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一本木堰の改築について

建設省遠賀川工事事務所
 技術副所長
龍  賑 次

1 はじめに
一本木堰改築工事は,遠賀川改修計画にもとづき,洪水流下断面の不足する旧固定堰を可動堰に改築して流過能力を増大させる目的で実施したものである。
堰は遠賀川本川35K 200付近の飯塚市郊外に平成2年3月完成し,平成3年度から供用を開始しているが,その設計と施工において次に述べるような特徴を有するので,ここに概要を紹介するものである。
(1) 流量1,000m3/sを超える規模の河川では九州地建で初のゴム堰を採用したこと。
(2) 堰下流の河床落差約4.5mを3段の落差工により減勢処理し,同時に,流水による景観にも配慮したこと。
(3) かんがい期と非かんがい期において異なる水位差に対応する魚道の構造として,バイパス方式を採用したこと。
(4) 遠賀川における環境に配慮した堰改築のモデルケースとして,景観,親水性,生態系の保全を重視した工法を採用したこと。
(5) 本川の重要区間に設置される起伏堰であるため,洪水時のゲート倒伏については多重の安全機構を持たせるとともに,管理面から,倒伏,起立操作の自動化を図ったこと。
(6) 現在,堰の操作ルールを検討しているところであるが,その基礎データを得るために現地で放流実験を行い,堰倒伏時の貯留水の流出状態と下流河道の水位上昇の影響を把握したこと。

2 一本木堰の概要
2.1 流域の概要および堰改築の必要性
遠賀川の水は古くから筑豊一帯および北九州市の農業用水,上水道用水,工業用水として大小多数の堰により取水され,その高度化利用は全国でも屈指の河川として知られている。
遠賀川には,現在,直轄区間内だけでも74ケ所の堰があり,九州直轄20河川のなかでも群を抜いているが,これらの堰はほとんどが固定堰であり,堰高は計画河床高から2m以上突出しているため洪水の流下を阻害する最大の要因となっている。
今後,これらの固定堰は可動堰として改築して行く必要があるが,これまでに,岡森堰,花ノ木堰,高柳堰,糒堰が鋼製引上げ堰として改築されている。
一本木堰地点は,計画高水流量1,150m3/sに対して現況流過能力は約400m3/sと著しく小さく,治水上の障害となっている。また,現況堰は築造後約120年を経過して老朽化が著しく,施設の崩壊による堤防安全度の低下をまねく恐れがあったため,今回,旧堰直下流に遠賀川水系では初のゴム製起伏堰として改築したものである。
2.2 堰の改築諸元
旧堰は中央に幅5.5mの土砂吐きゲート1門を有する植石コンクリート固定堰で,堰高は計画河床高より約2.6m高く,右岸側の取水樋管から下流74.2haのかんがい用水が自然取水されていた。
改築にあたっては,計画高水流量1,150m3/sの流下断面を確保することと,旧堰の有する水利機能を維持することが要件となり,表ー1および次に示すように改築諸元を決定した。

(1)堰の改築位置の決定
施工が多年度にわたることから,位置の決定においては,まず,旧堰の機能を生かしながら改築できることを条件に,上,下流3案程度を計画し,比較検討を行った結果,施工性,経済性および既設の用排水施設の処理等から,旧堰直下流地点が最適と判断した。
(2)堰高の決定
計画取水量0.243m3/sを自然取水することが可能な高さを水理計算より求めた結果,ゲート高は2.57mが必要となった。
(3)堰幅とスパン割りの決定
堰の可動部の全幅は,「河川管理施設等構造令」より,計画低水路幅とした。スパン割りは「構造令」による基準径間長20mの確保と,施工性,経済性およびゲート操作性より2径間とした。
(4)堰の型式の決定
遠賀川において,これまでに改築された4堰は全て鋼製引上げ式堰であるが,一本木堰においては,河道条件より起伏堰の適用が可能であるため,後述するような比較検討を行った結果,ゴム製起伏堰を採用した。

3 堰改築の特徴
3.1 ゴム堰の採用について
可動堰のタイプとして「構造令」により設置が認められているものは,引上式と起伏式の2方式であるが,起伏式については洪水時の倒伏に対する信頼度が引上式より低いという理由から,適用にあたって次のような条件が設けられている。
① 起伏堰のゲート天端高は計画河床高と計画高水位の中間位以下とする。
② ゲートの直高は3m以下とする。
③ 計画高水流量2,000m3/s 以上の重要河川には原則として起伏堰を設けるべきではない。
一本木堰の場合,①~③の条件に適合するので起伏堰の採用は認められる。そこで,表ー2に示す3タイプについて比較検討を行った結果,次のような理由により,遠賀川では初のゴム製起伏堰の採用に至ったものである。
① 経済的である(工事費,管理費が安い)。
② 空気圧で起立し,倒伏操作には動力を必要としないので,洪水時には,いかなる場合でも確実に倒伏できる。
③ 構造が単純で故障がほとんどなく,維持・管理の手間もほとんどいらない。
④ 自動倒伏,起立が容易に行えるので,無人操作が可能である。

3.2 堰下流の落差の処理について
一本木堰地点では,上,下流の計画河床高に,4.48mの落差が生じるので,堰下流に河床安定のための床止工を設置し,その落差を利用して景観の改善と水質浄化を図っている。
(1)河床安定のための床止工としての規模
「構造令」に準拠して,1段の落差が2m以内となるような3段コンクリート構造とし,下流端は屈撓性を有するコンクリートブロック護床工により自然河床に滑らかに接続した。縦断方向の施工延長は,落差により発生する流水のエネルギーを減勢するのに必要な長さとし,水理計算より全長を約60mとした(図ー2)。
(2)環境への配慮
床止工の段落ち部の勾配は,流水の落下によって生じる騒音を抑えるために1:1の勾配とし,斜面には,図ー3に示すような植石を施した。
これは,落水を飛散させ,瀑気による水質浄化を図るとともに,人工的に滝の景観を創り出すことをねらったものであるが,完成後の写真ー2に見るように,予想以上の効果を上げている。

