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昭和26(1951)年10月15日、宮城県生まれ。高校卒業後就職するが、教師になりたいと大学進学を決意。昭和53年、福岡教員養成所を卒業後、三島由紀夫の小説の題材として強く惹かれた熊本県で暮らすことを決意。熊本の教員採用試験を受け、以後、熊本県下で小学校教諭を24年務める。5年前より大津南小学校に勤務。51歳。

取材・文/西島 京子

各プロジェクトチームが調査研究した成果を発表する

熊本県のやや北部に位置し、菊池郡の南東部を占める大津(おおづ)町は、古くは豊後街道の宿場町として栄えた歴史を持つ。町の東西に、阿蘇山を源流とする一級河川の白川が流れ、肥沃な水田地帯を形成するなど、豊かな水と自然に恵まれているのが特徴だ。

また、大津町は熊本テクノポリス圏域にあり、近年は製造業中心の産業都市化が進んでいる。そのため町では、自然との共存を図るため、地球環境保護の観点から大津町環境基本条例を策定し、積極的に地球環境問題の改善に取り組んでいる。

そのような背景を受けて、町の南部にある大津南小学校は、4年前から総合的な学習の時間に白川を利用した環境学習に取り組み、昨年は「肥後の水資源愛護賞」など数々の表彰を受けた。

環境学習は3年生から行われ、3年生は主に昔の白川についての調査、4年生は毎年テーマを設定し、調べたい内容に沿ってプロジェクトチームを結成し、活動していく。5年生になると、水から広い地域にテーマを発展させ、昨年と今年は米について調査し考えた。6年生になると、さらに地球規模の環境問題へと意識を広げていく。

各プロジェクトチームが調査研究した成果を発表する

熊谷和信さんは社会科の教師で、現在、4年生のクラス担任を務め、大津南小学校の総合「しらかわ」学習に熱心に取り組んでいる一人だ。

「熊本は非常に地下水が豊富ですから、水資源を大切にしようという意識を子どもたちに持ってもらおうと思い、昨年度の4年生はテーマを『水・不思議? たんけん!』として地下水を探りました。『水のリサイクル』『地下水SOS』『ミネラルウォーター研究』『白川の水利用』『下町の水辺づくり』『昔の白川調べ』という6つのプロジェクトチームに分かれて、調査研究し発表会を開きました」

今年度は「白川の水をよみがえらせよう!」というテーマで、「家庭排水調査」「工場排水調査」「河川工事」「農薬調査」「ごみ調べ」「浄化センター」という6つのプロジェクトチームを結成。子どもたちは力を合わせて、何が白川の水を汚すのかという問題を考えた。

プロジェクトチームは1チーム5、6人だが、子どもたちは自分の意思でチームを選ぶことができる。自分が知りたい、調べたいという内容であれば、おのずと学習意欲も違ってくるという。

共通体験として行う中島地区・白川での水質調査と水生生物採集の様子

子どもたちは『川の水は汚い』と思っているんです。しかしそうじゃないんだよということを言葉で言ってもわかりません。ですからまず共通体験として中島地区の白川で水質調査と水生生物の採集を行います」

その結果、水質調査では、白川は親しめる水環境であること、水生生物の採集からは快適な水環境であることを子どもたちは知る。その後、熊谷先生は水着の子どもたちを川で遊ばせるのである。

「水に直接触れるということが大切なんです。知識での親しみかたでなく肌で触れて体験したことのほうが貴重なんですよ」

子どもたちは白川の水源を見学し、その水を飲む。さらに白川の中流を見て、下流を見る。

熊谷先生は子どもたちに「水源の水はおいしいだろう? 飲めるだろう? じゃ、ここの水は飲めるかな?」と中流で聞く。子どもたちは「いやあ」と笑う。「じゃあ、何が川を汚しているのかな」と聞く。そうすることで子どもたちの心の中に、白川の水の問題は自分たちの問題なのだという意識が芽生えていく。

「でも、汚れた川でも子どもたちは嬉しそうに入って遊びますね。そして、その後から『水にニオイがある』とか『去年の方がきれいだった』とか疑問を持ち始めるんです」

学習の中で、近所の人が釣った白川のハヤの甘露煮を子どもたちと食べる。最初は気持ち悪がっていた子どもたちが、「おいしい!」と言うようになると、いつしか「川は汚い」という考えは払拭されている、と熊谷先生は目を細める。

