新たな危機管理プラン
―地域と一体となった防災のとりくみ―
―地域と一体となった防災のとりくみ―
国土交通省 九州地方整備局
武雄河川事務所 調査課長
武雄河川事務所 調査課長
廣 松 洋 一
1.はじめに
昨年から今年にはいって新潟・福島,福井での豪雨,新潟県中越地震,10個の上陸台風,福岡西方沖地震など希に見る大規模な災害が頻発しており,改めて日頃からの危機管理の大切さを痛感させられている。
武雄河川事務所が管轄する嘉瀬川・六角川が流れる佐賀平野は,有明海の潮汐の影響を受ける低平地特有の水害常襲地帯であり,昭和55年,平成2年等,過去に幾度と無く大規模な洪水被害を受けてきている。これらの宿命的な地域特性から住民の防災に対する意識が高い地域である。例えば降雨の状況を見て,予め地域住民がたたみ上げをし水害に備えるなど,水害に対処する自助の体制が根付いていた地域であった。しかしながら近年,堤防やポンプ場等の治水事業の進展により一定の治水安全度が達成され,平成7年以降大規模な家屋浸水被害が発生しておらず,安全・安心な社会基盤が構築された反面,水害に対処する地域の自助能力の低下が懸念されている。
武雄河川事務所では,流域の市町により構成される六角川改修期成同盟会から洪水ハザードマップ(図ー1)が出されるのを契機に,地域の防災は地域自ら守ることが一番の減災につながるという視点にたち,自助・共助・公助の連携を一層推進させるため,平成16年12月に「新たな危機管理策プラン」の提案を行ったのでここに紹介する。
2.新たな危機管理対策プランの主旨(抜粋)
六角川流域は昔から洪水に悩まされてきました。近年では,昭和55年・平成2年洪水で激甚災害が発生し,主に二度の激甚災害対策特別緊急事業で,軟弱地盤を技術で克服しつつ堤防をつくり,水はけの悪さは排水機場を設置するなど,ハード対策を実施してきました。また,治水は施設整備等のハード対策と避難や水防活動等のソフト対策が一体となって効果が発揮されるものであり,これまでも,水防警報・洪水予報の発信や重要水防区域図の作成,更にはIT化に伴う光ファイバーなどの整備と活用等のソフト対策についても力を入れてきました。
本来ソフト対策は主に住民による避難行動などの自助,地域の水防活動などの共助,行政によるこれらに役立つ情報提供などの公助のそれぞれがうまく連携できて十分な効果が発揮できるものです。
しかし,現状では,まだまだ避難行動や水防活動に資するための洪水ハザードマップなどの事前情報や災害時に迅速で分かり易いリアルタイムの情報提供が十分になされているとは言えない状況であります。また,普段のまちづくりや地域のコミュニティにおいて,危機管理の観点が十分に備わっておらず,社会構造の変化とあいまって災害に対して弱い地域が形成されています。
以上のような状況を踏まえ,武雄河川事務所では,今後ソフト対策の充実を図り自助・共助・公助の連携をより一層推進することが重要と考え,“新たな危機管理対策プラン”を提案します。このプランは,2つのプランから構成されています。
1つ目は,“新たな防災情報の活用”です。これまでの水防警報・洪水予報や重要水防区域図などに加えて,住民や水防団が的確に状況を把握し,適切な避難行動や水防活動をより一層推進するために,洪水時のリアルタイム情報と日頃から洪水に備える事前情報を組み合わせて活用することを提案します。リアルタイム情報としては,雨量水位,空間画像情報等を時々刻々にインターネットで提供する※SATRIS(サトリス)を構築します。事前情報としては,水防活動に必要な情報を掲載した水防情報図と住民避難のための洪水ハザードマップを関係機関と協働で提供します。また,避難の目安となる水位・雨量の検討や防災知識が学習できる教本等を作成し,避難行動に資するように周知を行いたいと考えています。
2つ目は,“危機管理を考えたまちづくり”です。災害に本当に強くなるためには,災害という非日常の世界を日常の中に意識して,危機管理の観点を普段のまちづくりや地域コミュニティの中へ上手く組み込むことが重要です。そこで洪水ハザードマップを活用し,危機管理の観点から普段のまちづくりを地域住民と協働で考えます。まちの平常時(日常)や災害時(非日常)の姿を一体として見るため,平常時における環境・観光など地域の特徴を示した各種マップと災害時の洪水ハザードマップを併せる工夫を行い,安全で暮らしやすいまちづくりの検討を行います。検討する際には,地域コミュニティを活用し,みんな(行政・住民)で本来のまちの姿を分析することが重要です。みんなの検討結果として,安心で暮らしやすいまちづくりのための行動を提言します。武雄河川事務所は,地域と連携してこの提言の作成と実現に向けての支援を行います。そしてこの活動を通じて得られたノウハウについては,とりまとめを行い,たくさんの地域が災害に強くなるよう広く普及を図っていきたいと考えています。
