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「地盤補強の理論と実際」に関する国際シンポジウム

九州大学教授
 工学部水工土木学科
落 合 英 俊

1 はじめに
「地盤補強の理論と実際」に関する国際シンポジウムが昭和63年10月5~7日の3日間,福岡市ガーデンパレスにおいて開催された。参加者は25か国から275名,うち外国から国際土質基礎工学会会長B.B.Broms教授,国際ジオテキスタイル学会会長J.P.Giraud博士ほか57名(同伴者9名を除く)に達し,学会の一支部が企画,運営したこの種の国際シンポジウムとしては空前の盛会であった。
本シンポジウムは,土質工学会が主催となり,日本学術会議,国際ジオテキスタイル学会ほか16の学協会,財団の後援および協賛を得て開催されたが,その企画から運営に至るまでの一切は土質工学会九州支部によって行われた。土質工学会九州支部は,昭和40年代より外国人研究者を招いての特別講演会などを積極的に開催し,国際交流に努めてきたが,昨今の国際化,情報化の急速な進展に対応する必要性から,昭和57年度に「国際委員会」を発足させ,国際的情報の収集と会員への伝達,国際間の研究活動の促進,外国人研究者との交流,国際会議開催のための母体的活動を主な内容とする活発な活動を行ってきた。昭和60年4月の第5回地盤工学における数値解析法国際会議(名古屋)に出席した外国人研究者を招いて行ったセミナーを契機として,九州で国際研究集会を開催することのムードが急速に高まり,国際委員会ワーキンググループで会議のテーマ,形態,運営組織等について検討がなされた。「地盤補強の理論と実際」をテーマとしたシンポジウム形式とすることが決まり,九州産業大学山内豊聡教授を運営委員会委員長,佐賀大学三浦哲彦教授を事務局長として,九州大学をはじめ,九州・沖縄の諸大学はもちろん,建設省九州地方建設局,日本道路公団福岡建設局や九州の地方公共団体,諸学協会の協力を得て準備が進められた。その間,学会本部と支部の関係から,形式上,主催が九州支部から土質工学会本部へと代わったが,企画,組織運営方法などの一切は九州支部に任され,大成功のうちに本シンポジウムを終えることができた。

地盤補強というのは,鉄材や高分子材料あるいは木材や石材などの自然材料を地盤中に敷設,挿入し,その特性を巧みに利用することによって土の持つ工学的欠点を補い,土や地盤を強化する力学的工法である。そのため,この補強土工法は軟弱な粘土地盤や盛土から,比較的堅い地山斜面に至るまで広範囲な地盤に適用できる技術であり,近年,その基礎的,応用的研究が世界各国で盛んに行われている。この工法は,歴史的に,九州の土質工学の研究者,技術者によって理論と実際に関する研究がリードされてきたいきさつがあり,このことが本シンポジウムのテーマとして選定された理由のひとつでもある。なお,土質工学会九州支部では,昭和60,61年度,学官民30名の研究者,技術者から構成された「地盤の補強に関する研究委員会」を設置し,本シンポジウムを側面から援助するとともに,「補強土工法の現状」,「地盤の補強工法の施工事例集」の2冊の報告書を刊行している。

2 提出論文の内容
論文募集は地盤の補強に関する,1)理論,2)設計,3)施工,4)材料,5)計測管理の5テーマについて行われた。国内外から英文概要によって113編の応募があったが,最終的にプロシーディングスに掲載されたのは94編(日本39編,外国20か国55編)である。これら94編の論文はその内容と対象物によって,1)試験法および材料,2)浅い基礎および深い基礎,3)斜面および掘削,4)盛土,5)壁体構造物の5つのトピックスに分類され,会議では各トピックを1つのセッションとして,講演発表とディスカッションが行われた。
提出論文および論文で取り扱われている補強材の種類の国別内訳は表ー1に示すとおりである。わが国では,鉄材を斜面,掘削に適用した論文(主として,鉄筋補強土工法)と,ネット,グリッド,織布,不織布といったジオテキスタイルを盛土に適用した論文が多く,また,試験法,材料といった基礎的な研究に関する論文が比較的多いのも特徴である。外国については各国の提出論文数が少ないので詳細はわからないが,イギリス,フランス,中国ではジオテキスタイルを壁体構造物に適用した例が多く,アメリカでは種々の補強材が広範囲に用いられているようである。これに対して,インド,スリランカ,タイでは基礎の補強に石材などの自然材料が使われていることが伺い知れる。

