生活道路における通り抜け車両の速度抑制対策について
上田晴気
キーワード:生活道路事故対策、ハンプ、ETC2.0 プローブ情報
1.はじめに
我が国の交通事故における死者数は、昭和40年代後半がピークで、その後交通安全対策に関する様々な取り組みが進められ、近年では減少傾向にありますが、それでも全国で年間4,117人(H27)の方が命を落とされています。
本稿では、道路の交通安全対策の一環として、生活道路における通り抜け車両に着目した速度抑制のための実証実験に関する取り組みについてご紹介します。
2.我が国の交通事故の現状
我が国では、昭和30年代以降の自動車交通の急成長に伴って、交通事故死者数が急増し、日清戦争での日本の戦死者数を上回る勢いで増加したことから、昭和40年代には“ 交通戦争” などと呼ばれる時期がありました。
その後、舗装、ガードレール、歩道橋等の整備、シートベルト着用義務化、事故データによる集中的対策といった、道路・車両の安全性向上により、自動車保有台数が続伸となる中でも、近年は減少傾向にあります(図-1)。
一方で、諸外国と比較すると、自動車乗車中の死者数はG7の中で最も少ないものの、歩行中・自転車乗車中の死者数はG7中最も多く、最下位となっています(図-2)。
これら、歩行中・自転車乗車中に交通事故により亡くなる方の約半数は、自宅から500m以内のいわゆる“ 生活道路” で事故に遭われており、通学路などの生活に密着した道路での対策が急務となっています(図-3)。
生活道路における交通事故を減らすためには、自動車交通を担う幹線道路等と、歩行者中心の暮らしの道等の機能分化により生活道路に用事のない車が入らないようにすることが必要と考えます。
福岡国道事務所では、自動車の速度を抑制する物理的デバイスの設置により、生活道路の安全性を向上し、機能分化を進めるため実証実験を実施しました。
3.福岡県新宮町緑ケ浜地区について
福岡県新宮町は、平成27年国勢調査で、人口の伸び率が全国一となりました。
新しい住宅が数多く立地し、平成28年からは新たに新宮北小学校が開校するなど、子供たちの通学環境は大きく変化しています。
緑ケ浜地区は、新宮北小学校に通う子供たちが多く暮らす地区で、毎朝、通学時間帯にはボランティアによる交通指導員の方に見守られて通学しています(図-4)。
地区の東には一般国道495号が走っており、通勤時間帯は特に混雑していることもあり、近隣にお住まいの方々からは“ 緑ケ浜地区内の道路に通過車両が入ってきて、猛スピードで走っていて危ない” といった声がありました。
4.緑ケ浜地区での実証実験について
1)通学路合同点検
福岡国道事務所では、新宮町と連携し、緑ケ浜地区の代表者、新宮北小学校PTA、地元警察署の方々と合同で、通学路の安全点検を実施し、地区内道路の現状と対策案について話し合いました。(写真-1、2)
2)ETC2.0プローブ情報の活用
通学路合同点検では、国土交通省が保有するETC2.0プローブ情報による解析結果を提示しました。
車が速くて危ない” との意見があった道路では、30km/h以上で走っているデータが得られ、また、緑ケ浜地区に用事がない、通過している車両の存在が確認できました。(図-5、6)
ETC2.0車載器は増加傾向にありますが、福岡県内では平成28年10月末時点で普及率が約1.8% と、標本数としてはまだ十分ではないと考え、実際の通学時間帯に現地調査を行うこととしました。
3)現地調査の実施
新宮北小学校の通学時間帯となる、平日の7時~9時で、あらかじめETC2.0プローブ情報で確認できた通り抜け車両が存在するルートに、ビデオカメラを設置し、通過車両の経路・台数・速度を調査しました。
結果、地区中央の通りを南から北に走行する車両は、全体の85%が地区内に用事がなく、地区を通過していることがわかりました(図-7)。
また、走行している車両の61% は30㎞/h 以上で走っていることがわかりました(図-8)。
調査時には、走行車両と通学児童や自転車が錯綜している状況も確認できました(写真-3)。
4)可搬型ハンプの設置
現地調査で、通過車両が多いことが確認できた地区中央の通りで、車両速度を抑制するための物理的デバイスとして、「ハンプ」を設置する箇所を検討しました。
ハンプの構造は、平成28年3月31日付け通達「凸部、狭窄部及び屈曲部の設置に関する技術基準について」によることとし、実証実験後に撤去可能な、可搬型ハンプを設置することとしました。
ハンプの構造は、H=10㎝、W=3.0m、L=6.0mであり、設置位置については、沿道からの出入りがなく、交差点中心から15m 程度離れた箇所を検討しました(図-9)。
このハンプにより、通過する車両の速度を30㎞ /h 程度に低下させることが期待できるものの、通過後の加速で再び速度が出るため、一定間隔毎にハンプを設置すべきところですが、今回は実証実験として、関係各位にその効果と影響を実感頂くことを目的としたため、地区内の1箇所を選定して設置することとしました(図-10)。
実証実験では、歩行空間を確保するため、車道部分をW=3.0mの幅員とし、ハンプと歩行者を分離するためラバーポールを設置しました。
これにより、技術基準の「狭窄部」としての効果も期待できます(図-11)。
5.実証実験の効果と影響について
実証実験は、可搬型ハンプを10月24日から12月6日まで設置し、期間中の車両の速度、通過する車両の交通量、ハンプ設置による騒音・振動等周辺家屋への影響を調査しました。
1)通過車両の速度・交通量
実験前、地区に流入する車両の約6 割が30㎞/h 以上の速度を出していましたが、可搬型ハンプ設置により、約5割に減少しました。
また、可搬型ハンプ設置箇所前後約40mでは、実勢速度(全車両の走行速度の85パーセンタイル値)の低下が見られました(最大38㎞ /h → 29㎞ /h)(図-12)
なお、通過車両の量は、実験前と比べて有意な変化は見られませんでした。
2)設置箇所周辺の騒音・振動
可搬型ハンプ設置箇所周辺では、走行速度の低下により設置前と比べて、等価騒音レベル(LAeq)で昼間2.6dB、夜間4.9dB の低減が見られました。
また、静穏な地域では、平均的な騒音レベルより、突発的に発生する騒音レベルも気になると考え、最大騒音レベル(Lmax)も観測しました。結果、昼間6.0dB、夜間11.5dBの低減が見られました(図-13)。なお、振動レベルについては、有意な変化は観測されませんでした。
6.おわりに
今回の実証実験では、設置箇所周辺において、その効果を確認することができました。
従来のかまぼこ型のハンプでは、通過時の騒音や振動が周辺に与える影響から設置が困難といった課題がありましたが、今回の実証実験では、騒音・振動レベルはむしろ低下傾向にあり、その影響は最小限に抑えられるため、今後の普及が期待できます。
通過する車両は、ハンプ通過後に再加速を行い、遅れを取り戻すような動きも想定されることから、本格実施にあたっては、40m 程度の間隔でハンプを設置することで、区間全体としての通過車両の速度を抑制することができると考えられます。
生活道路における交通安全対策については、多くの自治体で、通り抜け車両やこれに伴う通学路の安全確保といった課題を抱えておられることと思います。福岡国道事務所としましては、ETC2.0 プローブ情報の分析や、物理的デバイスの設置検討など、今後も引き続き、支援して参りたいと考えています。
最後に、今回の実証実験でフィールドを提供頂きました新宮町の関係各位及び、合同点検にご参加頂いた緑ケ浜地区の皆様、新宮北小学校PTA各位に感謝を申し上げます。