大淀河畔における南海トラフ巨大地震に備えた堤防耐震対策
久保尚男
キーワード:南海トラフ巨大地震、堤防耐震対策、河川整備の歴史
1.はじめに
平成23 年3 月に発生した東北地方太平洋沖地震は、これまでの想定を遙かに超え、一度の災害で戦後最大の人命が失われるなど、甚大な被害をもたらしており、この地震・津波を契機に、内閣府では、最大クラスの地震として、従来からの東海地震、東南海・南海地震連動に加え、日向灘地震も追加した南海トラフ巨大地震(Mw = 9.1)を想定している。
南海トラフ地震は、我が国に与える社会的、経済的に与える影響は大きく、範囲も関東以西の太平洋岸全体にわたり、ひとたび発生すれば日本の人口の半分が平野部(陸域の14%)に暮らす日本では、この津波による被害はまさに未曾有の大災害(表-1参照)となり得る。
この南海トラフによる巨大地震や近年発生確率の高まっている日向灘地震が発生した場合、大淀川堤防に損壊や河川管理施設の機能喪失が懸念されるため、宮崎河川国道事務所では地震・津波対策として平成23 年度より大淀川、小丸川において地震・津波対策を進めてきた。
2.大淀川の概要
大淀川は、その源を宮崎県と鹿児島県の県境に位置する中岳(標高452m)に発し、沖水川等の支川を合わせながら、都城盆地を貫流して、中流の山間狭窄部を流れ、宮崎平野に入った後、本庄川等の支川を合わせ、宮崎市において日向灘に注ぐ幹川流路延長107㎞、流域面積2,230km2(九州第2 位)の一級河川である。
流域内には、人口で宮崎県第一、第二の都市として下流部に宮崎市、上流部に都城市が位置し、今回耐震対策を実施した下流部に位置する県都宮崎市は、人口40 万人の中核市として栄えている。また、大淀川は多様な生命の誕生の源・心の安らぎを与えることや沿川市町村のシンボルとなっていることから『母なる川』と呼ばれ、地域住民に愛されている。
今回整備した箇所は、昔から台風による被害が大きく、被害と共に河川整備の歴史を知ることが出来る。
3.河川整備の歴史
この堤防の歴史・変遷は、①から③のとおり、昭和初期から現在までの約80 年間に渡り改良を重ねて安全性の向上を図ってきており、治水に対する先人の技術者の努力や沿川住民の方のご協力により現在の姿となっている。
①昭和2年内務省による直轄工事着手後、昭和9年から12年にかけて大淀川としては初めての自立式特殊提として築造され、基礎には杉杭が使用されている(写真-2)。
土堤構造ではない特殊堤区間は、当該箇所のみであることから、当時から栄えていたと考えられ、当時としては珍しい大型ブロックの使用も興味深い。
②その後、洪水に対する安全性を高めるために、平成6年から10年にかけて、堤防の高さを約1.2m嵩上げし、堤防の厚みを増し、基礎はコンクリート杭で補強した。
当時、この付近の河畔は既にフェニックスやロンブル(日陰)が約1㎞にわたって並ぶ橘公園として指定されており、観光宮崎を代表する景観とともに市民や観光客の憩いの場であることから、有識者や関係者による委員会を設置し、景観や利用に配慮したデザイン設計をし、地域皆様のご理解を得て、現在の堤防の景観として整備した。
この改修の後、平成17年9月の台風14号にでは、この区間の堤防を嵩上げしていたことや水防活動が行われたことにより、堤防からの越流は回避することが出来たが、支流からの浸水等によって甚大な被害が発生。この災害を受け、平成17年度から22年度の5カ年において、激甚災害対策特別緊急事業として、河道の掘削や堤防、排水機場等の整備促進を図った。
③そして今回、平成23年3月11日には、東北地方太平洋沖地震が発生。
この地震の教訓を踏まえて定められた、新たな耐震基準により堤防の耐震性を照査した結果、この区間のコンクリート堤防は、南海トラフ地震など大規模な地震が発生した場合、川側に滑り・損壊する恐れがあり、万が一損壊した場合には、その後の津波や洪水で宮崎市の中心部が浸水する恐れがあることが判明し、平成24年9月に堤防の耐震補強工事に着手した。
4.大淀川堤防耐震補強の工法検討
