一般社団法人

九州地方計画協会

  • 文字サイズ
  • 背景色

一般社団法人

九州地方計画協会

  •                                        
気候変動を踏まえた河川整備基本方針の変更について

国土交通省 九州地方整備局
河川部 河川計画課長
山 上 直 人

キーワード:河川整備基本方針、気候変動、五ヶ瀬川、球磨川

1.河川整備基本方針変更の背景
(1)気候変動の影響
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書によると、地球温暖化については疑う余地がなく、報告書で示された代表的なシナリオでは、21 世紀末頃には産業革命以前と比べて2℃及び4℃程度気温が上昇する予測となっている(図- 1)。また、いずれのシナリオでも、21世紀末を待たず、2040 ~ 2050年頃には2℃程度上昇すると予測され、更に、現在の世界の温室効果ガスの排出量は、IPCC が示した4つのシナリオのうち、最も気温が高くなる4℃上昇のシナリオに一致している。これは、世界で気候変動緩和策に取組み(すなわち2050年に世界の温室効果ガスの排出量を、2010年に比べて40% から70%削減して)、ようやく2℃程度上昇まで抑えられるということを意味している。

図1 IPOC による将来の気温上昇 「地球温暖化対策に資するアンサンブル気候予測データベース」HP より

また、気象庁によると、このまま温室効果ガスの排出が続いた場合、短時間強雨の発生件数が現在の2 倍以上に増加する可能性があるとされている。既に、約30年前と比べて時間雨量50㎜を超える短時間強雨の発生件数は約1.4 倍に増加している(図- 2)。

図2 全国の1 時間降水量50mm以上の年間発生回数の経年変化(1976 ~ 2020年

(2)気候変動を踏まえた水災害対策のあり方
近年、全国各地で甚大な被害を伴う水災害が毎年のように発生している状況等も踏まえ、令和2年7月、社会資本審議会より、「気候変動を踏まえた水災害対策のあり方について」答申され、流域の全員が協働して流域全体で行う持続可能な治水対策「流域治水」への転換が提案された。また、令和元年10月、気候変動を踏まえた治水計画に係る技術検討会より「気候変動を踏まえた治水計画のあり方」が提言され、気候変動を踏まえた治水計画に見直す手法等が示された。(令和3年4月改訂)。
これらの答申等を踏まえ、国土交通省では、河川整備を上回るスピードで進行する気候変動に対応し、将来にわたり目標とする治水安全度を確保するために、
①過去の実績降雨等に基づく計画から、将来の降雨量の増大などを踏まえた計画への見直し
②あらゆる関係者が協働して行う「流域治水」への転換
に取り組むこととしている。今後、各水系の目標となる河川整備基本方針の変更に着手していくこととなるが、九州では既に、五ヶ瀬川水系と球磨川水系において、今年度基本方針の変更を行っており、それらの事例と併せて、河川整備基本方針変更の考え方について紹介する。

(3)河川整備基本方針変更の基本的な考え方
変更の基本的な考え方は、以下の5 点である。
①治水計画の見直しにあたっては、温室効果ガスの排出抑制対策が進められていることを考慮して、2℃上昇シナリオにおける平均的な外力の値を用いる。ただし、4℃上昇相当のシナリオについても減災対策を行うためのリスク評価、施設の耐用年数を踏まえた設計外力の設定等に適用する。
②近年、大規模な水害が発生した際の洪水流量が、現行の河川整備基本方針で定める基本高水を上回った水系から、順次、河川整備基本方針の見直しに着手する。
③科学技術の進展や現時点のデータの蓄積を踏まえ、将来の降雨量変化倍率や、アンサンブル実験による予測降雨波形の活用など、気候変動の影響を考慮して基本高水のピーク流量等を変更する。
④基本高水の設定においては、流域の土地利用、沿川の保水・遊水機能等について現況及び将来動向などを評価し、流域の降雨・流出特性や洪水の流下特性として反映する。
⑤河道と洪水調節施設等への配分については、改めて沿川のまちづくりの動向や土地利用状況を踏まえた川幅等のチェックや既存ダムの洪水調節機能強化等の検討を行い決定する。

(4)降雨量変化倍率
基本高水の対象降雨の降雨量には、実績降雨データから得られた確率雨量に過去の再現計算と将来の予測の比(降雨量変化倍率)を乗じて基本高水を設定する。
具体的には、降雨特性が類似している地域区分ごとに将来の降雨量変化倍率を計算し、将来の海面水温分布毎の幅や平均値等の評価を行った上で、降雨量変化倍率を設定する。
九州北西部は、2℃上昇シナリオではその他地域と同じく1.1 倍だが、4℃上昇シナリオでは1.4倍と、気候変動の影響が顕著に現れる地域となっている。これは、東シナ海の海面水温上昇が強く影響し、多量の水蒸気が九州北西部に流れ込み雨を降らせることを示している(図- 3)。

