既存施設でのモックアップ(仮サイン)による視覚情報サイン改善の取組み ~ユニバーサルデザインの観点からの提案~
熊本県 土木部 建築課 技師
粟 田 修
1.はじめに
熊本県では,全国に比べ高齢化が進んでおり,本格的な少子高齢化社会を迎えています。今後,子育てをしながら社会活動に参加する人を増やしていくこと,高齢者やしょうがいを持った方が積極的に社会参加ができる社会を実現してゆくことが期待されています。
このような社会的環境の変化に対応するためにユニバーサルデザイン(以下「UD」という)による建築物整備への期待は大きくなっております。
2 取り組みの背景
熊本県では,建築物のUD推進のために設計の考え方,進め方,基準等を示した「UD建築ガイドライン」をまた既存施設についてUD化を推進するために「既存建築物のUD評価マニュアル」を作成し,これらに基づき県有施設における既存建築物UD評価を実施しました。
UD評価を実施する中で,これまで利用者からの苦情や,改善に対する要望が高かったもののひとつとしてサインに関するものがあります。(図-1参照)
既存施設においては,視覚情報サインの改善は比較的容易で,かつ改善効果が高いため,サインの改善をUD化への第一歩ととらえ,モックアップ(仮サイン)を設置し,利用者の意見を集める手法によりモデル的な取り組みを行いました。
3 対象施設の選定
対象施設の選定は,県有施設における既存建築物UD評価を実施した施設の中から,特にサイン関係の改善要望についての意見が多かった熊本港フェリーターミナル(旅客施設),宇城総合庁舎(事務施設)の2施設を選定しました。
4 実施プロセス
今回の両施設における実際の取り組みは,平成16年度に県で策定した「既存建築物の視覚情報サイン改善マニュアル」を参考にし,下記のフローにより行いました。
5 取り組み状況
(1)現況調査,問題点等の洗い出し
両施設において,既存建築物UD評価時点のUD評価表を参考に,現地にてサインの状況,問題点,改善案を検討しました。
(2)仮サイン案提示,検討
仮サイン案を提示,施設担当者が実際に,車椅子,高齢者擬似ゴーグル等を用い検証を行いました。
(3)仮サインの設置
両施設において,検証結果や関係者の要望,改善案を参考に仮サインを決定,設置しました。
なお,仮サインの制作,設置に当たっては現地の設置方法等に変更があった箇所,色等に微調整が必要になった箇所等があり調整を行いました。下記に既存サイン,新規サイン対照写真(抜粋)を掲載します。
6 利用者アンケート調査,結果
(1)調査の目的,対象
不特定多数の利用者から実際に設置された仮サインに対する印象,施設全体に対する分かりやすさの印象を得るため,現地設置による配票調査法にて回答をお願いし,回収しました。
(2)調査項目,結果
両施設とも待合い等で短い時間内での回答であるため,質問項目を絞り,複雑な質問は避けました。また,質問項目は分析を考え単一回答方式を多用し,施設への利用者意見を徴取するために自由回答も調査項目に加えました。
①性別 ②年齢層 ③目的階(宇城総合庁舎のみ) ④施設の利用頻度 ⑤目的の場所の分かりやすさ ⑥目的の場所への移動の快適さ ⑦建物サインの分かりやすさ ⑧分かりにくかった場所等
7 まとめ
両施設とも使用されて年数経っており,その間施設の部分的な増築,改修が行われております。サインについても同様に施設全体の見直しではなく,増築部分,改修部分,または特に要望の高い部屋に限っての誘導サインの設置等のような部分的な改善が繰り返されておりました。
今回,施設管理者部門,実際に施設で業務を行っている窓口の職員や施設関係者の意見を踏まえ仮サインを設置しました。特に,宇城総合庁舎では職員によるUDワーキンググループによる仮サイン設置前の検証も行いました。
宇城総合庁舎では,利用者アンケートで概ね,分かりやすいとの意見を得ました(図-2)。特に年数回程度利用するような利用率が低く,サインヘの依存率が高い場合,利用者の分かりやすさの評価は高く(図-3),改善サインの有効性はある程度証明されたのではないかと考えます。ただし,利用頻度が高い利用者の評価は低く,サインに限らず,屋内照明や,ポスターの整理各室の配置など全体的な改善を図らないと利用者の満足度は向上しないのではないかと考えられます。
既存の建築物でサイン改善を行う際,現状確認,案内方法の再検討,実施,検証をある一定期間で繰り返すことが重要ですが,本サインをいきなり設置する場合はこのサイクルのくり返しが実行しにくいため,実施段階で仮サインを設置することで,利用者参画時に有効な意見がくみ取りやすく,新たな問題点の発見もしやすくなると考えられます。設計者が計画したサインの仕掛けが伝わりにくいものであったり,利用者の要望どおりに設置したサインが実際は,全体のサイン統一性を乱すものであったりというのは仮サインで検証しないと気づかないものです。
また,既存建築物で仮サインを検証することで,施設の関係部署に対し,サイン計画に影響がある掲示物の整理,照明計画,荷物整理等の理解が進むことも施設全体のUD化に有益なことであることが実証されました。