傾斜地盤における高盛土の安定変状対策工法の検討
建設省 九州地方建設局企画部
都市調査課長
都市調査課長
松 崎 安 則
応用地質株式会社 九州支社
技術二部部長
技術二部部長
塚 元 伸 一
応用地質株式会社 熊本支店
技術課課長
技術課課長
田 中 良 郎
1 はじめに
南九州西回り自動車道八代日奈久道路のうちNo.170~No.255間は,JRに近接したルート上にあり,山際に10mを越えるL型擁壁を伴う盛土により計画されている。
盛土部の基礎地盤には,軟弱な粘性土,砂,砂礫が層状に分布しており,その下位には頁岩よりなる基盤岩が山地から低地部(JR軌道)に向かって傾斜して分布している。
以上の条件の高盛土の施工であるため,盛土の安定とJR軌道への影響について検討する必要があった。
この2つの観点から対策工法を検討した結果,深層混合処理工法(DJM)が適切であると判断したが,基盤が傾斜しており改良体の下端で滑動する恐れが考えられたため先端ビット付き深層混合処理機を使用して基盤岩への根入れを確実とした施工をおこなった。
現在,擁壁・路体盛土工が完了しているが,施工に平行して実施している動態観測の結果によれば,JR軌道と地盤処理をした盛上部の全延長にわたって許容値を越える変位は見られていない。
今回の報文は,以上の地盤対策工法の設計の考え方と施工中の観測結果について紹介する。
2 地盤概要
No.191の地質断面図と盛土形状を図ー1に示した。
基盤岩の上位には,礫質土層よりなる洪積層と粘土,砂,礫よりなる沖積層が分布し,表層には礫質土を主体とした崩積土が覆っている。
沖積層の層厚は,JR盛土下で15m~20mであり,おおむねN値5以下の粘性土よりなる。
この粘性土は,礫質土層により上下2層に分けられるが,上層は層厚2m程度,下層はJR盛土下で層厚10m程度である。上層の粘性土は,含水比45%,湿潤密度1.75t/m3,粘着力C=2.0tf/m2程度であり,下層の粘性土は,含水比40%,湿潤密度1.80t/m3,粘着力C=4.5tf/m2程度の値を示している。いずれの粘性土も若干過圧密であるが圧縮性に富んでいる。
3 解析検討の流れ
今回の解析および検討の流れを図ー2に示した。なお,設計目標安全率は,以下のとおりとした。
供用開始時 Fs=1.25
施 工 時 Fs=1.10
4 許容変形量について
実際の施工に際して,JR線への影響を評価するために許容変形量と管理基準値を設定した。
JR鹿児島本線は在来2級線であるから,その整備に必要な許容変形量を「在来線整備心得」,「在来線軌道整備基準」より水準,通りとも8㎜とした。しかし,これは軌道延長10m当たりの値,即ち相対変形量である。当該区間は,縦断方向に変形に関する軟弱な粘性土の分布状況が変化しているため,軟弱層の厚さをパラメーターとして,相対変形量8㎜に相当する許容変形量(ある断面における絶対変形量)を算定し,33㎜とした。また,管理基準値は,許容変形量の70%と考え,23㎜とした。
5 安定検討
(1)解析方法
安定解析は,円弧すべり分割法の一つである修正フェレニウス法によりおこなった。計算方法は,「道路土工 軟弱地盤対策工指針」(日本道路協会)に従った。
(2)安定解析結果
検討断面についての常時の安全率は.Fs=0.757(<1.25)となり,何らかの対策工が必要という結果がえられた。
6 応力変形解析
(1)解析方法
応力変形解析は,施工時の地盤の変形の予測とその対策工の検討のためUNICOUPにより弾粘塑性解析をおこなった。このプログラムは,粘性(クリープ),異方圧密,ダイレタンシーなどが考慮され,粘性土の力学的な挙動をほぼ完全に取り扱える「関ロ・太田モデル」を取り入れたものである。
解析に用いた定数を表ー1に,解析モデルおよび変形の着目点を図ー3に示した。
(2)解析結果
無対策時の検討結果を着目点の鉛直,水平変位として表ー2にまとめて示した。
これによれば,鉛直変位量(沈下量)は盛土中央で68.7㎝,JR盛土法肩で2.6㎝であり,水平変位量は,盛土端部で23.1㎝,JR盛土法肩で22.0㎝となる。
これらの結果,4章で述べた許容変形量を上回るため何らかの対策工が必要となった。
7 対策工の検討
(1)工法の選定
安定検討および応力変形解析の結果,検討断面については,安定性は言うまでもなく,JR線の変形についても問題があることが判明した。
対策工法は,種々の軟弱地盤対策工法の中から盛土の安定と変状抑止に効果が期待できる工法として荷重軽減工法(EPS工法,軽量盛土工法)と地盤改良工法を選定した。
荷重軽減工法は,盛土荷重を軽減することにより滑動力および地中応力を低減し,安全率を大きくするとともに沈下および側方変位を小さくするものである。
また,地盤改良工法は,改良部の地盤のせん断強度を増すことによりすべり破壊を抑止するとともに,改良部の剛性を増すことにより改良部外縁の地盤変形を抑制するものである。
(2)安定性に関する対策工法
1)EPS工法
道路盛土の路床および法面を除く全体について盛土材としてEPSを用いた場合,すべりに対する安全率は,Fs=1.91となる。
2)軽量盛土工法
