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コンクリート標準示方書施工編 ―耐久性照査型― 改訂の要点
第1回:性能照査型示方書への第一歩

九州共立大学 工学部
 教授
牧 角 龍 憲

1 100年もつコンクリート構造物をつくるには
「コンクリートの寿命は,平均で何年ぐらいと考えればいいのですか?」「50年もつコンクリートって本当に保証できるのですか?」という質問をされた時,迷わずにさっと答えきれる人は何人いるだろうか? おそらく,楽観的な人は100年ぐらい,悲観的な人は20年ぐらいと答えるだろうし,営業マンだと50年は絶対保証しますよと答えるはずである。何故,今の世の中これだけたくさん使われているコンクリートなのに,答えがまちまちになるのだろうか。
答えがまちまちになるのには二つの大きな理由がある。一つは,コンクリート構造物の寿命とはどのような状態になった時をもって定まるのかがはっきりしていないことである。コンクリートが経年劣化でぼろぼろになって崩れ出す時なのか,コンクリート中の鉄筋が錆びて剥落が生じ出す時なのか,それとも鉄筋が錆び始める時なのか,あるいは何らかの補修・補強を必要とする時なのかなど,コンクリート構造物としてどんな“性能”が失われた時を寿命とするのかが決まっていないため,曖味なのである。
もう一つの理由は,今までのコンクリート構造物がもともと寿命を具体的に考えて設計施工されていなかったことである。寿命に至る過程を何を基準にしてどのような方法で確かめればよいかがはっきりしていないことである。例えば,あるコンクリート構造物がもし50年を過ぎてもまだ健全な状態であるとして,それがたまたま好条件が重なったためなのか,100年もつような品質で出来ていたのか,あるいは半年後には寿命に至る状態なのかを知る手段がないため,断定あるいはきちんと説明することができないのである。
このように,コンクリート構造物の寿命を断定できないのは,“どのような性能”を“どのように確かめればよいか”がはっきりしていないためなのである。言い換えれば,もし100年もつコンクリート構造物をつくろうとするならば,その構造物の供用中の環境条件などを考慮して,コンクリートの耐久性に関する性能(寿命を決定づける性能)が100年以上維持できることを十分確かめた設計・施工を行わなければならないということである。
したがって,100年もつコンクリート構造物を作るためには,これまでの設計施工の考え方だけでは不十分で,100年もつことができる性能とは何かをはっきりと定めて,その性能を確かに備えていることを照査する考え方を取り入れる必要があるといえる。この考え方が“性能照査型”といわれるものであり,今般改訂された土木学会コンクリート標準示方書〔施工編〕の大きな柱である。ここでは,示方書の改訂内容としてこの性能照査型の考え方を解説するとともに,主な改訂点について紹介する。

2 本講座の概要
土木学会コンクリート標準示方書は,性能照査型の考え方を基本とした性能照査型示方書体系に全面的に移行すべく,順次改訂が行われつつある。この中で,コンクリート標準示方書〔施工編〕は平成11年に“耐久性照査型”として,性能照査型への移行か容易な形式に改訂がなされた。これは,現行のコンクリート標準示方書〔設計編〕や〔耐震設計編〕は既に性能照査型への移行が容易な形式になっているのに対して,〔施工編〕は抜本的な枠組みの変更が必要な形式であるため,それに慣れるための時間的余裕も考慮しで性能照査型示方書への移行期の示方書として改訂されたものである。したがって,今回改訂された〔施工編〕―耐久性照査型―は,新たな概念の理解浸透を目指すものであるため,本講座ではその点を中心にして以下の3回の講座を解説する予定である。
第1回:性能照査型示方書への第一歩
  今回の改訂でどのような点が従来の示方書の内容と変わったのかを概説するとともに,新しく取り入れられた「性能照査型示方書の考え方」について解説する。
第2回:耐久性蒸査型示方書の手法
  耐久性照査型示方書として新たに規定された内容としての,「耐久性の性能照査」および「施工段階におけるひび割れ照査」ならびに「コンクリートの施工性能」について解説する。
第3回:施工計画・検査および耐久設計
  新たに章立てされた「施工計画」と内容が大幅に変更された「検査」ならびに新示方書を用いての耐久設計の試設計について解説する。