図3 降雨量変化倍率

(5)アンサンブル将来予測降雨波形の活用
気候変動の影響を考慮した基本高水の妥当性確認のため、アンサンブル予測降雨波形を活用する。具体的には、
①対象降雨の降雨量相当のアンサンブル予測降雨波形を用いたハイドログラフ群のピーク流量の最大値と最小値の範囲内に基本高水のピーク流量が収まっているかどうか等、決定する基本高水の妥当性の確認に活用する。
②時空間的に著しい引き伸ばしになっている等から、これまで棄却してきた実績降雨の引き伸ばし降雨波形について、アンサンブル予測降雨波形群(過去実験、将来予測)を踏まえて発生の可能性を検討する。
③過去の実績降雨には含まれてない降雨パターンが気候変動の影響によって発生する可能性について、将来のアンサンブル予測降雨波形群を用いて検討する。

2.五ヶ瀬川水系河川整備基本方針の変更
(1)変更に至るまでの経緯
五ヶ瀬川では、平成16年に五ヶ瀬水系河川整備基本方針(以下前方針という)を策定しており、基準地点三輪において基本高水ピーク流量7,200m3 /s とし、これを全て河道に配分する計画としていた。
基本方針策定後の平成17年9月の台風14号の降雨により、前方針の基本高水ピーク流量を上回る約7,900m3 /s の洪水が発生し、越水等による河川氾濫及び内水被害によって、家屋等の浸水被害(床上浸水1,038 戸、床下浸水657 戸)、農業・漁業・商工業関係への被害、国道等の交通機能の停止、鉄道橋の流失等が発生し、地域の社会及び経済に甚大な影響を与えたため、同規模の洪水に対する越水防止を目的として、河川激甚災害対策特別緊急事業等による集中的な河川整備を実施し、平成23年3月に完了している。
その後も河川の分派事業などを推進してきたところだが、平成17年洪水を踏まえ、全国に先駆け、令和3年3月に気候変動の影響を考慮した河川整備基本方針の見直しに着手。社会資本整備審議会河川分科会河川整備基本方針検討小委員会等で審議され令和3年10月に基本方針変更を策定した。

(2)基本方針の変更概要
五ヶ瀬川の基本高水のピーク流量は、年超過確率1/100 の降雨量に気候変動の影響を考慮するため降雨量変化倍率を乗じ流出計算により得られた結果と、既往洪水、アンサンブル予測降雨波形を用いた結果から総合的に判断し、基準地点三輪において8,700m3 /s に設定した。(前方針の基本高水ピーク流量の約1.21 倍)
河道と洪水調節施設等の配分流量については、背後地の人口・資産の集積状況をはじめ、本川上中流部や支川等の沿川地域の水害リスクの状況、豊かな自然環境等に配慮し、河道掘削等による河積の拡大により河道への配分流量を前方針と同じ7,200m3 /s、洪水調節施設等への配分流量1,500m3 /s とし、基本高水流量を安全に流下させることとした(図- 4)。
特に河道掘削については、アユの産卵場が河道内に点在することから、川が本来有している動植物の生息・生育・繁殖環境や河川景観の保全・創出、河川利用等との調和に配慮するなど良好な河川空間の形成を図りながら実施していく計画とする。また、従来からの遊水機能を有している霞堤の保全や関係機関が堤防整備とあわせて背後地の土地の嵩上げ(土地区画整理事業)等の取り組みも実施されていることから、引き続き、地域の持続的な発展のために、関係機関が実施する土地利用規制や立地誘導等の必要な支援を行うなどの流域治水の方針も盛り込んだ河川整備基本方針を策定した。

図4 基本高水、流量配分図等 

(3)今後の動向
五ヶ瀬川では、五ヶ瀬川と支川大瀬川の分派対策等の河川整備の早期完成に向けて事業を推進するとともに、新に策定した河川整備基本方針に基づき、豊かな自然環境等にも配慮し河川整備計画の変更に向けた検討等を進め、さらなる治水安全度の向上を図ることとしている。

