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地球一周ウォーキング続行中

社団法人 九州建設弘済会
 理事長
熊 谷 恒一郎

はじめに
昨年秋,30年余勤めた国土交通省を無事退職した。不規則で厳しい勤務が続く中で健康を維持して職務を全うできた事に満足しいる。多少多めに酒を飲む事を除けば健康にはかなり注意を払ってきた。色々な運動への挑戦,単身赴任時の自炊の徹底,薬草茶の研究,有機農業の実践等々である。
色々工夫し,実行する中で,月並みだが,歩く事が健康管理の基本であると悟るに至った。現在は地球一周4万kmを目標に1日1万歩以上歩く事を生活の中心に据え,毎日を送っている。その一端を紹介したい。

1 適正体重への認識
学生時代運動部に属していたにもかかわらず,私の体重は卒業時には70kgを超え,その後も色々な運動を続けたが体重は減少しなかった。そのため毎年の健康診断を受ける度に栄養士から体重をおとすよう指導を受けてきた。適正体重に対する私の認識はこうであった。身長から105を引く数字はあくまでも標準値である。各人に個有の体形,体質があり一概に決められるものではない。私の場合は身長の割に胴体が大きく(おかげで内臓が丈夫),上半身は身長170cm以上の人に匹敵する。脛の長さが10cm程短いだけで体重を10kg以上も減らせと言うのは科学的根拠に欠けるのではないか。この様に考えて度重なる栄養士の指導や友人の助言を固く拒んできた。

2 ウォーキングの開始
しかし,運動の時間の取れない不規則な勤務が続くにつれて,この自信が揺らぎ始めた。特に公用車による通勤がこれに拍車をかけた。しばらくして結果が出た。
体重の増加,ゴルフスコアーの低迷,血圧の上昇,そして腰痛の悪化である。改めて運動の重要さを思い知らされ,いつでも手軽に行えるウォーキングを積極的に行い,これを健康管理の中心に据える事とした。万歩計を付けて試して見ると意外に歩数が少ない。このため1日1万歩を確保するための色々な工夫を始めた。
自由時間の取りづらい東京勤務の時期は,通勤時間や会議等の外出時を積極的に活用した。朝目覚めたら身仕度をしてすぐに家を発つ。時間の余裕があれば電車の駅を飛ばして歩く。国会や他機関協議等は出来るだけ徒歩で。昼食は外へ。帰宅時歩数が少なければ手前の駅で下車,等々である。
これで結構歩数を伸ばす事が出来た。マンネリ化を防ぐため降車駅を色々変えて,所謂「東京散歩」を楽しんだ。
地方勤務では意外であるが一般に通勤距離が短く,意識して歩かなければ歩数は減る傾向にあった。特に車で通勤する場合は尚更である。昼食時の外出程度ではとても十分な歩数は確保出来ない。
このため休日を利用して補う事とした。転勤した地方の歴史書等を読み(司馬遼太郎のお世話になる事が多かった),歴史上の人物の気持ちでそのゆかりの地を訪ねると街並みも自然も妙に親しみを感じ,初めて来た気がしないから不思議である。
この様な歴史散歩を楽しむとともに,ゴルフは1日に1万5千歩以上歩き決して軽い運動ではない事を再確認し,より一層励む事とした。

3 伊能忠敬ブーム到来
この様な努力を10年余り続け,健康管理(体重管理)も軌道に乗り少しマンネリ化した頃,伊能忠敬ブームが巻き起こった。再度伝記を読み改めて感激した。
一介の農夫から婿養子となって伊能家のために尽くし財産を築き上げ,50歳を過ぎて家督を息子に譲り,晴ればれと第二の人生に向かって歩き始めた。第1次の蝦夷地測量から第8次の九州測量まで,18年4千万歩に及ぶ国土調査,一歩一歩の積み重ねが彼を大事業の達成へと導く。その生涯現役のエネルギッシュな生き方に大いに元気づけられた。そこで私もこの伝説の偉人にあやかって,大いなる目標を持って歩く事とした。
1日1万歩,歩幅70cmとして1年に約2,500km,忠敬の業績に並ぶ何か大きな目標は持てないか。ここで中学の頃学んだ知識が役立った。地球一周4万km,順調なら16年で6千万歩の旅となる。先人の偉業に勝るとも劣らない目標を発見した。
しかし,夏の暑い日も冬の寒い日も1万歩歩き続ける事が可能か。生活の中にこれを組み込み10数年間続けられるか。色々と検討し実際に試みた。その結果,夏は早朝に歩き,冬は通勤時を利用すれば可能との結論に達し,「地球一周ウォーキング」に挑戦することを決意した。満50歳の元旦であった。

4 地球一周ウォーキング開始
それからは,この伝説の偉人と自分の姿を重ね合わせ毎日歩き続けてきた。1日の歩数を1,000歩単位で手帳に記録し,これを毎週チェックする。毎年暮れに歩数と距離を集計し,想定される地球上での自分の位置を確認している。
その間,歩数の足りない日には駅のホームを端から端まで往復したり,バス停を飛ばして歩いたり,奇行とも思える涙ぐましい努力を続けている。
福岡での勤務になってからは地下鉄の駅を途中下車し,早朝の中洲ウォークや春吉ウォークを楽しんでいる。時々朝帰りの客と間違えられ客引きから声をかけられたりもするが,人間気持ちの持ち様,信あれば強い心が持てるものだと感心している。
今年で5年目。仕事,天候,怪我等であまり歩けない時期もあったが,踏破距離は1万kmに達している。現在の地球上の想定位置はシベリア北部になる。酷寒のツンドラ平原をさまよいながら,アメリカ大陸を南下するか,はたまたヨーロッパからアフリカに渡るか,思案している所である。

おわりに
先日,西日本新聞に70歳を超えた気象台のOBが30年弱の間にジョギングで地球3周を果たした話が紹介されていた。上には上がいるものだ。そう言えば80歳を過ぎて毎年新しい山に挑戦する大先輩も県内におられるらしい。この現代の伊能忠敬とも言える多くの先輩方のエネルギーを譲り受けながら,先ずは残り3万km,10年余りの地球一周ウォーキングを最後まで成し遂げたいと思っている。

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