道路橋の免震技術
建設省士木研究所地震防災部
耐震研究室長
耐震研究室長
川 島 一 彦
1 はじめに
我が国は世界第1級の地震国であり,幾多の地震被害の経験をもとに,地震被害を軽減するための多様な耐震技術開発が行われてきた。
近年,耐震技術開発の一環として,我が国においても道路橋を中心とする土木構造物に対する免震設計技術が開発,実用化されつつある。従来の耐震設計では,地震力に耐えられるように構造物の強度を上げるという発想のもとで行われてきたが,免震設計とは,地震の振動に「耐える」のではなく,文字どおり「免れる」という発想からきている。地上にある構造物は,地盤の振動に伴って振動するため,構造物を地盤から切り離しておけば,構造物の振動を大幅に低減できるのではないかというのが免震設計の基本的な考え方である。
免震設計の道路橋への適用は,ニュージーランド,米国において積極的に研究開発され,免震橋はニュージーランドで最も建設実績が多く,現在までに49橋が,また,米国においても,27橋が建設されている。しかしながら,我が国はニュージ一ランドや米国よりも一回り大きな地震が発生する可能性のあること,道路橋は比較的軟質な地盤上に建設される場合の多いことなどから,我が国の道路橋がおかれた実状に適した免震設計技術の開発が必要とされていた。
本文では,近年関心が高まってきた免震設計について,その原理,道路橋に対する免震技術開発の現状,我が国における免震橋の建設状況について紹介する。
2 免震設計の原理
免震設計とは,何らかの装置または機構を用いて構造物の地震応答を低減しようという設計法の総称である。見方によっては非常に広範囲のものまでを含むが,近年,道路橋等の土木構造物への適用が可能となってきたことから脚光を浴びている免震設計の基本的な考え方は以下の通りである。
1)地震力がある一定値以上になると固有周期を長くして,地震力を低減する。固有周期を長くするために,構造物を柔らかく支持する装置を「アイソレータ」と呼ぶ。
2)単に,構造物を長周期化しただけでは,構造物に生じる変位が過大になるため,振動エネルギーを吸収する装置を併用して使用上問題とならないレベルまで構造物の変位を低減する。エネルギー吸収装置を「ダンパー」と呼ぶ。
3)風や車両の制動荷重のように常時作用する荷重により構造物に有害な振動が生じないように抵抗力をもたせるために,ある一定以上の地震力が作用する以前にはアイソレータもしくはダンパーに必要な剛性をもたせておく。
なぜ,アイソレータで横方向に柔らかく支持し,ダンパーでエネルギー吸収を高めるかを,図ー1に示すように車を例に取って説明しよう。
車輪と車体を結ぶスプリングは,乗用車では柔らかいがトラックでは硬い。凹凸のある道路を走行すると,トラックよりも乗用車の方が車体の振動が小さいが,これは柔らかいスプリングが路面の凹凸を吸収するからである。免震設計も同じことで,地震の振動を車両のスプリングに相当するアイソレータで吸収しようとしているのである。
橋を横方向に柔らかく支持するのは,地震の振動が主として横方向であるためである。
アイソレータが車両のスプリングなら,ダンパーは車両のショックアブソーバーに相当する。ショックアブソーバーが効かなくなると,一度はじまった車の振動はなかなか収まらない。
このため,一度大きな穴に突っ込んで車体が振動しはじめると,振動が収まらないうちに次の穴に突っ込むことになり,ますます振動が大きくなって運転に支障をきたすようになる。
ダンパーは,地震によって生じた橋の横方向の振動を抑えるのに,ショックアブソーバーと同じ重要な役割を負っているのである。
3 道路橋の免震技術開発の現状
道路橋に対する免震設計技術の本格的な適用に関する技術開発は,昭和61年度から開始された。㈶国土開発技術研究センター内に「免震装置を有する道路橋の耐震設計研究委員会」が設けられ,道路橋に適用可能な免震装置の調査等が始められたのが最初である。この検討結果は,平成元年3月に「道路橋の免震設計法ガイドライン(案)」として取りまとめられている。
この検討をさらに押し進めて,耐震性と経済性の両面から優れた道路橋の設計を図ることのできる免震設計法および橋梁用の免震装置の開発を目的として,平成元年度から平成3年度まで「道路橋の免震構造システムの開発」に関する研究が行われた。これは,建設省の官民連帯共同研究制度により建設省土木研究所と民間28社の共同研究として行われたものである。
研究開発項目は,以下の4項目である。
