一般社団法人

九州地方計画協会

  • 文字サイズ
  • 背景色

一般社団法人

九州地方計画協会

  •                                        
ETC2.0プローブデータを活用した
生活道路における交通安全対策

長崎県 土木部 港湾課
 主任技師
梯  浩史郎

キーワード:ETC2.0プローブデータ、生活道路対策エリア、死傷事故

1.死傷事故発生状況
 我が国は、本格的な人口減少と超高齢化社会の到来を迎えており、このような大きな時代変化を乗り越え、真に豊かで活力のある社会を構築していくためには、国民の願いである安全で安心して暮らせる社会を実現することが極めて重要である。
安全で安心して暮らすことができない社会の要因の一つとして、「交通事故」が挙げられる。近年、交通安全施設整備などのハード対策、交通安全県民運動の取組推進といったソフト対策の一体的な取組により、一定程度の成果を見せているところであり、全国における交通事故死者数は減少傾向で、平成30年は昭和23年以降からの統計史上過去最少の3,532人の交通事故死者数となっている(図-1)。本県においても同様に、交通事故死者数は減少傾向であり、平成30年の交通事故死者数は36人、死傷者数は6,072人で、共に統計史上過去最少の数値となっている(図-2)。

図1 全国の死者数の状況

図2 県内の死者数・死傷者数の状況

しかし、本県は第10次長崎県交通安全計画において、図-3のとおり令和2年までに交通事故死者数を34人以下、死傷者数を5,500人以下にする目標を有しており、目標を達成し、安全で安心して暮らせる社会づくりのためには、継続的な交通安全の取組推進が必要である。

図3 第10次長崎県交通安全計画の抜粋

その際、交通安全の取組推進として生活道路の交通安全対策が重要課題である。生活道路とはその地域に生活する人が、住宅などから主要な道路に出るまでに利用する道路であるが、交通事故の現状として、歩行中・自転車乗車中の死者数の半数以上が自宅から500m以内といった生活道路内で発生している(図-4)。また、交通事故の減少割合についても幹線道路に比べ、生活道路の交通事故件数減少割合が小さいなど、生活道路での交通安全対策が特に急がれる(図-5)。

図4 自宅からの距離別死者数

図5 道路別事故減少推移

2.本県の交通安全施設等整備状況
 本県は2,451㎞(平成30年4月1日現在)の道路を管理しており、うち1,087㎞が歩道を有している。その中で「交通安全施設等整備事業の推進に関する法律」に基づく、指定道路のうち通学路(小学校の1㎞以内もしくは40人/日以上の通学が見込まれる道路で交通安全整備が必要と認められる道路)は755.7㎞であるが、23%にあたる168.8㎞においては歩道が設置されておらず、なお一層の整備が必要な状況である(図-6)。長崎県では、現在の予算状況等を鑑み、小学校の通学路で危険性が高いと判断した箇所等の歩道整備を年間3㎞実施する計画を立て、重点的に実施している。

図6 長崎県の法指定通学路整備状況

3.生活道路対策エリアにおける交通安全対策
 生活道路対策エリアとは、生活道路において、警察庁で推進しているゾーン30対策(ゾーン内の速度を30㎞/hに規制し、抜け道車両抑制と交通事故時の被害軽減を目的としたソフト対策)と一体的に行う、車両速度抑制対策や道路空間の再配分による歩行空間の確保など、歩行者・自転車優先の道路づくりをメインとした対策である。図-7に対策事例を示す。

図7 生活道路における交通安全対策メニュー例

車両速度抑制対策の主な目的は事故件数の減少および、事故時の被害軽減である。交通事故総合分析センター(ITARUDA:イタルダ)によると、交通事故時の車両速度が30㎞/h以下の場合、30㎞/h以上の場合と比べ、死亡確率が約4分の1に軽減されるため(図-8)、交通事故死者数減少には、生活道路での車両速度抑制対策が鍵となる。

