再生可能エネルギーとしての水力発電事業への期待
九州大学大学院 教授 大塚久哲
1.はじめに
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による津波と地震動により、福島第1原子力発電所の4つの原子炉から甚大な放射能漏れ事故が発生した。これにより日本で最も危険とされる浜岡原発が運転中止になったほか、定期点検済みの原子力発電所も再開が困難となり電力不足が危惧される日本列島となっており、国民の節電意識と産業界の電力需要日時の工夫によって今夏の電力不足をしのいだ状況となっている。
各種世論調査では大部分の国民が原発に依存しないか依存度を極力小さくした電力供給を望んでいるが、再生可能エネルギーによって必要な電力供給が本当に行えるかの不安もある。巷間で話題になっている再生可能エネルギーは太陽光・風力・地熱・バイオマスなどであるが、現在のところ微々たる供給量しかないことは周知の通りである。再生可能エネルギーによる電力供給の最大シェアは言うまでもなく水力発電であり、水力発電による電力供給量の増大が、今後の日本の電力シェアを決定する上での重要な鍵となる。
本稿は、水力発電の現状と将来の可能性について論考するものである。
2.現在の水力発電量と今後開発可能な水力発電量
文献1) の発電方式別包蔵水力の表によれば、2007年度の一般水力(混合揚水を除く)発電設備容量は2,220万kW、発電電力量は927億kWh/年である。したがって、総発電電力量を9,565億kWh/年(2009年)2) とした場合、総発電電力量に占める割合は約9.7%になる。
同様に文献1) によれば包蔵水力調査による工事中・新規水力開発地点による一般水力発電電力量の見込み高は468億kWh/年とされている。
一方、文献3) によればダムの弾力的運用・嵩上げ等による発電電力量の見込み高は343億kWh/年とされている。また、文献4) によれば既存ダム・水路の未利用落差発電により、出力34万kW、発電電力量17億kWh/年が可能とされている。これらの合計値は828億kWh/年となる。
さらに、文献5) によれば日本の小水力発電の可能性は莫大で、10-100kWのもので出力200万kW程度になるとされている。さらに1-10kWを入れればさらに同程度の量が期待できるとの記述もある。仮に、発電容量を400万kWとしその年間稼働時間を180日×24時間とすると、発電電力量は両者を掛け合わせて、173億kWh/年となる。
上記の828億kWh/年と173億kWh/年を足しあわせると約1,001億kWh/年の総発電量となる。前述の2009年の総発電電力量9,565億kWh/年に対する割合は、実に10.5%である。
ちなみに、文献2) の電源別発電電力量の実績によれば、2009年には年間発電電力量9,565億kWh/年に対し原子力発電の割合は29%とされており、原子力発電電力量は2,774億kWhと推定される。従って、原子力発電による電力依存量の36%が新たに開発される水力発電の増量でまかなえることになる。
3.ダムに頼らない水力発電
さらに文献1) の発電方式別包蔵水力の表に見られるように、工事中と未開発の包蔵水力にはダムに頼らない流込式の割合が多く、全体の76.9%を占めている。したがってダム等の大型工事を行うことなく、これらの発電量の開発が期待される。
4.水力発電の開発費
水力電力の開発費を300円/kWhとすると1,000億kWhに対して30兆円となる。国の公共事業費から年1兆円を投資するとして30年で達成できる計算である。水力発電の維持費用は他の発電形式に比べて非常に小さく、一度開発すれば廉価での長期間の運用が可能であることは周知の通りである。
5.これからの開発主体
従来、国のエネルギー施策は経済産業省資源エネルギー庁の所管のようであり、本文の参考文献も同庁の資料によるところが多い。しかし、水力発電の原資となる河川を管理している役所は国土交通省と県などであり、福島原発の事故後の日本の電力危機を乗り切るために、これらの役所が水力発電の開発に本腰を入れる必要がある。
また、再生エネルギー特別措置法案の成立により、これまでのような制約のない形で売電が可能となるので、これからは民間企業のこの分野への進出も大いに期待される。
6.事例紹介
6.1 既設ダムの嵩上げ
(1) 氷川ダム
氷川ダムは熊本県八代市の氷川本流上流部に建設された熊本県が管理する重力式コンクリートダム(高さ56.5m)で、氷川総合開発計画の一環として治水と利水を目的に建設された補助多目的ダムである。1986年にはダム管理・運営に必要な電力をまかなう小規模な管理用水力発電所(最大出力570kW)をダム直下に新設している。ダムの機能を強化するためのかさ上げ(2m)を中心としたダム再開発事業(写真-1)を行い、これにより最大出力が715kWになった6)。
(2) 丸山ダム