3.球磨川水系河川整備基本方針の変更
(1)変更に至るまでの経緯
球磨川では、昭和38年、39年、40年の洪水被害を受けて、昭和41年に球磨川水系工事実施計画を策定し、昭和42年に川辺川ダムの事業調査に着手。その後、平成9年の河川法改正を踏まえ、平成19年に河川整備基本方針を策定している。
平成20年に蒲島熊本県知事が「ダム計画を白紙撤回し、ダムによらない治水対策を追求する」と表明され、それ以来、ダムによらない治水対策に取り組んできた。この「ダムよら」の議論においては、現実的な対策を最大限積み重ねても目標とする安全度を確保することが出来ないとの結論が出され、令和元年11月に、抜本的な対策を含む治水対策の組み合わせ案(10案)を国から提示していたところ、令和2年7月豪雨に見舞われたというのが昨年豪雨災害までの経緯である。
その後、国、県、流域市町村による豪雨検証委員会を開催し、ダムによらない治水対策や、仮に川辺川ダムが存在した場合の効果を検証。川辺川ダムが存在した場合、人吉地区の浸水範囲を6割低減できる一方で、ダムだけでは全ての被害を防ぐことが出来ないことを確認し、令和3年3月に流域治水プロジェクトを策定。国・県・流域市町村等流域関係者が一体となって取り組む治水対策の全体像が示された。気候変動を踏まえた河川整備基本方針の変更については、先行する五ヶ瀬川水系と新宮川水系に引き続いて、令和3年5月に社会資本整備審議会河川分科会河川整備基本方針検討小委員会で審議がスタートし、令和3年12月に基本方針変更を策定した。

(2)河川整備基本方針の変更概要(基本高水)
球磨川の河川整備基本方針変更においては、直近の実績である令和2年7月豪雨が、
・過去の実績降雨により求めた降雨量に降雨量変化倍率(1.1 倍)を乗じて算出した降雨量と比較し大きく超過
・気候変動の影響が含まれている可能性がある近年降雨まで含めた統計処理の結果に対しても大きく超過
していたことから、令和2年7月豪雨は統計処理には含めず、計画降雨量を人吉上流域:298㎜/12h、横石上流域:301㎜ /12h と設定した。
また、気候変動による降雨量の増加等を考慮し設定した基本高水のピーク流量は、人吉地点8,200m3 /s、横石地点11,500m3 /s を、洪水調節施設等により、それぞれ4,200m3 /s、3,200m3 /s調節し、河道への配分流量を人吉地点:4,000m3 /s、横石地点8,300m3 /s と設定した(図- 5)。
なお、洪水調節施設等による調節流量については、流域の土地利用や雨水の貯留・浸透機能・遊水機能の今後の具体的取り組み状況を踏まえ、基準地点のみならず流域全体の治水安全度向上のため、具体的な施設計画等を今後検討していくこととした。

図5 基本高水、流量配分図等

(3)令和2年7月と同規模の洪水に対する施設の効果と対応
令和2年7月と同規模の洪水のピーク流量は、人吉地点から下流の区間において今回設定した基本高水のピーク流量よりも大きくなる。(例:横石地点基本高水のピーク流量11,500m3 /s、令和2年7月と同規模の洪水のピーク流量12,600m3 /s)
今回設定する河道への配分流量に対応した河川改修や、洪水調節施設による、令和2年7月と同規模の洪水に対する効果を検証したところ、水位は計画堤防高を上回らないものの、人吉区間から中流部の大部分の区間、及び下流部の一部区間で計画高水位は超過する結果となった。
このため、施設の運用技術の向上に加え、流域治水を多層的に進めること等により、令和2年7月と同規模の洪水を含め、基本高水を超過する洪水に対してもさらなる水位の低下や被害の最小化を図る取組を進めていくこととした。

(4)今後の動向
球磨川では、これまで未策定だった河川整備計画の策定に向け議論を進めている。令和3年8月に第一回学識者懇談会を立ち上げ、10月には学識者の現地見学会を開催し、球磨川流域への理解を深めてきた。河川整備計画は、河川整備基本方針の変更を踏まえ、新たな流水型ダムを含む球磨川流域の具体的な河川整備メニューが位置づけられることとなる。併せて、流域内では、市町村の復興まちづくり計画の検討と連動しながら、目下、宅地嵩上げや遊水地、引堤計画について地元説明を重ねており、地域の復旧・復興に向け、速やかに事業進捗を図っていく。

4.おわりに
気候変動を踏まえた河川整備基本方針変更について、背景から基本的な考え方、九州の取組について述べた。九州は、海面水温の大幅上昇が予想されている東シナ海に面した気候変動の影響を受けやすい地域であり、また、豪雨災害が繰り返されている現状を考えると、五ヶ瀬川、球磨川水系以外の九州各水系についても、近い将来、河川整備基本方針の変更が行われることになるだろう。本稿が、今後の河川整備基本方針変更への理解の一助になれば幸いである。

上の記事には似た記事があります

すべて表示

カテゴリ一覧