セッション別の論文数をみると,盛土,壁体構造物などの人工的な土構造物に比べると,斜面,掘削,基礎といった自然地盤への適用が少ない。これは施工管理や補強効果の評価の難易さによるものと考えられるが,研究が進んでくると自然地盤への適用も今後増加してくることが予想される。
表ー2は提出論文94編の主たる目的,研究方法,および使用補強材の内訳である。補強土工法の性格からして,安定問題への適用を目的とした論文が多いのは当然として,沈下対策,地震時の液状化対策への適用もなされている。研究の方法については,理論,設計,室内試験,現場試験によるものが大半を占めている。これは,補強土工法がどちらかといえば,現場への応用が先行し,その設計法や効果の評価法がまだ確立されていないという現状を反映して,その方面での基礎的研究が精力的に行われているためと考えられる。
なお,本シンポジウムのプロシーディングスには,94編の論文と2編の特別講演論文(B.Broms国際土質基礎工学会会長,福岡正己元国際土質基礎工学会会長)が所蔵され,全618ページである。オランダのBalkema社から発行されており,一般の人も購入できる。(書名,Theory and Practice of Earfh Reinforcement,定価7,500円)。

3 会議の状況,提出論文題目および議長による総括
会議初日の午前中には,開会式と特別講演が行われた。特別講演の講師は,B.Broms教授と福岡正己教授の2名である。Broms教授の講演題目は「ファブリック(織布,不織布)を用いた補強土擁壁」で,その設計法がレビューされた。講演では,壁に加わる土圧の計算法,ファブリックの敷設長,敷設間隔,作用力の評価法が示され,ファブリックの敷設長や敷設位置が変わった場合の擁壁の安定性が論じられた。福岡教授の講演題目は「補強土一西洋と東洋」である。西洋と東洋における自然の補強材の利用のされ方,近代的補強材の開発の歴史,技術の発展などについて多数の研究成果を引用した講演がなされた。
第1日目の午後から3日目までの午前と午後のそれぞれに対して,前述の5つのセッションが割り当てられた。各セッションは3時間で構成され,途中30分間のコーヒータイムをはさんで前半の1時間半は講演発表,後半の1時間半はパネリストによるコメント,フロアディスカッション,議長による総括が行われた。なお,講演発表は時間の制約から,各セッション6~8編に限定され,残りの論文は2日目夕方のポスターセッションで発表された。各セッションに提出された論文題目と議長による総括のあらましは以下のとおりである。(なお,論文題目の原文はすべて英文である)。

(1)第1セッション
セッションのテーマは「試験と材料」であり,21編の論文が採用された。
1)補強砂の力学,2)補強砂のダイレイタンシーと破懐,3)ポリマー補強土の力学特性に及ぼす施工作業の影響評価,4)補強土のための自然材料,5)オランダにおけるジオテキスタイルの試験法の規準化,6)土中における引張試験での粘土とジオテキスタイルの相互作用,7)補強土中のポリプロピレンストラップの摩擦特性,8)大型三軸圧縮試験での補強砂の強度特性,9)補強土における補強材の機能と効果,10)補強土に用いられる材料の長期的な挙動について,11)ジオテキスタイルのクリープ挙動,12)砂中におけるボリマーグリッドの長期引抜き試験,13)押し抜き力を受けるジオテキスタイルの設計,14)土とジオファブリック間の摩擦,15)補強砂の振動台試験,16)ポリマーグリッドアスファルト舗装の評価,17)ポリマーグリッドの現場引抜き試験,18)ジオテキスタイルを用いた軟弱地盤基礎の変形に対する拘束効果,19)ジオテキスタイルの力学試験の基準化,20)伸張試験による補強土の相互作用,21)トラス型補強材による盛土の補強効果。
J.P.Giroud氏による本セッションに対する総括の要旨は次のとおり。「補強土のメカニズムや土と補強材の相互作用を調べる試験としては,せん断箱タイプの試験,引抜き試験,三軸圧縮試験などが簡便であるが,これらの試験では補強土の力学特性を完全に明らかにすることはできない。例えば,実際の補強地盤では補強材には引張力が加わっているのに対し,三軸試験の補強供試体は圧縮応力状態にあり,また,実際の補強地盤と三軸供試体では境界条件も明らかに異なる。そのため実際の補強地盤と異なる応力状態,境界条件で行われた結果をいかに反映させるかを考えて試験をするが問題であり,また重要である。」

