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VR技術を活用した鋼橋メンテナンスモデルの開発について
~VRコンテンツ開発の紹介~

国土交通省 九州地方整備局
九州技術事務所 維持管理技術課
維持管理第一係長
俵 野 陽一郎

キーワード:鋼橋の劣化、橋梁点検、VR、研修

1.はじめに
九州事務所では、研修の充実を図る一環として、「みて・触れて・学べる」体験型実習施設を整備し、九州地方整備局が主催する計画研修や九州技術事務所が主催する基礎技術講習会で活用している。橋梁メンテナンスの技術力向上を目的として、鋼橋の劣化・損傷に伴う不具合をVR技術で再現し、VR(仮想空間)で橋梁点検の損傷の主な着目箇所、点検順序や手法、詳細調査手法、健全度診断までの一連を体験するコンテンツを開発したので紹介する。

2.鋼橋メンテナンスモデルVRの概要
(1)VR開発の背景
平成24年に発生した中央自動車道笹子トンネル天井板落下事故などを踏まえ、平成25年を「社会資本メンテナンス元年」とし、メンテナンスサイクルを回す仕組みが構築された。仕組みづくりにおける[体制]メニューの一つに、「地方公共団体の職員、民間企業の社員も対象とした研修の充実」が掲げられ、メンテナンス技術の習得の重要性が唱えられた。このメンテナンス技術の習得には、座学だけでなく、さまざまな劣化・損傷事例を実際に“ みて・触れて・考えて” いくことが欠かせない。当事務所では、平成30年度に橋梁実モデルを作成し、令和3年にVR技術を活用したコンクリート橋メンテナンスVRを作成して研修等で活用している。
今回、鋼橋の劣化・損傷に伴う不具合をVR技術で再現した鋼橋メンテナンスVRを作成し、3次元空間で、橋梁点検の損傷の主な着目箇所、点検順序や手法、詳細調査手法、健全度診断までの一連で体験するコンテンツを作成した(図- 1)。

図1 鋼橋メンテナンスVR

(2)VRモデルの概要
モデル化した橋梁タイプは、橋梁点検を行う頻度が多い橋梁を選び、橋梁の2タイプ(鋼版桁橋と鋼箱桁橋)を再現した。「道路橋健全度に関する基礎調査に関する研究/ 国土交通省 国土技術政策総合研究所」によれば、全国の分析数、分析対象となった鋼橋全10,458橋の内、鈑桁橋がおよそ82%、箱桁橋がおよそ13%、その他特殊橋梁がトラス橋で2.4%、アーチ橋で2.2%、斜張橋が0.3% であり、最も数が多い鈑桁橋と箱桁橋をモデル化の対象とすることとした。また、腐食、亀裂は、桁端部や各溶接部で多く発生していることから橋長の大小に関わらず表現可能であるため、径間数を縮小してモデル化している。
【選定橋梁】
〇鈑桁橋:鋼6径間連続非合成鈑桁橋(2径間のみモデル化)(図- 2)
〇箱桁橋:鋼3径間連続鋼床版箱桁橋(図- 3)

図2 RC床版鋼鈑桁橋モデル

図3 鋼床版鋼箱桁橋モデル

(3)使用する機器
過年度に開発したコンクリート橋メンテナンスVRで使用する機器であるHMD(写真- 1)とVRコントローラ(写真- 2)で開発した。同様の機器を使用することで、仮想の3次元空間をリアルに没入体験が可能となる。
また、コンクリート橋VRと鋼橋VRのコンテンツを切り替えることにより、一つの機器で両方のコンテンツが使用できるため、機器の管理が煩雑とならない。なお、スタンダードモデルのノート型PCに対応したコンテンツも作成した。HMDの不具合の際にPCで代用できる。

写真1 HMD(ヘッドマウントディスプレイ)

写真2 VRコントローラ

(4)再現したモデルとコンテンツの概要
選定した2タイプの橋梁で、3次元モデルを作成した。橋梁点検の未経験者でも、橋梁点検を行う一連の作業を体験できるコンテンツを作成した(図- 4 ~ 7)。

図4 鈑桁橋3次元モデル(全景)

図5 鋼鈑桁橋3次元モデル(桁接合部)

図6 橋梁点検作業の流れ

図7 橋梁点検時のポイント(桁下)

(5)代表損傷モデルの埋め込み
今回は、鋼鈑桁橋の3次元モデルには、鋼道路橋全般で生じる代表的な劣化や損傷を埋め込んだ。また、鋼床版箱桁橋の3次元モデルには、箱桁および鋼床版で生じる特有の損傷や劣化を埋め込んだ(図- 8 ~ 15)。
以下に埋め込んだ損傷を示す。

①鋼鈑桁橋モデル
○防食機能の劣化、○腐食(図- 8、図- 9)、○舗装のひび割れ、○伸縮装置の段差、○コンクリート床版のひび割れ(図- 10)、○高力ボルトの脱落(図- 11)、○疲労亀裂(図- 12、図- 13)

図8 桁端部の腐食

図9 桁接合部の腐食

図10 床版ひび割れ

図11 高力ボルトの脱落

図12 支承部の疲労亀裂

図13 垂直補剛材の疲労亀裂

②鋼床版箱桁橋モデル
○箱桁内部の腐食(マンホールからの雨水浸透)(図- 14)、○疲労亀裂(図- 15)

図14 箱桁内部の腐食(雨水浸透)

