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シラス地帯でのダム建設をめざして
—川辺ダムの建設—

鹿児島県河川課長
上拾石 紀 行

加世田土木事務所
ダム建設課長
福 元 幸 一

1 はじめに
川辺(かわなべ)ダムは,源を鹿児島市の南西,上鬼燈火ふつつが谷(標高460.2m)に発し,薩摩半島中央部にある「史跡と仏壇の町」川辺町を経て加世田市街地を貫流し,東シナ海に注ぐ万之瀬川の上流に計画しているダムである。
この万之瀬川は,流域面積372㎢,流路延長35.7kmの二級河川であるが,古くから洪水が頻発しており,河川改修は昭和7年から匡救土木事業として実施後,昭和21年からは,中小河川改修事業で改修を実施しているところである。
また,近年においては,昭和48,58年と大災害に見舞われ,特に,昭和58年6月21日の集中豪雨では,加世田市街地の大半が浸水する被害となり,河川激甚災害対策特別緊急事業として採択を受け,支川加世田川を中心とした改修工事を実施したところである。しかし,流域内の開発等に伴う流出量の増加に対処するため万之瀬川本川中下流部の治水安全度を高めることが急務となっている。
このため,川辺ダムは,この万之瀬川の洪水調節のほか,流水の正常な機能の維持および鹿児島市域への都市用水(上水道・工業用水)の確保を目的とする多目的ダムとして計画されたものである。
当ダムの建設予定地は,南九州一帯に広く分布する,いわゆる「シラス」地帯に属し,ダムサイト左岸には,このシラスを含む大規模な二つの火砕流堆積層が厚く分布しており,この遮水対策がダム築造の技術的懸案となっている。
本稿においては,川辺ダムの地質的問題点を含めて,これまでの調査の概要を報告する。

2 川辺ダムの計画諸元
川辺ダムは,ダム高53.5m,堤長132.0m,総貯水量2,920千m3の多目的ダムとして計画されており,洪水調節は,ゲートレスの自然調節方式により,ダム地点において基本高水流量300m3/sのうち100m3/sを調節する計画である。
ダムの諸元を表ー1に示す。

3 ダムサイトの地形・地質
ダムサイト周辺は,かつて四万十層群からなる標高300~500m級の山間地であったが,更新世の火砕流堆積物により標高約250m以下の谷間が埋積し,その後,侵食を受け,現在の右岸が山地,左岸が台地という地形が形成された。
ダムサイトの現況は,川床幅約7~8mで,その両岸は,高さ約50m,幅約150mの谷地形となっている。
ダムサイト周辺の地質は,砂岩および頁岩からなる四万十層群が基盤をなし,地質構造は,概ね北東~南西方向の走向を示し,万之瀬川をはさんで右岸側では西側へ,左岩側では東側へ傾斜した背斜構造を呈している。
この四万十層群は,ダムサイトの基礎部および右岸に露呈しているが,左岸側は,四万十層群を覆って堆積時期の異なる「伊作火砕流」および「阿多火砕流」の堆積層が旧河川の谷地形を埋めており,それぞれの堆積層の下面には,旧期および古期の岩層・河床堆積層が存在し,その厚さは,谷の中央部で約10mである。
南九州に広く分布する,この火砕流堆積層は第四紀の火山活動による鹿児島湾奥の姶良カルデラや湾口の阿多カルデラからの噴出物が火砕流(熱雲とも呼ばれ,軽石流がマグマガスと混合した高熱の流動体)となって谷筋を埋めたものであり,熔結度によって堆積層の中心から外縁に向かって高熔結部,中熔結部,低熔結部,非熔結部(いわゆるシラス)の四相に区別される。
以上記述した地質構成を図ー2に示す。

