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生態系にやさしい川づくりの推進

建設省九州地方建設局
河川部河川調査官
田 中 愼一郎

1 はじめに(なぜいま「多自然型」なのか)
1989年フランスのアルシュで,先進国サミットが開催されたのを御記憶の方も多いと思いますが,このサミットで初めて環境問題が本格的に議論されたことはどうでしょうか。
20世紀も最後の10年に入り,環境問題が再び大きく取り扱われ始めています。今から20年ほど前にも大きな環境問題のうねりがありましたが,これは人間への直接的なマイナス影響の排除を目的とした「公害防止」型,または非常に大切な自然を重点的に保護しようという「保護主義」型であり,これらは,大きく見れば社会が進歩・発展していくなかで,最小限必要な調整的性格のものであったと言えると思います。
しかし今日議論されている環境問題は今までとは本質的に異なる点があると考えたほうが良いと思います。それは世界の経済活動の規模が大きく拡大し,その影響が地球の環境容量の中で収まらなくなってきたことが,地球の温暖化,オゾンホール,酸性雨等の問題を前に,次第に明白になってきた中で議論されていることからも明らかです。
これは産業革命という技術の革新と,近代合理主義という精神の革新のもと「地球の環境容量と資源は無限であり,自然と人間は相互に独立しており,人間の進歩はこれらを使って成長していく経済と共にある」として発展してきた社会が大きな転換点を迎えつつあるとの発想からの環境問題だからです。
産業革命と近代合理主義はここ百数十年の間に社会を大きく変えましたが,それらは「都市化」と「機能分化」という言葉で表されると思います。その中で公共部門も大きな問題に直面していると思います。それは,①大規模な人口移動による都市の拡大と,そこに住む人の心の都市化(自分の活動エリアの外は,自分は参加しない公共の分野とする)の進行によって,私的経済活動が大きく発展し,これに合わせて公共的サービスの提供が拡大され,これがさらに都市化を加速させさらに公共的サ—ビスの拡大が求められるというイタチごっこに陥っていること。②都市で要求される私的・公共的機能は常に分析的に捉えられ,さらに効果的に,さらに効率的に達成することが求められ,結果として単一機能の公共施設が大量に整備されてきたこと。などが指摘できると思います。

もっとも,すでに水問題,都市河川問題,騒音問題,ごみ問題等に見受けられるように,これらの問題解決のために,①公共側(供給側)の努力と平行した,私側(需要側)の抑制が,例えば渇水対策,総合的水対策等のなかで,同時に議論されていること。②多目的遊水地,河川プール等,施設の多目的化が図られているなど,多くの改善策が施されてきており,それなりの効果を上げてきていると思います。
しかし,今回問いかけられている環境問題への答えは,従来の解決策の単なる積み上げの中にはないように思えます。大上段に構えれば,産業革命以来の考え方の転換が必要だということです。つまり,(旧)自然と人間の関係が相互に切れた関係の中で,際限なく経済が成長していくことが社会の発展であるとの見方から,(新)両者の関係が大きく循環する一つの系の中で捉えられ,安定した経済システムが次第に充実していくことが社会の進歩となる,という見方に転換していくことが求められているのです。
そのためには,自然界の法則を無理のないように組み込んだ社会を形成していくことが今回の環境問題解決の基本コンセプトになりそうです。なぜならば自然は,多様な生物が多様な場所で生存できる状態を非常に長期間維持するという性質を本来的に持っているからです。
現代社会では数多くの社会資本が整備されてきておりますが,そのなかで河川事業はもともと自然公物を対象にするという特殊性があります。このことは,河川が,人間によって創り出される社会資本のなかで自然に一番近い形で整備保全されなければならないということにもなるわけです。そういう中で「多自然型川づくり」を考えていきたいと思います。

