平成24 年7月九州北部豪雨被害と九州地方整備局の対応について
大塚強史
キーワード:九州北部豪雨、堤防決壊、ホットライン、自治体支援、リエゾン、TEC-FORCE
1.はじめに
九州地方における平成24 年の梅雨前線による豪雨は、九州北部を中心に記録的な大雨を降らせ、各地に大きな被害をもたらした。
特に、7月3日から14 日にかけて九州北部を襲った大雨では、福岡・熊本・大分の3県で死者31 名、行方不明者3名の人的被害が発生し、公共土木施設、農業・林業及び商工観光等の被害総額は約1,900 億円に上った。
また、国が管理する河川堤防においては矢部川など3箇所において九州で22 年ぶりに堤防決壊が発生した他、98 箇所で堤防から洪水が溢れる被害が発生した。また、国が管理する国道57 号の滝室坂(熊本県阿蘇市)においても斜面崩壊等が発生し、12 日の被災から仮道(仮橋)で回避する対策が完了するまでの間、全面通行止めが行われた。
今回の大雨に対して九州地方整備局では、7月3日に非常体制を発令し8月20 日までの約50 日間、国が管理している施設の応急対策、被災自治体に対しての支援等を行った。
本稿では、今後の災害時対応の教訓とするため、九州北部豪雨を中心に河川や道路等の被害状況と、九州地方整備局における防災や応急対策の状況、自治体支援の取り組み等について報告する。
2.気象概要
九州北部を襲った7月3日及び11 日から14 日に発生した豪雨は、時間雨量80 ミリを超える猛烈な雨が数時間継続する現象が熊本県と大分県を中心に各所で発生したことが特徴である。
今回の大雨の主な発生要因は、東シナ海上の大気下層に水蒸気が大量に蓄積され、それが梅雨前線の南側にあたる九州北部地方に強い南西風によって継続的に流入し、発達した積乱雲が線状に連なる線状降水帯が複数形成され長時間停滞することで大雨がもたらされていたことがわかっている(図 1)。
3.被害概要
今回の九州北部豪雨による被害は、福岡県、熊本県、大分県、佐賀県の4県で死者31 名、行方不明者3名、家屋被害13,120 棟発生し、4県の公共土木・農林水産・商工業・教育施設等の被害総額は1,909 億円(各県調べ:8月末時点)に達した(表 1、表 2)
また、今回の豪雨に伴い各地区で避難指示が発令された。特に、3 日は大分県日田市で約22,000 人を対象に、14 日は柳川市で約71,000 人、八女市で約69,000 人を対象に避難指示が出された。
国が管理している河川の被害は、堤防決壊が筑後川水系花月川で2箇所、矢部川で1箇所の3箇所、堤防越水が5河川で98 箇所発生し、床上・床下浸水総数は約4,400 戸、浸水面積は約5,600ha に及んだ。九州の国が管理する河川での堤防決壊は1990 年の六角川以来の22 年ぶりの事態となった。護岸損壊などを含む堤防被害は、7 月3 日の豪雨で49 箇所、7 月12 日から14 日の豪雨では115 箇所に上った。
国が管理している国道の被害では、国道57 号の滝室坂(熊本県阿蘇市)の4.6㎞区間において11 箇所の斜面崩壊等が発生した。
4.出水状況
1)日田市・中津市地区
7月3日・14 日の両日における未明からの降雨は、筑後川水系花月川流域と山国川流域で記録的な豪雨となり大分県日田市と中津市に甚大な被害をもたらした。
(1)日田市(筑後川水系花月川)
大分県日田市における3日の降雨は、花月川の流域及び近傍の5箇所の雨量観測所において3時間降雨が観測史上最多を記録した。さらに14 日の降雨も3日に次ぐ降雨を記録し、短期間に二度にわたり甚大な被害が発生した(図 2)。
3日は花月川の花月雨量観測所で1時間雨量81 ミリ、3時間雨量172 ミリ(いずれも観測史上最多)を記録し、花月水位観測所の水位が昭和47 年7月5日に記録した3.68 mの既往最高水位を0.48 m超え、3日9時30 分に4.16 m(氾濫危険水位:3.35 m)の最高水位を記録した(図 3)。
