川辺川の新たな流水型ダムの環境影響評価について
~世界初のダム構造による環境影響の最小化~
~世界初のダム構造による環境影響の最小化~
国土交通省 九州地方整備局
川辺川ダム砂防事務所
調査設計課 課長
川辺川ダム砂防事務所
調査設計課 課長
秋 山 秀 樹
キーワード:川辺川、流水型ダム、環境影響評価
1.はじめに
球磨川流域では、過去に幾度となく洪水による氾濫被害を受けており、特に、令和2年7月豪雨では、前線性の降雨に起因して観測史上最大の流量を記録し、約6,280戸の家屋等の浸水被害が確認された。その後、令和4年8月に策定した球磨川水系河川整備計画では、球磨川流域における洪水被害の防止又は軽減を目的として、洪水調節専用の流水型ダムを川辺川に整備することを位置付けており、現在、計画上必要となる治水機能の確保と環境影響の最小化の両立を目指し、事業を進めている。
川辺川の流水型ダムは、洪水を調節する上で効果的な位置に建設されるが、自然豊かな川辺川の環境をどのように保全するかが重要なテーマとなる。ここでは保全対象を、アユ等の地域資源と人々の生活、動植物の生息・生育・繁殖環境とそれを支えるハビタット、人と自然が触れ合う場等とする。また、保全対策を検討する上では、これらのドライビングフォースとなる水や土砂、栄養塩の時空間変化や流下特性を把握する必要がある。流水型ダムであれば環境影響が小さいという思考に留まらず、流水型ダムの特長やメリットを最大限に活かし、繊細な検討や対策を講じて環境影響の最小化が達成されるべきである。
これまで熊本県知事の要望を受け、令和3年から環境影響評価の手続きを行い、環境影響の最小化を目標に、ダムの構造や運用について改良を重ね、令和6年10月に最終のレポートを公表した。
本稿では、環境影響評価の概要や環境影響最小化に向けた考え方、検討を重ねたダムの構造や運用について述べる。
2.環境影響評価の経緯
川辺川の流水型ダムについては、平成11年の環境影響評価法施行前の昭和46年から付替道路工事や代替地造成工事、仮排水路トンネル工事等の関連工事を進めていたため、環境影響評価法に基づく環境影響評価の対象外となるところ、熊本県知事からの要望も踏まえ、これまで実施してきたダム関連の工事等による現地の状況も考慮しつつ、環境影響評価法と同等の環境影響評価を実施した。
具体的には、環境影響評価法に基づくものと同様に環境影響評価項目を設定し、環境影響の調査、予測、評価を行い、また、環境影響評価法に規定された段階において熊本県知事や市町村長のご意見、一般のご意見をお聴きするとともに、国土交通大臣から環境大臣に意見を求めた。
評価レポートについては計12回の「流水型ダム環境保全対策検討委員会」での審議等を踏まえ、環境配慮レポート、環境影響評価方法レポート、環境影響評価準備レポート、環境影響評価レポートを作成し公表した(図-1)。

3.流水型ダムの環境影響最小化に向けた検討
(1)流水型ダムの環境影響最小化に向けた検討の進め方
川辺川の流水型ダムにおけるダム施設等(放流設備や減勢工等)設計及びダムの運用等については、治水機能の確保と環境への影響の最小化の両立を目標としている。設計内容及び運用方法は、環境影響評価手続きと並行して検討を実施し、環境影響評価の内容も踏まえ、改良を重ねながら深化させてきた。また、環境影響評価における調査・予測・評価を行うにあたり、環境影響の最小化に向けて流水型ダムの特長を最大限活かせるよう、ダムの存在による直接的な影響や、ダムの供用による水や土砂のコントロールによる影響等、時空間的な影響のつながりを意識して検討を進めてきた。
具体的には、図-2 に示すとおり、流水型ダムによる影響として、空間的には、堤体等の設置や関連工事も含む工事の実施に伴う直接的な影響と、流水型ダムの運用によるダム洪水調節地や下流河道等の動植物の生息・生育・繁殖環境へ間接的な影響が生ずる。特に、流水型ダムの特徴を考慮すると、放流設備や減勢工の配置や形状といったダムの構造が、直接的には、当該箇所の生物の移動や土砂の疎通に影響する。さらに流水型ダムの洪水調節時の操作方法とも関連して、間接的に、ダム洪水調節地や下流域等の土砂動態及び冠水や攪乱頻度が変化し、波及的に生息・生育・繁殖している動植物を含む河川生態系にも影響する。運用後において、洪水調節時のみ一時的に水を貯める流水型ダムでは、工事中にダム及びダム洪水調節地周辺の安全性を確認するために、一定期間水を貯める試験湛水時が、洪水調節時と比べ貯水する期間が長い。このため、時間的には、試験湛水期間中で、ダム洪水調節地内や下流河道に対して影響が大きいと考えられる。
