道路橋基礎の限界状態設計法に関する最近の話題
建設省土木研究所
基礎研究室長
基礎研究室長
岡 原 美知夫
建設省土木研究所
基礎研究室研究員
基礎研究室研究員
木 村 嘉 富
九州大学教授,
工学部水工土木学教室
工学部水工土木学教室
落 合 英 俊
㈱建設技術研究所福岡支社
技術第2部次長
技術第2部次長
松 井 謙 二
1 はじめに
欧米では,既に構造物の設計法として限界状態設計法が導入されており,さらにこの設計法を確立するべく研究が続けられている。我が国においてはコンクリート標準示方書(土木学会,昭和61年制定)で限界状態設計法が採用されており,近年,道路橋に関する設計法を,従来の許容応力度設計法から限界状態設計法へ移行するべく各方面で鋭意研究が進められている。
さて,我が国の道路橋下部構造に関する限界状態設計法の研究はまだ緒についたばかりであり,基本的な考え方などについては,海外基準や文献などを参考にしながら議論を重ねて行かなければならないのが現状である。しかし,海外においてもこの設計法を基礎について整備した基準は数少なく,また,我が国においては構造物の規模が地震などによる大きな横方向荷重によって規定されることが多いことから,これらの観点からの研究も必要である。
このような背景から昭和63年度から3カ年にわたり(財)国土開発技術研究センターにおいて“道路橋下部構造の限界状態設計法に関する調査研究委員会”1)(以下,研究委員会という)が設置され,限界状態設計法を採用している海外基準の調査に始まり道路橋基礎における限界状態の定義などの研究が行われている。さて,現行設計法が確定値に基づいて設計を行うのに対して,新設計法は荷重または抵抗力の不確定性を考慮した準確率論的設計法と言うことができる。例えば基礎の安定計算においては,不確定性に対する安全余裕度の確保のため従来から慣用的な安全率が用いられてきたが,限界状態設計法では不確定性を定量的に考慮した安全係数を用いる必要がある。この方面の研究も重要である。
本文では最近の話題として,上記研究委員会での討議に基づく海外基準の現状と限界状態設計法に係わる種々の定義を述べる2)とともに,著者らが研究を進めている地盤の不確定性を考慮した杭の鉛直支持力に関する安全係数の評価法に関する一提案3)を紹介するものである。
2 限界状態設計法の概要
研究委員会では研究を始めるにあたり,基礎の設計に限界状態設計法を採用している海外基準の調査を行った。調査した海外基準の中で,下部構造に限界状態設計法を取り入れているのは次の4基準であった。
(a)DNV(1977,海洋構造物,ノルウェー)4)
(b)OHBDC(1983,道路橋,カナダ)5)
(c)CFEM(1985,建築基礎,カナダ)6)
(d)FIP(1985,海洋コンクリート構造物)7)
各基準で示されている限界状態の種類は,終局限界状態と使用限界状態の2種類であり,DNVのみがこれに加えて疲労限界状態と進行性破壊限界状態を設定している。目標安全度についてはCFEMが従前の許容応力度設計法へのキャリブレーションによっているのに対し,OHBDCは目標安全性指標βを3.5としている。
終局限界状態の安定照査項目は,浅い基礎と深い基礎で異なるが,変位量の具体的規制値は見当たらなかった。また,鉛直支持力は浅い基礎,深い基礎とも全ての基準で照査している。なお,浅い基礎で転倒の照査を行っている基準は見当たらず,滑動照査についてはCFEMでは見当たらないものの,他の基準では照査している。深い基礎の水平支持力はDNVで複合地盤反力法を用いて照査しているが,他の基準では水平支持力照査は見当たらなかった。
これらの調査結果を踏まえ,限界状態設計法を「構造物の限界状態を定義し,設計耐用期間に構造物に作用する荷重などの外的作用に対して,構造物が所要の安全性を有して限界状態に至らないことを照査する設計法」と定義した。ここで,設計に用いる作用荷重,使用材料,地盤定数などはばらつきを有しており,また,設計計算では地盤や構造物を簡略化したモデルを設定しているため,荷重効果(作用力,断面力)や抵抗力の評価には不確定性が存在する。これらのことを考慮して,限界状態に対する安全性を確保するために,特性値および安全係数を用いることとした。
特性値,安全係数,設計値の概念を図ー1に,設計における安全係数の位置づけを図ー2に示す。