(2)第2セッション
テーマは「浅い基礎と深い基礎」で,14編の論文が採用された。
1)グラニュラーパイルによるバンコク粘土の補強,2)空隙上に敷設したジオテキスタイルに支持された土の支持力,3)ストリップで補強した砂質地盤の支持力,4)パイプライン下の土中に敷設したメンブレン,5)パイルネット工法の設計,6)マットレス基礎による軟弱地盤の支持力改良とその評価,7)軟弱粘土上のフーチングの支持力ヘのジオテキスタイルの効果,8)グラニュラーパイルの応答に及ぼす施工法の影響,9)軟弱地盤上の補強舗装の現場実験,10)ジオテキスタイルとジオグリッド補強した未舗装道路の設計,11)浚渫地盤の改良,12)舗強路盤の支持力解析,13)繰返し荷重を受けるジオグリッドマットレス基礎,14)超軟弱地盤の改良。
K.Rowe教授により次の主旨の総括がなされた。
「本セッションには3つのテーマが採りあげられている。1つはモデルテストに関するものであり,多くの興味ある結果が示されている。しかし,モデルテストには限界があり,実物大の実験が必要である。2つ目は理論的な解を求めることである。これらの中には実際の設計に対する有用な情報を与えているものもあるが,土と補強材の相互作用の効果をどのようにして評価するかに着目して今後の研究を進める必要がある。最後に,現場における変形挙動に関して有用で貴重なデータが示されている。」

(3)第3セッション
本セッションのテーマは「斜面および掘削」で次の18編が採用されている。
1)タイのダム建設における斜面安定問題,2)金鉱の地下開削における補強システム,3)2種類の補強斜面の挙動,4)ソイルネイリング―理論的考察と設計―,5)メタルストリップを用いた非粘着性土補強斜面におけるフェーシングの役割,6)不安定斜面における垂直RCボルトの効果,7)ネイリングによる補強土壁の設計に対する限界解析法,8)降下床試験によるしらすへのロックボルトの効果,9)鉄筋補強斜面の模型載荷試験,10)補強切土斜面の有限要素法安定解析,11)鉄筋補強切土斜面の現場計測法,12)補強土の現場実験とFEM解析による評価,13)鉄筋補強斜面の理論と実際,14)電気化学的方法による斜面の補強,15)鉄筋補強切土斜面の設計,施工の一提案,16)ロックボルトを用いた補強斜面の解析,17)下水廃棄物投与タンクのロックアンカリング,18)香港における斜面改良のための原位置補強。
総括はT.W.Finlay教授によってなされた。
「このセッションにおける18編の論文のうち,実に11編が日本からのもので,残る他の7編はノルウェーやオーストラリアなどからのものである。12編は補強斜面を扱っており,残りは補強盛土,斜面安全,鉱山支保工,降下床および引き揚げに関するものである。補強斜面に関する論文は理論的側面,モデル試験,実物大試験,ケーススタディおよび設計示方書をカバーしている。現在の設計法は安全側であることに注意が集った。このことは理論が進むに伴って改善されるかも知れない。理論については,2つの考え方,すなわち限界平衡アプローチとFEMがあるが,いかなる理論も何らかの仮定に基づいている。多くの理論は実験結果と良く合っているようである。しかし,私の主張は,理論を提案する研究者は常に自分自身の実験だけでなく,他の研究者による実験結果によってそれぞれの理論の妥当性を検証すべきである,という点である。より実務的レベルにおいては,より詳細な現地調査が高額な補修工事を避けるためにしばしば必要である。また,現地調査は計画段階で許されるべきである。なお,金属による補強における腐食とアンカーにおけるグラウトインテグリティ(Grout iutegrity)の問題は今後の検討課題である。」

