高遊原地下浸透ダム
建設省熊本工事事務所
開発調査課長
開発調査課長
赤 木 宣 威
1 はじめに
緑川水系加勢川は,熊本市東部に位置する水前寺公園に源を発し,江津湖を経て木山川を合流し人口57万人を抱える熊本市の南部を西流している。緩流河川であるが左岸側が未だ無堤に近い状態であり,流域は度々浸水被害が発生している。
近年の流域の開発に伴い,治水安全度は著しく低い状況であり,抜本的な治水対策が望まれている。(本号グラビア(e)緑川水系加勢川出水,昭和62年7月参照)
一方,阿蘇外輪山の西麓台地とこれに連なる熊本平野は,新生代第四系の阿蘇カルデラ形成に関与した阿蘇火砕流堆積物を主とした非常に透水性の高い地層に厚く覆われている。
このため,この地域は,水前寺・江津湖の湧水に見られるように豊富な地下水が胚胎しており,熊本市上水道をはじめ,熊本都市圏の市町村の水道水源は,全量を地下水に依存しているが,近年取水量の増大,土地利用形態の変化による涵養条件の悪化等から,地下水位の低下,水前寺公園等の湧水の減少等地下水障害が顕在化しつつある。
本稿では,これらの状況に対処する高遊原地下浸透ダムについて述べるものである。
2 地下浸透ダムとは
地下浸透ダムは,浸透性の高い地盤の上に貯水地を作り,その中に河川水を導水して積極的に地下へ浸透させることにより,洪水時には河川流量の一部を調節して下流の沿川地域を洪水被害から守るとともに,平常時には周辺の広い地域にわたる地下水の涵養を行うものである(図ー1)。
このダムの特長と効果として,第一に,洪水を地下へ浸透させるため通常のダムに比べて貯水容量が少なくてすみ,ダムの規模が小さくなる。
第二に,地下水の涵養を洪水時および平常時にも行うため地下水の安定した利用が可能になり,また,地盤沈下等の被害の軽減にも役立つ点があげられる(図ー2)。
3 調査の経緯
緑川水系加勢川は昭和42年に一級河川の指定を受け,洪水の防除のための河川改修やダム築造が計画された。しかし上流域の地形地質状況が大規模ダムの築造を許容しないため,ダム計画は中断した。このような経緯のなかで灌漑用水ダムの試験湛水において,貯水池底面からの多量の漏水が発生し貯水できなかったこと,また,透水性の高い地盤であること等に着想を得,加勢川下流域の洪水調節を行うことを目的とした高遊原地下浸透ダム計画調査が昭和54年度より開始された(表ー1),平成元年度からは実施計画調査としてより一層重点的に実施されることとなった。
4 計画の概要
高遊原地下浸透ダムは,緑川水系加勢川の上流域阿蘇外輪山西麓にある高遊原台地に建設が計画されている(図ー3)。
本ダムは,平成元年3月に計画改定された「緑川水系工事実施基本計画」の中でも位置付けされ木山川および布田川に分流堰を設け洪水を高遊原台地の貯水池に導水し地下浸透させることにより加勢川の基準地点大六橋において毎秒150トンの洪水を減らすことができると見込まれている。この量は加勢川の現況流下能力に匹敵する量である。
施設は,加勢川支川の木山川および布田川に建設される分流堰,高遊原台地に建設される総貯水容量140万トン程度の貯水池およびこれらを連絡する導水路等で構成される。
5 高遊原台地の地形地質
高遊原台地は,白川と加勢川支川木山川に挟まれ,阿蘇外輪山麓の大峰山から噴出した高遊原溶岩より成っており,東西8km,南北4kmの標高170~200mの平坦な台地で,周辺との比高差は80~100mであり,台地上に河川は存在しない。
地質は,上層よりローム,Aso-4,高遊原溶岩,布田層,Aso-3,Aso-2となっている。「Aso」は過去4回の阿蘇山の火山活動による火砕流堆積物の名称で,Aso-1で今から34万年前,Aso-4で7万年前といわれている。布田層以外の各層は透水層で布田層は難透水と見られる。布田層は,湖成層で層厚で,北から南に向かって緩やかに下り勾配となっている。(図ー4)。