(1) 道路橋への適用に優れた免震装置およびその特性確認試験方法の開発
(2) 免震橋に適用できる落橋防止装置及び伸縮装置の開発
(3) 簡便で合理的な免震設計方法の開発
(4) 免震設計の適用に優れた橋梁タイプの検討
本研究では,写真ー1,写真ー2に示すような開発された免震装置の特性実験,大型模型振動台実験や免震橋梁の振動特性の解析等,非常に多岐にわたる研究が行われた。
本研究で開発された成果の代表的なものをあげると,まず,高減衰積層ゴム支承を始めとする合計10種類の橋梁用免震装置を開発した。高減衰積層ゴム支承とは,変形するとエネルギーを吸収する特殊なゴムを用いて積層ゴム支承としたものである。また,各々の免震装置の具体的な設計方法を開発するとともに,免震設計では免震支承の長期にわたる特性の安定性が非常に重要となるため免震支承の特性を確認するための標準的な試験方法を開発した。
さらに,大地震時に生じた過大な変位によっても上部構造に損傷を生じさせないためのノックオフ装置を有する橋台(写真ー3),2方向に移動が可能な伸縮装置(写真ー4),免震装置による減衰性能の向上効果を適切に評価した簡便で合理的な免震設計法を開発した。
また,免震設計は多径間連続橋への適用が優れており,耐震性の向上のみならず,伸縮装置を少なくすることにより,騒音,振動等の軽減,走行性や維持管理性の向上を図ることが可能になることを明らかにした。さらに,免震支承を用いた単純桁の桁連結や免震設計を用いた既設橋梁の耐震補強への利用も優れていることを明らかにした。
4 道路橋の免震設計法マニュアル(案)と我が国独自の道路橋の免震設計のポイント
上記の最終的な研究成果は,「道路橋の免震設計法マニュアル(案)」として,道路橋に免震設計を適用する手法について広範囲かつ具体的にまとめられている。ただし,このマニュアル(案)は,研究成果を指針ふうにまとめたものであり,行政的な効力はない。マニュアル(案)の構成は,以下の通りである。
1. 総 則
2. 免震設計の基本方針
3. 免震設計
4. 免震装置の設計
5. 動的解析による照査
6. 免震装置を用いる場合の構造細目
7. 免震装置の性能確認試験方法
8. 免震設計を用いた耐震補強
9.免震設計を用いた単純桁の連続化
参考資料
(1) 道路橋の免震設計の手順
(2) 橋梁用免震装置
(3) 動的解析に関する検討
(4) 免震橋用伸縮装置・落橋防止構造
(5) PC橋に対する免震設計の適用性
(6) 鋼橋に対する免震設計の適用性
(7) 超多径間連続橋に対する免震設計の適用性
(8) 耐震補強に対する免震設計の適用性
(9) 単純桁の連続化に対する適用性
(10) 時刻歴応答解析に用いる標準地震入力
設計例
(1) PC橋の設計例
(2) 鋼橋の設計例
(3) 耐震補強の設計例
こうした共同研究を通して,道路橋に「免震設計」を適用する場合には,建築物等と比較して決定的に異なる点が明らかとされてきた。これは,橋を長周期化すると桁から下部構造に伝えられる慣性力は低減されるが,逆に桁の変位は増大する。このため,大地震が発生した場合には,桁と桁,あるいは,桁と橋台が衝突し,桁や橋台本体が損傷することになる。しかし,この桁の変位に対処するために遊間を大きくすると,伸縮継手も同時に大きくしなければならないが,ここで,車両の走行による騒音や振動,伸縮装置の維持管理上の問題も生じることになる。
このため,橋では桁端の処理の問題から過度に長周期化を図ることは好ましくなく,したがって,減衰性能の向上と地震力の各下部構造への分散が重要である。
我が国の「免震設計」の基本をまとめると以下のようになる。
(1) 免震支承の剛性を適切に調整することにより,各下部構造へ望み通りの地震力の分散を図りつつ,免震支承の導入により減衰性能を向上させて地震力の低減を図る。
(2) 過度に長周期化を図るのではなく,地震力の配分のバランスをとりつつ,地盤との共振をさけるように固有周期を調節する。
これは,ニュージーランド,米国等で導入されている「Base Isolation」とは異なり,我が国の道路橋の実状に適した我が国独自の「免震」設計法ということができよう。
5 免震設計の手順
免震設計といっても従来の耐震設計と大幅に異なる設計を必要とするわけではない。図ー2は,免震設計の手順を示したものであり,免震設計の手順は以下の通りである。
1)選定した免震装置をこれと同等な剛性を有するばねとして評価する。これは,従来の弾性固定方式の橋の耐震設計と同じ扱いである。なお,免震装置は,一般に図ー3に示すような非線形履歴特性を有するため,震度法,地震時保有水平耐力法に相当する地震力が作用した時の免震装置の剛性をそれぞれ用いる。