図15 鋼床版の疲労亀裂

③橋梁点検の基礎知識
VR空間の橋梁点検コンテンツを体験する前に、橋梁点検に必要な基礎知識8 項目を学ぶ(図-16)。
3次元VRモデルでの立体的な表現が不必要なものは、スタンダードモデルのノート型PCを使用し、スライドとナレーションで学べる( 図-17)。

○橋梁の基礎知識、○橋梁形式、○鋼橋の特徴、○損傷とその要因、○調査方法、○補修、補強工法、○補修、補強の維持管理、○補修、補強における留意点

図16 基礎知識のメニュー画面

図17 スライドによる橋梁形式解説画面

3.VR技術を活かすコンテンツの検討
今回、研修コンテンツを作成するにあたり、橋梁に関する維持管理技術の向上に資するため、技術者が身につけなければならない知識や技術力を整理したうえで進めた。

(1)VR技術の特徴
研修にVR技術を活用する場合は、以下の特長がある。なお、令和3年に開発したコンクリート橋メンテナンスVRの開発で経験したノウハウを基に整理した。
メリット
①場所や天候の制約がなくなり、現場への移動の時間が最小限になる。
②損傷劣化の進行や事象を自由に再現
③非現実的な不可視部分を表示できる
④ゲーム感覚の学習で意欲的に取り組める
⑤実モデルで再現するより低コスト
デメリット
①触れない
②VR酔い
③理論を可視化した際の再現性
④使用機器管理(アップデート)

(2)埋め込むコンテンツの検討
鋼橋メンテナンスVRを用いた研修コンテンツの作成を行う中で、経験の少ない若手職員や自治体職員が、橋梁点検の損傷の主な着目箇所、点検手順や手法、詳細調査手法、健全度診断までVRモデル上で確認できる埋め込みコンテンツについて検討した。検討にあたり、「橋梁定期点検要領(H31.3)」や「土木鋼構造物の点検・診断・対策技術-2013年度版-/(一社)日本鋼構造協会」を参考に鋼橋の研修モデルとして必要と考えられる項目を抽出し、研修カテゴリー(図- 18)として取りまとめた。

図18 研修カテゴリー

(3)VR技術のデメリットの改善策
VR技術は万能ではない。そのため、事前にデメリットを理解したうえで、開発にあたった。前回に開発したコンクリート橋メンテナンスVRの開発ノウハウが生かされた。一例としては、現在のVR技術では、人の感覚機能のうち、触覚、嗅覚と味覚の再現は、開発途中にある。
前回の開発では、コンクリート橋メンテナンスVRで基礎知識の動画やモデルを視覚や聴覚で学び、橋梁実モデルで触覚や嗅覚を加えた人の五感を使い学ぶことにより、お互いを補完し合うことでデメリット①の改善につながる。仮想空間と現実という現場を体験することで体験型実習である感覚的経験として記憶される。
デメリット②は、VR酔いの主な原因は、脳に送られる情報の不一致と一般的に考えられている。
個人差もあり、今のところ抜本的な改善はないので、VR体験前の注意事項で「体調が悪い人の利用は控える」、「長時間の使用を避ける」、「気分が悪くなったら体験中止」を説明し、スタンダードモデルのノート型PCに対応したコンテンツを作成し使用している。
デメリット③は、仮想現実空間のため、実在しない物も表現でき、表現の自由度が高い。一方で、現実でも目視で確認できない亀裂などの小さい損傷を再現する場合は、工夫が必要。また、見えない物を可視化する場合、大げさな表現や見たことないことを創作するので、誤解を招く恐れがある。そこで、再現したものが適切であるかを鋼橋VRメンテナンスモデルに関する検討会(写真- 3)で確認した。
亀裂は、亀裂幅を誇張して再現している(図-18、図- 19)。また、磁粉探査を用いて、亀裂を蛍光色で光らせる工夫で分かりやすくした。
垂直補剛材の疲労亀裂(図- 19)は、最新の疲労設計では行わない主桁上フランジと垂直補剛材を溶接したモデルに部材形状を変更し、損傷原因のつじつまを合わせている。

図19 支承部の疲労亀裂を発光

図20 垂直保護材の疲労亀裂を発光

デメリット④は、エラー発生時の対処が困難である。そのため、使用する機器の種類を減らすことで、エラー発生頻度を少なくした。コンクリート橋メンテナンスVRは、高性能PCにケーブルでHMD に接続して使用するものであったが、今回は、HMD 単体で使用するものを開発したところ、検討会(写真- 3)では好評であった。

写真3 鋼橋VRメンテナンスモデルに関する検討会

4.おわりに
国のDX推進で、様々な分野や産業で、急速な技術開発が行われている。今回、開発した鋼橋メンテナンスVRは、様々な立場の方と議論を行い、試行錯誤を重ね、ゲーム感覚で楽しく学べるコンテンツを開発することが出来た。鋼橋メンテナンスVRを開発するにあたり、九州大学佐川准教授や福岡大学下妻助教をはじめ、(一社)日本橋梁建設協会、(一財)橋梁調査会、(一社)建設コンサルタンツ協会の産学官による鋼橋VRメンテナンスモデルに関する検討会(写真- 3)で、指導と協力を頂いた。この場を借りて御礼申し上げる。
今後は、道路土工VR、道路トンネル点検VRと道路橋石橋VRを開発する予定である。引き続き、職員研修のみならず、様々な方にも体験してもらい、公共施設の維持管理の重要性を伝えると共に、維持管理分野で活躍する技術者育成に貢献 できれば幸いと考える。

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