第2次河川技術開発五箇年計画の策定
建設省 土木研究所河川部
河川管理総括研究官
河川管理総括研究官
益 倉 克 成
1 新しい五箇年計画の特徴
「第2次河川技術開発五箇年計画」が平成11年9月に建設省河川局と土木研究所の共同で策定された。この計画は河川の整備のために必要な技術開発を計画的・効率的に実施することを目的とするものであり,第1次の平成6年度からの五箇年計画の成果を踏まえ,11年度からの5年間に重点的に実施する技術開発の実施計画を定めたものである。第2次の計画の特徴は,第1次の計画が調査技術・施工技術等のハード的な技術開発に重点が置かれていたことに比較し,計画に必要な技術開発や近年特に重要性が高まっているアカウンタビリティのための技術開発にも重点を置くなどソフト的な技術開発を含めた体系的・重点的な内容としたことが挙げられる。第1次の計画の重点開発が8つの重点開発テーマと21の課題を持っていたことに対し,本計画では5つの技術開発のテーマと11の開発項目とし,テーマの設定面からも重点化・体系化を行った。
2 計画策定の基本方針
(1)技術開発の必要性
本技術開発計画は,河川事業の効率的な実施を支えるためのものであり,実施にあたっての課題解決のために必要な技術を目的としていることはいうまでもない。従って,このため今後の河川行政の方向性を示す河川審議会の答申や近年の河川に関係する災害,河川を巡る社会情勢の中から技術開発に求められる課題を抽出し技術開発のテーマとした。
これからの河川行政の方向について,平成8年に河川審議会から「21世紀の社会を展望した今後の河川整備の基本的方向について」の答申がとりまとめられている。ここでは,
1)河川の水循環の一要素としての認識,2)流域住民・関係機関との連携,3)河川の多様性の重視,4)情報の役割の重視,の基本認識の元に,河川整備の基本施策として,1)信頼感のある安全で安心のできる国土の形成(安全),2)自然と調和した健康な暮らしと健全な環境の創出(環境),3)個性あふれる活力ある地域社会の形成(活力)の3つが示されている。また,平成9年6月には「新たな水循環・国土管理に向けた総合行政のあり方について」の諮問が河川審議会に行われ,審議会では,「水循環」,「総合土砂管理」,「川に学ぶ」,「都市内河川」,「危機管理」,の各小委員会で検討が行われ,平成11年3月には,それぞれの小委員会の報告・中間報告がまとめられ「水に関する総合的な体系の確立」「危機関知対応型社会の確立」の重要性が示されている。さらに,「河川における今後の情報化に向けた施策はいかにあるべきか」および「川における伝統技術の活用はいかにあるべきか」についての諮問がなされ,それぞれ,河川に関する情報化施策の積極的展開と伝統技術の活用の必要性に関する答申がまとめられた。
平成7年の阪神・淡路大震災を始め,平成9年の蒲原沢土砂災害,平成10年の豪雨災害などの激甚な災害の発生により,災害情報の収集・伝達体制の整備,想定を超える災害に対する施設整備のあり方等の必要性が改めて認識された。
また,環境に関しては,「環境」を位置付けた河川法の改正(平成9年)および海岸法の改正(平成11年),「環境影響評価法」の制定(平成9年),地球温暖化防止京都会議の開催(平成9年)や河川におけるいわゆる環境ホルモンの検出など河川における環境保全の重要性の認識が高まっている。
さらに,国民の理解を得ながら社会資本の整備を進めていくことが重要となっており,この観点から,建設省では河川法および海岸法の改正,事業実施評価要領の策定,公共事業のアカウンタビリティの向上などが推進されている。
(2)河川技術開発五箇年計画における主要課題の設定
上述の状況を踏まえ,今後推進すべき河川整備に必要な河川技術研究開発項目として①「水の循環,土砂の連続性の確保」,②「安全な国土形成と危機管理体制の充実」,③「河川等の環境の保全と整備」,④「歴史・文化特性への配慮」の4課題が主要課題として挙げられた。さらに,改正された河川法において河川整備計画の策定にあたっては,関係住民の意見を反映させるための措置を講じることが定められており,河川整備にあたって,その合理性を十分な説明の必要など,広く国民から河川行政に関する理解を得ることが緊急の課題となっている。このため,住民参加,事業評価,技術基準コスト縮減,観測技術などの必要な技術開発項目をとりまとめ,①から②までの課題の基盤となるものとして⑤「アカウンタビリティの向上」を加え5つの主要課題を設定した。表-1に主要課題とそのサブテーマである開発項目を示した。
