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山国川における治水と文化財(馬溪(ばけい)
橋)の保全を両立した河川改修について
山﨑幸栄

キーワード:河川整備、水理模型実験、合意形成

1.はじめに
山国川流域は、九州北東部の大分・福岡県境に位置し、その広範囲が耶馬日田英彦山国定公園に指定され、山国川は国指定名勝耶馬渓である美しい自然環境が特徴的な河川である(図-1)。

平成24年7月の九州北部豪雨では、3日に中津市下郷雨量観測所で1時間73㎜、3時間195㎜の観測史上最多の記録的豪雨となり、また14日には、3日に引き続き1時間に59㎜、3時間137㎜の降水量を観測した。
この豪雨により各地の水位が急上昇し、山国川の中上流域の堤防未整備区間で氾濫が生じ、3日の洪水においては194戸、14日の洪水においては188戸の家屋等が浸水する甚大な被害が発生した(写真-1)

この九州北部豪雨を契機として平成25年度より5ヶ年の予定で、「山国川床上浸水対策特別緊急事業(以後、床対事業)」を、中上流域の約10㎞区間13地区において実施中である(図-2)。

2.馬溪橋及び平田・戸原地区について
平田・戸原地区に架かる馬溪橋は、耶馬渓橋、羅漢寺橋と併せて耶馬三橋と呼ばれ、国指定名勝耶馬渓「山国川筋の景」の構成要素となっている。馬溪橋は、大正時代に築造された長さ82.6m(日本で4番目の長さのめがね橋)の5連アーチ石橋で、中津市指定有形文化財に指定されている重要な石橋である。他にも平田戸原地区には、国指定名勝耶馬渓の平田城跡の景や立留りの景等重要な文化財が位置し、文化財と自然景観が調和した風景を成している(写真-2)。

一方、馬溪橋が位置する平田・戸原地区では、平成24年出水において、7月3日に74 戸、14日に70戸の浸水被害が発生し、床対事業区間で最も多い浸水被害となった(図-3)。

浸水の要因の一つとして、馬溪橋の流下断面不足による堰上げの影響が考えられる。流下断面積は、橋が無い場合の流下断面積に対し、馬溪橋の阻害面積は約22%、必要径間長は、34.5mに対し16mとなっており、河川管理施設等構造令に不適合である(図-4)。

平成24年出水における水位の再現計算の結果、堰上げによる約1.8m もの水位上昇量となっていると推定される(図-5)。洪水時の状況を確認しても、馬溪橋上下流の水位差が大きく堰上げしていることが分かる(写真-3)。

平田・戸原地区の治水対策において、治水と文化財を両立した河川改修計画の検討過程や地域の合意形成について報告する。

3.治水と文化財の両立について
(1)河川改修を策定・実施する際の課題
平田戸原地区において、治水と文化財を両立した計画を策定・実施する際の課題は、下記の3点である。
・再度災害防止を図りつつ、文化財(馬溪橋)を保全した河川改修計画の策定
・石橋を存置した水位計算手法の妥当性の確認
・石橋を存置した治水計画案に対する地域合意形成

(2)山国川治水対策検討委員会の設置・計画策定までの過程
河川改修計画を策定にあたり、河川の専門家、文化財の専門家から構成される山国川治水対策検討委員会(以下、委員会と記載)を設立し、治水対策(案)を選定した。この治水対策(案)は、地域住民や自治体等の了承を得え、治水対策として決定した。委員会は、平成27年1月~ 3月に3回開催し、馬溪橋を存置した場合の治水対策(案)の選定や馬溪橋を存置に伴う橋による流水の堰上げや流木閉塞のリスク等を確認した(写真-4)。

これらを前提として、委員会では、「馬溪橋を存置した場合の治水対策(案)に対し、模型実験等を行い、橋による流水の堰上げや流木閉塞等について確認すること」、「存置に伴うリスクを踏まえて、防災・減災ソフト対策の具体化すること」、「馬溪橋を含む耶馬三橋を含めた地域振興策を具体化すること」との提言がなされた。

(3)治水対策(案)を提示するまでの工夫
治水対策(案)を幅広く検討し、委員会に複数案提示した。複数案は、当初計画である馬溪橋の全面改築+ 連続堤防案の架替案(図-6)、存置案では、河道拡幅+ 連続堤防案(図-7)、河道拡幅+ 宅地嵩上げ案、左岸拡幅(橋梁継足)+ 連続堤防案、右岸拡幅(橋梁継足)+ 連続堤防案、バイパス案、トンネル案の6ケースを検討し、委員会に提示している。委員会は、馬溪橋を存置した場合の計画の選定において、橋の改変等の文化財への影響、家屋移転等の社会的影響、地元の意見、事業費等を踏まえ、河道拡幅+ 連続堤防案を選定した。

委員会選定ケースの河道拡幅+ 連続堤防案の河道計画を検討するにあたり、橋梁の端のアーチ部分に着目すると、坂路の張り出し、宅地の張り出し等により、橋梁部の流下断面積の阻害が大きいことが判断できたため、馬溪橋のアーチ部分に最大限洪水流を流す対策を検討した(写真-5)。

検討の結果、下流側の水位を可能な限り低下させる掘削を計画し、橋梁両側のアーチ部分の断面拡幅及び上下流の張り出した宅地や坂路を撤去し、洪水流を橋地点で最大限流す計画とした。また、左岸部について、土地が低い部分については、堤防を整備する河道拡幅+ 連続堤防案とした。

