桜島における火山砂防の現状と課題
建設省大隅工事事務所長
板 垣 治
建設省大隅工事事務所
調査第二課
調査第二課
神 野 忠 広
1 はじめに
桜島はその約85%が霧島屋久国立公園に属し,その景観は全国的に有名で,鹿児島県のシンボルとされている。
しかし,桜島の南岳(1,040m)は今なお盛んに爆発と噴火を繰り返し,周辺に多量の火山灰や火山ガス等を噴出している。このため,島内の農産物に被害を与えているだけでなく,山頂部付近の植生を年々後退させてきた。このため,脆い火山噴出物でできた桜島の山体は雨水による侵食を受けて大小のガリーが発達し,荒廃が進んでいる。(写真ー1)
こうしたガリーから生産される不安定な土砂と南岳の火口からの噴出物が降雨の際に一挙に流出する。そして,流下と共に土砂を巻き込みながら次第にその規模を拡大し,土石流となってしばしば下流の人家や道路に被害を与えている。
土石流は桜島の野尻川で年間平均20回以上発生し,(表ー1),特に梅雨などの降雨期に発生は集中する。しかし,桜島ではわずかに数十ミリの降雨でも土石流が発生するのみならず,麓ではまったく降雨がなく,山頂部付近の局所的な降雨で土石流が発生した事例すらある。降雨期でないからといって油断はできない。
桜島においては昭和18年から鹿児島県によって砂防事業が行われてきた。しかし,昭和47年頃から南岳の活動の活発化と共に土石流が頻発するようになり,砂防工事が困難を極めるようになった。そこで,建設省は昭和49年度から桜島で砂防調査を開始し,昭和51年度には野尻川,春松川,持木川,黒神川の4河川を直轄に編入した。その後,第二古里川(昭和52年),第一古里川(昭和54年),有村川(昭和55年),金床川(昭和56年)を漸次編入し,現在は桜島の南斜面を中心とする8河川(図ー1)における砂防事業を建設省大隅工事事務所が担当している。
本稿では桜島で行われている火山砂防を紹介するとともに,火山砂防の今後のあり方について述べるものである。
2 桜島の土石流災害
桜島では過去に幾多の土石流災害が起こっている。今年も現在までに71回の土石流が発生した。そのうち,この8月に野尻川で発生した,かなり規模の大きな土石流の事例を紹介したい。
図ー2は今年8月22日から23日にかけて桜島で降った降雨の連続雨量曲線である。降り始めから降り終わりまでの雨量が214mmで,最大1時間雨量が67 mm,最大10分間雨量が20mmであった。この降雨は寒冷前線通過に伴って生じた現象であったとみられる。
まず,22日21:21に野尻川の5号ダム上流(2k/980付近)に張られたワイヤセンサが土石流によって切断された。続いて,同日22:13第2波目の土石流が野尻川で発生し,国道224号の検知線が切断,遮断機が下りて国道は通行止めになった。また,22:42には持木川,22:45には第一古里川のそれぞれの検知線が土石流により切断され,遮断機が作動した。
野尻川の流路工の底盤から第二野尻橋までの高さは無堆砂状態で6.2mある。しかし,この2度に亘る土石流が運んだ土砂で,第二野尻橋と河道内の堆砂面とのクリヤランスは2m程度になってしまった。
第2波発生後もなお雷を伴った強い雨が桜島では降り続き,翌23日午前1:28に第3波の土石流が野尻川で発生した。この土石流の運んだ土砂によりクリヤランスはなくなり,土砂が国道に流出した。流出した土砂は野尻地区の国道約450mと野尻橋近くにあるドライブイン駐車場まで堆積した。(図ー3,4,写真ー2)この一連の土石流が運んだ土砂量は推定で約24万m3,そのうち約3,500m3が道路に氾濫した。
野尻地区の住民(47世帯,126人)に対して避難勧告が出されたのは23日午前3:15である。このうち,実際に避難場所である東桜島小学校へ避難したのは20世帯,70人であった。
なお,国道上に堆積した土砂を取り除く作業は4:10から開始され,同日の14:00には片側通行が可能となり,19:20には全面復旧した。
この土石流は規模的には昭和59年8月25日に発生した土石流(総流出土砂量30万m3)に次ぐものとみられる。が,幸い人的被害はなかった。又,表ー2に野尻川における最近の土石流の時間別発生状況を示す。夜間における発生もかなり多い。
3 土石流対策
いまなお続く,南岳の活発な火山活動によりその火口から半径2km以内の区域が立入禁止となっている。そのため,桜島で行われている砂防事業は土石流の発生源である上流部での工事ができないため,自ら中流域以下での対策が主体となる。
① 中流域
渓流の縦横侵食を防止するための砂防ダム・床固工,土石流の氾濫防止のための導流堤を設置し,流路工の未改修の河川では堆砂地での除石工を行う。
② 下流域
流路工による海への安全な流出を図るとともに,流出土砂が流路内に埋塞し,次に発生する土石流が氾濫する恐れがある場合には積極的に除石を行う。
