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複雑な水理地質構造を克服した川辺ダム
一新たな河川環境の創出に向けて一

鹿児島県土木部
 河川課 課長
福 元 幸 一

鹿児島県土木部
 河川課 開発係長
上大田 孝 成

鹿児島県伊集院土木事務所
 技術主査
福 水 和 久

1 はじめに
鹿児島県薩摩半島の中央部を南西に流れる万之瀬川は,昭和46年の台風19号,昭和51年や平成9年の梅雨前線豪雨等で河岸決壊や氾濫による浸水被害を受けており,昭和45年から着手している河川改修事業とともに治水の安全度を高めるため,ダムによる洪水調節が必要となった。
また,万之瀬川は,川辺町・金峰町・加世田市の水田かんがい等へ広く利用されているが,渇水時には深刻な水不足に見舞われていることから,流水の正常な機能の維持を図るための不特定補給が重要である。
一方,鹿児島市においては,都市化の進展に伴う水道用水と工業用水の需要が大きく見込まれる中,既存の水源に限度があることから,新たな水源の確保を求めて,川辺ダムからの補給も見込んだ万之瀬導水事業の整備を平成元年に終えた。
このように,治水はもとより利水においても早急な対策が望まれ大きな期待が寄せられる中,堤高53.5m,堤頂長147.0m,堤体積103,000m3の川辺ダムが平成14年度に多目的ダムとして完成した。
今回,本誌面をお借りして,川辺ダムの止水処理を中心に報告したい。
川辺ダムの位置,容量配分,ダム上流面,標準断面を図ー1,2,3,及び4に示す。

2 ダムサイトの地形
ダムサイトは,万之瀬川が山間部からシラス台地に移行する地点に位置する。
この付近は,深いV字谷をなして南南西に流下し,ダムサイト直下流で南東方向にその流れを転じており,川幅は40m程度で大小の岩塊に覆われている。
右岸側は,EL.600m程度の四万十層群からなる山稜で,山腹斜面は45~50゜の急斜面をなし,一部に基盤岩である四万十層の露頭が分布する。左岸側は,EL.170~180mの火砕流堆積層の平坦な台地が広がり,川側斜面は上部がシラス,下部が75~80゜の溶結凝灰岩の急崖を形成している。溶結凝灰岩は露出し絶壁をなすが,シラス台地縁辺には小さなガリーが発達し,やや複雑な斜面となっている。

3 ダムサイトの地質
ダムサイトの地質断面を図ー5に示す。
ダムサイトの地質は,基盤岩である四万十層群とこれを不整合に覆う第四紀の火砕流堆積層からなる。四万十層群は右岸山地から河床にかけて広く分布し,左岸では火砕流堆積層に覆われ台地深部に分布する。本層群は,砂岩・頁岩及び砂岩頁岩互層からなり,河床~右岸では砂岩が多く,左岸では頁岩や砂岩頁岩互層が多い。本層群には1m以下の破砕帯が見られる以外に大きな断層はなく,多くはCM級やCH級等の堅固な岩盤である。
左岸の四万十層群の上位には,旧万之瀬川を埋積した伊作及び阿多の2層の火砕流堆積層が分布する。各火砕流堆積層の下位には,未固結な砂礫層粘土分を多量に含んだ段丘堆積物,河床堆積物,岩屑堆積物が数m~数10mの厚さで分布する。両火砕流堆積層とも高,中,低,非溶結部からなり,各層の中心から周辺部に向かって溶結度が低くなっている。
これらの地形,地質の発達状況を図ー6に示す。

4 止水計画
現在河道をなしているダム建設地点は,基盤岩が四万十層群であり,浅部で10Lu【注】程度,深部で2Lu以下の応力開放的な特徴を有した堆積岩であるため,グラウチングによる止水処理で十分な安全性が確保できると判断した。つまり,通常のダムと同様な計画立案が可能であった。
左岸側には,阿多及び伊作の火砕流堆積層が基盤岩の四万十層を覆って厚く堆積しており,このうち阿多火砕流は厚い非溶結部を伴い,上位のものは10~30mの層厚となっている。また,阿多と伊作の境界には,旧期の河床砂礫及び表土,阿多火砕流堆積層の非溶結部等から構成される旧期境界層が分布している。さらに伊作火砕流堆積層と四万十層の境界には古期の河床砂礫や岩屑堆積物等の古期境界層が分布している。両火砕流堆積層は,溶結度が高~低に変化するに伴い透水性も高~低に変化している。一方,旧期や古期の境界層は,未固結状態で50Lu以上の透水性の高い箇所が多数存在する。さらに,火砕流堆積層の非溶結部は,鹿児島県内特有のシラスと呼ばれるものであり,グラウチングによる止水性の改良が困難な上パイピングに対する抵抗性も小さい。
このように本ダムの左岸側は地層全体として複雑な水理地質構造を呈しており,その中でも未固結な旧期境界層が,グラウチングでは改良困難であるとともに浸透路長も十分確保されていないため,コンクリートによる地中連続壁工とトンネル置換え工で止水処理を行う計画とした。その結果,阿多火砕流堆積層と旧期境界層は,最大深度73.5mのコンクリートによる壁で置き換えられることとなった。また伊作火砕流から四万十層間については,火砕流堆積層の高透水の影響により地下水位の高まりが確認できないこと,パイピング抵抗性の低い境界層が存在することを踏まえると,地中連続壁等の十分な止水処理が必要であるが,本箇所については施工深度が深く浸透路長が十分確保されるため,四万十層に達するまでをグラウチングにより処理する計画とした。ただし改良目標値については,漏水の主経路を遮断することを目的として,通常の重力式コンクリートダムの2Luではなく10Luとした。
これらの止水処理計画は図ー3のダム上流面図に示すとおりである。
なお,地中連続壁工の壁厚については,調査時の孔内水平載荷試験等から設定した変形係数を用いて,ダム湛水時の貯水圧に対して地盤をバネとして抵抗する弾性支床上の梁として解析した結果,施工深度の大小に応じて80cmと65cmの2通りの壁を計画した。