2)免震装置の減衰特性を考慮して橋全体系の一次振動モードの固有周期および減衰定数を算出し,これに応じて震度法に用いる設計水平震度khおよび地震時保有水平耐力法に用いる設計水平震度kheを,それぞれ,次式により求める。
ここに,Cz:地域別補正係数,CG:地盤別補正係数,CI:重要度別補正係数,CT:固有周期別補正係数,kh0:震度法に用いる標準設計水平震度(=0.2),CR:振動特性別補正係数,khc0:地震時保有水平耐力法に用いる標準設計水平震度(=1.0)で,これらはいずれも道路橋示方書V耐震設計編に規定されるとおりである。
CEが新しく導入された補正係数で,橋の減衰定数に応じて表ー1に示す値をとる。したがって,免震装置のエネルギー吸収性能によって橋の減衰定数が,あるレベルを越えていれば,震度法では最大10%まで,地震時保有水平耐力法では最大30%まで設計地震力の低減を許そうというものである。
3)免震支承は,上記2)の免震設計を満足するように設計・製作する。免震装置の設計では,震度法と地震時保有水平耐力法の両者を用いる。
4)一般橋と同様に,鉄筋コンクリート橋脚に対しては,地震時保有水平耐力を照査する。
5)動的解析では耐震性を照査するのが望ましい場合は,上記1)で作成したモデルおよび上記2)で求めた減衰定数を用いた動的解析を行う。
6)免震橋の特徴を考慮して落橋防止装置,伸縮装置等の構造細目の設計を行う。
したがって,橋の減衰定数によって設計震度を補正する点と,免震支承を地震時保有水平耐力法によって設計することが,上記の免震設計の特徴であり,従来の一般の道路橋の設計と異なる点といえる。
なお,現在,免震設計を道路橋に適用するために,指針としての整備も図られつつある。
6 免震橋の建設の現状
以上のような免震設計の定着を図り,将来における,本格的な施工に備えるために,表ー2に示す橋梁において免震設計が採用され,建設が進められている。なお,表ー2に示した免震橋では,まだ,その歴史が浅いため,免震設計を採用しても設計水平震度は,橋の減衰定数に基づく補正係数により低減されておらず,免震効果は耐震性の向上に向けるように配慮されている。
このうち,静岡県の宮川橋は平成3年3月に我が国初の免震橋として竣工した(写真ー5)。宮川橋では,竣工後に自由振動実験や地震観測等が行われ,免震橋の実挙動について検討されている。なお,宮川橋では免震支承として鉛プラグ入り積層ゴム支承が用いられている。
写真ー6は,宮川橋に続いて平成4年8月に竣工した岩手県の丸木橋大橋を示したものである。
丸木橋大橋は,PC免震橋としては我が国で初めて竣工したものである。なお,丸木橋大橋では,宮川橋と同様に,免震支承として鉛プラグ入り積層ゴム支承が用いられている。
なお,この他にも「免震設計」としてはっきり意識して設計されたわけではないが,従来の弾性固定方式として地震力の分散を図ることを目的とし設計され,弾性固定支承のかわりに免震装置が用いられた道路橋の建設も進みつつある。計画中のものを含めると現在20橋近い免震橋がある。
写真ー7は,阪神高速道路公団が走行性の向上と交通振動の低減のために単純桁の桁連結に免震支承を採用した例である。隣接する桁のウェブとフランジを添設板で連結し,既存の鋼製支承を免震支承に入れ換えて,地震力の分散を図っている。これも弾性固定支承として免震支承が採用され,既存橋の構造変更に利用された初めての例である。
7 まとめ
以上,道路橋に対する免震設計の技術開発の現状を紹介した。免震設計は新しい耐震技術であり,今後超多径間連続化,騒音,振動等の制約の厳しい橋梁の建設や長期にわたって耐久性に優れた橋梁の建設を図っていく上で重要となって来ると考えられる。今後の一層の技術開発が必要とされる。
参考文献
1)㈶国土開発技術研究センター:道路橋の免震設計法ガイドライン(案),1991.3
2)建設省土木研究所および民間28社:道路橋の免震構造システムの開発に関する共同研究報告書(その1~その3),1990.7~1992.7
3)建設省土木研究所および民間28社:道路橋の免震設計法マニュアル(案),1990.7~1992.7
4)松尾芳郎,大石昭雄,原広司,山下幹夫:宮川橋の設計と施工,橋梁と基礎,1991.2
5)川島一彦:道路橋免震設計法マニュアル(案)の概要,土木 施工,第33巻10号,平成4年10月