道路盛土の路床および法面を除く全体について盛土材として発砲ビーズ,セメントおよび山砂を混合した盛土材を使用するもので,盛土材の密度を0.5,0.8,1.0tf/m3とした場合のすべりに対する安全率から目標とする密度を決定した。安定計算の結果を図ー4に示した。
この結果,目標安全率Fs=1.25に対応する盛土の密度は,γ=0.9tf/m3となった。また,この場合の盛土材のせん断強度は,C=3.2tf/m2,φ=12°とした。
3)地盤改良工法
地盤改良は,機械攪拌式深層混合処理工法によることとした。また,改良後のすべりに対する安全率は,改良部のせん断強度,改良幅,改良部の位置により種々の値が求められる。ここでは,改良部の位置を盛土端部(擁壁部)とし,改良部の平均せん断強度をC=20tf/m2として円弧すべりに対する安全率および改良体の滑動,転倒,支持力に対する安全率から目標とする改良幅を決定した。
安定計算の結果を図ー5に示した。
この結果,目標安全率Fs=1.25に対応する地盤改良の改良幅は,12m以上が,必要であるという答が得られた。
以上のようにEPS工法,軽量盛土工法,地盤改良工法いづれも安定対策工法としては,採用可能であることがわかった。
(3)変形に関する対策工法
1)解析ケース
JR線の変状検討には,前述の応力変形解析と同様の手法で行った。
検討断面は,安定対策工法として採用可能であるEPS工法,軽量盛土工法,地盤改良工法を対象とした。このうち,軽量盛土工法は,他工法との併用も考慮して,盛土材の密度を変えた3ケースについて,また,地盤改良工法については,改良幅を10mおよび20mとした場合について,計5ケースをおこなった。
解析をおこなった10ケースを表ー3に示した。
2)検討結果
検討結果の1例(ケース10:地盤改良工法,改良幅20m,改良体強度qu=4kg/cm2)を図ー6に示した。また,その結果をまとめて表ー4に示した。
この結果,EPS工法(ケース2)は,鉛直変位量は1㎝以下となるものの水平変位量が12.6㎝であるため,JR線の変状抑止対策工としては採用できない。
また,軽量盛土工法も,最も盛土材料密度の小さいケース3でも水平変位量が10.8㎝であり,変状抑止対策工としては,採用できない。
地盤改良工法は,改良幅10mの場合は,改良部の強度を大きくしても水平変位量は,5.0㎝であり,管理基準値を越えるため採用できない。しかし,改良幅を20mとした場合は,改良部強度を4kg/cm2としても水平変位量は,2.2㎝であり管理基準値を満足する。なお,ケース10は,ケース9と同じく施工幅は20mであるが,擁壁工とその基礎杭工の施工を考慮し,改良位置を若干海側にずらしたものである。
以上の検討の結果,安定対策とJR線の変状抑止対策工法として,地盤改良工法(DJM)を採用することとした。
8 工法の選定と施工法について
対象地区の支持地盤は,砂礫層(N値10~31),風化頁岩(N値>50)よりなるが,約15度程度傾斜している。このため,支持地盤への改良体の着底が不完全な場合,支持地盤と改良体の境界部で滑動する危険性がある。このため,改良体を支持地盤へ確実に着底させる必要がある。
また,JR線から約10mの地点で地盤改良を実施するため,施工によりJR線を変状させないような工法を採用する必要がある。
以上の観点から,硬質地盤用ビット付き深層混合処理機攪拌翼によるDJM工法を採用することとした。
この工法は,攪拌軸の先端にビットを取り付けるだけで済むため通常施工と経済性もほとんど変わらない。N値30程度の地盤では施工可能であり,N値50の砂礫層での施工実績がある。なお,当該区間での深層混合処理工法の基盤岩への根入れは,50㎝とした。
9 施工管理と動態観測結果
応力変形解析によれば,変状抑止対策工法として地盤改良工法を施工した場合でも,JR盛土法肩で2.2㎝,同法尻で2.4㎝の水平変位が生じることが予測された。これは,JR軌道の管理基準値2.3㎝とほぼ同じ値であり,施工に際しては,動態観測による施工管理が必要と考えた。
前述のケース10におけるJR盛土の法尻,法肩の地盤の水平変位の予測を図ー7に示した。これによれば,地中部では,地表面の変位を越えるような大きな変位は発生せず,深度16m以深では変状は発生しないという結果であった。
図ー8は,検討対象としたNo.191付近のJR盛土法尻に設置された地中傾斜計の観測結果である。なお,この図に表された変位量は,地盤改良工,擁壁工基礎杭工,擁壁工終了後を初期値とした,路体盛土施工時の累積変位量である。
これによれば,JR盛土法尻の道路盛土施工にともなう水平変位量の累計は0.6㎝程度と管理基準以下であった。これにより,JR線に影響を及ぼすことなく道路盛土を完了することができた。
10 おわりに
道路建設に際しては,本工事のようにJR線など既設構造物と近接して盛土工事を計画する場合が多々ある。この場合,既設構造物の保全とその対策工事費が高価となる場合が多いことから,盛土に伴う既設構造物に対する影響の評価は極めて重要な問題である。
今回は,応力変形解析により,JR線への影響の評価と対策工の検討をおこなったが,地盤条件の設定,解析条件の設定など難しい問題もあり,今後さらに解析技術を向上させ,より無駄のない設計施工に向けて努力していく必要があると考える。