4 ダム軸の選定について
ダムサイトの基礎岩盤は,四万十層群の砂岩主体であり,全般的には良好な岩盤であると判断される。
しかし,ダム軸の選定にあたっては,前述したとおり,左岸台地部のダム基礎に分布する①旧期境界層(阿多火砕流~伊作火砕流),②古期境界層(伊作火砕流~四万十層群)および③四万十層群の中にみられる風化部(古期風化帯)の3点に対し,慎重に対処する必要があり,次のような検討を行った。(図ー3参照)

まず,ダムサイトのボーリングデータ等から
① 古期境界層は,左岸河床部から山側へ向かって37度位の傾斜で下がり,ダム上下流方向では,ほぼ水平に分布し,ダムサイト下流河川部では,ダム軸にほぼ平行に流れる下流河川の河岸となる崖に一部抜けている。
② 旧期境界層は,左岸台地部の中間標高付近から山側へ10度位の傾斜で下がり,古期境界層同様下流河岸の崖に抜けている。この二つの境界層を示したのが図ー4である。

③ 左岸河床部の古期境界層下部に見られる古期風化帯は,地表から深さ20m程度と特に厚く分布しており,この部分を掘削除去することは極めて非経済的である。ダム軸をD測線とした時の風化の状況を図ー5,図ー6に示す。

このような状況から③の風化帯については,下流へ行くにしたがい風化が少なくなっていることから,ダム軸を下流に設定することで対処できることとなり,一方,②の旧期境界層については,下流河道が左に屈曲し左岸背後の地山の厚みが薄くなっていることから,この境界層沿いのすべりに着目し,すべり長の確保の観点からダム軸を上流側へ折り曲げることが有利となる。
また,ダム軸を上流側へ折り曲げることは,①の古期境界層の問題点についてもその境界層が河床標高以下に潜り込むこととなるため,特に問題とならなくなる。
以上のことから,ダム軸選定にあたっては,「E+10軸の7測線より左岸側を上流へ折り曲げる」案を最上限と考え,左岸に存在する二つの境界層に着目しながら検討した。
左岸境界層に対する検討に際しては,図ー7に示すようにすべり面を想定し,すべりに対する安全率を算定する必要があるが,ここではまず便宜的にすべり面①について検討し,その結果を受けてすべり面②について検討確認することとした。
すべり面①の検討における安定計算モデルを図ー8に,その時の荷重条件を図ー9にそれぞれ示す。

次に,古期境界層での検討について述べると,前記安定計算モデルにより,これまで実施したボーリングデータからその走向・傾斜を求め,最も荷重条件の厳しくなるダム軸上で着岩面が境界層に接している状態で検討した。
この時,ダム軸の折り曲げ角度を0度から45度まで5度ずつ変化させると図ー10に示すように境界層の水平面とのなす角度もそれぞれ変化していくこととなる。算定した安全率を図ー11に示す。
また,同様に旧期境界層について算定した結果を図ー12に示す。
これらの図より,すべり面①に対しては,概ね30度以上折り曲げることで,二つの左岸境界層については安全性を確保できることが明らかになった。

次に,すべり面②については,折り曲げ角度30度以上の場合を検討すれば良いことになるが,折り曲げ角度を大きくすると河川に対してダムが斜に構えることとなり,コンクリート量や掘削量が増大するため,ここでは折り曲げ角度が最小となる30度軸案を検討確認することにした。
検討手法等は,すべり面①と同様であるが,荷重条件については,図ー13のとおりである。

この結果,古期境界層については,ダム軸を折り曲げてくると21.2度で山差しの状態になり,河床標高以下深く潜り込むこととなり,問題なくなる。一方,旧期境界層についての検討結果は,次のとおりである。

以上により,最終的に,折り曲げ角度30度軸案から,「直角軸案」「折り曲げ軸案」の2案を抽出し,
(1) すべり面①にかかる安全性が確保され,折り曲げ角度が最も小さい30度軸案についても,すべり面②にかかる安全性が確保されること。
(2) 折り曲げ角度を大きくするとコンクリート量および掘削量ともに増大し,また,ダム軸がダムサイト下流に存在する四万十層の風化箇所にかかってくること。
等の観点から検討を行った。各案の平面図,上流面図を図ー14,15に,また,各案のコンクリー卜量,掘削量を表ー2に示す。