「江戸時代、加藤清正がこの地域を治めていましたが、清正公は土木事業に非常にたけていまして、さかんに用水路づくりを行っているんです。見た目はわかりませんが、このあたり一帯は阿蘇山から緩やかな勾配になっています。そこで、川の高いところで水をせき止めて、川に垂直に水を引けば、こちら側にも水が流れてくるんです。これが、熊本で『井手(いで)』と呼ばれる用水路です。そのお陰で以後500年の間、この地域の人たちは恩恵をこうむってきたのです」

そんな歴史的なことも、井手の水が白川から来ていることも、今の子どもたちは知らない。

家庭から洗剤などの生活排水が白川に流れ込む。地域には大きな工場もできた。農薬の影響もある。

「地域のお年寄りの中には、ゴミは川の水に流せばいいと思っておられる方もいます。昔は自然の葦など浄化作用も期待できたのですが、今は化学物質が増えて、自然の自浄作用だけでは水はきれいにならないようになっています。そのことに気付くのは子どもたちなんです。小学校の4、5年生になると、ある程度の科学的な知恵がついてきますから、このような川の学習は効果がありますね。生半可な知識で『川を汚してはいけない』と子どもが言っても、親は聞きませんからね。それに白川は洪水が多いものですから治水のために護岸工事が行われました。でも洪水は防いでくれるけど、川のためにはどうだろうか? という思いも子どもの心に芽生え始めています」

熊本の歴史・風土・人がたまらなく好き、と話す熊谷先生は勤勉な読書家でもある

流域面積 480km2(九州第14位)で長さ74km(九州第9位)の白川は、水量豊かで美しい川だが、反面恐ろしい川でもある。過去に幾度も氾濫を繰り返し、多くの被害をもたらしてきた。

「白川は非常に洪水が多いから、私たちは子どもたちに『川に近付いちゃいけない』と指導しています。一昨日も川で子どもが溺れ、それを助けようとした母親が亡くなっています。深みにはまって起こる事故が結構多いんです。流れが結構速いので、瀬とか淵とか特に危険です。阿蘇の方で雨が降ったら、一気に水がどっと来る。だから子どもたちに川に絶対行くなと言う。当然、川から子どもたちが離れていきますよね。だからこそ、私たち教師が川で安全な場所を確保して、子どもたちを意識的に川に近づけていこうと考えたわけです。でも、川を学習したから川はこんなものだとなめてしまったらとても危険なので、自分たちだけで行くことは止めています」

大事なことは距離的に川に近付くのではなく、心理的に川に近付くこと。成長とともに、川は身近なもので、とても大事なんだと思ってほしい。これが大津南小学校の先生たちの願いだ。

大津南小学校の前を流れる小さな川も、井手と呼ばれる用水路で、6月にはホタルが舞う

江戸時代に加藤清正が造った井手(用水路)は、町のあちらこちらで見られる

「川の授業は心が弾みます」と笑顔で語る熊谷先生は、熊本の精神風土に惚れ抜いて職場を熊本の地に選んだ人だ。「きっかけは文学です。三島由紀夫の最後の作品『豊饒の海』の二編目に『奔馬』という本を書いています。その題材が熊本で、その精神性がすばらしいと思ったのです」

熊本に住んで25年経つ今も、その思いは変わらない。

「熊本の歴史や風土、そして人が大好きです。だから住んでいる人が見落としがちな熊本の良さを、これから生きる子どもたちに、しっかり伝えていきたいと思っています。日本全国どこでも同じ教育をしたのでは意味がない。生まれ育った土地の歴史風土を教えていかないと、そして子どもたちがきちんとそれを知っていないと根無し草になってしまう。だからこそ、今子どもたちと一緒に川や水について調べ、共に興味を持っていくということが大事だと思うんです」

熊本の偉人・荒木精之を尊敬し、遠藤周作の作品を愛読書とする。子どもたちに近代文学の名作を読ませたいと奔走し、口承民話から脚本を書き、演劇を通じて子どもたちに伝えるなど、熊谷先生は常に思いを行動に移す。

「今、子どもたちが理解していなくてもいいんです。いつか大人になったときに、ああこんなことだったのかと気付いて、生きる力になってくれたらいい」と話す熊谷先生の熱い思いは、きっと子どもたちの心に何かを残していくことだろう。

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