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レーザー方式によるトンネル壁面のひびわれ調査技術

国土交通省 九州技術事務所
 所長
藤 本  昭

国土交通省 佐賀河川総合開発工事事務所
 工務課係員
(前)国土交通省 九州技術事務所
 調査試験課 係員
内 田 浩 一

1 はじめに
近年のコンクリート構造物をめぐる壁面落下等の重大事件を背景に,構造物の劣化に対する様々な診断機器の開発が進められている。これまでトンネル等の維持管理者は,通常,人力による目視・打音調査を行ってきた。これらの調査方法は即時性があるものの,診断の精度,効率性等が不十分であるため,新しい診断機器を導入する等,更なる信頼性の向上や効率性の向上が望まれる。
今回の報告は,現時点での劣化に対する診断機器の実質的な技術力,経済性等を把握し,さらに問題点等をとりまとめたものである。最も一般的であり,かつトンネルの劣化を感覚的に判断でき,点検の最重要項目である,覆工コンクリートの表面性状のひびわれに着目し,構造物の変状を精度良く,また費用対効果の高い方法で測定する方法を検討することとした。

2 ひびわれ調査の手法
コンクリート構造物耐久性検討委員会1),2)(建設省,運輸省,農林水産省:平成12年3月)の提言では,今後期待されるコンクリートのひびわれ調査手法として,「ラインセンサカメラ」,「レーザー」,「可視カメラ」を挙げているが,いずれも調査費用の点で改良の余地があるとしている。本調査では,これらの中から「レーザー」を用いた計測システムを採用した。採用理由は4章に示すとおり他の検査手法と比較して総合的に優れていると判断したからである。

3 レーザー測定調査対象
調査対象は,国道210号大分県日田市護願寺トンネル(延長62.5m,高さ5.6m,片側1車線の計2車線:写真ー1)とし,検出内容は,覆工コンクリート壁面に発生するひびわれとする。また,剥離箇所把握のため打音調査も実施し,レーザー画像計測システム(国土交通省新技術新工法登録No.KT-980686)の測定結果との整合性も確認する。なお,平成11年度に九州地方整備局大分工事事務所において,本トンネルの詳細調査が実施されており,そのうちひびわれの目視調査結果も本検討の比較対象としている。

4 レーザー画像計測システムの採用
現在,ひびわれを対象とする診断機器は,主にレーザー方式,TVカメラ方式,写真方式が採用されている。また,技術者による目視点検も比較対象とする。この4つの方式に対し,トンネルの維持管理の観点から下記4項目を重視し,レーザー方式を採用することとした。その比較表を表ー1に示す(機器所有者のヒアリングに基づく定性的な判断である)。

〇従来の点検では,双眼鏡・リフト車等を利用した目視点検による覆工のひびわれ調査からスケッチ図を作成しているが,目視点検は定性的な判断であり,また,得られる結果も点検者の個人差によって左右されるため,トンネルの客観的評価が困難である。
〇今後のトンネル健全度ランク付けや,変状の追跡には,均一かつ確実なデータが必要となり,これらを効率的に測定できるシステムが維持管理上,都合が良い。
〇トンネル変状の中で,最も多く認められ,かつ重要であるひびわれ点検においては,客観的な画像データの蓄積が必要となる。
〇トンネル壁面調査にかかる時間を極力抑え,交通規制を少なくする必要がある。

5 経済性の評価
前章の4つの検査方法について,定性的に経済性の比較を行った。
この全ての検査方法を,同一条件のトンネル調査で積算した例は,全国的にも見当たらない。また,それが仮に存在したとしても,トンネルの所在地(北海道か九州か東京か等),トンネルの延長(極端に短いか長いか)等の条件が関係し,1件名程度ではとても公正な判断が下せない,と考えられる。この件に関して有意性のある結論を下すには,統計処理が必要な程度の積算例数が必要である。但し,いくつかの点については定性的な事柄が判明している(図ー1)。

〇目視検査に関わる費用は,交通規制費も含めて人件費が多くの割合を占めているため,検査時間すなわちトンネルの延長に比例する。
〇レーザー方式,TVカメラ方式(ラインセンサ式)は計測車を用いるため,本拠地からトンネルの所在地までの輸送距離が問題となる。また,車両の減価償却費が関係するため,車両開発費に左右される。
〇レーザ一方式,TVカメラ方式は,計測のみに限れば,距離が長いトンネルほど単位長さ当たりの計測費用は安価となる。
〇写真方式は変状箇所毎に写真撮影を行うため,計測延長と計測費用はほぼ比例する。