3 示方書の構成
今回の改訂においては,新しい設計体系への移行をスムーズに行えるようにするため,現行示方書の内容すべてを改訂するのではなく,一般的な原則などの基本的な事柄が主に改訂されており,現行の平成8年版示方書との併用を指向した内容となっている。
図ー1に今回改訂された示方書の構成を,図ー2に現行示方書の構成と今回の改訂で取り扱われた範囲を示すが,現行のが施工段階での項目別の規定を主にしているのに対して,改訂版では施工前の設計段階と施工段階とを区別した規定の内容構成になっている。これは,改訂版においては,“コンクリートの性能”をより的確に検討できるように規定しているためである。すなわち,コンクリートの性能には,硬化コンクリートとしてのものとフレッシュコンクリートとしてのものとがあり,前者は構造物完成後の供用期間中の状態が対象であるから設計段階で,後者は完成前の製造する状態が対象であるから施工段階で,それぞれ確認することが必要であるために区別されている。

コンクリート構造物の建設は,図ー3に示すように,設計作業施工計画,製造作業,施工作業,維持管理の順に作業が進められて行われるとして区分すると,各段階では,上流の段階における設定に基づいて全ての照査を満足するように作業を行うことを想定している。もし,各種の照査を満足しない場合には,その前の段階に戻って再検討することが必要になる。各作業段階における詳細については後述する。

4 コンクリート構造物の性能と照査
4.1 コンクリート構造物の性能
コンクリート構造物に要求される性能は,構造物の目的とする所要の機能を果たすための“力学的性能”と供用期間中その機能を維持するための“耐久性能”に大きく分けられる。これらの性能を得るための流れとコンクリート標準示方書各編との関連を図ー4に示す。

これまでの示方書では,定量的に把握しやすい,言い換えれば具体的な数値目標を設定しやすい力学的性能を主に構造物の性能として取扱ってきたが,コンクリート構造物の性能としては耐久性能も極めて重要であり,今回の改訂では定量的な目標を設定しての耐久性能を規定している。その具体的な項目は,(1)中性化,(2)塩害,(3)凍害,(4)化学的浸食,(5)アルカリ骨材反応,(6)水密性,(7)耐火性の7項目であり,それらの作用や現象に対する性能を耐久性能として規定している。
そして,これらの性能を目標にしてコンクリート構造物の設計は行われるが,必要とされるのは,構造物そのものの性能やコンクリートそのものの性能を設計することではなく,構造物に要求される性能を確保することである。その確認を目的とするのが“照査”であり,「性能照査型示方書」の基本である。すなわち,構造物の種類,供用条件および環境条件によっては,供用期間中に材料としてのコンクリートや補強材の劣化や品質低下が生じる場合があるが,そのような場合でもコンクリート構造物の要求性能が確保されていれば,供用上問題はないとする考え方である。

4.2 コンクリート構造物における性能照査
本示方書〔施工編〕において規定されている照査を要する性能とは,基本的に実物の検査によって性能の確認を直接行うことが適切でないと考えられる項目である。本来,実物の性能の確認は検査によるのが望ましいが,コンクリート構造物の耐久性能は構造物がほぼ出来上がってからでないと性能確認はできないので,これらの要求性能が満たされなかった場合の影響を考慮すれば,実物を検査することによる性能確認は著しく不都合なことになる。したがって,設計・計画段階で性能の照査を行い,その仕様を施工時に確認することで構造物の性能を保証するのが現実的である。
ただし,この場合には,実物のコンクリートの性能を代替して検討できる材料が必要である。これには,供試体レベルのコンクリートの性能を用いるのが適しているため,それと同等の性能が実物のコンクリートでも得られるように,施工方法として示方書3章3.2に標準的な方法を示し,それが確実に実施されることにより,照査が可能になるとしている。
図ー3に示した各作業段階において行う性能照査の流れを図ー5に示す。