3 道路橋基礎の安定に関する限界状態
研究委員会では橋梁下部構造の設計で考慮すべき限界状態を,構造物の損傷,使用性の程度により図ー3に示す3種類の限界状態を設定した。
限界状態Ⅰは,構造物に落橋などの破壊的な損傷が生じない限界の状態であり,設計耐用期間に極めて稀に作用する荷重に対し,限界状態Ⅰに至らないように設計することとする。この範囲では,構造物および地盤は破壊を生じず,作用荷重によって生じるエネルギーを十分吸収できる変形能力を有している。したがって,部材の終局耐力,地盤の極限支持力のほか,落橋などの破滅的な損傷が生じない変位量に抑える必要がある。
限界状態Ⅱは,構造物にほとんど損傷が生じない限界の状態であり,設計耐用期間に稀に作用する荷重に対し,限界状態Ⅱに至らないように設計することとする。この範囲では,部材および地盤には有害な残留変位が生じず,構造物の挙動は弾性的と考えてよい。したがって,部材,地盤とも降伏点に対して照査を行うこととする。
限界状態Ⅲは,構造物の使用上有害な変状を生じず,所要の使用性および耐久性が確保される限界の状態であり,設計耐用期間に常にもしくはしばしば作用する荷重に対し,限界状態Ⅲに至らないように設計することとする。基礎および地盤に係わる各限界状態の特徴を表ー1に整理した。
4 杭の鉛直支持力に関する安全係数
限界状態設計法は荷重や抵抗力の評価など種々の不確定性に対処するために,抵抗係数や荷重係数といった安全係数を定め,それらの係数を有する設計基準式に基づいて決定論的手法で設計を行うものである。ここでは安全性指標β(信頼性設計レベルⅡ)と安全係数FR,FSとの関連を述べ,場所打ち摩擦杭における原位置での杭の鉛直載荷試験結果を考慮した支持力に関する安全係数の評価法の一提案を紹介する。なお摩擦杭を対象とするところから,ここでは先端支持力は無視する。
単杭の杭頭における杭頭荷重と杭の極限支持力の2つを対数正規確率変数として,図ー2の照査式を準用して,終局限界状態における支持力安全性を式(1)で表すこととする。
しかし,荷重係数が一定とみなせる場合には荷重係数と抵抗係数を一括して,1つの安全係数FR*として式(4)でまとめると,現行の許容応力度設計法における安全率と同じ形になる。
さて,ここで杭の極限支持力の変動係数VRとして載荷試験値およびN値の空間分布(場所による変動)を考慮した定式化を試みる。載荷試験値を,周辺地盤の杭支持力推定に適用する場合の支持力の変動係数VR1は,すなわち支持力係数(=周面摩擦力度f/平均N値)の変動係数Vαに一致するから,
これを式(4)に代入して,式(9)に示す載荷試験結果およびN値の空間分布を考慮した安全係数FR1*が得られる。
ここで添字「1」は,載荷試験値を考慮した安全係数の意味に用いる。ところで,安全係数値を設定するには目標とする安全性指標βを定める必要がある。各国の基準によれば,一般の建築物や道路橋構遁物のβとして2.0~3.5の範囲を採用している例が多い8)。例えば,A-58基準案では常時3.0,風荷重時2.5,地震荷重時1.75としている。ここではこれらの値を参考にして,βとして常時3.0,地震時1.5と設定する。また,杭頭荷重の変動係数VSは常時に関しては死荷重の影響が大きく,荷重変動の程度が少ないところから0.1程度を想定しておけば十分である。一方,地震の影響に関しては現行設計法へのコードキャブレーションによって0.3が得られる。
次に,杭の支持力を載荷試験結果から推定するのではなく,道示式など支持力推定式による場合の安全係数を考える。既往の多くの載荷試験データから,摩擦杭の周面摩擦力に関する支持力比(=実測支持力/推定式による支持力)の変動係数から,式(8)の左辺VRは0.361とおくことができる9)。また,式(8)の右辺項において,一般的な地層のN値の変動係数VNは既往のデータによれば概ね0.4程度である。さらに,推定式が作成された多数の載荷試験データの地点では試験杭位置と地盤調査の位置はほぼ一致しているところからλ/Aの影響は無視することができる。したがって,支持力推定式におる一般的な支持力係数の変動係数VR1は式(10)より,またそのときの安全係数FRは式(11)より求めることができる。ここで支持力推定式による安全係数はFR1*と区別するため「0」の添字をつける。