3.3 魚道の構造について
(1)魚道の必要性と対象魚種
遠賀川流域の既設堰には魚道はほとんど設置されておらず,旧一本木堰にも魚道はなかったが,近年,河川水の水質が改善され,上流域ではアユの放流がなされていることと,遠賀川全体の環境保全の立場から,将来に向けて魚道の必要性はかなり高まるものと思われる。
魚道の形状は,対象とする魚種が何であるかによって異なるものとなる。遠賀川の水域の性質はコイ域に属し,生息する魚種のうち移動性のものは,アユ,ウナギが主体になると考えられることから,一本木堰における魚道は,アユとウナギを対象として計画した。
(2)バイパス魚道の採用
かんがい期にゲートを起立させた状態では,堰の貯水位と下流の河床高の間に7mもの落差が生じるので,左岸側の高水敷に魚道を設置して魚の遡上路を確保した。
非かんがい期にはゲートを倒伏するので,通常の堰では上,下流水位差はなくなると同時に,魚道には水が入らなくなるので,魚は河道内を自然遡上することになる。ところが,一本木堰の場合図ー4に示すように堰下流に4.5mの落差が生じるので,ゲート倒伏時でも魚の遡上は困難である。その対応策として,
① 非かんがい期でも,魚の遡上する時期にはゲートを起立して魚道内を通水させる。
② 魚道の途中にバイパスを設け,ゲート倒伏時でも魚道内を通水して魚が遡上できるようにする。
③ ゲート倒伏時用の魚道を,別に低水路内に設ける。
などの方法を考えたが,①については非かんがい期の堰上流堤内地の湿田化の問題が生じ,③については低水路内に魚道を設けることが河川管理上,問題となる。そこで②のバイパス方式が適当と判断し,図ー5に示すような計画とした。完成後の通水の状態は写真一3に見るとおりで,バイパスの機能が十分に発揮されている。

(3)魚道の形状の決定
一本木堰地点は低水流量が少ないことから,魚道の型式は,小流量でも効果が発揮され管理が容易な階段式魚道とした。
魚道幅は,岡森堰,高柳堰の改築における実績などを参考に2.0mとし,縦断勾配は1:10とした。階段隔壁の越流水深は,対象魚がアユであることから最低10cmを確保し,隔壁間のプールの水深は80cmとした。また,ウナギの遡上路として隔壁底部に開口部を設けた。

3.4 環境への配慮について
一本木堰は遠賀川の堰改築における環境への配慮のモデルケースとして,先に述べた落差工ヘの植石をはじめ多くの工法を取り入れ,効果を上げている。
景観への配慮として,高水護岸に自然石張ブロックを用い,堰本体側面と操作室の外壁面には特殊型枠により幾何学模様を施した。また,高水敷には飯塚市花であるコスモスをイメージするようなカラーブロックを配した。
親水性への配慮としては,堰上下流に階段ブロックを設置するとともに,河岸に擬木を用いた安全柵を配し,これをベンチとしても使用できるようにした。
生態系保全への配慮としては,堰上流の貯水池内と下流の河床付近に魚巣ブロックを設置した。

4 堰の操作方法と設備
4.1 ゴム堰の作動の原理
ゴム堰は,送風機により内部に空気を送り込んで起立させ,排気弁を開放して水圧により自然倒伏させるという簡単な原理で動く。そのため,操作設備も図ー7に示すように極めて簡単な構成でよく,操作に対する安全度が高い。

4.2 一本木堰の操作方法
一般的なゴム堰の操作は,起立を人為操作で行い,倒伏は水位フロートに接続した排気バルプを水位上昇により自動開放する「機械式自動倒伏」が行われる。
一本木堰の場合は,本川の重要区間に設置される堰であるため,これに加えて電気的な水位感知による自動倒伏・起立システムを設置し,治水上の多重の安全性を持たせるとともに,操作の無人化を図っている。

4.3 操作ルールと放流実験について
一本木堰の操作ルールは,現在検討中であるが,ルール設定のための要件としては,①洪水時の倒伏開始水位を設定すること,②放流による下流河道の水位上昇を基準値以下とするような倒伏時間を設定すること,③洪水後の起立開始水位を設定すること,の3点が考えられる。
倒伏時間を的確に設定するためには,倒伏時のゲートの流出特性や,下流河道の水位上昇量とその伝播速度などを知る必要があるが,ゴム堰の場合,いわゆる「Vノッチ現象」の発生により正確な流出量を把握し難い(写真ー7)。
一本木堰では,平成3年10月23,24日の両日,現地放流実験を行った。その成果をもとに,今後,適正な操作ルールを設定して行く予定である。

5 あとがき
遠賀川には,今後,改築を必要とする堰が多数残されているが,これらを効率的に進めて行くためには機能性と経済性に優れた施設であるばかりでなく,堰の管理者にとっても維持・管理が行い易い施設であることが望ましい。さらに,近年,特に関心が高まっている環境への配慮も忘れてはならない。
このような観点からゴム堰は極めて有効であり,一本木堰の改築におけるゴム堰の採用と堰周辺環境整備の実績から得るものは大きかった。
今後,これを堰改築のモデルケースとして,遠賀川改修事業の一層の捉進を図って行きたい。

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