昭和44(1969)年、熊本県熊本市生まれ。
4歳で菊陽町に転居し、地元の小・中学校を卒業後、鎮西高等学校に入学。同校野球部のピッチャーとして活躍。卒業後、アウトドアスポーツに目覚め、リサイクル事業を自営する傍ら、西日本の山や川を巡る。25歳のときカナディアン・カヌーに出会う。平成14年より「NPO法人白川わんぱく探検隊」副理事長を務め、平成15年に川の指導者資格「Rescue3 の SRT-2」を取得。平成17年7月より同探検隊理事長に就任。36歳。
取材・文/西島 京子
●安全な川で、体を浮かせる指導をする
●楽しそうにカナディアンカヌーとカヤックを操る子ども達
●ロープを使った救助体験をする子ども
●白川わくわくランドの研修室で子どもたちに説明
●大喜びで川に飛び込んだ子どもたちが、流れを利用して指導のとおりに集まる
熊本市街地の中心部を流れる白川は、自然豊かな阿蘇カルデラに源を発し、有明海に注ぎ込む延長約74kmの一級河川で、河川沿いの樹木とおだやかな流れが、歴史ある熊本の町に美しい景観をもたらしている。天正16(1588)年、肥後に入国した加藤清正が治水・利水のための工事をしたことでも知られる歴史ある白川だが、ひとたび大雨や台風に見舞われると、漏斗型の流域で阿蘇に降った雨を一手に引き受けるため、洪水を引き起こしやすくなる。
記憶に残る大水害として、昭和28 (1953)年6月26日の「6・26大水害」や昭和55(1980)年8月30日の台風による水害、平成2年7月2日の集中豪雨による水害などがある。
西本隆博さんは、その白川にこだわり、国土交通省が開設した白川流域住民交流センター(通称「白川わくわくランド」)を拠点として、主に「白川リバースクール(川の自然学校)」で子どもたちの川遊びをサポートしてきた。今年4年目を迎えた「白川わんぱく探検隊(SWAT)」のNPO法人化に伴い、今年7月理事長に就任。身長185cm、体重100kgの堂々とした体つきからか、豪放な性格からか、高校時代についたニックネームが鯱。白川リバースクールに参加した子どもたちは、「鯱」というニックネームをすぐに覚えるという。
●白川で子どもたちに訓練の説明
白川リバースクールは4月から10月までの期間に、月に2~4回開催しており、8月はキャンプもある。小学校4年生から中学生までの30人を対象に、子飼橋周辺の白川で川の安全知識、川での泳ぎ方、救助ゲーム、川流れ、飛び込み、カナディアンカヌーを体験させるという内容だ。
「ほかにも親子で参加してもらうイベントなどで指導していますが、川での救助体験で『初めて子どもから助けてもらった』と感激するお父さんもおられます。今、小中学生を持つ親の世代は、川は遊泳禁止だったので、川で遊んだ体験がない方ばかりです。だから大人にも川遊びと川での救助の疑似体験は貴重なのです」と西本さん。
西本さんは25歳でカナディアンカヌーに出会って魅せられ、荷物を積んで九州のいろいろな川を下った。しかし我流の楽しみはしばしば危険を伴った。ある日、「レスキュースリー(Rescue3)」を学ぶようになってからは、川へ対する自分の間違いの多さに気付いたという。
「レスキュースリーはアメリカに本部を置く、緊急救助活動に関わる民間団体の名称です。白川で活動する川の指導者の多くが講習を受けていますが、この中のインストラクターという国際認定証を持つ指導員は九州に3人しかいません。そのうちの2人が白川わんぱく探検隊の指導員なんですよ」と西本さんは胸を張る。
●わかりました、のサインで参加者全員で記念撮影
●白川に浮かぶいっぱいのカヌー
西本さんは子どもたちの指導に当たって、ボランティア活動だけでなく、隊員には川のプロとしての意識が必要だと考えた。それが「レスキュースリー」の資格取得とぴったり重なった。「白川わんぱく探検隊」の別名「SWAT」は、「スイフトウオーター(急流)アタック チーム」の略で、急流救助をイメージしている。そのアルファベットには、「カリスマ性のあるかっこよさ」で若い人に関心を持ってもらいたいとの西本さんの願いが込められている。
「レスキュースリーは都市型洪水から身を守るために独自にできた救助法で、この資格を地元の都市型河川で生かせないだろうかと考えました。白川は雨樋のような構造なので雨が大量に降ると一気に水かさが増します。いつもはおだやかでも、白川はとても怖い川だということを子どもたちに教えていかないといけないのです」
●車椅子の人へカヌーの漕ぎ方を指導し、サポートする
●西本さんは、白川リバースクール開催の現場で企画を考える
平成15年3月6日に、白川で発生した重油流出事故に関して、「白川わんぱく探検隊」が重油回収のために吸着マットを川に敷き詰める作業を自主的・積極的に行ったとして、同年4月18日、九州地方整備局熊本河川国道事務所から感謝状が贈呈された。
今年5月には、車椅子を利用する障害者のためのカヌー教室をサポートした。
「個人的には以前からやっていましたが、会としてサポートしたのは初めてです。白川わんぱく探検隊のメンバーは20~30代の元気な個性派ぞろいで、職業も皆違いますが、何かやろうというときは、さまざまなアイデアを出して実行してくれます。現在は16人ほどですが、せっかくNPO団体になったのだから、皆にレスキューの方法を定着させ、川の清掃や事故防止、防災を踏まえた自警団的な活動も視野に入れながら、一般の会員を増やしていきたいと思っています」
西本さんの夢は大きい。白川の中流域に学習施設、宿泊施設を造る。そこにはカヌーの国際的なレース場や車椅子ロードレーサーのための室内練習場を造る。そこを拠点に4時間の川下り体験ができるリバーツーリズムを実施したい。学生たちが川の活動をしながら、川のガイドのアルバイトができれば。川に関わるレスキューの仕事でメンバーの雇用を実現したい。と夢を語り出すと止まらなくなる。
現在の活動をスムーズに行えるようにと西本さんは、昼間は建設会社で、夜はコンビニで働く。特に夏休み期間中は、キャンプなどのイベントが多く、仕事を休む日が増える。
「これまでの実績をもとに知名度を上げ、市や県、国に働きかけ、白川に関わるいろいろなお手伝いができる団体になれれば、と思っています」と、西本さんは目を輝かせた。