以上を踏まえ、事業が既に一定程度進捗している川辺川の流水型ダム独自の取組として、環境影響の最小化を図っていくためには、これらの影響を極力抑えるための検討を行い、必要に応じて、さらにダムの構造や運用を改善していくというプロセスに基づき、環境影響評価を実施することとした。なお、環境への予測・評価の実施にあたり、解析・シミュレーションを用い検討を行ってきているが、ダム構造物やそれに接続する河道の環境への影響の予測・評価については、水理模型実験や、中央大学研究開発機構福岡ユニットによる準3 次元流動解析も活用し局所的な流動や土砂移動の状況を確認しながら検討を進めた。
水理模型実験については、土木研究所内の実験施設で行い、令和4 ~ 5年度は、 約1/60 の大型模型を用い、流水型ダムの放流設備等の構造を検討した。令和6年度からは、1/30 の超大型模型を用い、増水時の川底の石の動き、平常時の川の流れの確認、更に、流木を止める施設の検討を行っている。図-3 に示すとおり、水理模型実験を始めた段階では、一般的な構造の模型で実施した。その後、生物の移動経路の確保と石礫の疎通能力の確保の観点から、改良を重ね現在の姿に至っている。


(2)川辺川の新たな流水型ダムの構造
川辺川の流水型ダムは、図-4 に示すとおり、河床部に3つの放流管(以下、「河床部放流設備」という。)を設置し、河床部放流設備の先の減勢工内に壁を設け、更に壁の内側には副ダム(エンドシル)を設けないという、世界初の新たな流水型ダムの構造となっている。ここで、構造検討に当たって工夫した点を以下のとおり示す。
ダムサイトの水面幅が10~20m程度であることを踏まえ、水面の連続性を確保するために、幅5mの河床部放流設備を3門(合計15mの水面を確保)設けることとした。これにより、540m3/s の流量まで開水路状態で河床部放流設備内を流下することができ、2門よりも石礫の疎通能力が向上する。一方で、洪水調節開始流量600m3 /s(概ね年に1 ~ 2 回程度発生)流下時の移動限界粒径が、理論上は概ね20㎝程度であり、約20㎝の石も河床部放流設備内を流下することになるため、放流管内の摩耗対策が課題となる。そのため河床部放流設備内はステンレス鋼材等でライニングすることが必要であるが、河床部放流設備が複数あることから、損傷が発生した場合は2門通水、1門締め切り等を実施し維持補修する等の対応も可能である。また、河床部放流設備下流の減勢工については、両側に隔壁を設け洪水調節開始流量600m3/s 流下時に満杯で流れるように設計し、減勢工内で石礫の異常堆積が発生しないようにした。また、減勢工内の水叩き部は、減勢工直下の瀬より敷高を3m 掘り下げて、予め巨石等を敷きならべてセルフライニングを図るようにしている。減勢工末端には、隔壁内に副ダム(エンドシル)を設けないこととした。これは、①大規模流量発生時はダムサイト下流の狭窄部による背水の影響で減勢工内の水位が上昇すること、②両サイドの常用洪水吐きからの放流水の一部が隔壁から中央に横越流した水流と、ダム天端の非常用洪水吐きからの放流水とが衝突し、エネルギーの散逸が発生すること等、①と②の効果により、副ダムを設けなくても減勢機能が発揮されていることを、水理模型実験でも確認し決定している。このようにダムサイトの自然地形をうまく利用してダム構造をシンプル化している。
また、図-5 に示すとおり、河床部放流設備に接続する上流河道については、土砂の異常堆積や偏流の発生を抑制させるために、外岸側(右岸側)に水制を設けることで自然流下時における掃流力を確保している。これにより、河床部放流設備に石礫が流入しやすい環境を構築している。さらに、河道の蛇行を踏まえ、2次流により流木が外岸側(右岸側)に集中することを利用して、平常時の河川の連続性の観点から、右岸側のみ流木捕捉施設を設けることとしている。