6 高遊原台地の浸透能
高遊原台地の浸透能力の高さは,台地上に河川が存在しないことからも立証されているが,浸透能の確認については次の事項を実施してきている。
ひとつは,台地上にある熊本空港の地下浸透型の防災調節池での水位等の観測である。2つ目は原位置注水試験の実施である。昭和57年度に得られた防災調節池での測定結果(図ー5)を基に,計画浸透能として毎時500mmを想定して,昭和58年度,61年度に注水試験を実施している。
注水試験は,直径3m,深さ10mの立坑を設け,ライナープレート内側に防水シートを設けて立坑底面からだけ地下浸透するようにして実施した。
洪水時の河川水は濁度が高く、長時間の濁水注水による目づまりが懸念されることから,本試験でも清水注水,濁水注水のケースに加えて,底面に敷砂を施す場合等,各種条件を設定した(図ー6,表ー2)。
清水を用いたケースでは,当初,毎時1万mmであったものが24時間後に毎時8,500mmとなっている。ケース2の濁水では,当初3,000mmが24時間後に毎時2,200mmと,清水に比べそれぞれ約3割に減少している。敷砂上に堆泥があるケース3の場合と堆泥がないケース4の場合とがほぼ同じ浸透能の値が得られたことから,浸透能の値を規定しているのは,表層近くの砂と微粒子による目づまりの程度であり,これはある程度進行すると一定程度に収束するものと考えられる(図ー7)。
水位上昇時の水位と浸透能については図ー8の関係が見られた。
なお,浸透層の目づまり機構の検討は今後とも引続き検討を行って行く必要がある技術的課題である。本方面の既往の検討成果としては,上水道関係者による砂ろ過に関するものが参考になるが洪水時の河川水のような高濁度のもの,また浸透速度が緩速ろ過と急速ろ過との中間的な値となるものについての研究はまだあまりなされていないと思われ,室内実験なども今後実施してゆく予定である。
7 地下水の涵養効果
熊本地域の地下水は,熊本県と熊本市が昭和60年度に実施した調査結果等によれば,基盤岩類(変成岩類,御船層群等),先阿蘇火山岩類等を水理地質基盤として,その上に阿蘇火砕流堆積物等を帯水層として賦存している(図ー9)。阿蘇火砕流活動の休止期には,湖成堆積物の花房層等の難透水層が形成され,これが加圧層となって,地下水を浅層と深層に区分している(図ー10)。
深層地下水は,水理地質基盤図からうかがえるとおり,白川の中流域と立田山の北側に標高マイナス40m以下の地下水盆を形成しつつ,金峰山~立田山,立田山~神園山,神園山~高遊原台地間を出口として,熊本平野に流下している。その流動の主流は,白川中流域から高遊原台地の西縁下を通り江津湖東方に貫ける流れである(図ー11)。
当事務所では,高遊原地下浸透ダムにより,年間1,500万トンの水が地下へ涵養されるとした場合の効果を試算している。涵養量1,500万トンは,木山川および布田川の水を下流での取水等に支障のない範囲で導水するとした場合の過去10カ年の平均的な量である。試算は,熊本地域の地下水流動機構を反映した準三次二層モデルを用いて,有限要素法により解析を行っている。現況(昭和61年)および将来(平成17年)に高遊原地下浸透ダムで涵養を行った場合と行わない場合との地下水位差は,白川中流域でそれぞれ約80cmになると見込まれている(図ー12,13)。なお,将来時の試算では,将来の地下水揚水量が現況に比べて1.4倍に増加し,また,土地利用状況の変化により非涵養域が現況の約16%が約22%になることを条件として入力している。
8 おわりに
高遊原地下浸透ダム建設事業は,平成元年度予算の重点事項として位置付けられる「地下浸透ダムモデル事業」に対応する新しい試みであり,高遊原をモデルとした本事業が熊本地域への貢献のみならず,火山性の同様な地質地域での活用を図ることができるよう,各種の調査検討を精力的に実施してゆきたいと考えている。