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九州地方計画協会

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(写真提供 : 国土交通省 九州地方整備局 武雄河川事務所)

取材・文  丸山 砂和
撮  影  伊藤 義孝
長谷川 恵一

佐賀県西部、伊万里・武雄・多久の3つの市にはさまれるようにそびえる八幡岳。牛津川の源流は、この山の麓にある。山で生まれた清水は多久市を経て小城市を通り、佐賀平野をうるおしながら六角川に合流し、有明海へと注ぐ。

全長29.1km,流域面積165.6km2。決して大きな川ではないが、他の河川にはない、いくつもの特長を備えている。

豊かな自然を育み、人々の暮らしを支える源流域のおだやかな顔、その土地柄ゆえに何度も氾濫を起こすこととなった中・下流域でのいまわしい歴史、そして干潟の生きものを育む河口周辺の個性的な表情。

米どころ・佐賀を支える牛津川。今年も秋の収穫を迎え、その流れをいっそう輝かせている。

1)夕日に美しく輝く、牛津川中流域

2)流域でのんびり羽を広げるシラサギ

3)漁船が連なる六角川河口堰付近

4)河口付近に架かる住ノ江橋。有明海を行き来する船が多く見られる

5)河口では漁船が海風にゆらゆら揺れている。上の方に見えるのが河口堰

6)晴気川上流域の、おだやかな流れ

7)河口に広がる干潟では、こんなイベントも

 

 

(写真提供 : 国土交通省 九州地方整備局 武雄河川事務所)

8)

9)干潟にはムツゴロウやシオマネキの元気な姿があちこちで!

耳をすませると、ピチュピチュピチュという小さな音があっちからこっちからと聞こえてきた。小鳥の鳴き声のようでもあるし、なにかの生きものが跳ねる音のようでもある。

干潟はくもり空と一体になるようなねずみ色で、水平線へとはるかに広がっていた。雨の気配を蓄えた、ぼんやりとした風景を眺めていると、その音は遠慮がちに、耳にこそこそと入ってくる。ほんとうは聞こえてほしくはないのです。そんな感じで。

目の前の干潟を見渡した。ねっとりとした土の上に生い茂る、スラリと背の高い草が、潮風に全身を浸してゆらゆら揺れている。そしてその根元に、もぞもぞと動く気配。ん? おやおや、いたのだった。本当に、よくよく見てみると、それはもうおびただしい数。あまりきれいな表現ではないけれど、うじゃうじゃといたのだった。ムツゴロウに、トビハゼに、シオマネキ。干潟はすっかり彼らの領地と化していて、人間? 何それ? という状態だ。ムツゴロウもトビハゼも全身、干潟の泥にまみれていて、ぴょんぴょんと跳び上がったり、穴の中にササッと入ったりまた出てきたり、哲学者みたいに一点を見つめていたりと、奇妙な動きをしている。ギョロッと目玉が飛び出していて、どことなく不機嫌そうな表情をしているムツゴロウなんて、かなりコミカルな姿である。手元の観光パンフレットには、大きな文字で「ようこそ!ムツゴロウ王国へ」と書いてあるが、それはあながち大げさではない。まさにこの干潟はムツゴロウの王国であり、楽園である。シオマネキの赤い大きなはさみが、色気のない干潟に咲く花のようにきれい。

佐賀県小城市芦刈。有明海に注ぐ六角川の河口は、このように広大な干潟になっている。干満の差が6mにもなるという有明海は、きっと彼らに多大な恵みを与えてくれているのだろう。ピチュ、ピチュ、ピチュ。たくさんの生命にあふれる、干潟の鼓動。

10)迫力ある姿が印象的な、六角川河口堰。付近は干潟の生きものたちの楽園だ

11)川と緑と空、そして山が調和した、牛津川中流域

11)有明海で漁をする船。長い竿がいくつもそびえる、ここならではの風景

河口からしばらく遡ると、川はまったく逆の方向に、ふたつに分かれる。一方は六角川という名で、西方向・武雄や北方町方面を流れる。もう一方は牛津川。ほうぼうに支流をのばし、多久市や小城市を流れている。そしてふたつの川の分かれ目のところに堂々とそびえるのが、六角川河口堰。水位の変動が激しい有明海の高潮に備えるにはやはり、このくらい大規模な堰が必要なのだろう。それにしても、巨大な河口堰の周りに、神経質そうにとがったヨシが生い茂る荒涼とした風景は、それはそれで人を拒絶したような雰囲気があって、なかなか美しいと思った。河口から堰まで、距離にして2kmぐらいだろうか。この間、川の流域はずっと干潟が続き、あたりはムツゴロウ・シオマネキ保護区に指定されている。彼らを驚かせないようにと、そっと歩を進めていくと、堰のたもとでまたまた不思議な光景を見てしまった。小さなカニたちがそこらじゅうにいて、全員が威嚇するようにこっちを向いている(ように見える)。そして白い小さな両手をもぞもぞと踊るように動かし、何かを訴えている(ように見える)。目隠しをして別の星に連れてこられたみたいで、1日じゅうでも見ていたい光景だけれど、こんなに個性的な河口を持つ川が、中流、上流と果たしてどのような様子であるのか、確認しないわけにもいかない。

13)田畑が広がる、牟田辺遊水地付近(写真提供 : 国土交通省 九州地方整備局 武雄河川事務所)