この出水により花月川において2箇所(左岸5.8㎞地点、右岸6.2㎞地点)の堤防決壊や13 箇所の越水等により835 戸の家屋被害が発生した。
この堤防決壊は、上流から運ばれてきた土砂がたまって洪水が偏流を起こし発生した急流河川特有の洗掘と考えられる。
11 日後の7月14 日の降雨は3日よりも降雨量としては少なかったが、花月水位観測所の水位は、前回の水位を0.21 m上回り4.37 mの観測史上最高水位を再び記録した。この出水では堤防の決壊は起こらなかったが、13 箇所の越水等が発生し282 戸の家屋に被害が発生した。
14 日の出水において最高水位を記録したにも関わらず家屋被害が少なかったのは応急対策工事の完成と堤防決壊が起こらなかったことによるものである。
(2)中津市(山国川水系山国川)
大分県中津市における3日の降雨は、山国川流域の9箇所の雨量観測所において3時間降雨が観測史上最多を記録した。さらに14 日も同じ規模の降雨を記録した。
3日は山国川の下郷雨量観測所で1時間雨量73 ミリ、3時間雨量195 ミリ(いずれも観測史上最多)を記録し、山国川の下唐原水位観測所において3日10 時40 分に最高水位7.46 m(氾濫危険水位:6.60 m)を記録し、3時間に5.2 mの急激な水位上昇が起こった。この出水により山国川において床上浸水216 戸、床下浸水120 戸の被害(内水による被害を含む)が発生した(図 4)。
また、山国川支川山移川の耶馬溪ダム上流においても4 時間203.8 ミリの降雨があり、最大流入量が毎秒1,107 立方メートル(ダムの管理開始以来最高)に達した。これを受けて耶馬渓ダムでは洪水調節を行い下流へ流す水量を最大毎秒847 立方メートルの低減(約8割低減)を行った。
このことにより山国川の上曽木観測所(青地区)地点の水位を約0.9 m低下させる効果があったと推測される(図 5)。
14 日においても3日と同規模の降雨となり観測史上2番目を記録した。このことにより床上浸水242 戸、床下浸水102 戸の被害が発生した。
2)熊本市・阿蘇地区(白川水系・国道57 号)
熊本県の阿蘇地区、大分県西部における7月12 日未明から朝にかけての降雨は、時間雨量80ミリを超える猛烈な雨が数時間継続して降った。この豪雨により阿蘇山外輪の阿蘇市・南阿蘇村各地で斜面崩壊及び土石流が多発し、阿蘇市街地全域において浸水被害が発生した。
熊本県内において死者行方不明25人(8月17日時点)、白川及び黒川沿川において約3,000 戸の家屋・事業所等が浸水する甚大な被害が発生した。
国道57 号を管理するために設けられた坂梨雨量観測所においても12 日2時から時間雨量60 ミリを超える降雨が5時間連続、5時から6時には時間最大雨量123 ミリを記録した。この降雨により、国道57 号の滝室坂(阿蘇市波野小地野~同市一の宮町坂梨:4.6㎞)において11 箇所で斜面崩壊等が発生し、仮道(仮橋)工事を完成させるまでの約40 日間の全面通行止めが発生した(図 6)。
また、熊本県阿蘇市の坊中雨量観測所においても12 日の1時から8時の7時間に492 ミリ、2時から6時の4時間に408ミリを記録し、阿蘇地区の下流部に位置する熊本市の中心部を流下する白川においては代継橋水位観測所においては、4時から6時の2時間に4mの急激な水位の上昇が起こり、10 時30 分に観測史上最高の6.32 mを記録した。
この豪雨により熊本市において白川の氾濫等により約1,000 戸の家屋が浸水する被害が発生した。熊本の中心市街部においては、水位上昇により氾濫する恐れがあるとの国からの情報を受けて、熊本市は水防団・自衛隊・建設業者等の協力のもと懸命な水防活動を行うことにより中心市街部への浸水を防ぐことが出来た。