3 主要課題の概要
(1)水の循環・土砂の連続性の保全
水およびこれに伴って移動する土砂等の物質は,河川の内のみならず流域を広く移動している。このため,流域という視点に立ち,流域の様々な人間活動が水循環・土砂の移動に与える影響を明らかにし,これらを考慮した流域のあり方や流域の変化に応じた河川整備の検討を行うことが重要である。この観点からここでは,1)水循環管理のための技術,2)総合的な土砂管理に関する技術の2つの開発項目を設定した。
①水循環管理のための技術
近年の社会経済活動の高度化により,都市への人口集中,産業活動の拡大,林業の衰退,農業形態の変化,国民の生活様式の変化等により,降雨流出および水利用の変化,水質汚染,新たな汚染物質の顕在化,生態系の変化等水循環に関する様々な課題が指摘されている。これらの課題に対し流域を含めた水循環の観点でとらえることが必要となっている。
このため,水循環モニタリングの実施や水循環の総合評価技術の開発,流域の変化が河川,地下水,海域へ与える影響を定量化し,健全な水循環構築のための流域のあり方を明確化する必要がある。
水循環の健全性の評価指標を明確にすることおよび健全な水循環構築のための施策を評価するシミュレーションモデルを開発することによって,健全な水循環保全のための効果的な対策の立案を可能にし,水循環管理手法を確立する。
②総合的な土砂管理に関する技術
土砂の移動に関して山腹・渓流における土砂災害,河床低下・海岸浸食等の安全・利用上の問題に加えて,生態系への影響,海浜の喪失等の環境上の問題も顕在化している。
このため,土砂の移動を最上流部の山腹斜面から海岸の漂砂域までの土砂移動が起こる領域全体を「流砂系」としてとらえ,土砂の移動がこの流砂系全体に与える影響を量・粒径・移動の時期等を考慮し総合的に評価する技術が必要である。また,移動する土砂の量・粒径を観測・予測する精度を向上させるとともに,砂防ダムやダムにおいて土砂を適正に流下させる等の技術開発が必要である。
流砂系で一貫した精度の高い土砂動態モデルを作成し,豪雨時・平常時における土砂移動の実証・予測を可能とし,土砂を流す砂防ダムやダムからの排砂の効果を定量化する。
また,河川海岸における土砂動態が防災・環境面に与える影響を分析し,望ましい量および質(粒径)の土砂供給を明確にし,総合土砂管理計画策定に資する。
(2)安全な国土形成と危機管理体制の高度化
安全で安心できる国土の形成は,国土管理の基本であるが,災害に対する現状の安全度等を考えれば,施設整備による安全度の向上に加えて,危険地域の公表,災害の予測,情報提供,避難や街づくりの中で被害を減少させる技術の充実・開発が必要である。この観点から,1)水害,土砂災害等の予測,情報提供体制を高度化するための技術,2)治水渇水対策を高度化するための技術の2つの開発項目を設定した。
① 水害・土砂災害等の予測,情報提供体制を高度化するための技術
わが国は,自然的・社会的要因により大規模な災害が発生する可能性を常に内在している状況にあり,避難等住民の的確な対応が被害軽減のために重要である。
このため,氾濫・土石流・がけ崩れ等の災害予測精度の向上や地滑りの動きの観測による情報伝達システムの構築,被害の軽減のため,平常時からハザードマップ等により危険地域の住民への周知が必要である。
きめ細かい災害危険の周知のために災害危険度の把握技術の高度化を図る。レーダ雨量計の活用により雨量観測網のない地域における洪水予測を可能とし,迅速な災害予測情報を提供する。また,迅速な予測の実現により,高齢者等の円滑な避難を可能にする。
② 治水渇水対策を高度化するための技術