洪水調節地内の河道において急流区間の河床勾配が1/40 程度であることを踏まえ、上述の河床部放流設備に接続する上流河道の河床勾配は1/40 程度とし掃流力を確保している一方、延長100m の河床部放流設備は、吞口の標高を減勢工直下の瀬と同じとし水面勾配を緩やかにしている。これら河床部放流設備及び接続河道の物理特性により、図-6(左図)に示すとおり、中小洪水時(400m3/s 程度以上) では河床部放流設備内に堆積している石礫がフラッシュされ、流量低下時(400m3/s 程度以下) に流入した石礫が河床部放流設備内に再び堆積するという河床の動的平衡状態が確保されていることを水理模型実験で確認している。また、ダムサイト区間は河道が湾曲していることから、3門の河床部放流設備内は、右岸側> 中央> 左岸側の順で石礫が堆積しやすい状況となる。この特徴を踏まえ、図-6(右図)に示すとおり、3門の河床部放流設備内の敷高を変えることで、3門間で、流速と水深が異なる(ばらつく)ようにしている。これにより遊泳能力や移動形態が異なる様々な生物が移動可能となる物理環境を形成されることを目指している。なお、水理模型実験から得られた河床部放流設備内の土砂堆積状況を計測し、これを基に水理計算を行い求めた水深や流速の分布状況と、ダムサイトで生息が確認された魚類の巡航速度と照らし合わせた。その結果、すべての魚類(アユ、ウナギ、オイカワ、カワムツ、タカハヤ、ウグイ、ヤマメ、ドンコを現地調査で確認)が移動可能となる環境が形成されることとなる。



(3)川辺川の新たな流水型ダムの洪水調節方法
川辺川の流水型ダムの洪水調節の目的は、川辺川及び球磨川(川辺川合流点下流)の洪水防御及び氾濫による被害軽減である。
川辺川の流水型ダムの洪水調節方法は、図-7に示すとおり、赤い四角で示すように川辺川と球磨川の水位・流量の状況を監視しながらダムの操作を行う。まず、ハイドログラフに示す通り、球磨川本川に対し、降雨により洪水のピークが早く発生する山田川などの支川において、合流先の本川の背水による水位上昇が起因となって発生する氾濫を防がなければならないことから、①の流量(600m3 /s;年に1 ~ 2 回) で早めに洪水調節を開始する。さらに、球磨川の流量が増加し、球磨川の水位上昇による氾濫発生の可能性がある場合に、常用洪水吐きのゲートの開度を調節することにより② 200m3/s まで放流量を低下させる。この操作の頻度は3 ~ 4年に1回の頻度となる。最後に、③下流で氾濫の可能性がないことを確認した後、速やかに放流しダムの水位を低下させる。貯水位が低下し、河床部放流設備のゲートが操作可能な水圧まで貯水位が低下すると、河床部放流設備のゲートを全開し、ダム上流の石礫を下流へ補給する。

以上の洪水調節方法のうち③の操作については、下流河道の自然攪乱の保持、ダム上流の洪水調節地内の土砂堆積抑制や冠水頻度の低減を目標として操作の見直しを行っている。これにより、下流河道の攪乱頻度が現状とほぼ変わらない状況まで改善できた。さらにダム上流の洪水調節地内の冠水頻度が大幅に低下できた。また、流水型ダム特有の課題として、ダム水位低下時に掃流力が回復し洪水調節地内の沈降した濁り成分(SS成分)を巻き上げることにより、洪水末期にスパイク状の高濁度の濁りが発生することが一般的に考えられる。この課題に対し、前述のとおり洪水後期の放流を増加させる頻度を多くすることにより、洪水調節の継続時間が短縮によりシルト分などの土粒子の堆積が抑制され、スパイク状の高濁度のピーク値をかなり低減できるという効果も数値計算で確認している。洪水調節地内の河床上の粒形が小さくなることで、底生動物の群集に変化が生じることが、日本国内の既存の流水型ダムにおける調査により把握されており、洪水調節地内の土砂堆積抑制は環境影響最小化のためには重要な項目であると考える。
アユの餌資源である付着藻類については、川辺川の流量が300m3/s を超えると剥離更新され、デトリタスもフラッシュされることが2週間に1回の定期調査(令和4年から実施、川辺川及び球磨川の12地点の瀬で定期調査を実施)で確認している。こうした、流量変動もダム完成後において確保するため、今と変わらない新鮮な付着藻類を確保できる。また、平面2 次元河床変動計算を用いた30年間の長期予測計算では、ダム完成後も川辺川の瀬淵構造は保全できることも確認している(次項に詳細記載)。
4.環境影響評価の結果
