社会を変える「人」創り
株式会社フラウ 代表取締役社長 濱砂圭子
今から20年前、福岡は大規模な再開発があちこちで行われようとしていました。それは、社会資本の整備というよりは、行き場のなくなったマネーが招いた乱開発。
タウン情報誌の仕事をやっていたので、街の隅々までを熟知しているつもりでしたが、赤ちゃんと暮らす生活が始まって、初めて昼間のホームタウンの景色を知りました。ゴミ置き場や公園の清掃、子どもたちの通学の見守り、夕方のパトロール、防災、お祭りなど、働いているときには知らなかったたくさんのことが行われていました。独身時代に生きていたのはA面社会、そして地域はまるでその裏側にあるB面社会だと気付いたのです。福岡は転勤族が多く、毎年3万人もの人が新しく引っ越してくるのに、せめて子育てに必要な情報は、まとまった形で届けられたら・・・
育児サークルの会報誌で蓄積した地域の子育て情報をまとめ、出版することをメンバーに提案し出版にこぎつけました。
地域密着型の子育て情報誌を作るにあたって、最初に取り組んだテーマが「トイレ」「授乳室」そして「ベビーカー」。ベビーカーを押して歩くには、段差や違法駐輪、車の排気ガスなどバリアだらけ。デパートのエレベーターも、今でこそベビーカー優先が浸透してきましたが、当時は何回もやり過ごさないと乗れませんでした。駅には階段しかなく、仕方なくベビーカーごと抱えて降りることも少なくありません。地下鉄やバスに子どもを抱えて乗っても誰も席をかわってくれず、ある地下鉄の駅員さんは、障がい者用のエレベーターに載せてほしいと頼むと「モノは乗せられません。」と断ったそうです。これからの日本を支える子どもたちは決して「モノ」ではありません。
結局、いくらエレベーターという社会資本が整備されても、人の意識が変わらなければ、問題は解決しないのです。
そして最大の難関は、「トイレ」と「授乳」でした。
まず自分が用を足したくなっても、ベビーカーごと入れるような広い個室のトイレも無く、赤ちゃんを座らせておけるベビーキープのついたトイレも無く、抱っこひもで抱えたまま用を足すか、もしくは年配女性のハンドバッグ置き場としか思えない、10cm程度の柵しかついていない不潔なベビーベッドに寝かせておくしかない状況でした。
しかも、その形だけのベビーベッドがトイレの外に設置されている、などという信じられない状況がまかり通っていたのです。
「子づれDE CHA・CHA・CHA!」と名付けた、福岡初の地域密着型子育て情報誌の創刊号には、編集スタッフが足で集めた「トイレ」「授乳室」のマップと、その時に集めたアンケートの声を掲載しています。それは、福岡の再開発ブームにおける社会資本整備に大きな影響を与えました。トイレや授乳室はどんな設備がいいか、たくさんの相談を受け、福岡の街を大きく変えるきっかけとなりました。そこに住む人が主体的に動いてこそ、必要な社会資本も整備されていくのだと実感。
子育てのためのトイレマップを世の中に出すと、その反響は各方面に広がり、障がい者のためのトイレとバリアフリーマップなどもどんどん登場してきました。これもやはり、当事者の声が社会資本の整備につながる事例のひとつではないでしょうか。その後、会社を設立し、地域・社会の課題をビジネスの手法で解決するソーシャルビジネスの先駆者として走り続けることで、さまざまな社会資本の必要性を訴え続けています。
身近な「道」「道路」について、子どもたちや、地域社会の担い手である女性たちと考えるワークショップ、防災や不審者対策について自分たちの目で、足で確かめながら作る「安心安全マップ作り」など、すべて、住む人が主体となり、何が必要かを自分たちで考える活動を提案し、実行しています。そして、昨年から新たに、三世代コミュニケーションをキーワードにした情報発信にも取り組み始めました。高齢化社会の中、子育てが終わるとすぐに親の介護が始まります。それも、各家庭がばらばらに対処していたのでは、いつまでたっても社会全体がよくなることはありません。
孤独死や認知症による危険な行動を事前に防止できるよう、暮らす人が主体となる仕組み作りを手がけていこうと模索しています。その中で商店街と子育て支援団体、シニアの活動グループ、大学などの異分野の人たちがネットワークを組んで、子育てと高齢者の課題に取り組めるような「三世代見守りマップづくり」もスタートしました。子づれもシニアも安心して暮らすための社会資本は何か、そしてどんな見守りができるのか、ハード面だけではなく、人的な社会資本であるネットワークづくりもあわせて検討する場となっています。
全国的にみても、商店街に子育て広場を整備し、若い親子がたくさん足を運ぶようになって活性化した、という事例はたくさんあります。子育て支援団体の全国ネットワーク「マミサミジャパン」のメンバーには、子育て広場を運営している団体もいくつかありますが、やはり、子育て経験者、当事者の視点からの運営だからこそ、使いやすさ、スタッフの育成、そこで実施するイベント、他の団体との連携、などが充実し、地域の子育て環境を支える社会資本となりうるのです。
香川県では、商店街のひろばを拠点に、男性の子育て参画を促す取り組みとして、父親がベビーカーを押して商店街でお買いものする、というイベントを実施し反響を得ました。これも、ただ施設を整備しただけでは得られない、当事者としての問題意識があるからこその社会への働きかけなのです。