3)柳川・八女地区
福岡県柳川市・八女市における14 日未明から昼前にかけての降雨は、福岡県八女市の黒木雨量観測所において、14 日9時から10 時までの1時間に94 ミリ、1時から10 時までの9時間で365 ミリを記録した(図 8)。
この豪雨により矢部川の船小屋水位観測所(筑後市)において9時に観測史上最高水位9.76 mを記録した。船小屋観測所の水位は5時間以にわたり矢部川の氾濫危険水位を越え続け、14 日13 時20 分に津留橋上流右岸7k300 地点(柳川市)において堤防決壊し、矢部川の派川沖端川(福岡県管理)においても2箇所で堤防決壊が発生した(図 7)。
これらの堤防破堤等により矢部川及び沖端川の沿川において約2,580ha が浸水し、1,808 戸の家屋・事業所等の被害が発生した。
また、出水直後の調査により矢部川の国管理区間においては18 箇所(矢部川堤防調査委員会資料)の堤防被災が確認されている。
5.出水時の自治体への情報提供について
出水時において九州地方整備局では河川の水位情報等を自治体の防災部局に情報伝達する事とあわせて、市町村長に対しても直接、情報を伝えるホットラインを設けている。今回の九州北部豪雨においても早い段階より情報提供を行ってきた。
白川においても熊本河川国道事務所において、白川上流阿蘇地方(坊中雨量観測所)での12 日2時以降の連続雨量約100 ミリの降雨状況を受け、下流域への影響を判断し早い段階より定期的に関係自治体(熊本市)に対し、ホットライン等による情報共有を実施した(図 9)。
白川の代継橋観測所では、7 月12 日5 時00 分に水防団待機水位(2.5m)を突破し、6 時40 分にはん濫危険水位を(5.00 m)を突破した。この間、4時から6時の2時間に約4mもの水位上昇があった。
これらの雨量・水位等の状況を踏まえて事務所では、洪水の初期段階より逐次熊本市に対し、洪水予報・水防警報等(メール)の情報に加えホットラインと、実務担当者への情報提供を行い、水位情報・予測や今後の降雨等の情報を提供し、迅速な情報共有に努めた(表 3)。
出水後、熊本市の防災担当者より、「避難指示等の発令は国交省からのホットラインに基づいてなされた」との報告があり、あらためて情報提供の重要性を認識したところである。
今回の出水においてこのようなホットライン等における自治体への情報提供は、日田市・中津市・柳川市等においても実施し、避難指示等の判断材料として活用された。
6.応急対策工事について
1)花月川の応急対策工事
大分県日田市の花月川では3日11 時、2箇所において堤防決壊が発生した。この2箇所の被災現場の堤防裏には民家が張付いており、緊急に復旧が必要であると判断し、直ちに作業ヤードの確保のため地権者との交渉を行いその日の21 時過ぎには応急対策工事に着手した。
また、緊急を要する工事であることから、使用する資材においても短時間で調達できるものから選定し、24 時間体制で工事を行い、坂井地区(5k800 左岸)は7月11 日8時過ぎに、住吉地区(6k200 右岸)は13 日12 時に応急復旧を完了させた(写真 2)。
このことにより14 日早朝の3日と同規模の出水対して効果を発揮し被害の軽減を図ることができた。また、今回の応急対策工事により、近隣の住民の方から感謝の声も届き、安心感を与えることができた。
2)矢部川の応急対策工事
今回の災害の発生は同時多発的に起こったことから、対応についても同時に多方面に展開することが求められた。
14 日の豪雨により決壊した矢部川堤防(右岸7 k 300)の応急対策工事も、筑後川の花月川の対策工事を実施している筑後川河川事務所の所管内で発生したことから、整備局を巻き込んでの対応を行った。矢部川の堤防破堤の対応については昼夜連続して行い17 日の朝には応急対策工事を完成させた(写真 3)。
