地理情報システム(GIS)の活用に関する現状
大成ジオテック株式会社
専務取締役
専務取締役
横 山 巖
1 はじめに
情報処理技術の進歩により,さまざまな業務でいわゆる「情報化」が進展してきている。たとえば,文書作成をワープロソフトで,簡単な集計や作表を表計算ソフトで行うのは既に当たり前である。データベース処理や測最・設計CADの使用も難しい話ではなくなった。さらに,インターネットをはじめとする情報ネットワークの利用も進み,効率的な情報の交換と共有化を図る仕組み(CALS等)が検討されている。
一方,地図は建設事業の企画から調査,計画,設計,施工,維持管理に至る全ての段階において必須な資料であることは言うまでもない。ところが,地図の情報化については,地図に記載された地理情報が,位置という連続的な空間情報を持つ膨大な情報であるため,ワープロやCADに比べると普及が遅れていた。しかしながら,これを取り扱う地理情報システムが個人レベルでも使えるようになり,また,地理情報の高度利用と共有化による業務の効率化が強く望まれてきたこともあり,地理情報システムの普及が本格化してきた。
地理情報システムとは,地理情報をコンピュータ上で取り扱うための手段の総称であると言え,地図を使っている業務には何らかの形で利用できる可能性がある。この場合,地理情報システムに対するイメージは,業務ごとに大きく異なることは明らかである。そこで,本文では地理情報システムの活用に関する現状を概要的に報告させて頂くものとする。
2 地理情報システムとは
地理情報システム(Geographic Information System:以下GIS)の明確な定義は定まっていないが,広い意味で,「空間データ(spatial data)を処理する情報システム」であるとされている。
空間データとは,米国大統領令12906号の国家空間情報基盤において,「地球上の自然,あるいは人工の物の形を表す位置と属性情報を意味する。この情報は,リモートセンシング,地図,測量から得られるものである。統計データもこのなかに含まれる」とされている。
人間の活動や地球上の事象は,ほとんど「どこで」という空間的要素を持っているので,空間データとしてカバーされる範囲は非常に広いものとなる。例えば,地形,地質,土壌,土地利用,植生,気象,人口,産業,交通,運輸,施設,文化財から,観光地や住所といった情報まで含まれる。最近では,GISに時間的要素も加えようという動きまでもある。
3 地理情報システムの機能
GISの機能は様々に分類されようが,ここでは次の4点に集約し,その内容を述べる。
●地理情報の作成・更新および表示・検索
●地理情報の視覚化・マルチメデイア化
●評価・解析・予測への利用
●地理情報の総合的利用による意思決定支援
(1)地理情報の作成・更新および表示・検索
GISでは既存の地図や測量成果ならびにリモートセンシングデータから,大量の地理情報を取得し,データベース化する機能が必要である(図ー1)。既存の地図をデータベース化する場合,スキャナを用いてラスターデータと呼ばれるイメージ情報で取得するか,ディジタイザを用いてベクトルデータと呼ばれる個々の地物の座標情報を取得する2つの方法がある。ラスターデータは安価に作成できるが,地物を個別にデータ化できないため背景情報として利用される。一方,ベクトルデータの作成は高価であるが,地物を種類別に階層化したり属性情報を付加できるため,地理情報を視覚化した主題情報として活用される。
地理情報データベースは,図ー2に示すように階層化(レイヤ化)して管理されている。ある密度以上の地理情報を同時に表示した場合,情報が輻輳し判読不可能となるが,レイヤ化により利用目的に応じて表示レイヤを選択できるようになる。地理情報のデータベース化は,GIS活用に向けて最初に取り組まねばならぬ関門であり,この整備に多大な労力が費やされているのが実状である。特に,行政における都市情報管理や,行政ならびに企業におけるユーティリティ施設等の施設情報管理では,地理情報データベースの整備と維持更新が重要な位置を占め,また現状では需要の大きい分野となっている。
GISには,データベース化された大量の地理情報の中から任意の場所を,範囲指定や図面番号指定,あるいは住所や目標物指定により高速に検索・表示する機能がある。この機能は,カーナビゲーションシステムで広く一般に普及している。また,施設等に付加した属性情報に基づき,特定の条件に合う対象物を検索できる。このため,都市情報管理や施設情報管理など大量の地図を扱う業務では,GIS利用により,業務の高度化と効率化が期待される。
(2)地理情報の視覚化・マルチメディア化