(4)石橋を存置した場合の計算手法
河川の水位計算手法は、準二次元不等流計算を用い、橋梁の水位上昇量はドビッソン公式で算定することが多いが、馬溪橋による縮流や堰上げ等の要因により、洪水痕跡を再現出来なかったため、水位上昇量の算定は、橋梁幅を死水域とし、平成24年出水の洪水痕跡に計算水位が合うような幅を設定し、水位計算モデルを構築した(図-8)。

(5)水理模型実験の概要及び工夫点
模型実験は、馬溪橋による縮流や堰上げなどの通常の水理計算では説明しにくい要素があるため、平成24年洪水の水理現象を再現・確認するものである。模型実験により、河川改修計画を実施し家屋が浸水しないことや水位計算モデルの妥当性を確認する。
模型製作において、馬溪橋の上下流方向は、堰上げ区間や助走区間の影響を考慮した約2.1㎞(模型値52.5m)区間を設定、横断方向は、浸水範囲、浸水形態を確認するための範囲を設定(川幅は模型値2m)、縮尺は、水の粘性や模型での測量誤差等の影響が小さくなるように、1/40(模型の水深23㎝)とした(写真-6)。

模型は、河川構造物や地形、堤内地盤など可能な限り現場を再現するように工夫した。馬溪橋の設置においては、当初高欄を設置せずに実験を行った結果、橋が完全水没する流れとなり、出水時の流況と大きく異なっていたため、高欄を設置し改善した(写真-7)。また、樹木や粗度を設置せずに実験を行った結果、設置していない右岸側の流速が早くなり、右岸側の浸水範囲が浸水実績より大きくなったため、当時の写真を再確認し、樹木や粗度を設置した結果、浸水実績とほぼ一致した(写真-8)。他にも、河川内存在する奇岩と呼ばれる山国川特有の岩を再現し、浸水範囲や浸水形態が分かるように、堤内側の宅地等表現した。

(6)現況河道模型の精度確認
現況河道模型の精度確認は、平成24年出水の浸水範囲と模型実験の浸水範囲を比較、平成24年出水の洪水痕跡水位の実測と模型実験の水位実測の比較により行った。比較の結果、浸水範囲(図-9)及び水位(図-10)ともに、平成24年出水の実測と模型実験の実測が概ね一致しているため、模型精度が妥当であり、現況河道模型が現況河道を再現出来ていると判断した。

(7)現況河道模型から改修後河道に変更
委員会で選定した対策ケース(河道拡幅+ 連続堤防案)の設計のとおりに現況河道模型を改造した。写真の通り、馬溪橋のアーチ部分においては、アーチ部分に最大限洪水流を流すために、拡幅した対策としている(写真-9)。このように、他の河道掘削、河道拡幅、堤防整備等の対策ケースの設計を反映した改修後河道模型に改造した。

(8)河川改修の効果及び水位計算モデルの妥当性の確認について
改修後河道模型に平成24年出水規模の洪水を流下させた結果、道路や田畑の一部は浸水するものの、家屋は浸水しないことを確認した(図-11)。改修後河道の計算水位と改修後河道の模型実験の水位実測を比較した結果、概ね一致していることを確認した(図-12)。この2点から、河川改修計画の妥当性及び改修後の水位計算モデルの妥当性を確認している。なお、改修計画後の流況は、流速の低減等が図られており、改善されていることを確認している。

3.石橋を存置した治水計画案に対する地域合意形成について
地域住民に治水対策を策定する過程が伝わるように、委員会は公開で実施するとともに、委員会の開催後は、地元説明会を実施し、委員会の状況や地域の意見を伺う体制を整えた。また、地域の意見は、委員会に報告し、地域の意見を反映させた計画策定を進めた(写真-10)。
そのほか、地域住民には、模型実験の見学会の開催や、模型実験の映像等を公開し、河川改修後に家屋等の浸水がないこと等を理解して頂いた(写真-11)。当初、石橋は撤去架替え要望をしていた地元住民にも、上記のように、丁寧に説明、意見を聞くことで、馬溪橋を存置する方向へと理解を頂くことが出来た。

4.おわりに
河川整備を進めるにあたり、馬溪橋を生かした整備を進めていくと共に、地域と対話を図りながら、馬溪橋を残して良かったと言われる様な河川改修を進めているところである。
また、山国川治水対策検討委員会では、防災・減災ソフト対策や地域振興策についても、取り組むように提言されている。
防災・減災ソフト対策として、存置した馬溪橋が河川構造物等構造令等の径間長の基準は満たしておらず、流木閉塞や超過洪水等のリスクが残っているため、被害を最小限にする具体的なソフト対策や実施時期を定めた防災・減災ソフト対策アクションプランを策定し、具体的には、CCTVの設置や防災教育を実施しているところである。今後も、リスクを残した馬溪橋と共存していくために、地域の防災意識を継続することが最も重要である。そのために、水害の記録と石橋存置の治水計画の経緯について、しっかりと後世に伝わるもの(例えば石碑など)を残すことも重要と考える。また、地域振興策として、存置する馬溪橋の価値を高め、耶馬渓橋、羅漢寺橋、周辺の文化財を生かす整備や活用行動をとりまとめた馬溪橋周辺整備活用マスタープランを策定し、このマスタープランに即した河川改修計画を策定し、地域が活性化するような仕組みを作っている。
治水事業、防災・減災ソフト対策、地域振興策は、国、県、市が連携して確実に進めることが重要であるため、連携を図るための馬溪橋対策連絡調整会議でフォローアップする仕組みを作った。今後も引き続き継続していきたい。
最後に、山国川治水対策検討委員会の委員長を努めて頂いた宮崎大学杉尾哲名誉教授を初めとする委員の皆様、河道計画の検討、模型実験を実施して頂きました株式会社東京建設コンサルタントの皆様には厚く感謝を申し上げます。

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