以上の検討結果により,経済性では,若干劣るが,洪水吐きを左右対称に配置できることおよび減勢工を直線で配置できることから「折り曲げ軸案」に比し「直線軸案」が有利となるため,川辺ダムのダム軸は,「E+10測線を7測線の交点から反時計回りに30度振るダム軸案」を採用することとした。

5 左岸遮水工の検討について
前述したとおり,左岸には,火砕流堆積層が分布しており,この火砕流の大半は,節理が発達した高透水性の中~高熔結の溶結凝灰岩である。また,これらの境界部および上部には,火砕流の非熔結部(いわゆるシラス)・低熔結部や旧崖錐,河床砂礫,風化層などが分布している。
この左岸部の地下水位は,全域にわたって現河床とほぼ同じ標高となっている。
このため,左岸部の止水処理については,
(1) 中~高熔結部は,高透水性の部分が多く,主要な漏水経路となりやすい。
(2) 非~低熔結部や砂礫層は,パイピングに対する安定性が低い。
(3) 火砕流堆積層の規模が,常時満水位標高で幅約360m,深度約100mと大きい。
等のシラス地帯でのダム建設固有の問題点があることから,安全性,経済性の面から止水処理の範囲および有効な遮水工法について検討を進めているところである。
この火砕流堆積層の透水特性(図ー16)を見てみると,10Lu以上が大半を占め,50Lu以上の部分が河床砂礫部,降下軽石部,高熔結部等広範囲に分布し,上部阿多火砕流のシラス(非熔結部)については,10~30Luであり,下部のシラスについては,5~30Luと50Lu以上の部分が見られる。

なお,ダム本体基礎部および右岸部の四万十層については,一部風化部を除き,2Lu以下の値を示し,特に問題はない。
また,力学特性については下表のとおりである。

止水処理の範囲については,現在までルジオン試験で得られた値をそのままダルシー則が成り立つものとして浸透流解析を行い検討しているところであるが,実際の割れ目岩盤での透水性はかなり大きいといわれており,この透水性を評価する手法は,現時点で確立されていない。
従って,次回に報告させていただくこととし,今回は,今まで実施した遮水工の試験工法についてその概要を述べる。
当ダムの遮水工法は,表面遮水案および次に示す地中内遮水案について過去の実施例等も含め検討した。その結果,地中内遮水工においては,火砕流部を全面的に止水する場合でも止水処理が可能であり,表面遮水案より経済性で有利であることが判明した。
(ア)中~高熔結部……通常のグラウチング工法
(イ)阿多上部および旧期境界層(旧期地表部)の未固結層……トンネル置換工法
(ウ)旧期境界層(旧期河道部)……トンネルから施工する地下連続遮水壁工法
(エ)古期境界層……二重管式グラウチング工法(ダブルパッカー使用)
以下これまでの検討状況を述べる。
(1)地下連続遮水壁工法
この試験工法は,通常グラウトの効果が期待できない高透水性の地層(阿多火砕流堆積層と伊作火砕流推積層の境界層部……半固結~未固結状の火砕流非熔結部,降下軽石,岩層堆積層からなる)を対象に連続地中壁(コンクリート置き換え)を施工し,施工性および連続壁自体の透水性を確認した。
施工は,ダムサイト左岸中腹のダム軸と平行に設けた延長20m,高さ3.6mの試掘横孔で行い,横孔に沿って,φ0.6m深さ10mの丸孔2孔を落下衝撃型の削孔機で掘削した後,コンクリートの充填を行い,その後それらの間に鼓孔1孔を同様に掘削施工し,計5孔,延長で3.0m,幅0.6m,深さ10mの連続壁を形成した。
結果は,作業能率の上で今後改善すべき点があったが,丸孔と鼓孔間の継目に幅数mmの粘土質物の狭有が認められたものの透水係数は,10ー6cm/s以下であり,遮水工として使用できることを確認した。