6 レーザー画像計測システムの概要
レーザー画像計測システムは,レーザー計測車とデータ処理システムから構成されている。調査方法は,トンネル内でレーザー計測車を走行させ,車上からレーザー光線を高速走査させながら,覆工コンクリート表面に照射する。その反射光量をセンサーで受光後信号処理することにより,コンクリート表面の性状を磁気テープに高速デジタル記録して,ひびわれを計測するものである。計測データは,データ処理システムに入力してひびわれを解析処理し,ひびわれ展開図や集計表等を出力するもので,ひびわれの定量的評価や進行性の把握が可能である。レーザー計測車は,レーザースキャニングユニット,センシングユニット(センサー)及び各計測機器等を搭載した車両である。レーザー計測車の構成を図ー2に示す。計測車はレーザースキャニングユニット,センシングユニット,各計測機器を収納したラック,走行距離計,冷却水循環装置,発電機で構成されている。

7 データ処理システムの概要
データ処理システムは,レーザー計測車によって磁気テープに収録した計測データをオフラインで再生して画像に変換し,画像の中からひびわれの特徴(幅,長さ,方向)を抽出後ひびわれ展開図やひびわれ集計一覧表等を作成する半自動処理装置である。ひびわれ展開図は,幅0.2~0.3mm程度以上のひびわれを表示し,~0.5mmを黒色,0.6~1.0mmを青色,1.1~2.0mmを緑色,2.1~3.0mmを茶色,3.1mm以上を赤色で表示するもので,1スパン(覆工番号)毎に作成するものである。この展開図は,トンネル内からの計測結果を上から見た状態に平面的に展開したものである。
ひびわれ集計一覧表(後述)は,1スパン毎のひびわれ幅別延長,幅別ひびわれ密度,方向別延長比率(横断,斜め,縦断),幅の最大・平均を集計して出力するものである。

8 トンネル覆工のレーザー計測状況
計測作業は,トンネル全線を上り線及び下り線毎に分けて行った。トンネル計測前に計測車線側照明の消灯を行い,レーザー計測車をトンネル坑口付近で一旦停止して調整作業を行った。調整作業終了後,レーザー計測車を計測開始位置(坑口)まで後進させて計測を開始した。計測は,レーザー計測車を約4km/hで走行しながら,車上からレーザー光線を覆工コンクリート表面に高速走査し,その反射光量をセンサーで受光後信号処理を行い,磁気テープに高速デジタル記録した。計測終了後,レーザー計測車を一旦停止させ,センサー等の収納作業を行い,収納作業終了後計測車を回送すると共に,トンネル内照明の点灯を行った。トンネル覆工の計測状況を写真ー2に示す。計測作業の結果,以下の事柄が判明した。
〇計測作業は約2分で終了した (時速4km/h,測定延長60m×2)。
〇調整作業に約20分間を要したため,計測作業が短いにもかかわらず,調査車線側を交通規制する必要があった。

9 ひびわれ解析および出力
ひびわれ解析とは,レーザー計測車により収録した計測データを,データ処理システムを用いてひびわれの詳細解析を行い,ひびわれ展開図,抽出画像ハードコピー,ひびわれ集計一覧表を作成して定量的な評価を行うことをいう。データ解析の都合上,施工目地で囲まれた覆工スパン毎(計6スパン)に解析を行っている。
ひびわれ展開図とは,レーザー計測データをもとに,データ処理システムにより解析対象スパン毎に計測データを再生し,ひびわれを抽出処理して結果を展開図に出力したものである。
抽出画像ハードコピーとは,データ処理システムのモニタに表示されたひびわれ抽出処理画像のハードコピーを作成出力するものである。計測時に上り線側と下り線側を2回に分けて計測したデータを,画像データに変換後1スパン毎に合成し,この画像上にひびわれの抽出処理結果を,色分け重ね合わせ表示した全周長画像である。この画像はひびわれ展開図と同様,トンネル内からの計測結果を上から見た状態に平面的に展開したものである。ひびわれの表示もひびわれ展開図と同様の幅別色分け表示である。
ひびわれ集計一覧表とは,ひびわれ解析対象スパン毎に,下記項目を集計し一覧表にして出力するものである。
〇ひびわれ幅別延長および延長合計
1スパン当たりのひびわれ幅別延長および延長合計を集計して出力する。
〇ひびわれ幅別密度および密度合計
1スパン当たりのひびわれ幅別密度および密度合計を集計して出力する。
〇ひびわれ方向別比率(方向別延長/全延長)
1スパン当たりのひびわれの方向を横断,斜め,縦断の3方向に分け各方向別の延長を求め,全延長に対する割合を算出して出力する。