丸山ダムは、岐阜県加茂郡八百津町と可児郡御嵩町との境、木曽川水系木曽川に建設された、高さ98.2mの重力式コンクリートダムで、水力発電を目的の一つとする多目的ダムである。現在は国交省中部地方整備局と関西電力とが共同で管理している。新丸山ダムは丸山ダムを24.5mかさ上げすることになった。このかさ上げにより、丸山・新丸山の両発電所合計で常時出力2.12万kW(認可出力18.8万kW)である出力を、新丸山ダムによって常時3.86万kW(最大20.3万kW)に増強させるとしている7)。
6.2 発電所の改修による発電電力量の増強
黒部ダムは、栃木県日光市黒部の利根川水系鬼怒川に建設されたダムで、東京電力の発電用重力式コンクリートダム(高さ28.7m)である。同社の鬼怒川水力発電所へ送水し、最大12.7万kWの電力を発生している。最大出力は旧下滝発電所運転開始当初の3.12万kWと比較して約4倍の増強であるが、これは高落差地点に対応したフランシス水車を採用したことにより実現されたという8)。
このように発電所の改修により飛躍的に発電電力量を増加させた事例がある。ちなみに表-1は2007年時点での電力会社他が所有する水力発電用ダムの集計であるが、合計430個のダムが存在しており、今後の発電所の改修などによる発電電力量の増大が期待される。
6.3 取水堰・水路の組み合わせによる発電事例
長野県下水内郡栄村の栃川では東京電力が2010年12月、出力1,000kWの栃川発電所の運転を始めた。栃川発電所は川に取水堰を作って水をため、そこから最大0.73m3/sの水を約1.8㎞の延長を有する水路に流し込み、約175mの有効落差を利用して発電するものである。当発電所の年間発電電力量は、約610万kWh(一般家庭約1,800世帯分の年間電力需要に相当)となる9)。
東京電力は同じく長野県大町市で農業用水路「大町新堰(せぎ)」を利用した最大出力1,000kWの日向山発電所(仮称)を大町温泉郷近くで計画している10)。
このようにダムによらない水力発電所の開発は地道に行われているが、今後の飛躍的な発電量の増加が期待されている。
6.4 マイクロ水力発電
200kW未満程度の発電設備による水力発電がマイクロ水力発電といわれている。このマイクロ水力発電の利点は、ダムや大規模な水源を必要とせず、小さな水源で比較的簡単な工事で発電できることにある。このため、山間地の谷川・沢水、中小河川、農業用水路、浄水場、下水処理場、工業用水、ビル施設などにおける発電が可能となる。
また、2010年3月に総合資源エネルギー調査会がまとめた報告11) により、200kW未満の発電設備に関して、保安規定・主任技術者・工事計画届出が一部または全て不要となっている。今後の開発に弾みがつくことが期待される。
水力の出力(kW) は、一般に7×水頭(m)×流量(m3/s)と言われており、例えば写真-2に示すような河川(室見川:福岡市早良区と西区の境)の堰を改良すれば、数10kWのマイクロ水力発電が可能となる計算である。
7.おわりに
再生可能エネルギーの開発の中核となるべき水力発電の新規発電量の可能性について論じた。本文に見られるように日本に与えられた数少ないエネルギー資源である水力エネルギーを本気で開発する決意があればこれから約1,000億kWh/年の発電量の開発が可能で、実に2009年時点での総発電量に対し10.5%の発電電力量の上乗せが可能なのである。これは決して画餅ではない。要は国民の判断と決意によって可能な物語である。
参考文献
- 1)資源エネルギー庁:平成19年度水力開発の促進対策
- 2)電気事業連合会:電気の情報広場、電源別発電電力量の実績と見通し
- http://www.fepc.or.jp/present/jigyou/japan/sw_index_02/index.html
- 3)(社)日本プロジェクト産業協議会:太陽の水力エネルギーによる未来の日本水循環委員会報告書、(委員長 竹村公太郎)、平成20年11月
- 4)(財)新エネルギー財団:平成20年度中小水力開発促進指導事業基礎調査(未利用落差発電包蔵水力調査)報告書、(経産省委託調査、資源エネルギー庁委託調査)、平成21年3月
- 5)地域分散電源等導入タスクフォース編著:小水力発電を地域の力で、(独)科学技術振興機構、社会技術研究開発センター、2010.12
- 6)熊本県:氷川ダム再開発工事誌、平成23年3月
- 7)丸山ダム:Wikipedia
- 8)黒部ダム(栃木県):Wikipedia
- 9)東京電力プレスリリース:http://www.tepco.co.jp/cc/press/10120902-j.html
- 10)信州live on HP: トピックス: http://www.shinshu-liveon.jp/www/topics/node_150603
- 11)総合資源エネルギー調査会:小型発電設備の規制の見直しについて(小型発電設備規制検討ワーキンググループ報告書)、2010年