【注】Lu(ルルジオン値)は,10kgf/㎠の圧力でボーリング孔内に水を注入したとき孔長1mあたり1分間に注入される水のリットル数として定義される。

5 止水対策工事
左岸における地中連続壁工の施工方法は,①地中掘削,②鉄筋籠とガイドパイプの建て込み,③コンクリートの打設による一連作業である。
地中の掘削工法としては,BCトレンチカッターによる回転式の水平多軸式工法を採用したが,当初の想定よりも岩盤が堅かったため,爪の摩耗や岩砕が爪間に噛み込む等掘削が困難となり,掘削の補助工法として,衝撃式のパーカッション工法であるイコス・ビットによりBCトレンチカッターの爪掛かりを作るための先行ボーリングを行い掘削の改善に努めた。また,掘削中には,掘削時の壁面保護のためのベントナイト系安定液がダム下流へ大量に逸液した。この逸液は,阿多火砕流堆積層の高溶結部における開口節理を浸透し発生したと推定されたため,イコス・ビットの先端からセメントミルク等を充填したり,掘削箇所に砂を投入するなど,節理を閉塞しながら壁面の安定を図るよう対応策に非常に苦慮した。このように想定し得ない多量の逸液が発生したことは,火砕流堆積層における透水性状の複雑さを物語っており,非常に難しい水理地質構造であることを実感することとなった。なお,各エレメントのパイロット孔から得られた変形係数により設計壁厚の照査を行ったところ,一律65cmの壁厚で安全性が確認されたため設計壁厚を変更することとした。これは,堅い層と軟らかい層との間の中間的な層が相応の厚さを有していたため,曲げモーメントによる引張応力が当初設計より小さい結果が得られたためである。
鉄筋籠については,地中連続壁の施工後に実施するグラウチングに対処するため,あらかじめガイドパイプを併設して地中に建て込んだ。その後コンクリートを打設し地中連続壁工が完成した。
次に地中連続壁工下部のグラウチングについて,伊作火砕流堆積層の高溶結部では,開口節理に対する効果的なグラウチングを行い規定孔に達する前に改良目標値を満足する結果が得られたが,四万十層との境界にある非溶結部や古期境界層については,1ステージの総量規制3,400リットル/回×3回により改良が確認できないステージが複数存在するなど,施工進捗における改良効果の評価が非常に難しい状況であった。さらにこの層は,パイロット孔による口径66mmのボーリングではコア採取ができない箇所もあることから空洞の存在が懸念された。そこで,空洞の存在を確認するためボーリング孔内にボアホールスキャナーを挿入し地層観察を行ったところ,厚さ5~10m程度のシルト質に富んだ微細な層が存在していることを確認し,限界圧力が非常に小さいため大量のセメントミルクが入り込んだと推定された。最終的には,空洞ではなく地質としての層が存在すること,施工ブロック毎の評価として改良目標値を満足することから,グラウチングの完了と判断した。

6 施工後の挙動監視
左岸止水工の施工後の評価については,図ー7に示す地中連続壁工の上下流に設置した地下水位計により判断した。図ー8に示すとおり,1及び3の下流側と2及び4の上流側とでは,貯水開始時から20~40mの水位差があり,サーチャージ水位までの貯水完了時には35~40mの水位差が生じている。特に2については,貯水位とのレスポンスが非常に敏感に表れている。これらより地中連続壁工及びグラウチングによる止水工は,十分な止水機能を有していることが確認された。

7 おわりに
このような難しい地質構造に対し懸命に取り組んだ結果,平成14年10月23日から試験湛水を開始することができ,平成15年2月18日に試験湛水を完了,去る平成15年6月2日には竣工式を滞りなく終え,32年の長きにわたるダム建設が無事終了した。ダムの止水処理として,コンクリートによる大規模な地中連続壁工を用いた事例は,これまで国内でも例のないケースであり,今後のダム技術の参考になれば幸いと考える。鹿児島県土木部初の多目的ダムとして地域の大きな期待が寄せられている本ダムが,洪水調節,鹿児島市への都市用水の安定供給を図るとともに,新たに創出した湖が豊かな河川環境が形成されるよう努めて参りたい。

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