪藻類による摂取,沈降や土粒子への吸着,沈降などを挙げている。琵琶湖への流入河川水質として野洲川でしか観測がないため,全体としてこれほどの湖沼によるシリカ濃度低下がおこっているかどうかはこれだけでは判定できないが,琵琶湖ほどの大きさの湖であれば,シリカをかなり捕らえるということが示されている。
ダム管理の立場からは,河川水を貯留するのが貯水池の役割なので,河川水による懸濁物の運搬量をダムの上下流で近づけることは相当困難であるが,士砂バイパスや,排砂ゲートの設置・運用による懸濁物成分の貯水池内への堆積を防止する技術の発展が望まれるところである。
また、選択取水設備等による影響軽減策がとられていながらも,その効果について検証したデータや情報が限られていることは,今後改善すべき反省点である。

(3)富栄養化現象
アオコや淡水赤潮といった貯水池内で目に付きやすい現象は,アオコの場合Microcystisに代表される藍藻類,淡水赤潮の場合PeridiniumやCeratiumに代表される渦鞭毛藻類が原因となっている。これら藻類に共通する点は,水面に浮上する能力を持っている点である。例えばMicrocysitsの場合は細胞内に気泡を作り浮力を調整することが可能なことが知られているし,PeridiniumやCeratiumは鞭毛を利用することで光に向かって遊泳することが知られている。このような水面に浮上する藻類特性が貯水池内に生起する流れの影響を受けて濃厚な集積をした結果,アオコや淡水赤潮として顕在化する。
このため,貯水池における流れのパターンや,藻類分布の変化についての詳細な情報を把握しなければ,発生のメカニズムについて理解することは困難である。天野ら5)は,藻類の集積と流れとの関連について調査するために,淡水赤潮が貯水池の流入末端において長期にわたり発生する貯水池で、流れと赤潮藻類の分布についての昼夜連続観測を行った。図ー2に,この観測で捕らえられた赤潮藻類の昼と夜とでの分布と流れの分布を示す。

この図から分かるように,この貯水池における赤潮原因藻類は,昼間に表層に集積し濃厚な赤潮を形成すると共に夜間は一部が沈降し,流入河川水の流れにより下流に運搬されている。下流に運搬された藻類は朝になると表層へ移動し,さらに表層での上流へと向かう流れにより,今度は上流に戻される。このような流れの作用により,非常に高濃度の集積を維持しながらも,流入河川水から栄養塩を摂取することが可能となり,長期にわたる赤潮の形成が可能になっていると考えられる。この貯水池においては,窒素やリンの濃度は特に高くないが,上記の流れの構造と藻類の生態が結合して,流入栄養塩を効果的に摂取し集積するという機構により,長期間にわたる濃厚な赤潮を形成していたことが分かった。藻類の集積現象については,常に富栄養化に伴う藻類の大量増殖のように見られるが,流れとの関連が明らかになってくれば,対策手法も発展すると考えられる。実際下筌ダム貯水池末端でとられているカーテンによる赤潮藻類の増殖抑制対策においても,この調査結果を参考に,カーテンで仕切る水深を増加させて,効果を増大させたと聞いている。
他の藻類種との競合の中でアオコや淡水赤潮の原因となる藻類が優占的になる機構は,もちろん流れだけではなく,水温,栄養塩濃度や存在割合,気象といった要因が複雑に絡み合っている。これらの環境条件の中で,貯水池表層で水温成層が強固に形成される環境が形成されると,問題となる藍藻類等の増殖が促進されるという指摘がある6)。表層の水温成層については,表層曝気循環装置による混合促進により緩和することが可能である。
表層曝気循環は,いくつかの貯水池において実用運転されている。曝気循環手法は,圧縮空気を水中に放出して出来た気泡が水中を上昇する際に周囲水を連行して上昇流をつくることで鉛直方向の水の混合を促進するものである。この手法により形成される流れについては解析が進んでいる7)。混合の強度とそれが藻類に与える影響については不明な点が多く現場データの積み重ねによりさらに詳細な検討を進める必要があるものの,適切な運用により,藍藻類等の増殖抑制に有効な対策となると考えられる。
図ー3に曝気循環による水質変化について現地実験を行った結果を示す8)。この実験は、平成3年7月15日から10月2日にかけて行われた。実験期間中,7月30日午前9時から8月27日午前9時までの約1ヶ月間曝気循環を停止し、その前後を中心に詳細な水質及びプランクトン調査を実施することにより,曝気循環が貯水池水質に与える影響について検討している。曝気循環を停止している期間中は,水温成層が発達し,鉛直方向の水の循環が妨げられる。このため,底層から溶存酸素濃度が減少し,水深5m以深では,溶存酸素が検出されないほどになっている(図中の値は溶存酸素飽和度である)。これに呼応する形で底泥からの溶出によると考えられるリン酸態リン濃度の急激な上昇が示されている。曝気循環を停止しなければ,これらの変化はなかったと考えられ,曝気循環が貯水池水質に大きな影響を持つことが分かる。図ー3には,植物プランクトン濃度の指標であるクロロフィルaの変化も示している。曝気循環停止直後の7月30日から8月8日の10日間植物プランクトンのブルームが発生し表層において最大値で40μg/ℓに達する高濃度を示している。この期間中は表層において溶存酸素の過飽和状態が示されており(図ー3),植物性プランクトンの大量増殖及び集積が起こり,光合成が活発に行われた結果であると考えられる。