2 多自然型川づくりの課題
多自然型川づくりの目的は,自然の川が持つダイナミズムを考慮に入れながら,水害のない安全な川づくり・水利用のしやすい川づくりを行うと同時に,生物にやさしい,しかも美しい景観を持つ川の姿を創りあげることにあります。その意味で「川らしい川」を創ろうとする多自然型川づくりは,これまでの川づくりとは大きくその考えが異なっており,その影響は,河川計画,河道計画,ダム・遊水地計画,河川構造物の設計・施工,維持管理など河川管理全般に及んでいます。
河川の環境を考える場合,河川とその岸辺一帯を一つの単位として捉えることが重要で,この単位が生態学的に効果的に,可能な限り多様な動植物界にとっての生活圏(ビオトープ)として形づくられることが必要であり,かつこれらビオトープが河川・水路によって相互につながれ,ネットワークを形成されることが求められます。もちろん河川沿いには古くから人間生活が営まれており,人間生活と調和のとれた自然豊かな水辺づくりがつまり自然と共生できる川づくり,まちづくり・地球づくりが,多自然型川づくりの最終の目的となると思います。
日本における多自然型川づくりはまだ緒についたばかりであり,その全体像は必ずしも明確になっているわけではありませんが,その課題はいくつかの項目に大別することができます。
1)自然の力が持つダイナミズムを生かした河道計画
自然の川は,上流から下流まで様々な河道形態を持っており,瀬や淵,川幅の広い箇所,狭い箇所など変化に富んでいる。このような自然の川が持つダイナミズムは河川工学的に見ればそれなりに理にかなったことであり,これらの工学的知見を取り入れた河道計画を採用することによって,縦断的にも横断的にも多様な形態を持つ川を計画的につくりあげることができる。また計画の段階から極力安定した河道を作ることをめざし,洪水期間中の河床の変化をも考慮に入れた対策工を実施することによって,いたずらに河川工事で河床の平坦化を実施する必要もなく,また図らずも水衝部の根入れが浮き上がるといったことも防げるのである。
2)生物にやさしい河川構造物の設計
堤防,護岸,根固,堰,落差工など河川構造物の種類はいくつかあるが,これらの構造物の設計にあたっては,設置される場所に応じて,生物にやさしい構造を持つようにきめ細かい配慮が必要である。そのためには河川水辺の国勢調査などのデータをもとに,そこの川や水辺の生息する多種多様な生物の生活史を把握し,その生息に必要な環境条件を理解しなければならない。そして河川構造物として治水機能を充分果たすと同時に,植生がはえ,魚の避難場所を提供する護岸や,魚がのぼりやすい落差工などを工夫していくことが大切である。
3)生物にやさしい河川工事
いままで述べてきたように,河川構造物の最終の姿にはそれなりに知恵をしぼったものであっても,それを建設する過程にも工夫が大事である。元々河川工事においても,周辺の環境に影響を与えないよう,濁水の発生の防止など細心の注意を払っているが,より影響の少ない施工法を工夫していくことが大切である。また河床掘削や,仮設撤去,埋め戻し時に河床の平坦化を極力避けるように工夫する必要がある。
4)生物にやさしい維持管理
河川が治水上の効用を発揮するためには,河積阻害を起こさない,水防活動の支障とならないこと等が要求され,また害虫の発生要因とならないこと等も併せて要求される。このため,堤防等の草刈り,高水敷などの樹木の伐採,河床に堆積した土砂の除去などが行われている。一方ねらいとするビオトープを維持するためにはある程度手を入れることはむしろ必要となる場合も考えられる。その際,生態系への影響を考えて施工の時期,工法などについて充分検討し,治水上の目的を果たすと同時に生物にもやさしい維持管理のやり方を工夫することが大切である。
5)自然と共生する河川計画
太古の日本の川は洪水時には氾濫原を大きく蛇行しながら流下し,渇水時には干上がっていたものであるが,人間のたゆまぬ努力で,近代を迎えるまでに堤防,霞堤,野越し,溜池などの設置により,ある程度人間と折り合いのついたなかで,全体として自然バランスが保たれてきた。これらの仕組みは,わが国の洪水の外力が激烈であり,また渇水の程度も激しいことから,これらを上手に受け流すための知恵の結晶といえる。しかし明治以降今日まで流域の状況は大きく変貌し,高度な経済社会が営まれるに至っており,従来より高い安全度を確保しつつ,同時に新たな自然バランスを築くことが求められている。このため水循現経路に沿ったそれぞれの場所で,より大きい対象外力をソフトに受けながす,新たな技術・施策が求められている。
ここで述べた多自然型川づくりの内容は,今までにない技術を要求しており,このため確かな科学的裏付けを持って新たな施策を展開することが必要となっている。河川工学は経験工学といわれるように,様々な創造的取り組みが,次の新たな取り組みに生かされていく仕組みを整えることが重要で,そうやって次第にわが国の自然特性や,社会特性にあった多自然型づくりが確立していくものと考える。

