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九州地方計画協会

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昭和15(1940)年大分県日田市生まれ。昭和33年日田林工高校建築科卒。同年建設省入省。松原下筌ダム工事事務所、武雄工事事務所、九地建営繕部建築課を経て、昭和48(1973)年に佐賀県武雄市役所に。武雄市文化会館建設や総合計画部門を担当。平成3(1991)年退職。現在、(有)風計画事務所代表、小鳩の家保育園園長、佐賀県地域づくりネットワーク協議会副会長、武雄木曜会メンバー。1級建築士。63歳。

取材・文/西島 京子

宇宙科学館近くのせせらぎで遊ぶ「小鳩の家保育園」の園児たち

世界水フォーラム分科会で挨拶する井本佐賀県知事

プレゼンテーションの井上さん

子どもたち作成の「のぼり」

佐賀県には、干満差が国内最大の有明海、総延長二千三百キロにも及ぶクリークが網の目のように走る佐賀平野がある。古来、農業を中心にした佐賀の人々の暮らしは、水と不離一体の関係にあった。

今年3月21日、滋賀県を中心に「第3回世界水フォーラム」が開催された。佐賀県ではそのプレイベントとして、3月14日に佐賀水会議「低平地の水環境に関するフォーラムin佐賀」を開催した。この会議は、産・学・官の三領域に新たに市民が加わり、水災害・水利用・水環境など、さまざまな視点からそれぞれの領域を越え、総合的に水を考えようというものだ。

井上一夫さんはこの会議を実行あるものにするため、今年7月30日に県内外の69団体が集まる「佐賀水ネット」の立ち上げに参加した。

【分科会で採択された低平地の水宣言】

1. 水に関する事象の合理的で科学的な分析の実施
2. 情報収集・情報公開・情報伝達ツールの確立による正確な情報の共有
3. 相互理解のための意見交換する場の設置と柔軟な合意形成への姿勢
(key-word:歩み寄り、譲歩、留保)
4. 時間・空間特性に応じたダイナミックな水マネジメントシステム創出への努力
(key-word:弾力的、順応的、流動的、柔軟)
5. 水問題を解決するための具体的な解決策の提案
(key-word:パートナーシップ、水循環、資金)

ポスターセッションボックス

ポスターセッションの子どもたち

「『第3回世界水フォーラム』の1つの分科会を佐賀で作ろうと1年間研修を続けた実績が、佐賀水会議で『低平地の水宣言』として採択され、そのプレゼンテーションを世界水会議で行いました。そしてその宣言を具体化していく組織が『佐賀水ネット』なのです。この組織の基本的なイメージはフラット(水平的)な連携で、それを具体化した『CIマーク』を提案させてもらっています。

このマークを名刺などに利用してもらうことで、お互いのパートナーシップが高まればと考えています。産・学・官・民で組織する団体は、国内では初めてではないかと思いますが、今までの官主導一辺倒ではなく、民からも積極的な意見を出していくことで、行政の縦割りの是正や、慣行水利権など時代に合わなくなっている部分にも迫ってみたいと思います。21世紀は水の世紀といわれていますが、水と協働する市民が多くなることが、農業県佐賀の浮揚につながると思うのです」

「小鳩の家保育園」の園児たち

佐賀水ネットのメンバーの中には「子どもと水辺」をキーワードにした団体が多く参加している。古くから温泉や焼き物の町として栄えてきた武雄市で、まちづくり団体「武雄木曜会」の活動を30年間続けている井上さんは、現在「小鳩の家保育園」の園長でもある。そしてその活動の柱は「子どもと自然」だ。特に年々増え続ける少年犯罪には、危機感を募らせている。

「幼児期から電子機器で育った子どもは脳発達に異常があり、機器によるデジタル的脳の発達に対して、自然体験で得られるアナログ的脳が未発達ではないかといわれています。そして、そのアンバランスがキレやすい子どもを生んでいるのです。子どもたちが自然と接する場として、水辺が一番いいと思っています。生物相も豊かで、幼児でも捕れる虫や魚がたくさんいます。本来、子どもたちは水が大好きなのです。幼児期から使える発達段階ごとの『水体験プログラム』も、水ネットでぜひ具体化したいと考えています」

