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パイプアーチを用いた既設橋梁の補強法

建設省 北九州国道工事事務所
 副所長
百 田 国 広

建設省 北九州国道工事事務所
 管理第二課長
神 川 敏 郎

1 はじめに
本報告は,昭和40年代に施工されたPCプレテンション単純Tけた橋のB活荷重対応と耐震性向上を目的とした耐震補強設計事例について報告するものである。ここで提案する耐震補強方法は従来のコンクリートや鋼板等による巻立て工法と異なり,鋼製のパイプアーチを用いたパイプアーチ工法である(図-1.1参照)。ここでは,パイプアーチ工法の効果を把握するために設定したモデル橋梁の解析結果を示す。

2 既設橋梁概要
今回耐震補強を行う橋梁は一般国道201号福岡県田川市大字伊田地内に位置する。北九州地区には福智山断層が南北に走り,橋梁はその南端から南へ数kmの所に架設されている(図-2.1位置図参照)。
本橋梁は施工後数十年が経過しており大型車の交通量も多く,活荷重増大への対応と耐震性の向上へ向けた対応とが急務となっている。既設橋梁の諸元を表-2.1に示す。

3 既設橋の補強方針
(1)従来の耐震補強
本既設橋梁は,昭和55年「道路橋示方書V耐震設計編」が刊行される以前に設計された PCプレテンション単純Tけた橋である。このようなけたと橋脚からなる不静定次数の低い橋梁の従来の耐震補強は橋脚柱と基礎の耐震性能を同時に向上させることが必要である。
橋脚柱の耐震補強方法としては,コンクリートや鋼板等の巻立てによる耐力とじん性の向上を図る方法が一般的である。しかしながら,橋脚柱の耐力を向上させると地震荷重を基礎で負担させることとなるため,基礎の補強も必要となり,その補強は施工費が高く施工も困難な場合が多い。
したがって,このような橋梁の耐震補強では基礎の耐力に見合った補強が必要であり,構成部材個々の耐力を向上させるのではなく橋梁全体系としての耐震性能を向上させる合理的な補強工法が望まれる。

(2)補強方針
本橋梁の補強方針は,基礎を補強することなく橋梁全体系としての耐震性能を向上させる合理的な補強工法を見出すことと,耐久性の向上およびB活荷重への対応条件を満足することに位置付け,パイプアーチによる補強方法を採用した。また,これまでの上部構造のB活荷重補強と下部構造の耐震補強は各々単独で行われてきたが,パイプアーチ部材を既設橋梁に付加する本補強工法は上部構造と下部構造とを同時に補強できる工法である。その概要を以下に示す。
① 耐久性の向上
橋梁は100年~数1000年に1回の頻度で起こり得る地震に耐えることが必要であるが,持続荷重や活荷重等による繰返し荷重に対しての耐久性を備え持たなければならない。
施工後数十年を越えるコンクリート製の橋梁は,健全なものも多いがコンクリートの中性化,塩害,アルカリ骨材反応等による劣化が進んだ橋梁も多いと思われる。このような橋梁は補修による耐久性の向上も必要であるが,持続荷重の軽減や繰返し荷重の緩和も耐久性向上の一方法だと考えられる。
② B活荷重への対応
上部構造のB活荷重への対応は,一般に鋼板接着工法やアウトケーブル工法等の上部構造の耐力向上による補強方法が採用されている。本橋梁のB活荷重への対応は上部構造の耐力補強ではなく,主げた中央部をパイプアーチで支持し上部構造のスパン長を半減させることにより主げたに作用する荷重を軽減しようとするものである。
③ 耐震性の向上
橋梁に求められる耐震性能は大規模地震に対しての損傷をある程度以下に抑えることである。しかし,設計年度が古く耐用年数に近い橋梁においては,この要求性能を満足させるための補強コストと残りの耐用期間との比は大きく,必ずしも経済的でない場合も考えられる。したがって,このような橋梁に求められる耐震性能は被災時に“落橋させないこと”が最低限の条件とすることが合理的と考えられる。また,想定地震以上の地窟による破壊形態を考えると今回採用したパイプアーチによる補強は落橋防止装置としての大きな機能も併せ持つものである。

