台風19号とその後の対応
(松原・下筌ダムを事例として)
(松原・下筌ダムを事例として)
建設省川内川工事事務所所長
(前 建設省九州地方建設局
河川部河川管理課長)
(前 建設省九州地方建設局
河川部河川管理課長)
上 杉 達 雄
1 はじめに
平成3年9月27日北部九州を襲った観測史上最強の台風19号は,筑後川・山国川・矢部川・遠賀川・菊池川等の流域に大きな山林被害の爪跡を残したが,この後遺症が現実の問題として,平成5年6月18日の出水により発生した。中でも筑後川上流・松原・下筌ダム流域では,随所に山腹崩壊が発生,両ダムの貯水池内には過去最大の流木が流入し,ダム管理の危機に直面したが,九州地建では既設網場のロング化および上流に更に増設と云う網場の二重化を実施すると共に,流入木の処理対策,堆砂処理対策等について事前の検討を加え,万が一に備えていたため迅速な対応が出来,ダム管理の危機の回避および筑後川下流域を流木災害から守ることが出来たので,ここに反省等も踏えその概要を報告するものである。
2 台風19号による被害状況
9月27日の16時過ぎ長崎県佐世保市の南に上陸した台風19号は,長崎市で54.3m/s,阿蘇山で60.9m/s,筑後川上流大分県日田市で44.4m/sの最大瞬間風速を記録するなど典型的な風台風で広範囲において暴風が吹き荒れたため全国各地で風速の記録が塗り替えられた。
幸いにして有明海は最干潮であったため高潮による被害は免れたが,佐賀・福岡の両県を中心とした家屋被害の続出,更には水稲,果樹園等にも大きな塩害被害等が発生した。なかでも,大分県を中心とした山林被害については風倒木被害のみならず,今後について計り知れない大きな問題を残すこととなった。
九州各県における風倒木被害の面積は,表ー1のとおりである。
3 九州地建の対応
台風19号の風倒木被害に鑑み二次災害を防止するため,管内に風倒木対策総合調整連絡会を設け情報連絡を密にすると共に水防連絡会の場等を通し,国,県,流域内市町村において下記事項を確認するとともに,施設管理者への指導も行うこととした。
(1)風倒木対策(直轄の対応のみ)
・主な水系の河川区域内における風倒木の除去(4水系計・3,019本)
・ダムにおける流木止(網場)の二重化(松原・下筌・耶馬渓ダム)
・要注意工作物の抽出および公表(4水系,Aランク102橋梁,Bランク48橋梁,Cランク17橋梁)
・棚工の設置(2水系)
(2)監視体制の整備
・水防団等地元関係者からの山腹崩壊,流木発生情報の市町村での通報体制の整備依頼
・市町村からの報告様式の統一化
・河川の主要箇所に河川監視員の配置
・河川巡視を強化し,倒木流出状況の把握
(3)情報連絡体制の整備
・国,県,関係市町村等での迅速な連絡体制の整備
・通信系統の確認
(4)風倒木被害区域および直轄区間の流木警戒工作物の周知
・五万分の一の図面等により県・市町村に提示
・二次災害の防止に向けて地域住民への周知徹底および避難,警戒体制の強化の依頼
(5)可動堰等の(暫定)操作
・可動堰に流木を貯留させないためのゲート操作の実施および各管理者の指導
4 直轄管理ダムによる対応
ダム流域における風倒木被害の状況は,松原ダムで1,100ha,下筌ダムで1,760ha,耶馬渓ダムで1,070ha等が発生しているが,その大半は未処理の状態のままであり雨期における集中豪雨時には山肌が強風において煽られているため山腹崩壊を伴ってダム貯水池内へ多量に流入して来るものと予測される。このためこの3ダムにおいてはダム管理における危機を回避するため既設網場のロング化,上流に更に一箇所増設する網場の二重化および流入した流木を迅速に処理するため流入流木量を想定した処理対策計画書の策定並びに山腹崩壊等による流入する土砂についても貯水池の有効容量を大きく侵す状態が発生すれば簡易な測量によりその量を把握し,直轄河川等災害復旧事業費で対応する計画も併せて策定した。
(1)立ち木の沈降実験
貯水池に流木が流入した場合,それらが洪水吐きに掛かりダムの機能が低下し,二次災害を引き起こす可能性があるため,その対策として網場の設置が義務付けられているが,台風19号による山林の荒廃状況を見るとき,かつて経験したことのない大きな異変の兆候が感じられ,山腹崩壊に伴う流木の貯水池内への流入,その後の拳動についても不確定な要素が多い。このため,実際に風倒木等を利用した貯水池内での立ち木の沈降実験を行いその性状を把握すると共に,その結果を基に網場の設置位置等の検証を行った。