5 構造物の設計作業段階における性能照査
設計作業段階では,構造物の設計内容が構造物の要求性能を満足することを確認する。すなわち,形状・寸法・配筋等の構造詳細を設定し,コンクリート・補強材等の材料,現場打ちかプレキャストかなどの概略の施工法,維持管理等を経済性を考慮して設定する。続いて,設計耐用期間を通じて,使用性,安全性,耐久性,環境との適合性等に関して“照査”し,構造物が要求された“性能”を満足することを確認する。
構造物の要求性能の内,力学的性能に関する照査方法は示方書〔設計編〕または〔耐震設計編〕に既に示されており,この〔施工編〕には耐久性能に関する照査方法が示されている。その流れを図ー6に示す。
この段階で決定される項目は,構造物の性能照査に必要な項目だけで良く,それ以外についてはこれ以降で決定してよい。例えば,施工方法は,設計段階で想定した方法と構造物内のコンクリートの性能が同等以上となる施工方法を実際の構造物条件,施工条件に応じて,施工計画段階で設定すればよいのである。また,コンクリートについても,この段階では,照査に必要な強度や耐久性に影響する各因子の特性値が決定されれば良く,コンクリートの材料や配合はここで決定する必要はない。
また,この段階で耐久性の照査を行うことは,構造物の設計耐用期間を明示し,ライフサイクルコストの観点から適切な解を見つけるために必要である。

6 施工計画段階における性能照査
構造物の性能照査に合格するように設計が行われた後,施工計画が策定される。この施工計画段階では,施工方法や配合等の施工計画内容がコンクリートの要求性能を満足することを確認する。すなわち,構造物内に実現されるコンクリートの性能が設計段階時に想定した性能と同等以上になるような施工方法の設定を行い,その施工方法の詳細に対応したコンクリートの施工性能ならびに設計段階で設定したコンクリートの要求性能とあわせて,それらを満足するコンクリートの配合設計を行い,性能を照査するのである。また,施工段階でひびわれが発生するおそれがある場合にはその照査を行うものである。
工事開始前に策定する施工計画は,設計段階で描いた構造物を現場で確実に実現するために重要な作業であり,今回の改訂においては新たに章を設けている。とくに,工事の要件(環境に対する負荷,施工安全性,工費,工期等)を満足するように,現場の条件を考慮して施工計画を策定することが重要であるとして,設計段階で想定していた条件と現場の条件が大幅に異なるなど,適切な方法が計画できない場合には,設計段階にさかのぼって,再度検討を行う必要があるとしている。図ー7に施工計画段階での流れを示す。

7 施工作業段階における検査・記録
完成した構造物が所要の性能を有するためには,工事の各段階で必要な品質管理・検査を行うことが重要なのはいうまでもない。しかし,品質管理と検査は,その目的とするところの違いから示方書での扱い方は異なっている。すなわち,品質管理は「使用目的に合致したコンクリート構造物を経済的に造るために,工事のあらゆる段階で行う,効果的で組織的な技術活動」であり,技術者が様々な工夫をこらして取り組める主観的な活動である。一方,検査は「品質が判定基準に適合しているか否かを判定する行為」であり,JIS規格等の標準試験法を用いて行う客観的な行為である。したがって,性能規定化を目指す中では,品質管理は製造者(技術者)にまかせ,検査に関する内容を充実させることが妥当であることから,今回の改訂では,品質管理に関する詳細な記述を削除している。検査に関しては,現行示方書の内容をほぼ踏襲した形になっているが,構造物の性能確保のために,工事の各段階で必要な検査体系を定めることを明記し,これらの検査体系を工事開始前に策定することが重要であるとしている。
また,構造物の耐久性向上に資する目的から,工事記録の長期保存が必要であること,構造物標に設計・施工および施工管理責任者の氏名を明記することを原則としている。

8 耐久性照査の流れ
前節までに,今回改訂された示方書の全体構成にそって,構造物建設の各作業段階における性能照査の流れの概略を述べてきた。ここからは,性能照査型の軸である“どのような性能”を“どのように照査するか”について述べていきたい。
今回の示方書〔施工編〕の改訂では,“耐久性照査型”として,構造物の耐久性を明確に定義し,これに影響を及ぼす劣化と構造物の耐久性を維持するために必要な劣化レベルが明記されている。耐久性の“どのような性能”を対象とするかとしては,構造物の所要の性能が劣化により損なわれないことを原則として,中性化,塩化物イオン濃度,凍結融解,化学的侵食,アルカリ骨材反応などの劣化因子の量やそれによる状態が,設計耐用年数内では限界値に至らせないような性能,すなわち,劣化に対する抵抗性を構造物の耐久性能としている。
一方,“どのように照査するか”としては,構造物の設計条件や材料の特性値と構造物の劣化現象との関係を定量化(数式化)することにより,設計耐用年における劣化因子の最やそれによる状態を計算できるようにし,その設計値と耐久性の限界値を比較して照査する方法を示している。
その考え方の模式図を図ー8に示すが,劣化は時間とともに進行するとして,コンクリートの中性化速度係数や塩化物イオンの拡散係数などの係数(特性値)を設定することにより,設計耐用年数時点での照査が行えることになる。例えば,中性化に対して鉄筋を保護する性能を考える場合には,耐久性の限界値は鉄筋の腐食が発生する限界の中性化深さ(鋼材腐食限界深さと定義している)となり,設計耐用年での中性化深さがその限界値より小さくなるような中性化速度がコンクリートに要求される性能の特性値となるのである。