図8 速度別の死亡事故確率

車両走行速度を調べるためには、従来、現地にて実測する必要があった。しかし、現在はICT技術の開発により、交通系ビッグデータの一つであるETC2.0プローブデータを活用することで、現地調査を伴わずに車両走行速度を測定することができるようになった。

4.ETC2. 0プローブデータとは
 ETC2.0は従来のETCの高速道路利用料金収受だけではなく、高速道路や幹線道路に設置されているITSスポットと双方向通信を行い、渋滞回避や安全運転支援といった、ドライバーに有益な情報を提供するサービスである。その際に通信されるETC2.0プローブデータは、車両が走行した際に蓄積された、走行履歴、挙動履歴等のプローブ情報をITSスポットにて収集し、その後、国土交通省に集約される(図-9)。
 走行履歴は GPS による位置情報と、時間情報が記録される。その際、予め設定されている DRM(Digital Road Map)のリンク点の通過時間差をもとに走行速度が算出される(図- 10)。

図9 ETC2. 0プローブデータ収受イメージ

図10 走行履歴イメージ

また、リンク区間の走行速度を繋ぎ合わせることで、一定区間の速度が測定され、速度超過区間や速度低下区間などが判別できる。
速度超過区間は速度抑制すべき箇所の抽出、速度低下区間は渋滞区間の抽出が可能となる。信号現示が判明している交差点においては、リンク区間の走行速度と信号現示の関係より渋滞長を計測することも可能である。
挙動履歴は、一定以上の前後加速度(急ブレーキ)、ヨー角速度(急ハンドル)、左右加速度(急ハンドル)といった危険挙動が記録される(図-11)。

図11 挙動履歴種類

挙動履歴が多数存在する個所は、事故に起因する挙動が多数存在しているため、事故が起こる可能性の高い、潜在的事故危険個所であると推察される。
昨今、インフラ構造物において対症療法的修繕から予防保全的修繕といった先見的な対策が実施されている中、ETC2.0プローブデータを活用した交通安全対策についても、事故発生後の対策だけではなく、事故発生の可能性が高い危険個所や事故時の被害が多大になる可能性の高い箇所において先見的な対策が可能となるため、被害の軽減が期待できる。また、従来、走行速度や方向別交通割合など現地調査が必要不可欠であったデータがETC2.0の活用により、机上で調査が可能となる。更に、現地調査はその時点での調査が必要となるが、ETC2.0プローブデータは過去のデータについても遡り調査することが可能であるため、過去の未調査箇所の調査などに有効活用できる。

5.ETC2. 0プローブデータの活用事例 
本県は先述した生活道路対策エリアを33エリア有しており、そのエリアすべてにゾーン30対策が実施されている。そのエリアの一つである松浦市志佐町地区(図-12)において、ETC2.0プローブデータによる交通分析を実施した結果、当エリア内は30㎞/hでの速度規制を実施しているにも関わらず、主要地方道佐世保日野松浦線(区間③~⑤)において、30㎞/hを超えて走行する車両が約3割存在していた(図- 13)。

図12 松浦市志佐町位置図

図13 生活道路対策エリア(松浦市志佐町地区)の交通分析結果

 また、エリア内で平成25年から平成29年の5年間で8件の交通事故が発生しており、そのうち5件が主要地方道佐世保日野松浦線の区間④、区間⑤の交差点で発生していた。
当道路は松浦市志佐小学校の通学路でもあり、商業施設や住居が立ち並ぶ生活道路でもある。以上のことから、ETC2.0プローブデータによる速度分析結果ならびに交通事故発生状況を鑑み、当道路において車両速度抑制対策や道路空間の再配分による歩行空間の確保など、歩行者優先の道路づくりをメインとした対策の検討を開始した。
当道路の全幅員は6.0mであり、歩道は未設置である。道路拡幅による歩道整備を実施すれば、地元地区のコミュニティーが分断される可能性が高いと判断したため、以下に示すように、車道幅員を0.5m狭め、路肩を拡幅し、グリーンベルトを施すことで歩行空間の確保を目指した(図-14)。
当対策だけでも車道幅員が狭くなるため車両速度の抑制対策になると考えるが、更なる対策のために、事故が多発している交差点前後にハンプや狭さく部の設置を検討した。また、速度超過割合の高い松浦市道(区間①、②)についても同様の対策を検討している。