(2)グラウト試験
ダムサイト左岸の台地上部より,阿多火砕流上部の非熔結部から四万十層群までの深度80mの区間を対象として,普通セメントによるグラウト試験を1辺1.0mの三角形配置としチェック孔をその中心に設け,実施した。
その結果は,次のとおりである。
① 阿多・伊作の中~高熔結部は,初期状態で20Lu以上であったものが,グラウチングによって5Lu以下に改良された。この試験が,1次孔だけであったことや注入方法に改良の余地があること等の問題点を整理することにより中~高熔結部は,1Luまで改良可能であると考えられる。
② 阿多上部の非熔結部,旧期・古期境界層については,データ数が少なかったこと,低圧注入等注入方法に改良の余地があるなど明確な効果の確認ができなかった。
(3)ドライグラウト工
この工法は,地盤中での浸透性を改善する目的で改質処理したセメント粉体を圧縮空気とともに地盤内に注入し,地盤中で水和硬化させる注入工法である。
マサやシラスは,通常のセメントグラウチングでは,所定の改良効果が得にくいと言われているが,マサは,ドライグラウト工法の実用化の可能性が確認されている。シラスについてもその適用性を検討するため,左岸台地部で現場注入試験を実施した。
注入試験は,現地盤の透水係数が2×10ー4cm/secである2孔のボーリング孔に於いて,最大送気総時間55.5時間,最大圧力2.3kg/cm2でセメント量43.1 kg/stおよび155.7kg/stを注入した。
注入,散水後に注入箇所の掘削を行い,目視観測を行った結果,マサが注入範囲の全体で粒子間に浸透しているのに対し,シラスでは,概ね,面状に注入されていることを確認した。
このような固結したセメント面の存在は,シラスの粒子間の空隙が極めて小さく,透水しにくくなっているため,微小割れ目である透水脈路を充填しているものと考えられる。
しかし,ルジオンテストのような現場透水試験による検証を実施していないため,今後,定量的な改良値を把握するとともに遮水効果の確認が必要である。
以上のとおり遮水工法について種々現地試験を行っているが,更に二重管式ダブルパッカーグラウチング工法等の試験施工も進めることとしている。
今後は,各地質毎に施工性,経済性を配慮した遮水工法の選定および止水処理の範囲等を決定していきたい。

6 おわりに
本県では,平成2年度に「すこやかな郷土,ゆとりの文化圏域をめざして」を基本理念とした総合基本計画が策定され,県土の保全,水資源の開発についても重点的に施策を進めることとしている。
前述したとおり,本県の大半は,シラス地帯であり,ダム建設に当たっては,地質的な問題点を解決しなければならない。特に,ダムサイト左岸に広く分布する火砕流の遮水対策はダム建設に向けての大きな課題である。本稿においては,現時点における調査の概要を述べた。
また,ダム予定地の右岸沿いに鹿児島市と南薩を結ぶ一般地方道神殿坂之上線の約3.4kmの付替工事が必要となっている。
この道路は,南薩縦貫道の計画ルート上にあり,幅員8m,設計速度60km/hの道路として計画され,また,「マイロード事業」の指定も受け,道路管理者との合併施工で実施することにしており,平成2年度に着手したところである。その他,貯水池を横断する長さ約100mの付替町道橋の建設も計画しており,貯水池周辺との調和を考慮した橋梁の設計を進めているところである。
川辺ダムは,規模的には,総貯水容量が2,920千m3と比較的小さなダムであるが,本県土木部が手がける初めてのダムである。
今後,シラス等への対処方法にかかる技術的問題点が解決され,川辺ダムが安全かつ確実に建設されることとなれば,南九州のシラス地帯におけるダム建設の促進につながるものと期待されている。

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