砂防ソイルセメントを活用した西湯浦川1砂防堰堤の整備
~阿蘇山直轄砂防事業における現地発生材の活用事例~
~阿蘇山直轄砂防事業における現地発生材の活用事例~
国土交通省 九州地方整備局
阿蘇砂防事務所
調査課 調査第一係長
阿蘇砂防事務所
調査課 調査第一係長
山 下 聡
キーワード:砂防ソイルセメント、砂防堰堤、阿蘇山
1.はじめに
熊本県の北東部に位置する阿蘇カルデラは、傾斜面30度以上の切り立った内壁に囲まれており、カルデラ内の中央火口丘群も急傾斜地となっている。また、阿蘇カルデラの年間降水量は3,000ミリを超える日本でも有数の多雨地域であることから、過去には大規模な土砂災害が幾度も発生してきた。
阿蘇山直轄砂防事業は平成28年熊本地震とその後の降雨により土砂災害の危険性が高まっている阿蘇カルデラ内において、土砂災害から住民の生命、財産および重要な幹線等の社会基盤を保全するため、砂防堰堤などの施設整備を推進し、地域の安全性の向上を図る砂防事業を平成30年度より実施している。
砂防事業の実施にあたっては、発生する現地発生材を有効に活用し、コスト縮減や環境への負荷を最小限にしつつ事業進捗を図る必要がある。
本稿では、令和5年度に完成した西湯浦川1砂防堰堤を対象に、阿蘇山直轄砂防事業における現地発生材の活用事例を報告する。
2.西湯浦川1砂防事業の概要
(1)事業の経緯
西湯浦川1砂防堰堤(以下、本堰堤)は一級河川白川水系黒川の支渓流である西湯浦川1 渓流に施工した砂防堰堤である。
当該渓流の流域は、平成28年の熊本地震により西湯浦地区北部の外輪壁の一部が崩壊し、流域の上流部に多量の不安定土砂が存在することが判明し、今後の降雨等により不安定土砂が下流の保全対象まで流下するおそれがあったことから、熊本県が災害関連緊急砂防事業として事業を進めてきたが、平成30年度より阿蘇山直轄砂防事業として施工段階から国に事業が引き継がれた。
(2)事業計画地の地形地質
阿蘇カルデラ内での砂防堰堤は、保全対象の位置や施設効果を考慮し、急傾斜な地形がやや緩傾斜に変化する地点で計画されることが多い。計画地点では、明瞭な谷地形を有していないことが多いため、堰堤の袖部が長大な構造となり、大規模な掘削が必要になるケースが見られる。
また、地層の表層には黒ボク・赤ボクを主体とした火山灰質の粘性土が主体となっていることが多く、これらの土砂が建設時に発生する。
本堰堤の地点でもこれらの特徴を有しており、経済性や環境面から、これらの現地発生材を活用した砂防事業の推進が必要となっている。
(3)事業計画地の土地利用
阿蘇地域では人々の営みの中で、カルデラ壁の麓周辺を宅地として利用してきた経緯があり、今回の事業計画地周辺も同様な土地利用の形態がみられた。このため、本堰堤の計画地までは住宅がならぶ幅員の狭い生活道路を通らざるを得ないため、工事用車両の頻繁な通行には配慮が必要な状況であった。
3.現地発生材活用の考え方
(1)設計段階の採用判断
設計時点で砂防堰堤の構造検討を実施する際には、現地発生材の活用や経済性を考慮し①コンクリート構造と②砂防ソイルセメント構造を比較し有利となる構造を選定している。
当該箇所を含む複数箇所での砂防堰堤の計画があったため、熊本県では集中プラントヤードを計画し、集中プラントヤードから15km以内は集中プラントヤードで砂防ソイルセメントを製造することを基本計画としていた。この砂防ソイルセメント集中プラント方式は阿蘇地域で甚大な被害をもたらした平成24年7月の九州北部豪雨の災害対応でも実績があり、同時期・短期間の砂防堰堤整備に対して有効であったと考えられている。
<集中プラント方式のメリット>
1)集中プラント方式の採用により周辺の砂防堰堤工事や他工事で発生する土砂等を集積し、土砂・転石等毎に分類して保管することにより、母材の一元的な管理