3 九州地建における多自然型川づくりへの取り組み
日本の多自然型工法の普及はスイス・ドイツ等における先駆的な取り組みの紹介がそのきっかけとなっている。九州地建管内でも平成元年には,福留脩文氏(西日本科学技術研究所)を福岡に招いて「近自然河川工法について」講演をしていただいたり,第5回・第6回九州河川シンポジューム(平成2年 佐賀市,平成3年 鹿屋市)において,勝野武彦先生(日本大学)よりドイツの事例の紹介や,その他の発表者より日本各地・九州各地での生態系にやさしい水辺づくりへの取り組みについて紹介して頂くなど管内における多自然型工法の啓蒙・普及を図っているところである。

また多自然型川づくりの定着のため,河川部技術研究会(座長・平野宗夫先生)において平成3年度より「生態系にやさしい川づくり」について検討をスタートさせており,構造物を新設する場合,既設の構造物を改善する場合など,様々な角度からこの課題に取り組んでいる。
このほか平成2年11月6日付け河川局治水課長・都市河川室長・防災課長連名による「多自然型川づくり」の推進について,平成3年11月7日付け河川局長による「魚がのぼりやすい川づくり推進モデル事業の実施について」が出され,さらに平成3年12月6日河川審議会から「今後の河川整備は,いかにあるべきか」についての答申のなかで“うるおいのある美しい水系環境を創造する治水事業を強力に推進すべきである”とされており,これらの一連の流れを踏まえて九州地建河川部としてこれらの施策を体系的に進めるため,「うるおいのある川づくりについて」の通達を出したところである。この通達のなかで多自然型川づくりを計画的に行うため,①近年事業が予定されている一連箇所について,あらかじめ河川整備の構想図を策定することを定めており,②この構想図の策定に事務所を挙げて取り組んで頂くため,事務所毎に“川づくり”委員会を設置して頂くこととしている。③また委員会での議論を深めて頂くため計画策定に当たってはリバーカウンセラー,水辺の国勢調査アドバイザー,河川環境管理協議会委員,地元市町村・地区の意見等を充分に反映して頂くことを求めております。
もちろん多自然型の川づくりは緒についたばかりであり,急に万全な川づくり計画が策定可能とは考えておりませんが,万全な計画が策定されるまで,局所的・モデル的な取り組みのみで済ませることもできない状況であると思っております。不十分であっても常にある程度広域の計画を持ち,この計画に基づいて事業を実施し,多自然型の経験を積み重ねながらより良い計画に修正していくというやり方で,時間をかけて万全な多自然型川づくり計画に高めていきたいと考えております。
今年はブラジルのリオデジャネイロで地球サミット(環境と開発に関する国連会議,UNCED)が開催されます。これらを中心に環境についての議論が沸騰する年になりそうですが,情緒的な環境論に振り回されることだけはないようにしなければなりません。そのためにも技術的な裏付けを持った「多自然型川づくり」への積極的な取り組みが期待されております。今年も色々な場面で多自然型川づくりへの取り組みがなされると思いますが,それぞれが有機的に連携することにより,九州における多自然型川づくりが大いに進展するよう努めてまいりたいと思います。

参考文献
・まちと水辺に豊かな自然を I
・まちと水辺に豊かな自然を Il  リバーフロント整備センター
・ビオトーフ゜ 緑の都市革命  勝野武彦
・道路および河川沿いのビオトープ形成   バイエルン州内務省
・水と人のかかわりに関する研究  NIRA
・地球にやさしい暮らし方  上野景平
・エコロジカル・マーケティング  大木英男 マーケティング・メイラム

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