4 パイプアーチによる補強
(1)パイプアーチ工法の概要
パイプアーチ工法は隣接する橋脚間の相互を鋼製のパイプアーチ部材で連結し,アーチクラウン部にゴム支承を配置して主げた中央部を支持するものである。パイプアーチの構造は平行する4本の主構で構成され,主構は横構で連結されている。アーチスプリンギング部は橋脚に架台を設け,コンクリートで巻立てて連結する。パイプアーチの構造を図-4.1に示す。パイプアーチの施工は橋梁の側面で組立て,横移動装置で所定の位置に横取りし,アーチクラウン部と主げたとの圧着はフラットジャッキを用いて施工する。
パイプアーチ工法の設計はモデル橋を設定し,その特性を検討した後,実橋での設計を行った。以下にモデル橋での検討内容を示す。

(2)モデル橋の耐震補強
① モデル橋梁
検討に用いた3径間の既設モデル橋梁を図-4.2に,パイプアーチ補強後のモデル橋梁(以下これを補強モデル橋梁と記す)を図-4.3に示す。
上部構造はけた長L=12.5mのPCプレテンション単純Tけた橋で,けた間はPC鋼棒により連結されている。下部構造はラーメン橋脚で橋脚断面形状は0.8m×1.2mのRC構造である。また,基礎は直接基礎と設定した。解析モデルは立体モデルとし橋軸方向および橋軸直角方向の地震に対する検討を行った。

② 固有値解析
既設モデル橋梁と補強モデル橋梁について橋軸方向および橋軸直角方向の固有値解析を行った。ここに,部材の剛性は弾性剛性とした。固有値解析結果を表-4.1に示す。
有効質量比はいずれも1次モードが最も大きくなっている。既設モデル橋梁の1次モードでの固有周期は橋軸方向T=0.53sec,直角方向T=0.37secに対して補強モデル橋梁のそれは橋軸方向T=0.47sec,直角方向T=0.26secと短くなっている。このことはパイプアーチで補強することにより橋梁全体系での剛性が高くなったことを示している。

③ 非線形静的解析
既設モデル橋梁と補強モデル橋梁について設計水平震度を静的に増分して載荷するプッシュオーバーアナリシスによる解析を行った。最終設計水平震度はKh=0.5とし,載荷は橋軸方向および橋軸直角方向について行った。
橋軸力向の解析結果を表-4.2に示す。これによると,既設モデル橋梁におけるP2,P3橋脚基部が降伏する震度はKh=0.161であるのに対して補強後のそれはKh=0.20と強くなっている。また,最終設計震度Kh=0.5に生じる橋脚基部の塑性ヒンジ部曲げモーメントは既設モデル橋梁でM=433tfmに対して補強後のそれはM=193tfmと減少させることができパイプアーチが耐震補強に有効であることが判る。
橋軸直角方向の解析結果を表-4.3に示す。これによると橋軸直角方向についても橋軸方向と同様にパイプアーチが耐震補強に有効であることが判る。

④ 非線形時刻歴応答解析
既設モデル橋梁と補強モデル橋梁についてタイプⅡの地震動における非線形時刻歴応答解析を行った。橋軸方向の解析結果を表-4.4に示す。
上部構造の最大応答速度と最大応答加速度は補強モデル橋梁のほうが既設モデル橋梁に比べて増加している。これは,既設モデル橋梁は橋脚基部が塑性化し固有周期が長周期化しているのに対して補強後は塑性化してもパイプアーチの剛性により前者に比べて長周期化しないためと推定される。上部構造の応答変位,橋脚基部の最大曲げモーメントおよび最大固転角の応答については,補強モデル橋梁の方が小さくなっており橋梁全体系での剛性が高くなった効果が現れている。