上記の考え方に基づき,桜島の直轄砂防事業を行っている8河川において,昭和62年度までにダム17基,床固工20基,導流堤4,360m(24カ所)を完成し,流路工(暫定)3,757m等を施工している。
また,野尻川の河口部での除石には長らく水陸両用ブルドーザを使用してきた。しかし,河口からの距離が長くなり,水深も深くなってきたため,作業が次第に困難になってきた。そこで,土石処理船「さくらじま」(表ー3,写真ー3)を開発し,今年度から稼働する。この土石処理船については本誌3号に九州技術事務所の方々が詳しく報告されているので,それを参照されたい1)。
4 総合土石流対策モデル事業
しかし,頻発する土石流のために砂防施設自体が剪断破壊や摩耗破壊を受ける事例が桜島では多いのも事実(写真一4)であり,また,前述のように規模の大きな土石流が連続して発生した場合には現有施設のままで十分対処できるとはいいがたい。
そこで,桜島では昭和59年度よりその南斜面をモデル地区として「総合土石流対策モデル事業」が推進された。これは,従来の砂防工事(ハードな対策)に警戒避難体制(ソフトな対策)を加えた総合的な土石流対策を行おうというものである。
土石流が多発する地区を4つのブロックに分け,(図ー5)各々のブロックに1台の土石流発生監視装置を設置した。そして,各ブロック毎に次のような基準雨量を設定している。(表ー4)
① 準備雨量(第1通報)
避難の準備を行うべき雨量。土石流の発生の可能性が生じる雨量。
② 警戒雨量(第2通報)
避難を行ったほうがよい雨量。土石流が発生する確率が著しく高くなる雨量。
③ 避難雨量(第3通報)
避難を行うべき雨量。
昭和57年および58年において土石流氾濫が生じたときの20分間雨量の最小値を基に設定。
雨量が基準雨量に達すると土石流発生監視装置がそれを感知し,土石流発生に関する情報を鹿児島市東桜島消防分遣隊に通報する仕組みになっている。(図ー6)
前述の8月22・23日の土石流の場合の土石流発生監視装置の発令状況は表ー5の通りである。いずれも土石流発生(21:21)までに第3通報を発している。これは土石流の発生を未然に予測できたという点では十分評価される結果であろう。
しかし,実際の避難勧告が野尻地区の住民に出されたのは土石流氾濫後の23日3:15であったことを考えれば,土石流発生監視装置からの情報が十分生かされていなかったということもできる。これは警戒避難システムを考える上で重要な問題である。つまり,現行の避難システムは住民までの情報通達までに地元防災機関の独自の判断が介在するということと,現行の警戒避難基準雨量には土石流の規模予測や氾濫区域予想ができないという点である。
5 特定火山周辺総合泥流対策事業
昭和62年度からは「特定火山周辺総合泥流対策」が開始された。これは火山の噴火活動に伴って発生する大規模な火山泥流による被害を最小限に食い止めるために,ハード面の対策とソフト面の対策とを有機的かつ総合的に実施しようとするものである。
当事業は未だその緒についたばかりであり,昨年度の検討では事業推進のための基礎調査が行われたのみで,今年度以降に具体的な計画が検討される。
基本的には,いままで線的に捉えていた砂防計画を面的に捉え,桜島全島を対象とする砂防計画を立案実施しようとするものである。そのためには,現在の砂防施設やその配置・警戒避難システム・土地利用形態を見直したうえで,今後の砂防事業のあり方を模索していく必要がある。そこで,
①大規模な土石流が発生したときの緩衝空間としての遊砂空間の確保や樹林帯の創出
②ディザスターマップ・ハザードマップの作成
③想定土砂氾濫区域内の適正な土地利用への誘導
④土石流の発生監視と避難システムの確立
⑤堆積土砂の掘削と掘削土砂の利用
などを今後検討していく予定である。(図ー7)
また,さらにこの事業を拡大するため,昭和64年度より「火山砂防」の創設を検討している。これにより一層の地域の安全と活性化を加味した総合的な防災対策ができることになるだろう。
6 おわりに
今年の桜島の火山活動は9月末日現在で,爆発142回である。数年前の火山活動に比べると回数は少ない。しかし,この6月には観測史上最高の日降灰量2,671g/m2を記録し,相変わらずの「ド力灰」が続いている。こうした火山活動が続く限り,桜島での土石流の発生はなくなることはない。活火山地域での砂防事業は全国的にみても余り事例がなく,それ故桜島特有の調査,計画,構造物設計等を行わざるを得ない。そして,今後さらに全島を対象とする砂防事業を行うに当たっては,島内の住民の協力なくして達成することは不可能であろう。したがって,地域住民の砂防事業に対する理解と協力を得るための広報活動にも力を入れていかなければならないと考えられる。
参考文献
1)宅間,木村,鴈金,土石処理船「さくらじま」の開発 九州技報1988.6,P.66~74