※SATRIS:saga takeo river information systemの略で,
武雄河川事務所のホームページで配信する川の防災情報システムです。
3.プラン1:新たな防災清報の活用
これまでの水防警報・洪水予報や重要水防区域図などに加えて,住民や水防団などが的確に状況を把握し,適切な避難行動や水防活動をより一層推進するために,洪水時のリアルタイム情報と日頃から洪水に備える事前情報を組み合わせて活用することを提案する。(図ー2)
また,誰もが避難を認識できる水位・雨量の目安・基準を検討し,SATRISや洪水ハザードマップ・水防情報図で分かりやすく提案する。その他,防災の知識について学習の支援となる教本を提案する。
3.1 リアルタイム情報の提供
これまでのリアルタイム情報(観測所の雨量や水位,レーダー雨量)に加え,監視カメラからの河川映像を水位や地域の代表的な建物の高さがはいったわかりやすい河川横断図とセットでインターネットで提供するSATRIS(サトリス)を構築(図ー3)し,平成16年6月から運用を開始した。
SATRISの優れた特徴として,①観測所付近に設置されたカメラの映像を発信。10分毎に更新される最新の河の様子を確認できる。②雨量の状況河川水位と堤防の高さが,地域住民がよく知っている建物の地盤の高さと比較して分かり易く表現している,などが挙げられ,洪水の状況がよくわかり,住民の避難の判断に役立つようになっている。
現在下記の箇所でカメラ映像の情報を提供している。
□嘉瀬川:徳万付近
□六角川:新橋付近,住之江橋付近
□牛津川:妙見橋付近
□松浦川:松浦橋付近
今後平成17年度出水期前に下記の12箇所でわかりやすい横断図を具備したSATRISを整備する予定である。
□嘉瀬川:久保田橋,池森橋,官人橋,祇園
□六角川:六角橋,潮見橋
□牛津川:砥川大橋付近
□松浦川:牟田部,川西橋,徳須恵橋,浦の川橋,中島橋
※カメラ映像についても,提供できるようシステム開発に努めていく予定。
3.2 事前情報の作成
これまで浸水実績図や洪水氾濫危険区域図,防災業務計画書とともに重要水防区域図などを公表してきた。洪水ハザードマップも平成8年に武雄市が作成したもののみであった。
そこで,日頃から洪水に備える事前情報の充実を図り,リアルタイム情報の充実と併せて避難行動や水防活動のより一層の推進を図ることとした。
(1)浸水想定区域図の公表
浸水想定区域図(図ー4)は,計画規模(100年に一度程度)の大雨で氾濫した場合に浸水が想定される区域と浸水深をシミュレーションで算定した図である。平成14年に松浦川水系で公表しており,平成16年に嘉瀬川水系,六角川水系で公表した。これらは,武雄河川事務所のホームページでわかりやすく閲覧できるように整備する。
(2)水防情報図の充実
水防情報図(図ー5)は,水防管理者(市町村)・水防団などの活動に役立つ情報を載せた図で,重要水防節所や水防倉庫,土取場,水門・樋管などの構造物,避難場所などを記載している。また,屋外の荒天での使用を考え,水に濡れても使用できる強い紙に印刷されている。
今後記載情報の充実を図る予定である。
(3)洪水ハザードマップの作成支援
六角川改修期成同盟会による洪水ハザードマップ(図ー1)作成を支援し,平成16年に共同で公表した。洪水ハザードマップは,武雄河川事務所で作成した浸水想定区域図に避難場所などを入れて作られた。洪水ハザードマップは,電子情報で作成され,CD-ROMで各市町に配布するとともに六角川改修期成同盟会では,併せて緊急連絡先や情報の入手方法,各種心得などを具体的に掲載したマップを印刷した。
作成した洪水ハザードマップは,電子情報のため縮尺を変えることができ流域レベル(1/25000),市町レベル(1/10000),自治区レベル(1/5000)など用途に応じて選択が可能である。
(4)マイ防災マップの提案
今回,避難所や洪水時の水深などの基本的な情報を表した六角川の広域的な洪水ハザードマップが作成されたが,前述のとおり避難に役立つマップは,使う側の目的や,地域の特性に応じて様々な縮尺やいろんな情報を書き込んだマップが考えられる。また,地域の防災は地域自らが守る自助・共助が重要であることが新潟豪雨等で再認識されており,行政側が作成した一般的なマップに加え,地域独自で地域の災害特性に応じて自ら考え作成し,使いこなし,忘れないようなマップづくりが大切である。
そこで,1/5000程度の縮尺の洪水ハザードマップをベースマップにして,自ら,まちを点検して作る「マイ防災マップ」(図ー6)を提案した。