2)砂防ソイルセメントの製造に必要な材料の保管やプラント設備の一元化により効率的で安定した品質の砂防ソイルセメント製造が可能となること
これらを踏まえ、西湯浦川1砂防堰堤では集中プラントヤードで製造した砂防ソイルセメントを本体構造として選定した。
(2)施工段階の採用判断
当該堰堤は、施工段階から国による砂防事業として引き継がれることとなったため、設計時の考え方を踏まえ、施工段階でもあらためて砂防ソイルセメントの適用方針1)~ 6)を整理し、確認したうえで施工することとした。
1)コンクリートの調達
設計時点では、熊本地震直後でもあったことから砂防事業以外でもコンクリートの調達が困難になることが想定されていた。このため、必要量の確保が難しいことが想定された。
2)残土処理の可否
同時期に多数の砂防堰堤を整備する計画となっていたため、残土の受け入れ先確保の困難さや処理費用の増大が懸念された。
3)資材運搬の難易度
資材運搬については、既存の林道を活用する計画としていたため、10トンダンプ・トラックの走行に問題はなかった。ただし、宅地周辺の生活道路を通行するため、頻繁な大型車両の通行には配慮が必要であった。このため、通学時間帯を避けた運行や定期的な道路の清掃等を行うといった配慮事項を地域住民へ説明し、合意形成が図れたため、生活道路を通行することとした。
4)工期短縮の優先度
砂防ソイルセメント工法では、本工事着工前に、配合試験や、試験施工、材料の混合ヤード設置など、事前作業が発生するため、工期短縮の優先度が高い場合は、これらの事前準備のうち前倒しできる項目については設計段階から実施しておくなどの対処が有効である。下記に砂防ソイルセメント工法とコンクリート工法における施工量と工事日数の関係を示す。規模が小さい堰堤の場合、砂防ソイルセメント堰堤の工期短縮効果は期待できない場合があるが、試験施工を掘削中の期間に並行して行う等、できるだけ事前に行う工夫をすることにより、図中a(試験施工の期間)を短縮し、工期短縮効果を得ることができる(破線は試験施工等をすべて事前に行ったときの例である)。
西湯浦川1砂防堰堤は、内部材数量が約39,000m3であったことや集中プラントヤードにおいて材料混合ヤード設置も事前に準備できていることから工期短縮の優先度が高いと考えた。
5)コスト縮減の効果
内部材であるソイルセメントは、適切な配合で施工すれば、コンクリートと比較して大幅なコスト縮減効果が得られる。図は砂防ソイルセメント堰堤の規模と建設コストの実績をプロットしたものであるが、西湯浦川1砂防堰堤は内部材数量が全体で約39,000m3と大規模となることからコスト縮減効果は高いと判断した。
6)施工ヤードの確保が可能か
集中プラントヤードで砂防ソイルセメントを製造することとしていたが、スペースを確保出来ている状況であった。
4.現地発生材の適用結果
(1)現地発生土砂の適応性
砂防ソイルセメントの目標とする強度品質は、セメント水和反応による硬化が期待できるコンクリート的な性状である。このため、コンクリート骨材に近い材料が適応性の高い土砂といえる。
堰堤計画地点で発生する現地発生土砂が、河床砂礫等の礫質材料であれば、適応性を心配することなく計画が容易であるが、阿蘇地域では西湯浦川1 に限らず阿蘇特有の「黒ボク」「赤ボク」と呼ばれる有機分を含む粘性土が多く発生することから砂防ソイルセメント材料としての適応性に懸念があった。
実際に西湯浦川1砂防堰堤計画地の発生土砂は火山灰質の粘性土を多く含む土砂であったため、これらの発生土砂の有効活用が課題となった。
このため、目標とする品質を満足するよう、砂防ソイルセメントで使用する土砂については熊本県の施工実績を参照し、「現地発生土砂30%、購入砕石70%」でブレンドし、固化材として高有機質土用(フレコン)で計画した。
以下は5 期工事(全体で8 期)の結果を示す。
(2)配合試験