この実験に先立つ調査を通じて,本貯水池においてはクロロフィルaが30μg/ℓ以上の値を示すのは調査日の1~2週間前に日降水量もしくは連続3日間の合計降雨量が40mm以上を示じた時であるという傾向が示されている。出水に伴う有光層への栄養塩供給が植物性プランクトン大量増殖の原因となるためにこのような傾向があると考えられる。この実験期間中に観測されたブルームについて見ても、ほぼ降雨に対応して生起していたが、曝気循環再稼働直後の8月30日のみ,降雨による栄養塩供給が1ヶ月以上ないにもかかわらず表層において30.2μg/ℓという高濃度を示している。このブルームは先に述べた底泥から回帰した栄養塩類が鉛直混合により表層に達して引き起こしたものと考えられる。この事例が示すように,曝気循環による影響は,種々の水質変化を引き起こす。この実験結果から分かることの一つは,底層の栄養塩濃度が高くなる場合に,曝気循環は水質を悪化させる可能性があるということである。このような濃度分布は,出水後によく見られるため,出水後には曝気循環を一時的に停止した方が,水質には良好な結果を与える可能性もある。この様に,曝気循環の適切な運用については,個々の貯水池毎に貯水池特性に応じた検討が必要になると考えられる。
底層水の貧(無)酸素化については,対策として底層曝気手法が用いられてきており,効果を上げている9)。底層曝気は名前のとおり成層化した貯水池の底層に酸素を送り込むものであるが,般に言う曝気循環とは異なり,水温成層には影響を与えずに底層の酸素濃度を上昇させて,底泥に近い底層水の環境を酸化的にすることで鉄,マンガンの溶出,硫化水素発生を抑制することが本手法の目的とするところである。副次的に底泥からの栄養塩の溶出量を抑制する効果も期待できるが,一般的なダム貯水池では,河川からの流入栄養塩負荷に比べて底泥から回帰する栄養塩負荷の割合は低く,底層曝気の藻類への影響は限られたものと考えられる。しかし,底層曝気は,費用的な問題が解決できれば,底層水の貧(無)酸素化を防ぐ有効な手法であり,鉄やマンガンの溶出,硫化水素の発生が大きな問題となっている貯水池への設置が望まれる。底層曝気を行うことにより起こりうる悪影響については,窒素ガスの過飽和による魚類への影響が挙げられているが,実際に事例としては報告されていない10)。富栄養化現象については,生化学的変化に伴う現象であり,顕在化する現象についての理解は限られたものであるため今後さらなる現象に対する定量的理解を進める必要がある。

(4)今後の水質問題の捉え方
以上,ダム貯水池に典型的な水質に係わる3つの現象について議論してきたが,今後の水質現象の捉え方をとりまとめると表ー1の様な形になると考えられる。3種類の貯水池水質現象について従来の位置づけから今後さらに発展し,流域における水循環の中での熱量,無機および有機物の輸送への貯水池の影響について,空間的には流域全体を視野に入れ,なおかつ影響を受ける対象としては人間活動にのみ注目するのではなく,生態系への影響についても配慮していくことが必要になってくると考えられる。
ただし,この様な現象の捉え方をしようとした場合まず情報不足が問題としてあげられる。環境に関する議論に関しては,正確な情報が不足するかあるいは全くないところで不毛な言い合いが繰り広げられるケースが多い。ダム水質に係わる現象についても,今後少なくともダム管理者として行っている諸対策の効果,効用について正確に把握するという意味でも,より広範囲の情報の収集が必要と考えられる。