沈降実験は耶馬渓ダムの貯水池を利用して立ち木が貯水池内に流入した場合どの程度の時間浮遊し,沈降するかが定性,定量的にも把握されていない現状であり,その状況を把握するため,
・立ち木の乾湿状況から来る沈降状況
・樹種による沈降状況
・長尺ものの状況
等について実験を行った。
実験に利用した樹種は表ー2のとおりである。
実験結果より下記についてのことが判明した。
・生木でも40日程度は貯水池に浮くことが確認されたので,網場に掛かった流木は40日以内に必ず撤去する必要があること。
・半生・乾燥した流木は実験期間中(2.5ヶ月)では沈降しなかったこと。
・杉,檜は生木,気乾木であれ投入当初は全て浮遊すること。
・生木5本のうち44日で2本は沈降,他の3本は80日でも沈降しなかった。
・一年間放置された風倒木および長期間保存された杉材は80日でも全て浮遊すること。
・根付・葉付の長尺物,山出し玉切りされた木材も全て浮いたこと,ただ根付の折損木は根に石,土砂付ではそのままで沈降したが,石,土砂を外したものは横になって浮き,3週間経過後には浮子の様に根を下にして浮いたこと。
・カシ,クヌギの生木はそのまま沈降したこと。
・見かけの比重が1.05以上になると沈降すること。
・沈降速度については測定出来なかったこと。
(2)流木除去対策計画の策定
貯水池に流入して来る流木を速やかに除去し,ダム管理の万全を期すため,事前に貯水池周辺の風倒木の状況を考慮した想定流木量に対する処理計画を策定することにした。
松原・下筌ダムの実績にみる年平均的な流木の流入量は1,000m3程度であるが,貯水池の面積等も考慮し表ー3のような数量を設定すると共に,荷揚げ場の造成,搬出路の設置については平成5年の出水期前までに完成させることにした。
また,大量の流木の引き上げ後の仮置場についても山間部であり広場的な土地の確保が困難なため事前に現地調査等を行い,仮置場や簡易焼却場の場所を決定した。
対策計画書の組立ては,流木を大型焼却炉により焼却する場合と有効利用する場合の二通りの考え方に設定流木量の3ケースを組み合わせることを骨子として策定した。
内容的には,
・災害申請の手続き
・流木の処理方法
とに分け,災害申請については被害数量の確認方法,写真整理のあり方,復旧額の積算方法,申請書の作成についての検討を行ったが,なかでも被害数量については,流木の流入状況により,密集している場合,小数に分散している場合,多数に分散している場合の考えを整理し,被害数量に大きな開差が出ることのないように努めた。
また,流木の処理方法については設定流木量毎に作業の概念図とフロー,更には作業の全体的な考え方が平面的に判断出来る図面を作成すると共に,作業の制約条件である工程から労務・機械等の要確保量の算出を行い,緊急時における近隣の施工業者の保有機械および労力の実態も把握し,不足する機械についてはリース会社の保有機械も対象として考えた。
検討結果は表ー4のとおりである。
また,図ー1に流木処理の概念図を示す。
(3)流木が放流管まで到達する可能性の検討
立ち木の沈降実験結果等から,既設網場における流木が放流管までに到達する可能性について検討を試みてみた。
仮定条件としては,下記事項とした。
① 流木は第一網場に到達した時点で沈降を始める。
② 貯水位はサーチャージ水位で計画流量放流とする。
③ 沈降速度は実験値(30cm/s,比重1.06:水槽実験)の2/3(20cm/s)とする。
④ 貯水池内流速は網場地点平均流速の3倍とする。
その結果は表ー5のとおりであり,最も危険側表で計算した場合でも,松原,耶馬渓ダムについては流木が放流管までに到達しないが,下筌ダムについては,その危険性があり得るので網場更新時に上流側に設置する必要性が判明した。
九州における直轄ダムの網場の設置状況は表ー6のとおりであり,網場の二重化はこれでほぼ完了した。
5 平成5年6月出水の概要
対馬海峡に停滞していた梅雨前線は,低気圧の接近に伴い6月18日未明頃より活動が次第に活発となり,この前線に向かって,南の暖かい湿った空気が流れ込み,九州地方では大気の状態が非常に不安定となり,強い雨域は熊本県北部から大分県西部にかかり18日昼過ぎまで豪雨をもたらした。
なかでも,筑後川上流,下筌ダム流域の鯛生観測所においては1時間雨量70mm,また,栃野観測所においては3時間雨量143mmを記録するなど上流域の各観測所がこれに近い値を記録した。このため下筌ダムの流入量は計画高水流量を大きく上回る2,192m3/sの流入量を記録した(図ー2参照)。
