建設工事における電子納品の現状(講座その2)
~現況調査報告から効果的な電子納品の実現に向けて~
~現況調査報告から効果的な電子納品の実現に向けて~
九州共立大学 工学部 教授
1 はじめに
国土交通省における電子納品対象工事は,平成13年度の請負金額3億円以上の大規模工事に始まり,平成16年度からは全ての直轄工事について対象となった(図ー1)。しかしながら,過渡期にありがちなように,電子納品の目的や意図が未だ十分に浸透していないがために,発注者・受注者共に混乱している状況が見聞される。
前号の講座その1では,このような状況を明確にすることを目的に,受注者サイドの視点から現場における問題点とそれらに対する対策及び効果について,主要ゼネコン数社に対して調査を実施した。その結果の概略は以下のとおりであった。
主要ゼネコンに対する調査結果
【問題点】
①運用上の混乱(紙・電子媒体の二重管理等)
②電子化技術面の課題
③業務・経費の増大
④電子納品データの有効利活用の不明確さ
【対策と効果】
①一元管理ソフトの使用 → 日々の管理で検査まで対応
②検査方法の工夫 → 3台のPCとプロジェクターを使用
③発注者との事前協議による取決め
本報告では,次段階として中堅ゼネコン及びコンサルタントに対する現況調査結果を報告すると共に,講座その1からも効果が明確になった事前協議の重要性について着目し,言及する。
2 電子成果品作成時における課題
2.1 中堅ゼネコン及びコンサルタントに対する現況調査結果
今回,主要ゼネコンに対する現況調査に引き続き,中堅ゼネコン及びコンサルタントに対して,同様の現況調査を行った。その結果,中堅ゼネコン及びコンサルタントにおいても,主要ゼネコンが抱えている問題(①運用上の混乱,②電子化技術面の課題,③業務・経費の増大,④電子納品データの有効利活用の不明確さ)とほぼ同様の問題を抱えていることが分かった。本報告では,その詳細は省略するが,これらの問題は,請負金額,企業の大小に依らず,発注者・受注者全体に共通した問題であると言えるようだ。
これらの問題点のうち,特に③業務,経費の増大については,余分な労力の増大,あるいは無駄な費用の増大という意見が多く,この問題については,発注者・受注者という枠組みではなく,「電子納品の本来のあるべき姿とは何なのか?」という視点から考えると,極めて重要な問題であると考えられる。
本報告では,この問題について更なる分析を行うため,新たに九州の一部の地域において,現場における電子成果品の作成費用,日数の現況調査を行った。次節にその詳細を示す。
2.2 電子納品にかかる作成費用と日数
図ー2より,作成費用は,10万円以下から60万円以上と,現場によって,そのばらつきは大きい。これは,PCや専用ソフト等の周辺機器の新規導入といった初期投資もあるだろうが,外注による費用の増大という現状も見られるようだ。図ー3,図ー4に電子納品作成の外注状況とその外注費用を示す。これより,自社で作成している現場が大半であるが,電子納品の作成を外注した場合には,特に作成費用が増大する傾向が明確である。また,図ー5に電子納品作成日数を示す。これより,各現場とも電子納品の作成に1ヶ月程度以上の日数を費やしている。
したがって,電子納品を実施することにより,納品作成に要する費用と日数が従来の納品形態に比べて明らかに増加しているのが現状である。
これらの費用が高すぎる,あるいは労力がかかり過ぎるという議論は別として,一つの現場において,図ー2,5に示す程度の費用と労力が費やされるということは,国土交通省の直轄工事全体でみれば膨大なものになることを認識する必要があろう。そして,電子納品の目的の一つである「業務の効率化」という観点からすれば,発注者・受注者共にこれらの過大な費用や労力が発生する要因を十分に理解し,共通の認識にたって電子納品をより有意なものにしていく必要があろう。
すなわち,工事あるいは業務完了後に新たに電子納品を作成するのではなく,日常作業がそのまま電子納品の形になるような工夫を両者が協力して実行することが必要なのではないだろうか。
本報告では,上記を実現させるためには,「事前協議」が不可欠であり,最大のポイントになると考える。そこで,3章では「事前協議」の実態および「事前協議」により電子納品を円滑かつ有効に遂行した事例を報告する。
3 電子納品における事前協議
3.1 事前協議の重要性
電子納品に関する技術的問題が取りざたされる中,本報告では,これに加えて事前協議が電子納品を円滑に推進していく上で,非常に重要な位置づけにあるとしている。