従来より安全の向上のための対策が推進されてきたが,整備水準の早急な向上が困難な現状では,現在の整備水準を前提に,これを超える出水等の外力を想定の上被害軽減の対策をとる必要がある。この際,特に氾濫原を含めた流域での対応を考慮する必要がある。
このためには,氾濫時の流域における対策技術,河道の現況に応じたダムの管理,災害危険個所の把握技術等が重要である。
流域における被害軽減のための技術開発を行い治水対策の推進に寄与する。河川において安全度を評価する技術を開発し,的確な水防・復旧体制を含む対策を可能とする。堤防破壊を防止する観点を主体とした,変動を許容できる低水路の計画・設計法の開発を行う。ダムにおいては,河道状況や水需要の現状に応じた合理的な暫定運用計画手法に関する技術を開発する。また,渇水被害軽減のための渇水調整手法を開発する。
(3)河川等の環境の保全と整備
河川法の改正によりその目的の中に「河川環境の整備と保全」が明記されるなど.河川生物の多様性を保つことが重要視されている。河川の生態系は水を軸として,流域まで広がりを持ち,洪水や渇水,土砂移動,水質変動など様々な状況が重なり合わさって形成され.その中で生物が生息している。また,河川環境に関する評価の中で大きな要因である水質について分かりやすい目標設定,河川の特性や生態系の機能を応用した水質浄化技術を開発する必要がある。この観点から,1)河川,ダム,海岸整備における健全な生態系を保全するための技術,2)河川,湖沼における水質保全対策を高度化するための技術の2つの開発項目を設定した。
① 河川,ダム,海岸整備における健全な生態系を保全するための技術
河川事業において,これまでは,治水への社会的要請に緊急的かつ効率的に対応するための河川整備が行われるなど,生物の生息・生育環境,地域の景観,親水性などの点で今後改善が必要となっている。
このため,河川の整備に当たっては環境への影響を低減し,現在の環境の質をさらに高めるために,河川整備等が河川環境に与える影響の把握,健全な生態系に関する評価,環境影響の低減のための技術開発を行う必要がある。
河川等の生態系は,水辺の状況,洪水等による流量の変化,栄養塩,土砂の移動等の影響を受ける。これらの影響を適正に把握・評価し,影響を低減する技術を開発する。また,維持管理の容易な素材や工法の開発を行う。
② 河川,湖沼における水質保全対策を高度化するための技術
河川や湖沼流域の都市化の進展,生活排水の流入量の増加等に伴い水質が悪化し,飲料水の異臭味,いわゆる環境ホルモン,発癌物質の検出など,生態系や人体への影響が懸念される新たな問題が生じている。さらに河川等の生態系や親水性も水質が大きく関与しており,水質保全は重要な課題である。望ましい水質の保全のためには,保全目標の設定とその効果を評価する技術,生態系の機能や河川の特性を活用した水質浄化技術,水質事故に対処する技術の開発が必要である。
河川の環境管理のために適切な新しい評価指標を開発する。また,河川の特性を活かし,生態系の機能を利用した多自然型河岸や湿地活用等の水質浄化技術を定量的に評価することにより,水質管理計画の策定に資する。
(4)歴史・文化特性への配慮
近年,地域の独自色を出した個性ある地域づくりや河川と地域の関係の再構築が求められている。河川と地域の関係の中で形成されてきた歴史・文化を生かしながら地域にあった川づくりを行うとともに地域の活性化へ資する技術開発が重要であり,ここでは,1)地域の歴史,文化特性に配慮したかわづくりのための技術を開発項目として設定した。
① 地域の歴史,文化特性に配慮したかわづくりのための技術
河川は,地域の歴史や文化の形成に深い関わりを持つことが多い。そこで,河川に関する様々な歴史・文化を調査し,治水や利水機能と整合を取りながら,地域にあった川づくりを進めることが求められている。そのため,川と地域の歴史・文化特性の把握分析技術,歴史文化特性を生かした計画立案技術とともに,伝統的施設を生かす河川計画立案手法等を開発する必要がある。
事例収集,分析評価を行うとともに河川整備への活用手法の開発を行い,地域にあった計画づくりを可能とする。また,伝統的河川技術に関して,河川整備への活用手段を研究し,より良質な河川整備をはかることを可能とする。また,これらの技術を活用し発展途上国への技術支援を図る。