上述の記載のとおり、ダムの構造や運用については、環境影響評価の手続きと並行して進め、その結果を環境影響評価の予測・評価にも反映しながら進めてきた。
以下では、環境影響評価としてとりまとめた結果のうち、地域の注目も高い、水質(SS)と生態系(河川域)について、ポイントを絞って記載する。全体の概要は、「環境影響評価レポートの概要(https://www.qsr.mlit.go.jp/kawabe/data_files/sannkou1-4.pdf)を参照いただきたい。
(1)水質「土砂による水の濁り」
図-8 に示すとおり、試験湛水の際、貯水位上昇時に濁度が高い洪水を貯めた場合には、貯水位下降時に沈降した濁り成分(SS成分)が放流時の末期に巻き上がることで、SSの値が高くなり、また、環境基準値の超過日数が増加すると予測。(試験湛水期間中に洪水が発生していない場合等は、ダム建設前と同程度と予測。)
このため、図-8 下段の図のとおり、環境保全措置として、貯水位下降時に濁りの発生を抑える対応として、貯水位下降速度を遅くすることや表層取水及び濁水の一時貯水を行うことを位置付け、これによりダム建設前と同程度になると予測。ダム建設後のSSの変化は、ダム建設前と比べ、洪水調節を行うような規模の出水では、後期放流の水位低下時に堆積した濁質が巻き上がり、SSが一時的に増加するが、環境基準値の超過日数は同じであると予測。そのため、ダム建設前と比べ、変化は小さいと考えられる。

(2)生態系河川域(連続性・流況・河床の変化)
特に、地域の典型的な魚類として注目されているアユの生息・繁殖環境への影響に関する主な点を説明する。
連続性の変化については、ダム本体施工中(転流期間中)は、仮排水路トンネル内の流速が早くなる等、魚類等の移動に影響があると考えられるため、環境保全措置として仮排水路トンネル内部の環境整備を実施する。供用後は、前項に記載のとおり、河床部放流設備により連続性は確保されると考えられる(図-4、図-6)。
流況の変化については、試験湛水の貯水位上昇時には、図-9 に示すとおり、ダム放流量が減少するため、ダム下流河川の流量が減少し、瀬は維持されるものの、アユの産卵場や餌場として利用される瀬が減少すると考えられるため、環境保全措置として瀬の整備を行う。供用後は、600m3 /s以下の洪水については、洪水調節を行わないため、ダム建設前(ダムなし)との差がみられず、また、前項にも記載したとおり、アユの餌となる付着藻類の剥離更新も維持される。600m3/s 以上の洪水についても、洪水調節操作ルールを工夫することにより、ダムが無い状態の河川の攪乱頻度に近づけられることを確認している。
河床の変化については、存在供用時におけるダム洪水調節地内及びダム下流河川の河床高は、ダム建設前(ダムなし)とダム建設後(ダムあり)の100年間の長期計算(一次元河床変動解析)予測結果を比較すると、一部のみ最大1m 程度の差がみられるものの、河床高の変化は小さいと考えられる。河床材料は、供用後も砂、礫、石等の多様な粒径の河床構成材料は維持されると考えられる。また、図-10 に示すとおり、アユの餌場や産卵場となる瀬は、河床変動解析を行い、ダム建設前(ダムなし)と比べほぼ同程度に平瀬が残ると予測。


5.終わりに
環境影響評価にあたっては、科学的な知見を駆使しながら検討を進める一方で、専門的な内容をいかに地域の方々に分かっていただくか、ということも重要と考えた。そのため、洪水調節地内に約1/60 の模型を製作し、洪水調節中の湛水状況や洪水後の洪水調節地内の状況を視覚的に再現し、地域の方々と意見を交わしながら、共通認識の下で、協同で進めることを重視してきた(図-11)。
また、環境影響評価後においても、環境保全の取組を地域に見える形で発信していくために、地域の方の協力の下、仮排水路トンネルを使ったアユの遡上実験を実施し、その結果を事務所ウェブサイトに公表するなどの取組を進めており(図-12)、更なる環境への影響の最小化に向け、学識者から構成される「川辺川の流水型ダムに係る環境保全対策アドバイザリー会議」の第1回を令和7年6月に開催したところである。
今後もダムの影響の最小化だけでなく、上流や下流の河川も含め一体的に環境再生や創出に向けて、地域と協働しながら対策を実施していく。