事前協議では,日々の施工管理データのやりとりから電子納品の対象とするデータの選定,納品形態及び検査方法など多岐にわたる項目について協議を行い決定する。このとき施工中は事前協議で決められた方針に従って作業を進めることを大前提にして,発注者,受注者共に納得するまで十分に協議することが重要である。その結果,完工時に新たな電子納品を作成する必要もなくなるため,費用・労力ともに軽減し,業務の効率化に繋がるはずである。
また,各現場における事前協議による電子納品対象データの選定結果を蓄積していくことは,今後の工事において電子納品対象データの選定を行う際の参考になると共に最終的には対象データの選定項目が自ずと決まってくるはずである。例えば,構造や工事種別が同じであれば電子化すべきデータも同様であるのが望ましいが,現状では,現場ごとに違う場合が少なからずある。
今後は,各現場における事前協議結果を継続的に蓄積することで,同構造,同工事種別等のグループ別に電子化すべきデータ項目を抽出し,最終的には特記仕様書に電子納品すべき項目を詳細に記載できるレベルになることが望まれる。
3.2 事前協議の実態
協議の出席者は発注者が監督官,受注者が監理技術者及び主任クラスが多いようである。これは,事前協議における決定事項が,その後の方針・費用・作業量を左右するといっても過言ではないからである。
図ー6,7より,電子納品における事前協議はほとんどの現場で行われており,約半数の現場において事前協議による決定事項が十分反映されていることから,事前協議の有効性が確認できる。
その反面,図ー8に示すように,事前協議で決定していても検査間近に検査形式を変更する事例もあり,依然として事前協議の内容や両者の理解そのものに課題が残っている現状があることは否めない。とくに,図ー6の「協議できたが不十分であった」,図ー7の「施工中の協議に基づいて提出方法を決定した」等は,発注者・受注者共に電子納品への理解が不十分であったことが予想され,お互いが電子納品を十分に理解した上での事前協議でなければ,逆効果になることがわかる。
3.3 事前協議の事例
電子納品の義務づけがある場合でも,事前協議により具体的な納品方法及び検査方法は,必ずしも明確になっているとは言えないのが現状である。
そこで国土交通省直轄工事の3社を例に取り,書類の日常管理方法や電子納品形態についての事前協議内容を紹介する。表ー1に示すように,A社は日常データのやりとりを電子媒体,B,C社については紙媒体で行っていた。
まずA社では事前協議で電子納品対象書類の全てを電子化する事を原則としたため,紙ベースの書類を全て電子化する手間はあったが,二重管理は発生しなかった。また.一元管理ソフトの使用により管理ファイル数が大幅に軽減されたため,工事施工中のファイルの管理が容易になるという効果が得られた。更に検査方法の工夫等により,納品時においても混乱は見られなかった。
次にB社においては,発注図書の大半が紙媒体であったので,一部を除き紙媒体で納品することを事前協議により決定した。
したがって,納品のために新たに電子データを作成する必要がなかったことから,作業は通常に行われた。
最後にC社では事前協議により電子化対象書類については基本的に電子化することを決定した。C社では,施工中の書類のやりとりを紙媒体にて行っていたため,工事打合せ簿などの認証印が必要な書類を電子化する際に,スキャン等の新たな手間が膨大であったと予想される。しかし,協議の決定事項であったため,施工中も「電子化しなければならない」ということを意識しながら書類管理を進めたこともあり,大きな混乱はなかった。
以上より,調査を行った3社では,双方が納得した協議を行ったため,さほど大きな問題は生じず事前協議の有効性が伺えた。ただし,電子化の流れからいえば,B社の様なケースは例外的で徐々に減少するであろう。また,C社についてもA社のような方法になると考えられる。次頁にA社の事前協議による効果事例を示す1)。
1)一元管理ソフトによる管理ファイル数の軽減
A社では,電子メールを通じ,一元管理ソフトを用いて,ファイルの提出を行う事を事前協議で決定した。
打合せ簿(MEET)等に添付する資料は,一つの案件に対して複数のデータから構成されることになる。このことは,通常ファイル管理を複雑にすることから,資料の参照時において非常に非効率となっている。
