大正15(1926)年、鹿児島県名瀬市生まれ。昭和18年鹿児島県立大島中学校(旧制)卒。同年鹿児島測候所入所。昭和26(1951)年中央気象台気象官吏養成所(専修科)卒。以後九州管内の気象官署を歴任。脊振レーダー勤務ほか、鶴見岳、開門岳、雲仙岳の火山観測を行う。昭和61(1986)年福岡管区気象台を退官。現在、武・田上公民館主催の「田上川調べ歩き講座」の講師として活躍中。鹿児島市の自然環境指導者も兼任。78歳。
取材・文/西島 京子
●武・田上公民館のロビーには、内村さん撮影の写真が並べられている
九州新幹線が3月13日に開通し、JR西鹿児島駅がJR鹿児島中央駅へと名称変更し何かと話題の多い鹿児島市。観光客で賑わう駅ビルから北西の方向へ車で10分ほど行ったところに、内村進さんの家がある。
内村さんは自宅のすぐ近くを流れる通称・田上川(新川)の研究を通して、平成5(1993)年より武・田上公民館が毎年主催している「田上川調べ歩き講座」の講師をしている。それは親子が参加して、川の生物の形や名前を調べることで川への愛着を深め、川の大切さを知ってもらおうというもので、これまででおよそ300人以上が参加している。ほかにも成人学級や女性教室などから講演依頼を受けることも多く、その度に内村さんは川の生物を説明して川の大切さを訴えてきた。
●「いっぱい捕れたぞ」と川の生物を囲む子どもたち
●子どもたちはどんな小さな虫も見逃さない
●田上川を楽しそうに歩く参加者たち
●行政上の田上川と新川の合流点を指す内村さん
田上川(新川)は松元町の仁田尾を源流に、鹿児島市の小野町、田上、郡元町を経て鹿児島湾に注ぐ延長13km、流域面積19km2の2級河川である。上流には滝が2基あり、その流れに風情を添えている。
流路は大半がコンクリートで覆われており、大型用水路のような雰囲気も漂っているが、上流には自然護岸も残っている。
「田上川は正式には新川という名前で、田上川そのものは準用河川や用水路なんです。江戸期に川筋を変えて新川という名が付けられたのですが、この辺りの人は愛着を込めて今も田上川と呼んでいるんですよ」と内村さんは説明する。
新川は上流域が広く、中流は天井川である。さらに下流は川幅が中流よりも狭いという特徴を持つ。しかし、終点の河口は幅100mに達する大きな川だ。今から11年前の平成5(1993)年8・6水害で氾濫して以後、今も河川改修工事が行われている。
「工事のために見た目は濁っている川も、水質検査してみるとずいぶんきれいになっています。このまま飲んでもいいcaくらい。ニオイもしません」
●アオサギ
●コサギ
●ダイサギ
田上川には野鳥も多い
気象官という仕事柄、内村さんは九州管内のさまざまな場所で自然を相手にしてきた。「脊振のレーダー基地におったころ、小さなため池にカスミサンショウウオがおりました。火山に行けば珍しい石があるし、自然の中にはいろいろな生物がいて面白いですよ」
川が好きだったのは子どものころからで、中学生卒業までいた名瀬市の屋仁川でエビをとって毎日遊んでいたという。
「だから退職して鹿児島に戻ってからは、田上川に生物はいるんだろうかとずっと気になっていたんです」
平成4(1992)年に武・田上公民館で開催された講師養成のための「田上川の研究」講座に入門。翌年から講師となって受け持つはずだった講座は、8・6水害のために1年延期された。平成7年から始められた講座は今年で10年目、内村さんが田上川の研究を始めて12年経つ。
「子ども達は実に楽しそうです。目がいいからいろんなものを捕ってくるんです」
内村さんは植物や昆虫、鳥の写真をカメラで撮り続けている。腕前はプロ並だ。
「鳥はササゴイ、カワセミ、ダイサギ、コサギ、アオサギ、ヤマセミがいて、チュウサギはいません。昆虫はカゲロウ、ヤゴ、タイコウチ、トビゲラ、カワゲラ、アメンボウ、ヘビトンボなどがいますね。昔いたのに、ハッチョウトンボやイトトンボは姿を消してしまいました。ずいぶん減りましたが、メダカもまだおります。ドジョウやヨシノボリなどは絶滅寸前ですね。最近はエビ類が増え始めており、喜ばしいことです。カメも結構おります」
●田上川の河口にいるバリケンは、本来はいない鳥だ
●最近は姿を消してしまったハッチョウトンボ(1992年8月15日内村さん撮影)
●田上川でよく見られるクサガメ
●田上川の灰青色をしたサワガニ
●伊集院の神の川を境に北側のサワガニは茶褐色という。
生物を調べているといろいろ面白いことがわかるという。
「サワガニは薩摩半島の伊集院にある神の子川を境に北は茶褐色、南は灰青色なんです。大隅半島では、肝属川を境にして、北は赤褐色、南は灰青色と別れている。また、草の浮き輪につかまって川底のエサをとる賢い水棲のゴキブリもおります。上流にはシオヤトンボに似たのがいるんですが、今度捕まえて博物館で調べてもらおうと思っているところです」
10年前に糖尿病と診断され、昨年は入院もしたという内村さんだが、「田上川を教材にして、川の成り立ちや河川環境の浄化などを考えてもらえればと思って講師を続けています。長生きしたいなら講師の仕事を辞めたらいかんと周囲の者は皆言うんですよ。まだまだがんばらんといかんようですな」と意欲を見せた。