式(11)において常時状態を想定しβ=3.0,VS=0.1として,FR0とλ/Aの関係をVNをパラメータとして図化したものが図ー4(a)である。λ/A=0,VN=0.4のときFR0*は3程度となり現行基準の安全率に一致する。支持力の推定点が標本点から離れるにしたがい安全係数は増加し,かつ地層がもつ固有のN値の変動係数が大きいほどその傾向が強くなる。次にλ/A=0,VN=0.4のとき,安全係数FR0*が現行の地震時の安全率2に一致するように式(11)によりVSを求めれば,前述のようにVS=0.3が得られる。β=1.5,VS=0.3としたときのFR0*—λ/Aの関係を図ー4(b)に示す。常時に比べて,地震時の安全係数は距離λ/AやN値の変動係数にさほど影響をうけないことがわかる。現行設計法の安全率はλ/AやVNにかかわらず常に3であるが,地盤の不確定性を考慮した安全係数はλ/AやVNの大きさによって値が異なることになる。
現行の支持力推定式へのコードキャリブレションにより,地震時のVSを0.3と評価すればよいことがわかったので,常時β=3.0,VS=0.1,地震時β=1.5,VS=0.3の条件をもとに,載荷試験結果を考慮した場合の安全係数を式(9)により求める。載荷試験の安全係数は載荷試験に基づく支持力係数の平均値α によって変化するので,ここではα =0.5のケースについて,図ー5に示した。α =0.5の場合,常時におけるλ/A=0のときの安全係数FR1*は2前後となり,現行の安全率(または支持力推定式の安全係数)3に比べて,5割程度小さくてすむ結果になっている。これがすなわち載荷試験を実施し支持力信頼性を高めた効果と考えることができる。同様に地震時においても2割程度,安全係数は低減される。
5 おわりに
本文では我が国における道路橋基礎の設計に限界状態設計法を導入するための基礎的研究の成果として,新設計法の定義や構造物の損傷,使用性の程度により3つの種類の限界状態を設定したことを述べ,また地盤の不確定性を考慮した安全係数の評価法の一提案を紹介した。来年5月26日~28日にはCopenhagen(DENMARK)において,著者のひとりの岡原が委員をつとめるISSMFE(国際土質基礎工学会)Technical Committee on Limit State Designの主催による,土質基礎分野の限界状態設計法に関する国際シンポジウムが開催される予定である。我が国からも多くの論文が投稿されることになっており,各国の研究者や技術者との意見交換が期待されている。
参考文献
1)(財)国土開発技術研究センター:道路橋下部構造の限界状態設計法に関する調査研究報告書,昭和63年度~平成2年度。
2)岡原,中谷,木村:道路橋下部構造の限界状態設計法の適用に関する現状,第19回日本道路会議論文集739,pp,67-68,1992.
3)松井,落合:地盤の不確定性を考慮した摩擦杭基礎の支持力評価,土木学会論文集No.445/Ⅲ-18,PP.83-92,1992.
4)Det Norske Veritas:Rules for the design Construction and Inspection of Offshore Structures,1977.
5)Ministry of Transportation and Communications:Ontario Highway Bridge Design Code and Commentary(2nd Edition),1983.
6)Canadian Geotechnical Sociaty:Canadian Foundation Engineering Manual(2nd Edition)1985.
7)Federation Internationale de la Precontrainte:Recommendations for the Design and Construction of Concrete Sea Structures,1985.
8)星谷勝,石井清:構造物の信頼性設計法,鹿島出版会,1986.
9)岡原,中谷,田口,松井:軸方向押込み力に対する杭の支持特性に関する研究,土木学会論文集 No.418/IIIー13,pp,257-266,1990.