図14 道路空間再配分イメージ

しかし、当対策は車道幅員が狭まるため車両同士が離合しにくく、ハンプについては段差が生じるため走行中に騒音・衝撃等が発生する。また、ハンプと狭さく部の設置は県内での施工事例がなく住民に広く認知されていないことから、住民の整備イメージが湧かない等の問題があった。さらに、ハンプと狭さく部は外側線上にボラードを設置する必要があることから、沿線施設への乗り入れができないため、設置箇所については十分に配慮する必要があった。以上のことから試験施工(写真-1、2)を実施し、利用者に対しアンケート調査を実施した上で対策の決定を行うこととした。試験施工は平成30年10月5日から2週間実施し、ハンプについては国土交通省より無償貸与が可能である試験施工用の可搬型ハンプを使用し、狭さく部についてはセーフティーコーン等で再現した。

写真1 ハンプ試験施工の前後 写真2 狭さく部試験施工の前後

試験施工中に車両の走行速度調査を実施したところ、試験前より、ハンプ箇所前後では30㎞/h以上の車両が約6割減少し(図-15)、狭さく部前後では30㎞/h以上の車両が2割減少した。ハンプに比べ、狭さく部での速度低下割合が低い要因として、狭さく部の場合、対向車がいない状況であると、スムーズに直進できていたことが予想される(図-16)。

図15 ハンプ箇所車両速度状況 図16 狭さく部車両速度状況

試験施工の状況と結果を踏まえ、地元自治会ならび学校関係者にハンプ、狭さく部の施工についてアンケートしたところ、約7割の方が安全性の向上を実感し(図-17)、ハンプについては約7割が本格実施すべきと回答した(図-18)。また、狭さく部については約5割の方が本格実施すべきとの回答であったが(図-19)、離合時の安全性の観点から、車道幅員を4mは確保してほしいとの意見が地元自治会より出た。

図17 歩行者の安全性 図18 ハンプの本格実施 図19 狭さく部の本格実施

アンケート調査結果をもとに道路管理者、交通管理者、学校関係者で構成する「松浦市交通安全推進連絡協議会」にて本格実施について協議した結果、歩行者の安全を第一として、道路空間の再配分を実施することとした。また、ハンプについては速度低下が顕著だったことから本格実施することとしたが、狭さく部については速度低下割合がハンプと比較し低いこと、地元自治会が車道幅員4mを望んでいることを理由に実施を見送り、外側線上にボラードを設置した。
対策工は令和元年度より開始し、同年9月末に竣工している(図-20)。
今後は、ETC2.0プローブデータによる、着工前と竣工後での車両速度解析を予定している。

図20 対策工平面図

6.今後の課題
 昨今、ICT技術の開発により土木業界においても情報化が進んでおり、交通系ビッグデータの一つであるETC2.0プローブデータはその中心となれるものである。
しかし、九州内でのETC2.0の普及率は数%に過ぎず、取得できる範囲も高速道路や直轄国道から一定の距離に限定されるため、絶対的なデータ量が足りず、少数のデータに依存するなど現地調査に比べ、データの信頼性が劣る場合がある。また、方向別交通割合を算出することは可能であるが、交通量全体を把握することはできないため、交通量調査などの現地調査はまだまだ不可欠なものである。
今後は、ETC2.0の普及によるデータの信頼性向上および、更なる活用手法を見出していくことが、交通安全対策の推進に繋がる。本対策の検証は今後になるが、本対策が生活道路の交通事故減少、安全で安心して暮らせる社会の実現に寄与することを期待したい。

[過去の類似文献]
九州技報No.62(2018.3)に掲載の論文
生活道路における交通安全の確保に向けた取組~佐賀市における社会実験を通して~

上の記事には似た記事があります

すべて表示

カテゴリ一覧