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浄水処理場の発生土を利用した河川水のリン除去手法について

建設省 遠賀川工事事務所
副所長
沖 田  学

建設省 遠賀川工事事務所
 河川環境課長
岡 本 正 美

建設省 遠賀川工事事務所
 河川環境係長
田 平 秀 樹

1 はじめに
遠賀川の流域内人口密度は,約650人/km2と九州直轄河川では第一位であり,都市化の進展が進む中,下水道の平均整備率が約24%と低く水質悪化が進んでいる。
遠賀川の下流2kmに位置する遠賀川河口堰の貯水池は,北九州市100万都市を中心とする周辺市町の水道水源として利用されているが,特に夏場になるとアオコが発生するなどの富栄養化現象が現れ,取水障害や景観障害等の社会問題を引き起こしている。
遠賀川水系における河川浄化事業は,BODを対象とした施設が2箇所完成し,1箇所が施工中であるが,富栄養化対策としての浄化事業の実施も急務となっている。
このような状況の中,河口堰貯水池への流入栄養塩であるリンの負荷量を占める割合の高い支川尺岳川に注目し,リン除去対策を実施することで,効果的なリン流入負荷量の削減を図り富栄養化現象を抑制させようとするものである。
尺岳川のリン除去手法は,一般的な凝集沈殿法にかわり建設副産物等を再利用した新たな手法でありコスト縮減に寄与できる全国でも珍しい手法である。ここでは,新たな手法を見出すために実施した現地実験の概要および経過並びに最適手法として採用した浄水場発生土(以下,浄水汚泥という。)を用いた吸着法による尺岳川浄化事業について紹介する。

2 技術的な内容
(1)リン除去の必要性と技術的な課題
① リン除去の必要性
河口堰貯水池の富栄養化の要因は,水の滞留と豊富な栄養塩濃度であり,栄養塩除去対策は,滞留改善対策を図りにくい渇水時等に有効な対策として位置づけられている。
栄養塩の由来は,上流河川からの流入や,底泥からの溶出によるものがあり,底泥からの溶出負荷のうち,特にリンにおいては底層が嫌気化したときに増加することから,底層を曝気し嫌気化を防いで,溶出負荷を削減する対策を別途事業で進めている。
植物の生長には複数の栄養塩が必要であるが,リービッヒの最小律で示されるように,栄養塩のうち一つが欠落することにより植物の生長は左右される。富栄養化対策においても窒素,リンの両方を削減する必要はなく欠乏状態に導きやすい方を削減することで所要の効果が得られる。
遠賀川河口堰においては,河口堰流入量が50m3/s以下で,富栄養化現象が生起しやすい。
しかし20m3/s以下になると,一度増殖した植物プランクトンが流下過程で減少する傾向がある。
このときの貯水池のT-Pは0.1mg/L程度であるが,PO4-Pは0.02mg/L以下と少ない。これは,T-Pには植物プランクトン態リンも含んでいるためであり,溶解性のリンの大部分を占めるPO4-Pを0.02mg/L以下まで削減すれば,植物プランクトンの増殖を抑制することができる。
ゆえに,河口堰に流入するリン負荷量を占める割合の高い尺岳川においてリン除去を行うことが効率的な河口堰の水質保全対策といえる。

② リン除去の技術的課題
リンはBOD等の有機物と異なり,分解しないため水域から取り出す必要がある。したがって,リン除去においては溶解性のリンをいかに効率よく集め,かつ集めたリンをいかに効率よく汚泥として処分するかが課題となった。
リン除去技術は大別すると,物理化学的方法と生物学的方法があり,前者は,リンを化学的に不活性化し,固体として水から取り出す方法であり,下水処理における凝集沈殿法が代表的手法である。
この凝集沈殿法は,カルシウム,アルミニウムまたは鉄といった金属類とリンを反応させるものであり,吸着法は前記金属類をあらかじめ設置しておき,この中に汚水を流すことにより,リンを吸着させ除去するものである。
これらの手法は,リンと反応する金属類の投入費用とともに,汚泥の処理費用を要する。
生物学的方法は,生物に取り込ませて生物体またはその死骸として水から取り出す方法であり,活性汚泥中の微生物にリンを過剰に取り込ませる嫌気好気法と水生植物に吸収させる植生浄化法が代表的手法である。下水処理場で採用されることが多い嫌気好気法は,微生物の餌として有機物が必要であり河川浄化には適用できない。
一方,植生浄化法は除去率が低く,河川浄化としては効率が悪い。
以上の手法の中で,尺岳川に適用可能なリン除去手法は,凝集沈殿法と吸着法と考えたが両工法とも施設経費,維持管理費が高いことが課題である。そこで,コスト縮減といった観点から金属類が安価に入手できる方法として建設副産物のコンクリート廃材に含まれるカルシウムや浄水場の処理過程で発生する浄水汚泥に含まれるアルミニウム等に着目し,両手法を現地実験により検証することした。
また,併せて一般的手法の凝集沈殿法についても河川水での効果を検証するために硫酸バンドとPACを使用して実験を行った。