(4)第4セッション
「盛土」が本セッションのテーマであり,21編もの論文がこれを扱っている。
1)軟弱な浅基礎上の補強盛土の挙動,2)ジオテキスタイルを用いた岸壁の設計と施工,3)EPS―超軽量盛土材―,4)軟弱地盤上の高盛土強化のためのアンカープレート付き鉄筋の設計,施工,5)補強土工法へのRBSM解析の適用,6)覆土工に用いたジオテキスタイルの解析手法とその適用,7)グリッド補強土工の有限要素法解析,8)模型振動台試験による補強盛土の耐震性,9)深層破壊に対する補強―安定解析―,10)ポリマーネットによる竹そだ工を用いた超軟弱地盤の補強,11)ポリマーグリッド補強盛土の応答に関する実験,12)軟弱地盤基礎上の鉄筋補強盛土,13)実物大補強盛土の応答に関する実験,14)香港における鋼橋のアバットに用いられた14mの補強盛土,15)軟弱粘性土地盤上の補強盛土の安定,16)盛土における補強土系—施工の実際—,17)竹かごを用いた補強斜面の解析,18)分散性土のコラプスとジオテキスタイルによる保護,19)ポリマーグリッド補強盛土のフルスケールテストと数値解析,20)遠心力試験による補強盛土の安定解析,21)粘着性土による盛土への不織布の応用。
議長のE.Leflaive氏による総括の要旨は以下の通りである。「このセッションには多くの理論と実験結果が発表され,たいへん有意義であった。講演発表された以外にも,竹による補強といった興味ある論文があった。実物大の試験は費用や時間がかかりすぎて大変であるが,その結果は極めて有意義である。不織布だけでなく,織布の補強メカニズムについても調べる必要がある。降雨に対する安全性に関しては,織布,不織布ともに排水効果を期待することができ,このことは重要なことである。」

(5)第5セッション
セッションのテーマは「壁体構造物」であり,20編の論文が採用された。
1)補強土橋台,2)補強土壁の室内モデル試験,3)ジオテキスタイル―補強土擁壁,2,3の例,4)ジオシンシティク補強土壁の設計;変形法と2ブロック法の比較と図表,5)イギリスにおけるポリマー補強土の長期応答性の要求,6)補強土構造物の上部に加わる垂直荷重の解析,7)補強土構造物の挙動予測,8)テキソール;50例を起す成功例,9)補強土構造物の設計のための最適化プログラム,10)不織布による急勾配粘性土補強斜面におけるフェーシングの役割,11)ポリマーグリッド補強土擁壁のFEM解析と設計法への適用,12)不織布を用いた急勾配補強斜面 の理論と実際,13)ジオグリッド補強斜面と擁壁の挙動の現場計測,14)補強土擁壁の地震時設計—有限要素法の利用—,15)補強土壁の実験,16)ジオテキスタイルによる補強土擁壁の試験,17)ジオテキスタイル補強土構造物の限界平衡,18)26mの補強土岸壁—設計とフルスケールテスト,19)ソイルネイリング―新旧擁壁の設計と適用—,20)補強土壁の適合性,供用性および設計要因。
これらの論文に対して,松井教授により以下のような総括がなされた。「ポリマー,ジオテキスタイルなどの非金属材料に関する論文が多く,この方面の一層の研究が必要である。何故ならば,これら補強材は金属に比べて歴史が浅く,又,その特性,とくに引張り特性が複雑であるからである。解析方法については極限平衡法が実用上一般的であるように考えられる。FEMは実際上それほど一般的ではないが,現実的なメカニズムの評価等については信頼しうる解析法である。ジルー氏が提起した「エレメントの挙動と全体の挙動をいかに関連づけるか」という問題に対して,将来解を与え得る解法であると考えられる。クリープや化学的な要因によって生じる劣化に伴う補強材の耐久性に関して多くの議論がなされた。この点については今後とも多くの研究が必要である。」

4 おわりに
「地盤補強」は国際的にもきわめて時宜に適したテーマである。このため本シンポジウムは世界各国からたいへん注目され,また国際ジオテキスタイル学会理事会がシンポジウムの日程に合せて東京で開催されたことも加わり,この分野の世界権威者の多数が出席した。3日間の会期中,前述の5つのセッションの他に,ポスターセッション,グループディスカッションも行われ,活発な討議と有益な情報交換がなされた。また,レセプション,バンケットなどの場を通して,会議参加者の友好と親善を深めることができた。
今後,この経験を活かし,九州地域の国際化の促進に努め,国際情報の吸引力の拡大に寄与し,国際技術交流の窓口としての役割を積極的に果すことが我々の使命であると考えている。
なお,本原稿をまとめるにあたり,各セッションのセクレタリーを努められた村田秀一(山大),北村良介(鹿大),安原一哉(西工大),安田進(九工大),今泉繁良(熊大)の各先生方のメモを参考にさせていただいた。記して感謝致します。

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