植物探検隊

今、佐賀県では日本を代表する2つの再生事業が進んでいる。松浦川の自然再生事業「アザメの瀬」と、嘉瀬川・成富兵庫の「石井樋」歴史再生事業だ。

「2つの事業とも、構想段階から市民参加を求め、そのオープンな行政の姿勢が注目されています。それと共に地元が事業に参加することで、地域資源の発見やコミュニティーの醸成が進んでいると思います。自然や歴史再生は、それを忠実にやればやるほどその利用者のセキュリティー感覚が問われます。セキュリティーには、自助、共助、公助の3つがあり、それぞれ自分で助ける、地域で助ける、公で助ける、ということになりますが、現在ではややもすれば公助に頼っている部分が多いのではないでしょうか。基本的には自助の部分をもっと多くしていく意識と、それを訓練するプログラムが必要だと思います。再生事業というハードを成功させるには、それを利用する市民のセキュリティー(自助)というソフトを高めていくことが不可欠になります」

植物探検隊

井上さんは日田市の三隈川に浸かって子ども時代を過ごした。当時、筏(いかだ)を組むための丸太が上流から流され川面を埋めていた。その丸太の上が子どもたちの遊び場で、危険もあったが鍛えられもした。昭和28年、筑後川水系は大きな災害に見舞われた。道路より1.8mほど高い場所にあった井上さんの自宅は、1カ月間地域の人たちの避難場所となった。中学生だった井上さんには、昭和28年災害※が今も強烈な印象として残っている。

「建設省での最初の仕事が松原下筌ダム事務所関連の仕事で、10年で2つのダムが完成するという今では考えられない速いスピードですが、それだけ昭和28年災害が激甚であったということの証明でしょう。蜂の巣城の代執行などの得難い体験は、その後の私の生き方に大きくプラスに働いています。今回、水ネットの代表要請を受けましたが、人生の終わりの方でまた水のソフト事業に出会えて、個人的にもやりがいを感じています」

※昭和28年災害 昭和28年6月25日から30日にかけて北部九州地方は、梅雨前線による記録的な豪雨により、各地で洪水被害が相次いだ。

平成14年10月12日、高橋排水機場で行われた水環境イベント

水生生物探検隊

井上さんの所属する武雄中央ライオンズクラブでは、毎年子どもたちを対象に「ふるさとの川をふれあいの場に」をテーマにイベントを開催、今年で7回目を迎えた。その内容は、国土交通省所轄の高橋排水機場のビオトープで、水と人、人と人との交流機会を創出するというものだ。

「六角川は日本で普通に見られる清流で、流れがあるという『山地河川』ではなく、流れの緩やかな『低平地河川』で、北海道の釧路湿原の水面のような雰囲気を持つ自然豊かな川です。河川が集まる高橋地区は常襲水害地帯と地元ではいわれていますが、このマイナスイメージをプラスに転換していくために、もっと『ふるさとの川』のことを知ってほしいと思っています。そこで地元の3つの小学校に呼び掛け、低平地河川の豊かさや排水ポンプの役割などを学習してもらっています。自分たちのふるさとの自然を知ること、自然災害はどのようにして起こるか、その対応は、ということを学ぶ『ふるさと教育』や『災害教育』につながればと思っています。教室で教えられた知識は忘れますが、本物の自然と交流した実体験は忘れません。そして、その積み重ねが子どもたちの感性を豊かにしていくのです」

「子どもたちの本質は今も昔も変わっていません。時を忘れて川遊びをしている子どもたちから、本来人が持つ『身体の自然』を感じることができます。自然と遊ぶ本能はあるんですよ。機会がないだけ。今の親を見ていると、親が子どもを囲い込んでしまっています。親の目が届き過ぎて、発達段階ごとにやるべきことをしていない。と同時にテレビやビデオに子守りさせる親も多く、今は親優先の子育てが多くなっています。そこを変えないと子どもは自立できません。そこで、私たちの世代が親育てをしなければならないか、と思っています」

水ネットには、それぞれの地域にある川とかかわる作法を発見して、しっかり伝承していこうという意見も出ている。それは地域文化の継承にもつながっていくはずだ。発足したばかりの佐賀水ネットだが、「やりたいことがいっぱいある」とこれからの構想を話す井上さんからは、若々しい闘志と熱い意気込みが感じられた。

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