示方配合を決定するにあたっては現地発生土砂と改良材の割合を2ケース、単位セメント量を3ケース、含水比を3ケースで配合試験を実施した。なお、対象土砂は阿蘇特有の「黒ボク」であることから自然含水比が高く、設定する示方配合で施工の実施が難しい場合があることから、施工者からの提案により、現地発生材の自然含水比26.86%、改良材の自然含水比3.83%を用いた場合の合成含水比を示方配合にて設定する含水比の目安とした。
(3)実施結果
配合試験結果より、経済性や強度発現結果を踏まえ、単位セメント量135㎏ /m3、現地発生材料40%と改良材60%の割合で混合し製造することとした。結果、本工事の堰堤本体工では、m3あたりの設計工事単価がコンクリートと比較し概算で約93%となり、コスト縮減や残土処分量の縮減につながった。
5.今後の展望
砂防事業の推進にあたっては、今後も現地発生材を有効活用することが可能な砂防ソイルセメント工法を採用していくことが望ましいと考えられる。
一方で、砂防ソイルセメントは現地発生土砂を活用することから、阿蘇地域で適用するにあたっては地域の特性を理解し、計画立案していくことが重要であると考えられる。今後の展望について、以下に整理した。
(1)地域住民の負担軽減
阿蘇カルデラ内においては、カルデラ壁や中央火口丘に存在する土石流危険渓流からの土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)、土砂災害警戒区域(イエローゾーン)に数多くの保全対象が立地している。
砂防堰堤の施工にあたっては、地形的な制約から生活道路を通行せざるを得ない場合があるが、長期間にわたって土砂運搬車両の通行がある場合、地域住民への負担が大きくなる。
災害後に集中的な工事を実施する場合は、効率的で安定した品質の砂防ソイルセメント製造が可能となる集中プラント方式が有効であると思われるが、現地で製造する場合と比較し、車両の通行回数が増加することとなる。長期的に事業を実施する場合は、現地での製造を検討する必要がある。
(2)施工前の現地発生材の適応性評価
阿蘇地域で発生する現地発生土砂は、黒ボク・赤ボクを主体とした火山灰質の粘性土が含まれるため、そのままではソイルセメントの材料としての適用性が低い可能性が高い。このため、現地発生材の有効活用と場外搬出を極力低減するためには、設計時点で砂防ソイルセメントとしての適用性を把握し、必要なセメント量や改良材の量を精度良く把握したうえで、経済性の比較を行う必要がある。経済性の観点から砂防ソイルセメント堰堤(設計基準強度3N/mm2)に該当しない低強度の砂防ソイルセメントを内部材に用いる工法も設計時に検討する必要がある。
(3)さらなる現地発生材の活用検討
阿蘇山直轄砂防事業においては、ソイルセメント製造に必要となる改良材は、購入し調達していることが多いが、工事間調整で調達可能な場合もあり、西湯浦川1砂防堰堤工事においては、近隣で実施しているトンネル掘削工事で発生したずり(岩塊)を活用している。
一方で、掘削時に巨石が発生することが多いため、これらを活用することでコスト縮減が図れる可能性もある。工事が長期間にわたる場合には(西湯浦川1砂防堰堤工事は完成まで約6年)、現場でストックし活用することも検討する必要がある。
また、事業区域は阿蘇くじゅう国立公園の地域内に位置しており、有数の観光地でもあることから景観面での配慮が求められている。修景盛土を実施する際の表土としての利用等の活用方法を設計時点から検討する必要がある。
6.おわりに
今回の執筆にあたり、貴重な資料や情報の提供を頂いた施工者である株式会社杉本建設の工事関係者や株式会社長田測量設計、熊本県砂防課の関係者の皆様に深く感謝申し上げます。
引用文献
1)砂防ソイルセメント施工便覧 平成28年版一般財団法人砂防・地すべり技術センター
2)砂防技術指針運用(案)平成29年4月九州地方整備局 河川工事課