10 ひびわれ検出結果
本調査で使用したレーザー画像計測システムのひびわれ幅解像度は0.5mmであり,これを超えるひびわれは識別可能である。また,これ以下の幅のひびわれでも0.2mm程度までであれば存在の認識は可能である。本調査では,護願寺トンネルを打継目毎に1つのスパンと考え,大分側より6つのスパンに分割した。トンネル全体のひびわれの状態を図ー3に示す。また,スパン毎に幅別延長,クラック密度及びその方向を集計したものを表ー2に示す。これらの図と表から以下の事柄が判明した。
〇本トンネルには幅の大きなひびわれは発生しておらず,最大でも2.0mmである。
〇スパン1,スパン4においてひびわれ密度が高い。
〇本トンネルでは縦断方向のひびわれが非常に多く,延長ベースで約8割を占める。

11 打音調査の重点箇所
今回の調査では,レーザー画像計測システム調査の他に打音調査を実施し,両調査結果の相関関係と整合性を確認することとした。打音調査の方法は,通常の検査と同様に,路面から手の届く範囲は調査員が歩いて打音し,またトンネル上部は高所作業車を使用して行い,異常音がする箇所はチョークでマークし縦,横の寸法を測ってトンネル壁面に記した。その後を追って,レーザー画像計測システム調査のアウトプットの一つである,「計測画像連続印刷紙(図省略)」を携えた別の調査員が,同紙の上にマークを写しとっていく手順とした。打音を行う調査員には,先入観念を持たせないために,「計測画像連続印刷紙」の存在を知らせていない。打音調査によって検出した異音箇所と,ひびわれ位置の対応は,次のとおりである。
打音調査による異常音発生箇所は,近傍をひびわれが平行に走る等,比較的ひびわれ密度が高い箇所に存在し,両調査結果の相関性は高いものと判断される。しかし,レーザー計測によりひびわれがほとんど検出されていない円周方向の打継目で異常音が多く発生していることなど,トンネルの補修履歴に関わると考えられる事象も存在する。
今後レーザー画像計測システム調査を行った後に,打音調査を重点的に実施することが望ましい箇所としては,
〇打継目とスプリングライン(SL)継目の前後約30cm部分。
〇ひびわれの前後約30cm,特に閉合クラックの内部と周囲が挙げられる。
ひびわれ展開図はレーザー計測後,比較的低予算で得ることができることから,実際にトンネルの維持管理にあたっては,いわゆる「第三者被害」を防止するために,剥離箇所に対する打音調査の重点箇所として絞り込むための重要なアイテムとなる(図ー4)。

12 目視調査結果との比較
本調査の対象とした護願寺トンネルでは,平成11年度にも目視によるひびわれ調査が行われている。今回実施したレーザー計測による結果と,この目視調査による結果を,図ー5のように比較することにより,以下の事柄が判明した。

〇レーザー画像計測システムは,目視調査の約1.4倍の延長のひびわれを検出している。
〇レーザー画像計測システムは,目視調査と比較して,円周方向のひびわれと,短いひびわれを良く検出している。
〇目視検査のひびわれ線は,レーザー画像計測システムのそれと比較して,線が単調であり,起伏に乏しい。
〇両者のひびわれ位置を比較すると形状は似ているが,平面的位置がずれているものが多く見られる。計測精度から判断すると,レーザー画像計測システム結果が示す位置が正しいものと考えられ,目視調査でのスケッチによるひびわれ位置把握の困難さを感じさせる。
ひびわれ目視調査は,至近距離から十分な照明の下で行えば,かなりの精度で実施できるものと考えられるが,「検査者の熟練度により個人差が生じる」,「単調な作業が長時間続くことから,疲労,飽き等人間の持つ肉体的・精神的限界の問題を抱える」といった問題点が存在し,均一かつ確実なデータの検出には不向きな面が多い。

13 問題点と課題
今回採用したレーザー画像計測システムの現在の問題点と,将来の課題について以下に述べる。
現在のレーザー画像計測システムを用いたコンクリート構造物のひびわれ計測後に行った解析精度は,ひびわれ幅の解像度で0.5mmである。しかし,今回の護願寺トンネルでの調査では,0.5mm以下のひびわれも多く検出しており,延長ベースで90%以上に達する。計測生データとしては,0.5mm以下も記録しているが,ひびわれ解析は画像処理がもとであるため,解析結果はこの画像処理の解像度に左右される。幅0.5mm以下のひびわれを判断するとした場合,「0.5mm未満のひびわれに関しては,認識は何とかできるが,識別は出来ない」という程度である。この認識も経験豊富な技術者が判断を行って,0.2mmが限界である。したがって,当システムはひびわれ幅0.5mm未満の領域に限って言えば,熟練した技術者の判断力を必要とする半自動の世界であると言える。
それでも,表ー3に示したように,他のトンネル覆工検査法のひびわれ解像度は1mmであり,当システムは精度の面で優位性を持っている。今後は,現在半自動となっている領域でも自動化に移行し,データをより確実なものとするため,なお一層の解像度の向上が望まれる。

