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昭和26(1951)年、鹿児島県伊佐郡菱刈町生まれ。
昭和44年伊佐農林高等学校卒業後、鹿児島市で(株)日産サニー鹿児島販売に入社。昭和56年同社を退職。菱刈町にUターンし、米作りと家業の「岩戸鉱泉」経営に取り組む。平成5年「むらおこしプランナー」「むらおこし活性化アドバイザー(~平成10年3月)」、平成10年「むらおこしの達人」。菱刈町観光協会副会長、菱刈町商工会理事、伊佐食品衛生協会副会長。平成3年より「ひしかりガラッパの学校」を開校し、都市と農村の交流を進めている。菱刈町議会議員。53歳。
取材・文/西島 京子
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昨年の「ひしかりガラッパの学校」に参加した子どもたちと、ガラッパの扮装をした中村大統領 | 「自分のものは自分で」の基本に沿って、無心に食器づくりをする子どもたち | キャンプ場の横を流れる楠本川渓流で、びしょ濡れになって水遊び | 子ども時代の川内川ドラゴンカヌー体験は一生の思い出になるだろう |
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●ガラッパの学校でのオリエンテーション風景
●ひしかりガラッパ王国のマーク
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鹿児島市内から車で1時間半のところにある菱刈町は、鹿児島県北部に位置し、周囲を九州山地に囲まれて盆地を形作っている。豊かな自然に恵まれたこの農山村の菱刈町平地中央東西15kmに、中小7本の支流が流れ込む川内川が横たわる。
雄大な川内川の右岸には200年ほどの歴史をもつ湯之尾温泉があり、なつかしい風情を漂わせている。温泉街のすぐ下流には、町の観光スポットである「湯之尾滝ガラッパ公園」があり、身長5mの公園のシンボル「世界一のガラッパ君」や「ガラッパ大王夫妻」など、さまざまなガラッパたちが愛嬌を振りまいている。
毎年夏、菱刈町で独自に「ひしかりガラッパの学校」を主催している「ひしかりガラッパ王国」大統領、中村周二さんは、温泉街から車で7、8分のところにある鉱泉湯と宿泊飲食施設を備えた「岩戸鉱泉」を経営しながら、地域活性化のために日々奔走している。
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●トウモロコシ収穫体験。その他にも自然と親しむカリキュラムがもりだくさん
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「ひしかりガラッパの学校」とは、夏休みを利用して、自然と遊ぶ機会の少ない子どもたちを対象に、思いがけない自然との出会いや体験、地元の人々との温かな交流を通じて、心身共にたくましい元気な青少年を育成することを目的とした1週間だけの学校のことで、今年で13回目を迎えた。定員は40人で、入学資格は小学校4年生から中学生まで。参加費は宿泊費、食事代、教材費、傷害保険料などを含んで一人3万円で、6泊7日をバンガローやテントでのキャンプ、民泊で過ごす。
初日は開校式、オリエンテーションの後、班を決め、自分たちで食器作りや食事を作るための焚き物取りをして、料理、キャンプファイヤーをする。2日目、子どもたちはキャンプ場近くの小さな集落に行き、地元農家のおじいさんやおばあさんと一緒に野菜や果物の収穫体験をする。とにかく「自分のことはすべて自分でやる」というのがガラッパの学校の基本方針なので、食べる物も自分で調達しなければならない。
別の日にはキャンプ場近くの川で思いっきり遊び、ガラッパ公園前の川内川でドラゴンカヌー体験をする。カブトムシやクワガタを取ったり、土いじり、酪農家体験、肝試し、隣町の山まで往復18kmを歩く遠歩(鍛錬遠足)もある。
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●子どもたちが往復18kmを歩き抜いた昨年のガラッパの学校の遠歩(鍛錬遠足)のスナップ
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「子どもたちにいっぱい体験させてやりたいと思ってこの組織を作りましたが、あるとき福岡から参加した子どもが家に帰って母親の顔を見たとき『お母さんが天使に見える』と言ったそうです。母親の苦労がわかったんでしょう。ここでは何でも自分でしなければいけませんからね。でも、もう来ないと宣言して帰った子どもが、次の夏にまた参加したりするんです。子どもたちが川や自然と遊ぶときの目の輝きは素晴らしいですよ」と中村さんは笑う。
