「人・自然」と共生できる花川
―再生に向けた取り組み―
―再生に向けた取り組み―
鹿児島県 土木部砂防課
若 松 昭 彦
はじめに
花川は鹿児島県串木野市の東部,霊峰冠岳をその源とする五反田川の支川で,古くより山岳仏教の中心地として栄え,また徐福伝説の地として歴史文化に彩られた渓流です。この花川が昭和48年8月の台風19号により,田畑や橋梁が流出するなど甚大な被害を受けたため,激甚災害地の指定を受け,災害復旧を目的として砂防施設が整備された結果,土砂災害の危険性が大きく軽減されることになりました。ところが,災害やその後の画一的な砂防堰堤やコンクリート三面張流路工の整備によって,それまでに渓流に生息していた水棲動植物は姿を消し,単調な風景となってしまいました。
そこで,鹿児島県は当時の建設省新規施策を利用して平成7年度に「渓流再生砂防事業」を立ち上げ,ここに良好な渓流環境を再生する取り組みが始まりました。事業実施にあたっては,事業検討委員会や事業実施計画検討会を設置し,学識経験者,地元関係者,行政関係者を交えて整備方針や計画を検討することになりました。平成7年には「花川渓流再生砂防計画」,平成11年度には利活用面,景観面の詳細計画を策定し,串木野市観光開発計画や他事業との整合をはかりつつ,地域の歴史・伝統,自然環境・景観,地域ニーズ等に配慮した渓流づくり・地域づくりを目指すこととしました。
さらに,計画設計,施工段階においては,景観の統一性,自然環境の保全・創出等に関する指導,助言を行うアドバイザー組織を立ち上げ,関係する事業者は基本計画や整備コンセプトに関するチェックや計画細部の課題等についての指導,助言を受けながら事業を遂行してきました。また,関係する事業者による連絡調整会議を設置し,工事工程の調整の他,地域の意向を踏まえながら施設完成後の利活用,維持管理のあり方を具体的に検討してきました。
これらの渓流づくり・地域づくりに関する様々な取り組みを経て,平成16年11月23日に「冠岳花川砂防公園」として開園しました。
花川の渓流再生の取り組み
平成7年度に「花川渓流再生砂防事業検討委員会」(委員長:鹿児島大学下川悦郎)を設置し人命・財産を保全するとともに周辺の環境・景観や親水性の向上,生態系の回復等を図り,地球環境にふさわしい良好な渓流環境の再生を目的に整備の基本方針・基本的な考え方をまとめました。
渓流再生の取り組み方針として地形・地質,現河道状況,災害履歴,渓流環境,串木野市冠岳開発計画,社会環境,動植物分布を整理して現状を保全すべきものと,改善すべきものとに分けて整理し,花川が周辺環境に対して著しく劣る点(渓流再生の課題)を把握する。
花川の渓流再生上の課題に対する解決策は防災,利用,景観,生態の4つの観点からまとめられ生態上の観点からの渓流再生の課題が最も大きいものであり,他の3つの観点の機能を失うことなく生態系の再生を達成することに取り組みました。
花川の渓流再生の基本的な考え方
【防災】
計画規模に対する治水機能(流出土砂抑制・流下断面確保)を維持増進する。新規砂防堰堤,砂防林を新たに設置して土砂整備率を確保する。流砂は土砂調整機能の増大のため流下断面の不足を複断面化によって対処する。
【利用】
観光化される中~下流部は流路を親水利用できるようにする。(河床へのアクセス整備,親水利用のため自然的な景観・生態)
【景観】
中~下流部の変化に乏しい水路を周辺の景観変化に(中流部は岩山,下流部は田園景観)に合わせる。
【生態】
流路周辺における森林ビオトープの保全状態を維持するともに,流路にビオトープが形成されるよう自然的河道とする。
常時流水を増やす,堰堤工,床固工の落差に魚道を設置する,渓床渓岸の材質を自然的で多孔質なものとすることにより渓流におけるビオトープの縦断・横断方向の連続性を回復する。
設計施工アドバイザー組織による施工指導
【目的】
平成11年度花川再生砂防事業実施計画検討会において了承された内容(整備方針[コンセプト等],全体整備計画[施設配置,植栽等]など)に従い,その後の基本設計(意匠)・詳細設計・施工に対して,景観面(トータルコーディネイト),自然環境面,利活用面における課題の指摘,具体的な助言を行う。
【アドバイスの手順】
アドバイザーグループによるアドバイスは重要度に応じた以下の手順を基本とする。
①通常時
基本設計,詳細設計の検討内容については素案レベルで事業者がアドバイザーグループヘ報告し,その内容についてアドバイスを受ける。
また,施工期間中においては事業者からの事業進捗報告・質問等に対してアドバイザーよりアドバイスを受ける。
②緊急時
施工者からの質問等,速やかな対応が求められる場合,アドバイザーから直接施工者ヘアドバイスを行えるものとする。事務局は内容承認後事業者に報告する。
③全体調整会議
アドバイス内容に応じて事務局が調整の必要性を判断し,重要度が高く,個別調整が困難と判断した場合,全体調整会議(事業者,市,アドバイザーグループ)を行う。
【活動状況】
平成13年度
・現地視察 6回/年
・全体調整会議 2回/年
平成14年度
・書面による報告に対するアドバイス6回/年
・現地視察 9回/年
・全体調整会議 2回/年
平成15年度
・書面による報告に対するアドバイス16回/年
・現地視察 7回/年
・全体調整会議 2回/年
平成16年度
・書面による報告に対するアドバイス12回/年
・現地視察 6回/年
・全体調整会議 2回/年
【指導・助言】
アドバイザーグループには,基本設計,詳細設計,施工,完工に渡り,設立時と同じメンバーで花川再生砂防事業に関するデザイン・環境等のすべてにおいて携わっていただき,全体計画の工程の調整,市における周辺整備との整合,実施設計のデザイナーとの調整,現場視察においては施工における材料確認色,デザイン,配置方法,設計の修正,植栽構成にいたる細部に渡って指導・助言をいただきました。
特に生態系の配慮については,砂防堰堤や床固め工に併設した魚道工の施工において,既存のくぼみ等はふさがずに魚の隠れ場所に利用する。また,落差工河床部については魚類や水棲動物が生息しやすいように深みを設ける。
流路に用いた多孔質の護岸工による植物の生育を図れるよう石材を自然風(石積みの下方を大きな石で,上方にしたがってやや小さく)に据え,隙間に客土+地被植物が植栽できるよう考慮する。
淵と瀬の創出による魚や水棲植物のビオトープの形成を図れるよう,渓流におけるビオトープの縦断・横断方向の連続性を回復するため大小の石を千鳥に配置する等の助言をいただき,自然環境にふさわしい良好な渓流環境を再生することができました。
蘇った景観と戻ってきた渓流の生き物
本県では花川渓流再生事業の完了を前に現況の生物調査を実施し,事業着手以前の事前調査結果等の比較を含め,生物相の状況を把握した結果,砂防事業により土砂流出が減少し,底質の安定,流水の確保により水棲昆虫や魚介類の遡上や移動が可能となり,生息場所が増加した。また,水際に効果的に樹木が存在する場所では,比較的多くのゲンジボタルが見られるようになりました。
おわりに
当砂防公園が県内だけでなく広く県外との交流の拠点となるようにまた地域の皆さんの交流の場,串木野市の観光拠点として大いに活用され,潤いある豊かな地域づくりに生かされることを願っています。
今後,県砂防課としても,この地域で砂防学習や自然学習など,子どもや地域の人達に対し,防災知識の広報に努めていくつもりです。