地理情報の視覚化は,GISで最も良く使われる特徴的な地理的解析機能の1つである。前述した「地理情報の作成・更新および表示・検索」機能は,地理情報のデータベース機能そのものであるが,地理情報の視覚化機能は,データベース化された地理情報を利用者に分かり易く表現するユーザーインターフェースを提供する。視覚化の例として図ー3,図ー4を示す。
図ー3は,建物一棟ごとに調査された建物用途や階層,構造など,建物図形に付与された属性情報に基づき彩色表示した建物現況図である。同様に,図ー4は,市町村図形に属性情報として付与された市町村の人口や産業などの統計情報に基づき市町村ごとの彩色表示を行い,これに統計量に応じた大きさの円グラフや棒グラフを重ね合わせた地域統計解析図である。このように,特定の情報に基づき作成された図面を主題図と呼ぶが,GISでは地図に表示されていない地物の属性情報を使って容易に主題図を作成することができ,評価・解析・予測や意志決定支援に活用される。
また,最近のコンピュータでは,画像や映像,音声といったマルチメデイア情報を取り扱うことが容易となった。マルチメデイア機能をGISに取り込むことにより,図ー5に示すように,地理情報に対して属性情報だけでなく,図面や写真,動画等をリンクさせることができ,施設管理やナビゲーションシステムに利用されている。
(3)評価・解析・予測への利用
GISの地理的解析機能を高度に利用するものとして,評価・解析・予測など,調査・研究分野への適用が示される。この分野での適用範囲も幅広いが,建設分野に関連する例を次に示す。
・大規模施設の適地選定(ダム,最終処分場,発電所,飛行場など)
・都市施設の適地選定(集会場,病院,公園,道路など)
・自然環境解析(水質,騒音,振動,大気,土壌,地盤など)
・地域計画,都市計画,土地利用計画
・交通解析,交通計画,ルート選定
・防災シミュレーション
このうち,簡単な洪水避難シミュレーションの例を図ー6,図ー7に示す。
図ー6は,対象地域のランダム標高点から作成した3次元地形モデルである。この3次元地形モデルから推定した氾濫範囲を図ー7にハッチングで示している。図中に配置されているシンボル(■)は1次避難地の位置を示し,各避難地より一定距離でバッファゾーンを設けて実線で示している。また,破線は近接する避難地を等距離で分断しており,この様な領域分割図をボロノイ図と呼んでいる。このバッファゾーンおよびボロノイ図から,ある地点に最も近い避難地と,そこまでの距離を視覚的に把握できる。実際のシミュレーションでは,道路等を考慮する必要があるが,ここでは省略した。
次に,ボロノイ図は避難地の受け持つ避難区域であると言えるため,避難区域ごとの氾濫範囲に住む人口を,ポリゴンオーバーレイ機能により集計することができる。ポリゴンオーバーレイ機能とは,一部が重なり合う複数のポリゴン(閉合図形)間で,ポリゴンが持つ人口等の属性情報を使って,集合演算を行う機能である。
これらの地理的解析機能を用いることにより,各避難地に必要な収容人数を求めて実際の収容人数と比較するなどの現状分析を効率的に行い,避難区域の再設定や避難施設の拡充といった具体的な意志決定を支援することができる。
この様に,評価・解析・予測でもGISが利用されるが,これには専門的な知識も必要となるため,主に調査研究機関での利用が進んでいる。
(4)地理情報の総合的利用による意思決定支援
今まで述べてきた各種機能は,GISの要素技術である。これらの要素技術を活用することにより,GIS利用の最終目的である各種の意志決定を支援することが可能となる。意志決定支援の応用分野も多種多様にわたるが,このうちビジネス,施設管理および行政分野での利用例を次に示す。
ビジネス分野ではエリアマーケッティングヘの利用が進んでいる。これは,店舗の新規出店にあたって,周辺の人口特性や競合店の状況を把握し,出店場所の適地選定を支援するものである。マーケッティングヘの利用としては,顧客管理や販売状況管理,最適販売テリトリーの設定などもあるが,配送配車計画の支援など物流分野への利用も始まっている。
施設管理分野では,施設の維持管理や投資計画の支援に利用される。例えば,マンホール蓋の設置年月に基づき蓋の更新時期を予測することにより,合理的な施設管理を行うことができる(図一8)。また,下水管渠を新たに敷設する場合と,合併浄化槽を設置する場合の費用をGISで比較検討することにより,効果的な投資計画を策定することが可能となる。このような施設管理の対象としては,上・下水道や電力,ガス,通信などのユーティリティ施設のほか,道路(付帯施設・路面・植栽・法面等)や河川(河川敷施設・護岸・横断面等)などの公共施設が挙げられる。