(5)アカウンタビリティの向上
河川法の改正に伴い,河川整備計画の策定にあたって地域の声を反映させることとされているなどから,治水,利水,環境のそれぞれの必要性や事業の評価方法等について,国民にわかりやすく説明する必要がある。この観点から,1)参加型川づくりのための技術,2)事業を評価するための技術,を開発項目とした。
また,今後の河川行政を効率的かつ合理的に推進するにあたっては,これまで以上にコスト縮減やリサイクル,技術基準の性能基準化への積極的な取り組みが必要である。さらに,これらを支えるために,調査観測技術の充実,精度向上,データの共有化等が重要である。この観点から,3)技術基準性能規定化およびコスト縮減のための技術,4)調査観測技術およびデータの収集・提供システム技術,を開発項目とした。
① 参加型川づくりのための技術
住民に開かれた河川行政を目指すため,河川に関する情報を提供したり,河川の計画策定段階で意見を聞いたり,管理段階で住民の積極的な参加を促す「住民参加型川づくり」が重要である。
このため,川づくりに参加できるような環境づくりに資する技術開発が重要である。
河川の様々な状態を把握できる観測機器や住民が河川事業を分かりやすく理解するためのモデル,シミュレータ等を開発するとともに,計画に住民意見を反映するための地域特性に応じた多様な住民参加プログラムを作成し,住民の河川への理解と関心の向上を図る。
② 事業を評価するための技術
河川,砂防,海岸事業に対する国民の理解を深めるためには,分かりやすい指標を用いて事業を評価するとともに,それらの整備効果を総合的に評価することが重要である。
このため,住民に分かりやすく,治水,利水,環境保全等の事業の評価および整備効果を示す指標を開発する必要がある。また,治水,利水,環境を総合的に勘案し最適な計画に基づいて実施するために,それぞれの機能を総合的に評価する技術開発が必要である。
国民の安全度の向上,快適さの向上を分かりやすく示す評価指標の開発を行う。実際の事業に適用するための総合的な評価手法を開発する。
③ 技術基準の性能規定化およびコスト縮減のための技術
国民の多様化した要望に応えるために品質やコストの合理性についての説明が強く求められている。
このため,構造物の設計を性能規定化することにより,合理的な説明,コストの縮減等の新たな要望に対する対応を可能とする必要がある。また,コス卜縮減のため,新技術,新素材の活用やライフサイクルコスト縮減の技術,既存施設の再評価・修復,建設副産物の再利用等の技術開発が重要である。
構造物の設計・施工において,これが本来必要とする性能を具備させるように,関係する技術基準類の性能規定化を図る。また,調査から維持管理までの段階を総合化したコスト評価手法,リサイクル技術の開発等を行う。
④ 調査観測技術およびデータの収集・提供システム技術
河川事業を実施し,流域を適正に管理していくためには河川・流域の実態の把握が必要である。また,社会の合意形成を図る基盤データとして公開も含め体系的な収集・整理が必要である。
リモートセンシング・GIS等を活用した,面的な調査・計画・管理システムを開発するとともに水文観測,水質観測・監視技術,生物調査技術,土砂動態モニタリング,構造物・地盤調査技術の高度化を図る。
4 今後の展開
本計画が策定されて,約1年が経過している。この間にも,着実な成果を得てきたと考えているが,今後,さらに技術研究開発の実施とともに,実施体制の強化,新技術普及のためのシステム整備,成果のフォローアップ等よりよい成果の獲得とその普及に努めることが必要と考えている。
また,この五箇年計画とほぼ同時期の平成11年4月に「第5次土木研究所研究五箇年計画」が策定されている。この計画とここで紹介した「第2次河川技術開発五箇年計画」は,より基礎的・長期的な項目に重点を置いていることと,より課題解決的な方向を目指すことに差はあるものの,両者が相まって河川に関する技術を支えるものと考えている。土木研究所に所属する著者としては,期待されている研究・技術開発の中心的役割を着実に果たしていきたいと考えている。