⑤ 支承の摩擦減衰
パイプアーチクラウン部の支承構造を図-4.4に示す。支承本体は積層ゴム支承で,支承下部はパイプアーチに剛結されており,支承上部は上板で上部構造と圧着されている。上部構造からの水平力は上部構造と上板とのコンクリートと鋼の摩擦力でパイプアーチに伝達される。このとき,水平力が摩擦力より大きくなるとすべり始める。このときの支承部の挙動は図-4.5に示すバイリニア型の履歴曲線で描くことができる。この支承部の履歴特性を解析モデルに取り込み支承の摩擦減衰を考慮した時刻歴応答解析を行った。
変位,速度および加速度の最大応答値や橋脚基部のモーメントおよび回転角の最大応答値はいずれも支承部の摩擦減衰を考慮すると減少することができる。表中の弾性バネとは,上部構造と上版とが剛結され支承部の摩擦減衰を考えないモデルである。

⑥ 巻立て工法による補強
既設モデル橋梁の橋脚を一般的な巻立て工法で補強した場合の検討を行った。巻立て工法としては一般的なコンクリート巻立て工法と鋼板巻立て工法を選定した。巻立て工法の断面を図-4.6に示す。コンクリート巻立て工法の断面は既設橋脚に厚さ25cmのコンクリートを巻立てその中に軸方向鉄筋D16と横拘束筋D16を15cm間隔で配置している。鋼板巻立て工法は板厚t=9mmの鋼板を巻立てアンカー筋D29でフーチングに定着したものである。

固有値解析結果を表-4.6に示す。ここに,橋脚断面の剛性は弾性剛性を用いた。橋軸方向,橋軸直角方向ともにコンクリート巻立て工法では既設橋梁に比べて固有周期が短くなっているのに対して鋼飯巻立て工法ではほとんど変化していない。
橋軸方向における非線形時刻歴応答解析結果を表-4.7に示す。上部構造の最大応答加速度はコンクリート巻立て工法および鋼飯巻立て工法ともに既設モデル橋梁に比べて増加している。橋脚基部の最大応答曲げモーメントおよび回転角も同様に巻立て工法では増加しており,その量は既設モデル橋梁の160%~185%に及ぶ。このことは,既設モデル橋梁の橋脚柱を補強することにより基礎が負担すべき荷重が大きくなったことを示している。

5 まとめ
既設橋梁の橋脚柱を巻立て工法で補強すると基礎が負担すべき荷重が増大するのに対し,橋脚柱を補強しないパイプアーチ工法は基礎の補強を必要としない工法である。
既設の単純げた橋梁をパイプアーチで補強するパイプアーチ工法は下記の特徴を有することがモデル橋梁での検討より判った。
 ① 橋梁全体系としての剛性が高くなる。
 ② 橋脚基部が降伏する震度が高くなる。
 ③ 支承部の摩擦減衰を考慮することにより応答加速度を減少させることができる。
実橋を用いた補強設計では,パイプアーチ工法は耐震補強に有効であることが確認できた。B活荷重に対する補強については,パイプアーチで補強することにより活荷重による上部構造げたの応力を緩和することができた。また,パイプアーチクラウンを上側に突上げることにより上部構造の死荷重応力を緩和することができた。このことは耐久性の向上にもつながると考えられる。
さらに,パイプアーチの地震時の応力状態を弾性部材に留めることにより,これが落橋防止装置としての機能を果たし,想定以上の地震に対しても“落橋”と言う事態を免れる期待は大きい。
以上のように,耐用期限に近い既設橋梁を基礎の補強をすることなく,耐震性の向上,落橋の防止,B活荷重への対応,耐久性の向上を図ることができるパイプアーチ工法は,補強効果とコストとのバランスのとれた補強工法と考えられる。

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