A社が使用した一元管理ソフトでは,表ー3に示すように,MEETの管理においてオリジナルファイルにて管理を行う場合と比べ,管理ファイル数は約1/5になるという大きな効果が得られた。また,この一元管理ソフトでは各種のデータが図ー9に示すように,しおり形式で分類整理することが可能となることから,資料の参照時においても検索が容易になり,効率化を図ることができた。
2)電子メールによる時間短縮効果
次に,電子メールを使用した打合せ時間等の短縮効果について報告する。
従来は,日々の書類管理において,直接工事事務所に出向いて打合せ及び書類の提出を行うことが主であった。しかし,作業所と工事事務所が遠い場合には時間的に非常に非効率であった。A社では事前協議で,電子メールを用いてデータを送受信することを決定したため,往復の移動時間及び打合せ時間の短縮化を図ることができた。
また,承認には電子印を取り入れ書類の原本性の確保を行ったため,電子成果品作成時の新たなスキャニング等の手間も大幅に軽減することができた。
3)電子媒体を用いた工事検査
従来の紙媒体による検査では,検査官と受注者側が同時に資料を見ることが困難であった。そこで,A社では事前協議でパソコン3台とプロジェクターを用いることを決定した。これにより,全員がスクリーンで資料を閲覧することができるようになり,検査を円滑に進めることができ,且つ質疑等に対し的確な対応が可能となった。
また,最終成果品のフォルダ構成は単純であることから,データの検索が難しく,検査時に非効率となる可能性があった。そこで,A社ではフォルダ構成を「土木工事施工管理の手引き」2)に沿ったものとし,検査資料のフォルダ構成等を含めた「施工管理概要書」を作成した。
通常の電子データによる工事検査は,発注者,受注者共に不慣れな点もあり,受注者側がアピールできる時間が少ないといった声が多く聞かれる。しかし,上記概要書の中でそういった部分を特に主張するといった工夫をすることにより,相互に効果的な検査となった。
4 おわりに
本報告では,講座その1に引き続き,中堅ゼネコン及びコンサルタント会社の現状の問題について調査を行った。請負金額や企業の大小に関わらず,「まだ過渡期だから…」という意見が多く見られ,発注者・受注者共に混乱しており,電子納品が十分に機能していない状況が把握できた。しかしながら,いつまでも「過渡期だから…」では,本来目標としている電子納品の姿を実現する日は遠い。
そこで,本報告では,効果的な電子納品の実現には,“事前協議”がポイントになると考え,事前協議の必要性,実態,効果的な事前協議について検討を行った。
最後に,平成16年度より全ての直轄工事が電子納品の対象になった今日,再度「電子納品の本来のあるべき姿」について整理する必要があるようだ。次号,講座その3では,この点について多少なりとも整理し,報告したいと考えている。
謝辞
最後に,本論文執筆にあたり多大なご支援,ご協力を賜った関係各位に感謝の意を表する次第である。
参考文献
1)高尾聴秀:作業所におけるペーパーレス検査と電子納品の実施報告,第59回土木学会年次学術講演概要集6-301,2004.9
2)㈳九州建設技術管理協会:土木工事施工管理の手引き,平成13年1月
3)国土交通省国土技術研究会:電子納品情報を活用した業務改善に関する研究,土木技術資料47-3,2005
参考【最終成果品の利活用に向けて】
これまで電子納品情報が利活用された業務改善事例3)の一部を紹介する。
①「維持管理における電子納品の活用」
最終成果品としての電子データを維持管理に活用できるよう検討を行った。アンケート調査を実施し,維持管理用の長期保存に必要な電子納品データの分類と整理を行った。これらをデータベース化し,地図データ等とリンクさせ,地理情報システムを構築することにより事業執行の効率化を図った。
【佐賀河川総合開発工事事務所】
【佐賀河川総合開発工事事務所】
②「電子納品保管管理システムヘのデータ登録の円滑化」
電子納品保管管理システムに保管されたデータの活用についての検討を行った。今回の新潟県中越地震では,電子納品データから災害時に必要なCAD図面及び地質データの資料を迅速に出力し災害対応業務の効率化を図ることが出来た。
【北陸地方整備局北陸技術事務所】
【北陸地方整備局北陸技術事務所】
③「施設管理情報の管理・更新手法の高度化」
現在行われている道路台帳附図の利用方法を元に,それぞれの利用場面で必要なデータ構造,システム機能についての検討を行った。この検討を元に道路台帳附図を数値情報化し,所内ネットワーク及び所内PCによるWebGISシステムの構築を行った。
【四国地方整備局徳 島河川国道事務所】
【四国地方整備局徳 島河川国道事務所】