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地方の時代を考える
一公務員を卒業して,地域の一員として考えること一

小野田ケミコ㈱ 福岡支店
 顧問
小 野 満 司

1 はじめに
私は,公務員として約30数年間,前半は旧建設省に,後半は県職員として勤務してきた。退職後は会社勤めをして現在に至っている。そのかたわら,今年から地域社会への恩返しの気持ちで,地区の世話を引受けている。引き受けて驚いたことは,仕事の多さ,煩雑さである。行政と地域住民との間のコミュニケーションに走り回る役どころである。公務員時代には,組織の中でだけ考え,行動することが多かった境遇から考えると,天と地の差を感じているところである。しかしよく考えてみると,地域での末端行政をサポートすることは,潤滑油的な大事な仕事である。
末端の市町村行政については,直接接触する市町村の行政マンの苦労がよく分る今日この頃である。私の現職時代は,ダム建設事業で水没地区との接触も多く,自分自身はこの苦労を分かっている積りでも,本当の末端行政を理解していたとは言えないのではないかと思っている。このような立場から,地域社会からの視点で,以前から言われ続けて仲々実現しない「地方の時代」を考えてみる。今年11月に実施された総選挙でも,マニフェストの中で「地方の時代」に関連した事項が大きく取上げられ議論がなされ,現実味を帯びてきた。だが言葉だけが先行して具体的な内容が示されていない。新聞紙上によく登場する用語を2・3取上げ,私なりに考えてみたい。

2 道州制について
道州制を主唱する理由として,画一的な規制や肥大化した行政システムで制度疲労を起している中央集権型のスタイルを変え,地方分権の一つのスタイルとして道州制を導入しようとする考えである。政府は,来年度分権改革のモデルケースとして,北海道に「道州制特区」を創設するとのことである。道州制とした場合の役割分担は,国は外交・防衛・安全保障を担当し,それ以外の内政一般は道州に任せるというもので,その下に地方公共団体を置き,地域の総合的な行政(まちづくり・教育・福祉・環境保全など)を受持つという構図が,大方の考えであるようだ。
各都道府県でも,ブロック毎に色々と研究されているようで,九州でも知事会や経済団体等で以前から「九州は一つ」というスローガンが叫ばれているが,総論の段階から進んでいない。理想的な道州制に行き着くまでには,解決しなければならない問題が多い。各ブロック単位で置かれている国の出先機関(地方整備局・地方農政局等)の役割をどうするか,地方公共団体のうち二重行政がかなりあるといわれる県と市町村の役割分担をどうするか,市町村が受持っている末端行政にウェイトを移すと県はどんな役割になるのか,県は卸売り業的な立場になるのか,また「小さな政府」で縮小される国家公務員の取扱いをどうするか,など考えてみると明治維新の廃藩置県に匹敵する大きな変革で,国民全体が大変な覚悟で真剣に考える問題である。公務員OBとしても,関心を持って見守りたい。

3 三位一体の議論
地方分権型の社会構造に変えるためには,国から地方への権限移譲が必要である。
そのための第一歩として三位一体という言葉が最近よく聞かれるようになった。これは,国から地方への補助金および地方交付権を削減し,そのかわり減った分,税源を地方に移譲するということを三位一体と言っている。その分,国からの関与が少なくなり,地方独自の行政が行えて,地方分権の第一歩になるということだ。国の画一的な基準から解放され,地方にマッチした規格で仕事が出来て無駄が省けるという意見が多くもっともだと思う。いづれにしても,地方分権を進める上で,財源の問題は一番大きなポイントである。
国は,来年度から3ヶ年で,補助金約20兆円のうち,4兆円を削減すると計画を打出し,それに対して知事会は10兆円を要望している。
それでも,庶民感覚としては関心が薄いように思える。「国税が地方税に振り替って,霞が関の代わりに首長や地方公務員が威張る」程度の理解ではないのか。
産業の少ない地方公共団体では,自主財源である税収が少なく,十分な行政サービスが出来ないので,使途を限定しない総合補助金を国から配分して貰ったほうがよいという,もっともな意見もあり,もっともっと議論が必要だ。国税を何らかの方法で地方に配分する考え方を少しは残すべきだと思うがいかがなものか。

4 市町村合併について
国が進めている市町村合併の期限である2005年3月が1年余りを残すのみとなった。全国の3200余りある市町村が,合併で2000弱に再編されるとのことである。市町村の経費の無駄を省き,行政の効率化を図るためである。「平成の大合併」と言われている。合併協議の段階で,協議がまとまらず白紙に戻った話,合併の可否を住民投票で決める際,子供にも投票権を与えて決めた話,1000人足らずの村で絶対合併しないと独自性を発揮している話など,千差万別で市町村合併の難しさがよくわかる。国は合併は強制ではなく,自治体の自主性に任せるという姿勢でこれは当然のことである。市町村には,それぞれ昔から引継がれた歴史や産業がありそれを守っていくための選択であれば良としなければならないと思う。平地にまとまった大きな市があり,盆地にはまとまった町があり,その間をうめる村が散在するというのが理想ではないかと思う。アメとムチで合併を進める手法は今後もとるべきでない。

5 権限移譲と小さな政府
地方に権限を移譲して,国が本来果たすべき事項(外交・防衛・安全保障など)のみを所掌して小さな政府とすべきだとの主張や論調がある。官僚機構が肥大化して無駄が多い,官僚主導型で効率が悪い,民間でやれることは民間に任せればいいなど,そのきっかけは,国の財政赤字がどうにもならない事態になったために声が大きくなったのではないかと思える。小さな政府になれば財政再建の切り札になるのか。組織を縮小して人員を減らせば国の財政規模は小さくなるが,現在の行政サービスを維持するとしたら,地方に負担が振り代わるだけでトータルの費用は変わらない。地方に任せればどうにかするだろうでは済まない。耳ざわりのよい言葉だけでなく,その方策もきちんと整理して議論すべきであると思っている。

6 まとめ
これから来るであろう「地方の時代」についてのキーワードのうち,最近よく耳にする「道州制」「三位一体」「市町村合併」「権限移譲と小さな政府」について,地域住民の目で書いてみましたが,随想のつもりが大変堅い文章になってしまいました。私が言いたかったのは,
①今自分がやっている仕事の目的は,組織内で効率よく仕事をするためでなく,地域住民へのサービスのためだという自覚を忘れないで欲しい。②行政改革と言って人員を減らしても,行政サービスは減らすわけにはいかない。誰が受持つか。そのための経験と技術を持った人材がどんな形であれ,きっと必要になる。そのためにも日頃技術の習得と社会奉仕の心構えを磨いておれば,いつでも食べてゆけるというのが私の結論です。

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