今回の応急復旧にあたっては、堤防破堤直後の初動における関係行政機関・災害協力業者等との連絡・調整、復旧工法の決定、備蓄材の確保と他の事務所からの支援、資機材の搬入ルートの確保と交通渋滞対応など様々な問題にと直面し、それらの課題を処理しながらの対策工事となった。この貴重な経験は、今後の災害時対応に向けての教訓としていきたい。
また、今回の堤防決壊は、洪水流が堤防を超えておらず、湾曲部の内側の箇所で発生したことから、学識者による『矢部川堤防調査委員会』を設置し原因調査と、それを受けての本復旧を検討し、実施していくこととしている。
3)国道57 号(滝室坂)の災害復旧
国道57 号の滝室坂地区では、11 箇所において斜面崩壊等が発生し、10 箇所は16 日までに応急復旧を完了させた。被災規模が大きい1箇所(60k950 付近)は3筋の斜面崩壊等が発生し、その中で最も大きい崩壊は、道路面から約170 m、幅は約30 mであり、その崩壊面には道路面から約60 m付近より大量の湧水が発生し、さらに、湧水箇所から約30 mの上部には直径1~2mの浮き石が数多く存在している状況であった(写真 4)。
復旧にあたっては被災直後から行動を起こし、12 日午後より崩壊箇所に鋼製の仮設防護柵及び大型土嚢設置を24 時間体制で行い、16 日までに完了させた。
この工事と並行して、天候回復の機会を捉え15 日に上空からの斜面調査、16 日には専門家による現地調査を行い、被災箇所を避ける仮道(仮橋)による応急復旧が適当と判断した。その翌日の17 日に工事用進入路の整備に着手した。併せて仮道(仮橋)工事の着手と9月上旬頃を目途に全面通行止め解除予定と記者発表したが、可能な限り後期短縮を図り、8月20 日迄に工事を完了し、同日の13 時に開通させ、全面通行止めの解除を行った(写真 5)。
7.TEC-FORCE・リエゾンの活動
今回の九州北部豪雨にあたって、九州地方整備局では、河川の水位上昇が始まるとともに、関係市町に対し関係事務所より水位情報や避難指示等の判断に参考となる情報の提供(ホットライン)を行った。
また、被災自治体のニーズを把握し、早期の応急復旧を支援すべく、3県18 市町村に対して述べ407 人日のリエゾンを派遣すると共に、関東以西の6地方整備局及び内閣府沖縄総合事務局の協力を得て、延べ734 人日の緊急災害対策派遣隊(TEC-FORCE)(写真 6、7)、ヘリコプターや排水ポンプ車等の機材の派遣による技術的支援、土のうやブルーシート等の資材の提供等を行った(図 10)。
また、公共交通機関である鉄道の早期復旧のため、九州運輸局と連携し九州梅雨前線豪雨災害復旧関係連絡会を開催するなど、JR九州への支援体制も構築している。
8.あとがき
7月の梅雨前線豪雨では、九州北部の広域な範囲わたり、特に福岡・熊本・大分の3県に同時多発的に甚大な災害が発生した。
このことから、国で管理している河川と道路の巡視点検、被災した箇所の応急対策工事とあわせて被災を受けた県・市町村の支援等を同時並行して行うことが求められた。
また、自治体支援において、大型土のう・ブルーシート等の物資支援、排水ポンプ車などの災害機材の支援のために他の整備局から応援を頂いた。
今回の九州北部豪雨の対応は、多くの点で初めて経験するものであり、多くの課題と教訓を残してくれました。九州の今後の災害を考えると、南海トラフによる地震・津波、火山活動による災害、深層崩壊等、多くの事象があります。
今回の課題を克服し、教訓を活かしてこれらの災害対応にあたって行きたい。
今回の出水の対応に協力頂いた関係地方整備局、国土地理院、国土技術政策総合研究所、(独)土木研究所、沖縄総合事務局等の関係各位のご尽力に対しまして、改めて感謝申しあげます。
今後、被災地域の関係県、市町村と連携し復旧・復興事業を展開していきたい。