高校卒業後、中村さんは鹿児島市で働き、商売について学び、多くの人と出会った。儲けるだけが人生じゃないと故郷の菱刈町にUターンしてから、農業と岩戸鉱泉の仕事をしながら、菱刈町役場に3年間毎日通い、当時の久保町長に「菱刈町で何か面白いことをしたい」と訴え続けた。そのころ企画課にいた神園勝喜さん(現在の町長)に惚れ込んだ中村さんは、「自分たちが子どものころに遊んだ川内川でイベントを一緒にしよう」と言い続ける。
3年目、やっと予算がおりたものの、イベントは川内川を使う内容ではなかった。翌年も掛け合うがなかなか実現せず、遂に3回目のイベントで川内川のいかだ下りを成功させることができた。
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●ガラッパ公園の横を流れる人工の滝「湯之尾滝」
●美しく整備された楠本川渓流自然公園の楠本川
●ガラッパ公園の前を悠々と流れる川内川
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「久保町長がかっぱの人形をコレクションしていたことと、川内川にはガラッパ伝説が数多くあるので、菱刈町にもガラッパを呼び込もうと、ガラッパ王国を作り、公園に作ったガラッパ大王に佐賀市の松原川から、みずえちゃんを嫁入りさせたりしました」
そして平成3年にガラッパの学校を開校する。「最初は大変でした。70人ほど参加したときは大人の方が倒れてしまって(笑)。今のメンバーは涙が出るくらい最高のメンバーになりました。そしてそのメンバーを支えてくれるメンバーもいる。自分が楽しみたいから人を巻き込んできたというところがありますね。父は亡くなりましたが母はまだいるし、私自身がまだ子どもだと思うんですよ。だから大人ぶってなんかいられない。子どもを指導するというより、子どもに教えられる方が好きですね。部屋の中に閉じこもっている子どもがいるなら、この学校に参加させるといいですよ。最後の夜には親を交えたお別れ会をしますが、そのときに焼酎を飲みながら親の悩みもいっぱい聞きます」
中村さんのおおらかで自由な発想から生まれるアドバイスは、きっと親の心に響くに違いない。
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●夏休み中にガラッパの学校の子どもたちがお世話になるバンガロー
●菱刈町田中にある町営楠本川渓流自然公園キャンプ場。今年は菱刈建築組合の手によって五右衛門風呂が設置された
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菱刈町に帰ってきて23年。その間、受験ノイローゼの子どもや不良少年を預かり、川を媒介にして心を開かせたこともある。沖永良部島の「海の学校」へは毎年地域の子どもたち20人を送り出す。カヌーやドラゴンカヌーで子どもたちを夢中で遊ばせているうちに、ふと若い指導者がいないことに気付いた中村さんは、川内川の魅力を知った鹿屋大学のカヌーのエースだった植木裕一郎さんを見い出す。植木さんは現在大口市役所に勤務しながらボランティアで子ども達にカヌーを教えている。
「子どもたちはどんどん育って、2年目でインターハイに行くようになりました。凄いですよね。まぁ金にもならんことばかりして馬鹿じゃとよく言われます(笑)。でも二男が今、岩戸鉱泉を手伝ってくれるようになったので、まだまだこれから動きますよ」と中村さんはやる気満々だ。
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●古くから湯治場として利用されている岩戸鉱泉
●「湯之尾滝ガラッパ公園」のガラッパ大王様の像の前で
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「岩戸鉱泉と食事処の他に、敷地の上の方にある古い家をきれいにして、そこを駆け込み寺にしたいと思っています。ガラッパの学校で学んだ子どもたちがもう大人になって結婚しているし、ガラッパに関わった人たちやメンバーも年をとってきた。仕事で苦しいときや子育てに悩んだとき、また女房に追い出されたとき(笑)に逃げ込める場所を作りたいんです。川内川や自然に関わる活動はずーっと続けていきたいから、それに関わった人が元気になる場所にしたいと思っているんです」と熱く語る中村さんの後ろでは、黙々と働く息子さんの姿が見える。
中村さんは「大きな木が30本ほど立っているところに、風の音を聴くというような、そんな野外音楽堂を作るつもりです。そして、子どもたちを呼んでパーティーをしながら音楽を聴く、そんな活動をしたいですね。音楽堂を中心に、地元でピアノ教師をしている女性の力を得て、この町の子どもたちの中から音楽のプロを育てたいと思っています」と夢を膨らませる。
「今の活動は川内川をメインにしたからこそできたことです。今年できたばかりの『川内川流域連携ネットワーク』の会長になりましたので、また何か仕掛けていくつもりです」と中村さんは笑顔を見せる。その顔は、面白いいたずらを考えついた子どものようだった。