今回の事業箇所は、宮崎市のシンボル的な箇所であり、河畔の橘公園は、宮崎市民や観光客の憩いの場となる水辺のオープンスペースとして、散策や釣りなどに活用されており、川端康成の小説『たまゆら』の舞台に登場し、NHK連続テレビ小説にてドラマ化もされた。
堤内地には、宮崎県庁、宮崎県企業局、宮崎県警本部、宮崎市役所や高等裁判所など宮崎県の主要な行政機関をはじめ、主要な民間企業が多数存在している重要な箇所である。
今回の耐震性能照査では、東北地方太平洋沖地震以降に改訂された『河川構造物の耐震性能照査指針・解説のⅢ . 自立式構造の特殊堤編』(平成24 年2月)に基づき、レベル2地震動の耐震性能を有した設計を行った。
耐震性能照査の手順としては、内閣府波源モデルをもとに『最大クラスの津波』及び『施設計画上の津波』を決定するため、沿岸部では航空レーザー測量成果(LPデータ)による津波遡上シミュレーションを実施。その後地質・土質調査結果や治水地形分類図等により大淀川堤防の耐震性能照査を行った結果、大淀川左岸松山町から橘通西附近の約1㎞の自立式特殊堤は、レベル2地震動が発生した場合、基礎杭が降伏し、堤防が川側に滑り・損壊する恐れがあること。万が一損壊した場合には、その後の津波や洪水で宮崎市の中心部が浸水する恐れがあることが判明した。
対策工法については、単独工法案・複合工法案を抽出比較し、外力に対してねばりを期待できる増し杭(H鋼杭)+地盤改良案を採用した。
併せて緊急用の河川敷道路について、整備を行い、整備に当たっては、地域の皆さんのご意見を聞き、景観に配慮するとともに、平常時は、遊歩道として利用できるようにした。
5.工事の概要
(1)工事概要
河 川 名:大淀川 (写真-4参照)
事業年度:平成24 年度~ 25 年度
施工区間:大淀川左岸2k970~4k150 L=960m
工 事 名:高洲地区特殊堤耐震補強(1~6工区)工事
工事内容(図-1参照)
地盤改良:スラリー噴射方式
目標改良強度 500KN/㎡以上
鋼製杭(H 形鋼):H-900 × 300 × 16 × 28
L = 2.0 ~ 18.0m
フーチング:L= 960m
この耐震補強工事は、工事延長約960m を2カ年で施工。設計は、㈱建設技術研究所。工事は、1工区から都北産業㈱、永野建設㈱、大淀開発㈱、松本建設㈱、㈱矢野興業、日新興業㈱が担当した。工事にあたっては、進入路が上流と下流にそれぞれ1箇所しか確保できないなど制限があったため、会社相互に協力して施工を行った。
また、背後地は、河畔公園やマンション・ホテルが隣接していることから、騒音・振動を軽減するために、最新の工法の採用や防音壁の設置など、周辺環境にも配慮した。
(2)施工手順
施工手順は以下に示す。
①地盤改良
一次掘削の後、地中内の障害物を除去した後、図-2、3に示すとおり、一次・二次の地盤改良を施工(写真-5参照)。
②基礎杭工(H形鋼)打設
地盤改良終了後、図-4に示すとおり、基礎杭工の打設を行う(写真-6参照)。
③フーチングコンクリート打設
基礎杭打設後、図-5に示すとおり、鉄筋組み立てを行い、コンクリートを打設・養生を行う(写真-7参照)。
④張芝・レンガ舗装
最後に、図-6の示すとおり、埋め戻し後、レンガ舗装・張芝を行う(写真-8参照)。
今回整備した遊歩道には、邪魔者扱いされる新燃岳の火山灰を45%混入したリサイクル資材を使用し、レンガ舗装を行い、地域資源の有効活用も行った。
また、この度の工事は、地中を補強する工事であったため、工事をご覧になった市民の皆様は、「何の工事を行っているのだろう?」と疑問を持たれたのではないかと思う。
また、完成後は、事業を実施した事も不明となるため、この工事の完成を記すとともに、これまでの堤防改修の歴史を後世に伝え、防災意識の啓発を図る目的で、NPO法人大淀川流域ネットワーク代表理事による災害への備えと80 年の堤防の変遷を記した説明板(写真-9参照)を現地に設置した。
6.おわりに
今後、発生が予想される南海トラフ地震、日向灘地震や急激な気候変動に伴うゲリラ豪雨などの自然の脅威に対して、この堤防が宮崎市民・県民の皆様の生命・財産を守り、安全で安心して暮らせることを祈念すると共に、今後もさらなる安全で安心して暮らせるよう洪水、地震・津波対策を整備して参りたい。