コンクリートの性能については,設計基準強度に対する配合強度と同じようにして,水セメント比や使用材料の性質等を基に性能(劣化進行速度の係数等)の予測値が与えられることになる。この値を得るために用いた測定結果や推定方法のばらつきを考慮して安全側で特性値を満足することを照査することにより,コンクリートそのものの耐久性能照査が行われることになる。その考え方の模式図を図ー9に示す。その際,中性化や塩化物イオン濃度など各要因ごとの性能から定まる配合や材料条件が設定されるが,当然のことながら,その内もっとも厳しい条件のものが最終的な設定になることはいうまでもない。

9 コンクリートの要求性能・配合設計
これまでの示方書においてコンクリートに要求される性能は,「第2章コンクリートの品質・総則:コンクリートは,所要の強度,耐久性,水密性ならびに鋼材を保護する性能をもち,品質のばらつきの少ないものでなければならない。また,その施工時には,施工に適するワーカビリティーを有していなければならない。」の条文に記されているように,やや漠然とした精神規定的なもので定められていた。
今回の改訂においては,このコンクリートの品質の章は削除され,より具体的に“どのような性能”を“どの程度まで”要求するかを明確にするために,コンクリートの性能照査(6.4節)およびコンクリートの施工性能(4章)の規定が新たに設けられている。コンクリートの性能照査においては,以下の各性能についてそれぞれ照査を行うこととしている。
(1)力学的性能:構造物の設計において設定された強度
(2)耐久性能:中性化速度係数,塩化物イオンに対する拡散係数,相対動弾性係数,耐化学的侵食性,耐アルカリ骨材反応性,透水係数,耐火性,乾燥収縮
これらの性能は,コンクリートの配合や材料条件によって定まるものである。したがって,配合設計は,材料と配合を仮定し,コンクリートの性能が満足されるまで照査を繰返して行い決定するものとしている。また,所要の性能を満足する材料とその配合の組み合わせは多数存在するため,その中から,適切なものを選ぶのが優秀な技術者であるということを明記し,配合設計が重要な作業の一つであることを強調している。
ただし,この照査を行うにあたっては,コンクリートの配合や材料条件と照査される性能との関係が明確に定量化されていることが望ましいが,現時点では,強度,中性化速度および塩化物イオンの拡散係数については数式化されているものの,他の性能については経験より得られた標準的な値を示すにとどまっている。このことから,通常,コンクリートに求められる性能の標準的レベルを満足する標準的な方法として,付録「標準コンクリートの配合設計方法」を設けている。

10 100年もつコンクリートをつくるには(その2)
これまで説明してきたことを整理して,巻頭の100年コンクリートについて考えてみる。まず,100年もたせるということは,設計耐用年数を100年に設定することである。次に設計段階において,中性化深さや塩化物イオン濃度が,その100年間で鋼材腐食が発生する限界に到達しないような中性化速度や塩化物イオンの拡散係数などを,構造詳細や環境条件を考慮して特性値(コンクリートに要求される性能)として設定することになる。これにより,構造物としての耐久性は確保されることになる。
続いて,実物のコンクリートにおいてその設定された特性値を実現するために,次の施工計画段階において,それらの中性化速度や塩化物イオンの拡散係数などの特性値の安全側の値が得られるように,コンクリートの配合や使用する材料条件を決定する。また,その計算に用いた関係式が成り立つようなコンクリートの状態を実現するために,工事要件を考慮したコンクリートの施工性能もあわせて設定することになる。そして,施工作業段階においては,それら所定の条件・仕様を満たしていることを検査して確認することになる。
以上の過程を踏むことにより,100年もつコンクリートを造ることが出来るようにしたのが今回の示方書改訂である。
次回の講座においては,示方書の使い方・読み方の参考になるよう,新しく設けられた「耐久性の性能照査」および「施工段階におけるひび割れ照査」ならびに「コンクリートの施工性能」について,より具体的に解説する予定である。

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