(2)技術的な対応
① 現地実験
技術的課題を踏まえて新たな手法を見出すためには,現地において実際浄化する河川水を取水し,実施設の水質レベルおよび水質変動で実験することが重要である。以下に,実験内容とリン除去手法の特徴を示す。
 a 浄水汚泥によるリン吸着法
吸着法は,鉄,アルミニウム等にリンを吸着させる方法である。市販のリン

吸着材として優れた土壌として黒ボク土,鹿沼土があるがいずれも高価で近隣では入手できないため,安価にかつ恒久的に入手可能な浄水汚泥の適用性について評価した。浄水汚泥は,浄水場の処理過程で河川水などの濁質の除去を目的として投入される凝集剤(硫酸バンド,PAC)に含まれる水酸化アルミニウムが,リンの吸着性に優れていることから,リン吸着材として着目したものであり,廃棄物の有効利用ともなる。実験に用いる浄水汚泥は,写真一1に示す遠賀川河口堰を水源とする北九州市の浄水場のものを使用した。

 b コンクリート廃材による凝集沈殿法
コンクリート廃材によるリン除去は,コンクリート中のカルシウムと汚濁河川中のリンを反応させてリン除去を図るものであり,建設廃棄物のリサイクルとしては意義深いものがある。
実験は,径20cm程度のコンクリート塊と20mm程度の再生骨材を使用した。なお,この方式はカルシウム溶出に伴いpHが上昇するために放流前に中和処理を行う必要があることから,本実験では炭酸ガスと希硫酸の2通りの方法で比較した。
 c 凝集沈殿法によるリン除去手法
凝集沈殿法は,凝集剤中のアルミニウムと汚濁河川中のリンを反応させて,沈殿除去するものである。本手法は,下水処理場における高度処理手法として実績があるが,河川水は水質変動が大きいことや礫間浄化施設を前処理として設置することの両効果について実験を行った。

② 各リン除去手法の実験結果
 a 浄水汚泥によるリン吸着法浄水汚泥は,土壌厚を0.1m,0.5m,1.0mの3ケースとし,通水速度は,当初5m/日,途中から1m/日とした。図ー2に示すように5ヶ月間にわたり安定した浄化効果が得られた。
また,実験前後における浄水汚泥の性状の変化は,表ー1に示すとおりである。リン含有量は,表層ほど高いことからリンの吸着は流入水のリン濃度が高い表層から吸着されていくことが分かる。また,浄水汚泥の潜在的なリン吸着能力の指標となるリン酸吸収係数は実験前後であまり変化しておらず,依然として浄水汚泥が高いリン除去能力を有していることが分かった。

 b コンクリート廃材による凝集沈殿法
径20cmのコンクリート廃材では,除去率は24%にとどまり,また3週間後にはリン除去効果が見られなくなった。
このようにリン除去効果継続時間が短かった理由は,コンクリート廃材の表面に炭酸カルシウム膜ができ.カルシウムが溶出しにくいと考えられたため,コンクリート塊の粒径を細かくすることで溶出する表面積を増大させることが可能となることから再生骨材により同様な実験を実施した。
再生骨材は.粒径が20mm程度と細かく,リン除去継続時間が長くなることが予想されたが,図一3に示すように.滞留時間を当初12時間と長くとったが,2ヶ月間でリン除去率の低下が見られた。
また,再生骨材法では.流出水のpHが10程度以上でないとリン除去が見込めない結果となった。

 c 凝集沈殿法によるリン除去手法
凝集沈殿法では,リン除去率と凝集剤注入率の関係を整理したところ,Aℓ/P比が3以上でリン除去率70%以上となるが.Aℓ/P比が3以下になると急激に除去率の低下が見られたため,安定したリン除去を行うには,流入水のリン濃度に応じた凝集剤の注入率を制御する必要があると分かった。