行政分野では各種の行政業務を通じて,人口や産業,住宅,土地利用,災害,公害,開発,法適用,建物,景観,文化財,自然環境,都市施設,交通など,大量の都市情報が作成・保管・利用されている。行政分野において意思決定を行う場合の多くは,これらの都市情報を参照・利用する必要がある。しかしながら図ー9に示すように,これらの情報が複数の部署に分散していたり,資料が劣化するなどの問題により,資料収集に多くの時間を割いているのが現状である。このような環境においては,情報のネットワーク化とGISの活用により情報の総合的利用が進み,迅速かつ的確な意志決定が支援される,この様な利用法は「全庁型のGIS」と呼ばれており,今後の普及が予想される。
4 地理情報システム利用の現状
GISを利用者レベルで分類すると,国家,公共団体,公益事業,ビジネス,個人の5レベルとなる。これらのレベルにおけるGIS利用の現状を以下に述べる。
国家レベルでは,政府内にGISに関する省庁連絡会議が設置されており,GISの標準化と普及に関する検討が進められている。これに合わせて建設省国土地理院では国土空間データ基盤の作成事業を行っており,縮尺1/2,500レベルの骨格的(道路ネットワーク,河川など)な地理情報の全国的な整備が始まったところである。
公共団体のうち市町村レベルでは,都市計画や上・下水道,固定資産などの業務分野において,都市情報や施設情報,土地情報の管理に向けたGIS利用が進展している。市町村は都市基本図や道路台帳図などの大縮尺地図を作成し,多くの都市情報を調査・管理して住民サービスに供する役割を担っているため,地理情報データベース化を中心とする利用が進むと考えられる。
電力やガス,通信といった公益事業レベルでは,早くから施設情報管理のためにGISを利用している。特に政令指定都市では,㈶道路管理センターが中心となって,道路占用物件の管理を行い,道路埋設物情報の共有化を図っている。
ビジネスレベルでは,先にも述べたように,エリアマーケッティングや顧客管理にGISが利用されている。一方,大都市圏を中心として住宅地図データや道路地図データなど,GISの基盤となる地理情報が整備・販売されている。これらの地理情報を表示・検索する安価なソフトウェアも販売されており,その活用範囲が広まるであろう。
個人レベルでは,カーナビゲーションがGIS利用の代表例であるが,最近では個人携帯型のGISという意味で「モバイルGIS」と呼ばれる概念も生まれており,機器やソフトの価格低下が進めば大きな普及が見込まれる。
また,GISの変わった利用例としては,徘徊癖のある老人の居場所を,PHSとGISにより見つけ出すサービスがある。これは,最寄りのPHS基地局からの距離から,大まかな位置を割り出すシステムを使ったものである。PHSの代わりにGPSを使うことにより,産業廃棄物の運搬監視など,建設分野でも応用されるであろう。
5 地理情報システムの今後
建設省が平成7年5月に策定した行政情報化推進計画では,「各業務に共通して利用できる甚本的なデータ及び検索利用頻度の高いデータについては,データベースの整備を推進する」とともに,「行政情報のビジュアルな高度利用を目指して,各種情報と地理情報を組み合わせた地理情報システム(GIS)の整備を図る」ことが示されている。
この様に,建設分野においてもGISはCALSと並ぶ情報化および効率化に向けたキーワードとなっている。
また,最近では情報ネットワークの構築も容易になり,インターネットに代表されるオープンなネットワークも晋及してきた。既にインターネット上のGISも存在し,企業広告等に使われている。今後はGISと情報ネットワークの融合がさらに進み,地理情報の共有化が本格的に進んでいくと予想される。
一方,リモートセンシング分野では,地上解像度1~3mの高分解能衛星打ち上げが予定されており,GISの基盤情報として活用が期待される。
6 おわりに
弊社では,GISのデータ整備やシステム開発に取り組み始めて十数年が経過した。当初と比べると,情報処理機器の性能向上や価格低下が劇的に進み,また最近ではGISの標準化やデータ整備の動きがいよいよ本格的になってきたことから,GISを取り巻く環境が大きく変わろうとしている。本文ではGISの概要について私見を述べさせて頂いたが,今後もGIS利用法に関する研究を進め,よりよい提案を行っていきたい。
参考文献
1)横山巌・樗木武,自治体における地理情報利用とGIS整備のあり方に関する調査研究,平成9年度日本都市計画学会学術論文発表会
2)江崎哲郎・周国云,GIS入門,トンネルと地下,平成9年5月
3)久保幸夫,新しい地理情報技術,古今書院
4)秋山実,地理情報の処理,山海堂