4 ダム貯水池の水質保全に関する最新事例
以上,ダム貯水池に関係する水質問題について述べてきた。これらは,主に今後の問題の捉え方の方向性について述べたもので,どちらかというとソフトウエアに関する部分であった。本章では,一旦ここから離れ,ダム施設に関するハードウエアに関する開発について言及する。

(1)ダム用空気エネルギーシステム(DAS)
沖縄総合事務局北部ダム事務所において開発されたこのシステムは,ダムからの放流水のもつエネルギーを用いて圧縮空気を製造し,貯蔵,利用するものである11)。圧縮空気については曝気や噴水のみならず,羽地ダム取水設備に日本で初めて採用され建設が進んでいる空気ロックによるゲートレス取水設備や,水質とは直接関係ないが冷暖房や換気に利用が可能となっている。
川崎10)は,DASの利点として水力発電の採算以下の小放流量でも成り立つこと,流量変動に対しても適用範囲が広いこと,クリーンで低コストかつ変換効率の高いシステムであること等を述べている。貯水池の水質管理の面からは曝気循環,底層曝気に使用する圧縮空気を大量かつ廉価に作成できる本システムの可能性は非常に高いものである。また,ゲートレス取水設備はゲートを用いることなく空気の出し入れのみで取水管の開閉が出来、維持管理が容易と考えられることから,選択取水の柔軟な運用を可能にすると考えられ,優れたシステムである。

(2)三春ダムにおける対策
富栄養化対策として,貯水池内でとりうる手法の見本市とも言えるのが三春ダムである。本ダムでは,図ー4に示されるように,貯水池への栄養塩流入を削減するために流入水バイパス、前貯水池(4ヵ所),藻類抑制を目指して浅層曝気(5カ所),底層での貧(無)酸素水塊の発達を防ぐために底層曝気(2カ所)が設置されている。
また,本ダムにおいては,灌漑用水と水道用水の取水口が独立しており,目的に応じて別の場所からの取水が可能となっており,利水の面から見た水質問題発生を抑制しうる点で有効な手だてとなっている。

5 まとめ
ダム貯水池の水質に関しては,今後その変化の機構流域の水循環の中での役割,生態系への影響など,広範囲な調査に基づいた知見を深めると共に,新たに開発された水質対策施設の効果についても引き続き詳細な調査に基づく評価を行っていく必要がある。

参考文献
1)須藤隆一,桜井敏郎、森忠洋,岡田光正(編),富栄養化対策総合資料集,サイエンスフォーラム,1983.
2)Ittekkot,V.,L.Rahm,D.P.Swaney and C.Humborg,Perturbed Silicon Cycle Discussed,EOS,Transactions,American Geopyhsical Union,v.81,n.18,pp198-200,2000.
3)Officer,C.B. and J.H.Ryther,The possible importance of silicon in marine eutrophycation. Marine Ecology Progress Series,v.3,pp83-91,1980.
4)Harashima A,T.Kimoto,Y.Tanaka,T.Wakabayashi,T.Toshiyasu,E.Ohta and K.Furusawa,Silica Deficiency in the Aquatic Continuum-A Case Study in Japan,Proceedings for 2nd international workshop on the global silicacycle,2000.
5)天野邦彦,田中康泰,鈴木宏幸,安田佳哉:貯水池末端における持続的な淡水赤潮に関する研究,水工学論文集,第44巻,pp.1083-1088,2000.
6)Paerl,H.W.,Nuisance phytoplankton blooms in coastal,stuarine, and inland waters, Limnology and Oceanography,v.33,n4,pp823-847,1988.
7)Asaeda,T. and J.Imberger, Structure of bubble plumes in linearly stratified environments, J.FluidMech.,v.249,pp.35-57,1993.
8)天野邦彦,藤原正好,成層破壊型曝気循環による貯水池水質変化の現地観測とその評価,環境工学研究論文集,第39巻,pp,191-200,2002.
9)例えば,中村悟,梶谷隆志,布目ダムにおける深層曝気装置の水質改善効果,ダム技術,No.164,pp42-52,2000.
10)Cooke,G.D.,E.B.Welch,S.A.Peterson and P.R.Newroth,Restoration and Management of Lakes and Reservoirs,Lewis Publishers,1993.
11)川崎秀明,ダム用空気エネルギーシステムの開発,ダム技術、n.160,ppl6-34,2000.

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