今回行った調査の時点(平成12年12月)での,レーザー計測車の計測速度は約時速4kmである。護顔寺トンネルのように延長が短いトンネルでは,約2分で計測が終了したようにそれほど感じないが,長大トンネルにおける計測では,片側を通行止めとするため,大きな欠点となりうる。また,現在の計測車は比較的大型であり,護願寺トンネルの際もほとんど空頭と側方に余裕がなかったように内空の小さな古いトンネルでは,計測不能となる場合も無いとは言い切れない。このような問題点を解決すべく,この車両よりも小型で,さらに精度を保ちながら計測速度を速める必要がある。
また,今回の調査では計測車がトンネルに到着してから,本計測にとりかかるまで,約20分を要している。これは画像コントラストの調整時間とのことであるが,今後短縮を検討する必要がある。トンネル坑口で自動調整が可能となり,計測速度の向上と併せて.全体計測時間の短縮に大きく寄与する。最終的には,短いトンネルの計測においては,道路交通規制を不要にできるような改良が期待される。

14 まとめ
これまで,トンネル覆工の点検は,各種維持管理要領で述べられている,目視や打音による人力点検が中心であった。コンクリート標準示方書維持管理編(平成13年策定)によれば,新設構造物の初期点検時は,劣化等が生じていることはまれで,あっても初期欠陥である可能性が高いために簡易な目視・打音等で良いとする。しかし,既設構造物では,劣化等の履歴がデータとして残っていない場合が多く,維持管理を考える場合は,ある段階で詳細点検(この段階を初期点検という)を行うことが望ましいとしている。そのデータの記録は,できるだけ正確,かつ客観的なものであることが原則で,点検方法,劣化の評価等が一定の方法であることが必要である。
今回使用した新技術のレーザー画像計測システムは,これまでの方法や他の診断法と比べ,データの信頼性,客観性に優れ,日常の点検においても可能な限り適用したいものである。しかし,経済性においては,他の診断法と同様に初期開発費(イニシャルコスト)が非常に高価なものである。これが調査費の中のレーザー計測車と,データ処理システムの「損料」にはね返っており,全体の経済性を損ねていると言える。また,レーザー計測車の輸送費も,調査地点が遠隔地の場合問題となる。これらは,調査時間の長短に関わらず計上されるため,レーザー画像計測システムを用いる場合は,構造物の重要度等を考慮し,なるべく複数のトンネルを同じ日にまとめて調査する,等して調査区間を長くし,拘束時間と輸送費に見合った調査計画を立案するのが望ましいと考える。

15 補足事項(調査技術の進歩)
今回行った検討は,平成12年12月の調査結果をもとにしたものである。よって,補足として本論文提出前(平成14年4月)に,その後の技術開発状況を把握し,現時点での上記問題点の解消等の確認を行った。
本調査終了後,使用した計測車(1号車)の改良型が平成13年5月に開発されている(2号車)。その仕様の比較を表ー4に示す

表ー4によると,ベース車両の小型化,計測速度のスピードアップ等の改良がなされているが,この中で特筆すべきことは,計測するにあたっての調整の必要がなくなったことである。一般国道においては,交通規制をすることは利用者へ大きな負担を負わせることになるが,2号車を使用することで規制の必要はなく,さらに計測速度のアップにより調査の大幅な効率化が図られるものと考えられる。調査コストに関しても,交通規制の費用が不要であること,調査時間の短縮や完全な機械化による人件費の削減等により,大幅な縮減に繋がるだろう。
今後,建設関係予算の縮小や技術者の減少により,更なる効率化が要求されるが,今回のレーザー画像計測システムは,これまでのトンネルの維持管理に対して,大きな変化をもたらすものであると考える。従来型の手法を変えるには大きな決断が必要であるが,社会的背景を踏まえ,このような「新技術」を積極的に活用することが重要であると考える。

参考文献
1)建設省,運輸省,農林水産省:土木コンクリート構造物耐久性検討委員会の提言について(2000.3.28)
2)芦田:土木コンクリート構造物耐久性検討委員会の提言,コンクリート工学,pp14~18(2001.5)

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