台風19号の後遺症に集中豪雨が相侯った松原・下筌ダムの貯水池周辺では山腹崩壊が随所に発生,松原・下筌ダムの貯水池内は流入してくる流木の貯木場と化した(図ー3および写真ー1,2,3,4,5を参照)。松原・下筌ダム周辺に発生した山腹崩壊は松原ダム貯水池周辺で34箇所,下筌ダムの貯水池周辺で12箇所発生したが,時間的には6月18日の11時から12時の間に集中して発生しており,1箇所当たり幅で30~40m,延長で300~500m,深さで2~3mの崩壊となっており,渓流には沢山の流入予備軍の流木の堆積が土砂の中に埋まっている状況下にある。
今回,松原・下筌ダムに流入した流木量は松原ダムで26千m3,下筌ダムで39千m3の量をみたが,あらかじめ策定していた流木処理対策計画に基づき,直轄河川等災害復旧事業費による大蔵省協議を進め,6月22日より7月20日までの日時において貯水池内の流木の取り除きを行い仮置きするまでに至った(写真ー6)。
今回発生した,流木災に関する経緯は次のとおりであるが,この後の対応について現在頭を悩ませているところである。
6月18日 流木災の発生
6月22日 災害採択(緊急災)
6月22日 流木撤去開始
7月20日 流木撤去・仮置完了(3ケ所,65千m3)
7月28日 水難救護法に基づく流木の引渡し(大山町・中津江村)
9月27日 水難救護法に基づく公告(大山町・中津江村)
6 反省と今後の課題
ダム管理における危機回避のため事前の対策や検討を進めた結果平成5年出水で見る限り一つの成果を期待することが出来た。このことを反省も含め,まとめてみると,
・網場のロング化および二重化の効果は大きかった。
・流木処理対策計画策定の成果はあった。
・立ち木の沈降試験の成果は一つの判断材料として心強い成果であった。
・台風の後遺症には想像を絶する問題があること。(交通網,送電線等の途絶,大規模山腹崩壊の発生等)
・ダム管理について4月の人事異動には問題があること(出水明けの方が良い)。
・貯水池に流速が発生する場合には網場の効果は期待出来ないこと。
・2.5m以上の網場設置の必然性は薄いこと。
・今後の発生を考える時焼却炉,炭焼き釜の設置は必要であること。
・近距離における流木等の仮置場の確保が必要であること。
・今回水難救護法を適用したが,適用する判断基を明確化する必要があること(量・流下物)。
・貯水位に追随する荷上げ施設の設置が必要であること。
・再利用等の処分方法の方向を見い出す必要があること(マニュアル化・組織化あるいは受け皿つくり等)。
・渓流におけるスリットダム対策の促進が必要であること。ただし,除去の問題が残る。
・出水が数次におよぶ場合に管理所対応では限界があること。
・流入木の山林地主の特定は不可能であること。
・集中豪雨には風倒木処理済みの山ほど崩壊がひどかったこと。
等の課題があるが,今後の発生時についても水難救護法を適用するとすれば,関係する自治体の全面的な理解と協力および引き上げ時から自治体との間に処理についての協定等を締結し,河川管理者が全面的に支援して行く体制がとれなければこの法の適用は今後非常に困難になるものと思われる。
7 おわりに
台風19号の残した後遺症には,中・長期的な間題も含め計り知れないものがある。
今回目前に迫ったダム管理の危機を回避するため直轄3ダムについては網場の二重化および事前に流入木量を想定した処理対策を策定していたため松原・下筌ダムについては直轄河川等災害復旧費により貯水池より流木を撤去し仮置場へ運搬するまでの事務処理については機敏な対応が出来た。しかし,その後の対応の筋書きは完全に崩れ暗中模索の状態となってしまった。「水難救護法」の適用の足かせもさることながら,報道の威力により流入木の処理についての方策が全国注視の的になってしまい,今後発生するであろうダムヘの流入木の取扱いの先鞭的な役割をも考えざるを得ない状況下に迫込まれてしまった。
平成4年の台風10号においても追い討ちをかけるかたちで倒木被害が筑後川流域では発生したが,今回の13号では宮崎,鹿児島,熊本の3県においてかなりの面積におよぶ風倒木被害が発生しているし,19号の後遺症が残っていた山国川においては随所に山腹崩壊が発生した。19号の後遣症は一説によれば20年以上続くのではないかとも云われているが,何時の時点かにはこの問題も風化してしまうかもしれない。現在は流域の住民,関係機関等が現実の問題として直視しており,防災についての対応も危機意識が優先するなかで機敏な行動がとれている。
今後も今年規模の山腹崩壊の発生は最低でも5~6回は考えられるし,よりきめこまかい事前の対応の構築が更に必要となって来ると思われる。