③ 尺岳川水質浄化手法の策定
現地実験結果等を踏まえて,尺岳川水質浄化手法として各手法を評価した結果は以下のとおりである。
 a 効果の安定性
浄水汚泥法は,リン除去率が滞留時間で決まるため,一定水量を均等に流せば流入水質の変化に対して安定した除去率が長期にわたり得られる。
再生骨材法は,効果はあるがリン除去継続時間が短い。また,凝集沈殿法は,流入水のリン濃度が高い場合には除去率が低下する。
 b 経済性
凝集沈殿法は,堤内地に処理施設を建設する必要があり,処理施設の用地取得,周辺環境対策などのイニシャルコストや施設の維持管理,薬品代,汚泥の処分費などのランニングコストが高価となる。また,再生骨材法は,大量の再生骨材を必要とするため施設の建設費,維持管理費とも凝集沈殿法並みのコストが考えられる。これらに比べて,浄水汚泥法は,施設建設費は変わらないものの汚泥が安価で継続的に得られることや河川敷の地下に施設を建設することで環境面の対策にも反映できるメリット等から経済的な手法である。
 c 維持管理性
浄水汚泥法は,汚泥交換時に手間が掛かるが日常的な維持管理はほとんど必要ないのに対して,凝集沈殿法では脱水設備の運用や薬品投入量等の調整等に管理人が常駐する必要がある。再生骨材法も再生骨材の交換が頻繁になるため管理や流出水の中和処理を行う必要がある。
 d 汚泥等の処理
浄水汚泥法に用いた汚泥はリンが飽和状態にあるため,使用前に比べてリンの肥効性が高くなっており,園芸用土等として利用可能である。
凝集沈殿法では汚泥脱水時に通常高分子凝集剤を用いていることから産廃処理となる。再生骨材は,使用後も通常の骨材として使用可能である。
 e環境への影響,安全性
浄水汚泥,再生骨材は,資源の有効利用となる。
凝集沈殿法や再生骨材法はエネルギー消費が多く,薬品類の保管に注意を要する。
f 総合評価
再生骨材法は,効果継続期間が短く,再生骨材の交換頻度が多く,高価な手法となる。凝集沈殿法は,浄水汚泥法に比べて経済性や維持管理面で劣るほか,浄化効果が安定しないなど課題が多い。
浄水汚泥法は,最も経済的かつ効果も安定しているため,以上の評価を踏まえて尺岳川浄化手法は,「浄水汚泥を利用した浄化手法」に決定した。

3 尺岳川浄化施設の概要
浄化施設を設計するための諸元を表ー2に示す。
その諸元に基づいた施設計画は図ー4に示すとおりであり,取水施設,前処理施設(沈殿槽,礫間接触酸化槽),土壌槽,放流施設,既設実験槽を用いた凝集沈殿槽から構成されている。その完成予想図を図ー5に示す。なお,本施設で使用する浄水汚泥は北九州市より,10円/tで有価物として購入している。

(1)施設の特徴
尺岳川浄化施設は,全国でも珍しいリン除去手法と思われることから一般住民等へのPRや遠賀川の水質保全のための意識の高揚を図るために,以下のような設備を広報用として設置する計画である。
① 土壌槽の中のシステム(汚泥への流入水の散水状況等)が把握できるように観察室を設置する。
② 尺岳川の浄化前後のリン濃度が,リアルタイムで把握できるような表示盤を設置し,効果がすぐ判定できるようにする。
③ 操作室と併設し,住民対応として遠賀川の水質保全に関する資料,歴史資料,パンフ,浄化事業説明パネル,浄化施設模型等を展示する広報室を設置する。

4 技術的な評価
(1)評価できる点
浄水汚泥は,近年再利用が進められているが,活性炭入りの汚泥等は埋め立て処分されている分も相当量あることから今回のリン除去施設として取り組む試みは有意義なものと考えている。
浄化効果の点からは,流入水質の変動に対して凝集沈殿法より安定した除去率が得られている。このように,本手法はリンを吸着する素材が安価で入手でき,かつ維持管理がほとんど不要でさらに使用後の汚泥についても再利用が見込めることからコスト縮減に寄与できる新たな水質浄化手法として評価している。

(2)今後の課題
① 浄水汚泥の効果継続期間の把握
浄水汚泥の効果継続期間は,今回の実験結果から2~3年以上と推測しているが,実験ではリン除去効果が極端に減少するまでのデータは把握されていない。
このリン除去効果継続期間は,浄水汚泥の交換サイクルに影響することから本稼動の中で通水速度等の施設諸元とリン除去効果継続期間の関係について詳細に調査検討する必要がある。
② 浄水汚泥の再利用
リン除去に使用した浄水汚泥の有効利用については,今後多方面にわたって検討する必要があるが,特にリンが飽和状態となり肥効性も高まることから,園芸用土等としての有効活用についても今後検討する計画である。
③ その他の手法の開発
尺岳川に浄水汚泥法が導入できた背景として,広大な利用可能な用地(高水敷)と北九州市の浄水場が近隣にあり,かつ浄水汚泥の性状がリン除去に適していたことが挙げられる。このような条件に適合しない場合は,この浄水汚泥法が最適手法となるとは限らないことから,さらなる技術開発が必要である。
今回の実験で一定のリン除去効果が得られた再生骨材等のコンクリート廃材を用いた手法についても,今後再生工場との連携等により,除去効果の継続時間の向上,維持管理費の抑制等について研究する余地があると考えられる。

5 おわりに
近年,地域住民の河川環境,水環境保全に対する意識の高まりにより特に,水質,景観といった身近な問題について多様なニーズが増大している。このような状況の中で,汚濁防止の抜本的対策となる下水道整備の早急な普及は望めないことから,今後汚濁の著しい支川の早期浄化対策が望まれているところである。
今回の尺岳川浄化事業を展開する過程において,地域特性や地形特性を活かすことによりコスト縮減が図れたことが,これからの社会資本整備を推進する上に必要な費用対効果にも反映できたことから,常に新しい技術開発に取り組むことが管理者のアカウンタビリティー向上につながるものと考える。

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