学校制度は、日本が誇る社会資本です。しかし、中で行われている教育には、外の風が入らず硬直化している面もあります。その結果ニートが64万人といわれ、そこに危機感を感じた経産省が全国に公募した地域自律・民間活用型キャリア教育プロジェクトで「働くことは生きること・生きることは働くこと」というコンセプトの元、中・高生が中・高生のためにつくる「職業ガイドブックづくり」事業を提案しました。そこには、教育のための教育ではなく、実学に基づいた、実社会で通用する力が育成される仕掛けがたくさん!社会人が持っている名刺も自分で創り、名刺交換もしました。
それは結果的に学校に風を入れた形になり、先生方は私たちの授業を写真やビデオに撮り、研究し壁新聞などにアレンジして実施されています。
経済産業省が提唱した「社会人基礎力」は社会人として備えていなければならない能力が網羅されており、机上の学問だけ学んで社会に出ても使えないということです。教師としての能力も学問を教えるだけの機能から、人間力を養い、モンスターペアレントから理論武装する能力なども身につくようにしていかなければならないし、民間の教育コーディネーターがサポートするシステムも必要でしょう。
また、3月11日の東日本大震災は、これから必要とされる社会資本について大きな問題提起のきっかけを与えてくれました。
同じく「マミサミジャパン」のメンバーである仙台市子育てふれあいプラザ「のびすく仙台」の館長の伊藤千佐子さんは、自身も被災しながらママたちの支援を続けています。
彼女から学んだことは、まず耐震化を進めて、命を守ってくれる建物にすることが第一ですが、その先は運営する人間の備えだということ。子どもの遊び場近くには、倒れてくるような本棚は置かない、など建物の中でいかに安全な場所を確保しておくかが重要なのです。
津波で家を失った人ももちろんですが、家が無事で大勢の親戚が身を寄せてきて、子どもがのびのび遊ぶこともできないから、とひろばに遊びに来るママ、昼間子どもと二人で家にいると、ママも子どもも不安でたまらないママ、買い出しにいくのに子どもをあずかってくれる人が誰もいないから、とあずけに来るママ・・・平時にも、子育てに不安を抱えたり、お友達づくりをしたい、子どもをあずけたいママやパパのために必要な社会資本として重要な役割を果たしてきた子育て支援のひろばは、災害時にも子づれママやパパになくてはならない社会資本だったのです。
こののびすく仙台では、震災直後にママたちにアンケートを取り、喉元を過ぎないうちの生の声を集めた防災ハンドブックを作ったり、お子さんを亡くしたママたちの心のケアを始めたり、など、当事者の視点で多面的な取り組みを行っています。やはり、運営する人の視点、姿勢次第で、整備された社会資本を何倍にも活かすことができるのではないでしょうか。
新しい公共、などという言葉も出てきて、指定管理制度や業務委託なども増えてきました。しかし、それが行政の下請けや、予算カットのための施策でしかないケースも多々あります。地域に根差した活動団体の志やノウハウを活かすという趣旨のはずなのに、必要経費の積み上げしか予算が認められず、ノウハウやネットワークなどのソフトにはまったく予算がつきません。3年、5年と期間を区切り、非正規や有期限の雇用で人件費をカットするのが狙いとしか思えません。それでは、いつまでたってもせっかく整備した建物が「社会資本」にはなりえません。
九州でも、これからこのような施設や交通網、宅地、防災施設など多くの社会資本が整備されていくと思います。その際に大事なのは、それを計画するのも「人」であり、活用するのも「人」である、ということではないでしょうか。
グループのNPOふくおかで、NPOやボランティア団体のための施設「あすみん」の立ち上げから指定管理を受け、その基礎づくりのノウハウを構築しましたが、それはそっくりそのまま次の指定管理者のものになってしまいました。それでは、運営団体も育っていきません。これから、主婦力、女性力、シニア力などの、人的資源を活用していこうと思うなら、その人たちの持っているノウハウやネットワークなどのソフト面の価値をきちんと認め、対価を払い、育てていく、ということをやっていかなければ人創りはできないのです。
女性やシニアのエンパワーメントをめざしてひところたくさん作られた女性センター、男女共同参画センターや生涯学習センターが、逆に地域に閉じ込める結果になっているのも問題です。私たちが永年取り組んでいる、家庭に入った主婦の能力を再生産する仕組みがいま、注目されています。
労働力が不足していく中で、外国人労働力に頼る前に、使える女性の能力を見直すべきではないでしょうか。そのためにもワークライフバランスの働きやすい環境づくりと企業風土を見直し、女性管理職もたくさん輩出すべきです。考え方や視点を変えれば、諦めていたものや見落としていたものが資源として蘇るのです。
建物やインフラ整備に予算を投じるなら、同時にそれを運営する人も育てていかなければ、その投資がほんとうに生きた予算の使い方にはなりません。
だからこそ私たちは、これからも「人」創り、そして、それらの人と人をつなぎ「地域コミュニティ」として育てていくことに力を入れていきたいと考えています。私たちはいつも現場を見据えて、世の中に必要なものを創りだしてきました。
いちばん大きな社会資本は、やはり「人」なのです。