日頃から慣れ親しんだ街でも,自分自身の安全な地城防災という着眼点に立ち,自分の足で点検することで,洪水時の避難場所や避難経路を考えるだけでなく,病院,公衆電話,街灯,消火栓,防火水槽,危険箇所など,防火や防犯,交通安全など水害に限らず幅広い危機管理の観点が見えてくる。特に,災害弱者の所在など地域での工夫が効果的である。洪水ハザードマップを防災のベースマップにして用途に応じて縮尺を変えたり,情報を加えたりする方法は有効である。
(5)避難行動の目安となる情報の検討・提案
これまでの六角川で起こった,過去の洪水をベースに雨の降り方と水位の上昇の仕方など,想定される洪水の現象を分析し,避難に役立つ指標や基準の検討を行う。今後,だれもが危険を認識でき,避難行動に移れる水位・雨量などの目安・基準を検討し,SATRISや洪水ハザードマップ・水防情報図にわかりやすく掲載することを提案する。また,有明海の朝夕の影響を受ける六角川の特徴や洪水の発生の仕方,ポンプ場の役割,防災の用語の解説など防災の知識について学習の支援となる教本を提案する。
4.プラン2:危機管理を考えたまちづくり
洪水ハザードマップを活用することにより,まちの平常時(日常)と災害時(非日常)を一体として見,地域のコミュニティを活かした安全で暮らしやすいまちづくりを地域住民と協働で考える。(図ー7)
4.1 着眼点
危機管理の観点からの4つの着眼点のもとに危機管理を考えたまちづくりを考える。
□ソフト対策は,避難行動,水防活動,河川管理など自助・共助・公助の連携のもとに成り立つ。
□災害に真に強くなることは,災害という非日世界を日常で意識して,危機管理を普段のまちづくりや地域コミュニティの中へ組み込むことが大切である。(普段のアメニティとコミュニティがあれば災害時のセキュリティがついてくる。)
□まちの日常,非日常の両面に対応できるまちづくりの発想やデザインが重要である。
□洪水に対する危機管理は,他の災害等と共通部分があったり,生かせるノウハウがあったりする。
4.2 まちづくりのあり方を検討する手法
① まちは,平常時(日常)と災害時(非日常)の両面があるため,両方を一体として見る視点を導入する。このため,様々なまちの姿がわかるようマッピング手法を用いて分析する。
(水害,土砂災害,地震,防犯,防火,交通安全福祉etc)
(水害,土砂災害,地震,防犯,防火,交通安全福祉etc)
② 洪水ハザードマップを活用し,危機管理の観点から普段のまちづくりを地域住民と協働で考えるため,防災まちづくり検討地区を募集する。
防災まちづくり検討地区では,
③ 地域コミュニティを活用し,みんな(行政·住民)で望ましいまちの姿を分析する。
・地域住民と協働で各種地域マップを作成(マイまちづくりマップ:平常時のまちの姿を表現)
・地域住民と協働でハザードマップを作成(マイ防災マップ:災害時のまちの姿を表現)
④ まちの特徴を明らかにするとともに,水害のみならずそこに潜む危険を見いだす。
⑤ これからのまちづくりに危機への対処方法をみんなで考え,地域のコミュニティを活かした安全で暮らしやすいまちづくりのための行動を提言する。(拠点づくり,既存施設の多目的利用,地域コミュニティの在り方等具体の行動の提案)
武雄河川事務所では,
⑥ 地域と連携してこの提言の作成と実現に向けての支援を行う。
4.3 防災まちづくり検討地区
平成16年12月に,参加地区を公募して次の5つの地区と検討することに決定した。
(平成17年2月決定)
□北方町久津具地区
□北方町掛橋地区
□北方町東・西宮裾地区
□武雄市橘町
□多久市東多久町大字納所地区
一部活動を開始したが,今年度から活動を本格的に開始する予定である。
5.おわりに
防災まちづくり検討地区の北方町で2月に勉強会を実施した結果,以下のような意見がでている。
□1/100の確率規模の洪水ハザードマップ以外に,各洪水規模に応じた段階的な浸水情報図がほしい。
□マイ防災マップには,堤防の高さや街の地盤高など平面図に横断図を併記し高さの情報がわかるようにしたい。
□過去の洪水から,雨量や水位の現象を把握し,避難の目安となるような情報が必要。
□ため池の決壊や土砂崩れが不安。地域の特性に応じた危険箇所の情報がほしい。
□ポンプの故障が不安。停止した場合の浸水情報がほしい。
六角川流域は,水害常襲地帯であったこともあり地域の防災について非常に熱心であり,地域の危険な箇所や防災時に必要な情報をよく把握されており,行政に対する要請のレベルが高い。また,治水事業の進展により過去に培った避難の目安となる雨量の感覚のズレや若手の危機意識の低下を懸念する意見もある。今後これらの熱心な地区や関係市町村,関係機関と防災まちづくりについて意見交換し,マイ防災マップの作成手引書等の作成を行っていきたい。
これらの地区との活動で得られたノウハウはとりまとめを行い,「地域と一体となった防災のとりくみ」のよりよい見本となり,佐賀県全体が危機管理に強い街づくりができるよう広く普及を図っていきたいと考えている。