14)水や海の神様・オンガンさんは、こうして祀られている

というわけで、今回はくねくねと蛇行をした牛津川を上流へ向かって遡ってみることにする。ところが、これもまたおもしろいことに、河口堰を過ぎたらさっきの干潟は幻のように消えてしまい、何食わぬ顔をした、ごくごく普通の川の姿となってしまった。まわりは県内有数の穀倉地帯。流域はアシで覆われている。シラサギがひゅうと飛ぶ田んぼの間をぬって、静かで澄んだ流れが続く。平和を絵に描いたような田園風景の中に車を走らせていると、単調な景色の中に秋の匂いが満ちていたり、雨の気配を遠ざけるからりとした風を感じたりして、自然は休むことなく、いつもくるくると表情を変えていることに気づく。そして、このおだやかな牛津川にも、かつては住民たちを大いに困られた過去があることを知った。ちょうど中流域、3方向に川が分かれる地点にある、牟田辺遊水地の存在だ。

遊水地とは、洪水などが発生したときに川が氾濫するのを防ぐため、一時的に水を貯めておく池のような場所で、普段、貯まっている水は農業用水に利用されている。牛津川下流域は干満の差が激しい有明海に近く、場所によっては土地が海面より低いため、昔からたびたび洪水の被害に遭っていたという。丹精込めた畑や田んぼが、家が車が、一瞬にして激流に呑み込まれる様は、想像しただけでも恐ろしくなる。たとえば昭和55年7月の集中豪雨、当時の新聞は牛津町(現・小城市)の様子を「波立つ激流町が沈んだ」という見出しで記事にしていた。町が沈む、町が消える、町が死ぬ。耐え難い恐怖を味わった流域の住民たちは、だからこそこうして、常に自然に畏敬の念を抱きながら、うまく折り合いをつけて暮らす術を身につけていった。

牛津川や六角川の中流域から下流域の川沿いには、小さな石のほこらが点在している。多くは藩政時代から明治初期にかけて作られたものらしく、水や海の神様を祀っているのだという。その名も「オンガンさん」。碑銘には「沖神社」「御神社」などと刻まれており、もともとは「沖神さん」「御神さん」と呼ばれていた。

これからも、川と川の生きものと、私たちの生活をよろしくお願いしますと、オンガンさんに手を合わせる。

13)晴気川上流ののどかな景色。川も山も人も、いきいきしている

牟田辺遊水地を過ぎると、流域はさらに木々や山の存在が大きく見えてきた。川を挟んで北の方には、スキー場で知られる天山がそびえている。南側には多久聖廟や西渓公園などの観光地がぽつぽつとあるが、平日の昼間だったせいか、いずれも人の気配は少なく、魔法にかかったようにしんとしていた。

人間としての生き方やあり方を説き、後の歴史に多大な影響を与えた中国の偉大な哲学者・孔子。その思想や精神にふれるため、1708年に建てられたのが多久聖廟。参道沿いには聖廟展示館があり、石碑、漢詩碑などがあちこちに掲げられている。不勉強で煩悩だらけの心を見透かすかのようにそびえる孔子像。神社や仏閣とはまた違った、厳粛なムードに包まれるのも、悪い気分ではない。

このあたりまで来る途中、牛津川は河口から近い順に晴気川、今出川、中通川といずれも北の方向に支流を延ばしている。果樹園が広がる晴気川の源流一帯は、段々畑のように斜面に沿って民家が連なり、細く険しい道が続く。集落をぬって流れる清流の音がすがすがしく耳に響いてきた。ここから今出川の源流付近までを結んでいるのが林道山頭線。八丁ダム、岸川ダムとふたつのダムを横切るこのコースは、道路沿いに緑のトンネルが心地よい、さわやかな林道だ。道幅が狭く、うっそうと繁る木々にスピードを緩めると、野鳥や蝶々の姿が目にとまる。

15)晴気川最上流にある、木々の香りに包まれた天山神社

牛津川の源流は、標高764mの八幡岳のふもとに存在していた。八幡岳は決して高い山ではないが、周囲に遮るものはなく、山頂からの景色はそれはすばらしい。天山、黒髪山、多良岳。雲が視界を邪魔しなければ、玄界灘も有明海もよく見える。頂上へは車で簡単に行けてしまうが、山道を歩いても決してハードではないし、むしろいろんな花や虫に出会えて楽しい。運がよければ野ウサギにも遭遇できるらしい。

八幡岳に向かう途中、源流にほど近いところに最後の集落があった。数軒の家々が肩を寄せ合いながら細々と川のそばに建っていて、ここもまた、何かおとぎ話の舞台のようだ。猪や鹿がたくさん棲んでいたのだろうか。「猪鹿」という地名もドラマティックで、集落のいちばん北側にある小さな神社は、森の精や川の神様がひょいと姿を現しても、こんにちはと自然に挨拶してしまいそうなくらい、なんというか、不思議な空気に包まれたところだ。河口とまったく様子は違うけれど、どちらも同じように、川が支える力強い自然が存在している。

遠くから眺めても麓から見上げても、しゃんと胸を張って、どうとそびえている八幡岳は、果たして知っているのだろうか。そこから生まれた流れが、ムツゴロウやトビハゼや、赤い爪のシオマネキや、そしてダンスのカニたちが幸福に生きる、エネルギッシュな世界に到達しているということを。

16)県の観光スポットとしても知られている多久聖廟。凛とした雰囲気が漂う

17)桜やツツジ、紅葉が美しい庭園・西渓公園。 多久聖廟に関する資料館もあり

18)天山にほど近い八丁ダム。 周囲は豊かな自然が残る

20)森の向こう、遙かにそびえる八幡岳

21)八幡岳頂上から多久・小城方面を望む、 雄大な景色に圧倒!

22)牛津川上流にある小さくて静かな集落

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