宮崎県日南市油津地区における歴史と風景から考えるまちづくり
宮崎県 土木部 都市計画課
森 山 福 一
1 はじめに
現在,日南市油津地区では,登録文化財である堀川運河や,街なかに残る歴史的建造物を活用した「まちなか魅力拠点の再生と交流人口の増加による賑わいを創出する」ためのまちづくりが進められています。
まちづくりは,学識経験者,地元住民代表,行政で構成された「日南市油津地区・都市デザイン会議」のもと,港湾事業都市計画事業文化財保存市民によるまちづくり活動が一体となって,進められています。それぞれの事業は特筆すべきことがありますが,別途報告することにしまして今回は油津におけるまちづくりの取り組みについて紹介します。
2 油津地区の概要
日南市は宮崎県の南部に位置し,「太陽と海 みどりの山々 歴史と文化のかおる都市」をテーマに「ふるさとの香りただよう元気な都市」を都市像としたまちづくりを進めています。
日南市の歴史的な資源は,城下町として栄え昭和52年に九州で初めて国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された「飫肥地区」,江戸時代に開削され三百有余年の歴史を刻む堀川運河やマグロ景気に沸いた昭和初期の町並みが残る「油津地区」,棚田百選に選ばれた棚田の残る「酒谷地区」などがあります。
油津地区は日南市の東部に位置し,古くは室町時代から明国との交易の寄港地として,また江戸時代には飫肥杉を搬出する重要な港として,また大正時代には東洋一のマグロ水揚げ基地として繁栄してきました。
油津地区の中心部を流れる堀川運河は,飫肥杉の弁甲材を油津港に搬送するために飫肥藩主伊東祐実の命により,1686年に開削されました。
また,地区内には100年前に堀川運河に架けられた石橋や大正時代から昭和初期にかけての商店やレンガ造り倉庫等の歴史的資産が数多く残されており,平成8年度には「油津の町並みと堀川運河」調査(㈶日本ナショナルトラスト)が行われています。
3 まちづくりの目標
油津地区は,昭和初期にマグロ景気に沸き,飲食店,旅館,商店等が建ち並び,日夜,人の往来が絶えませんでしたが,現在は当時の賑わいもなく,人口減少・高齢化や中心市街地の空洞化,商業活動の停滞等の問題点や地区内に数多く点在する歴史的資産が未活用・連携不足のため観光振興・活性化に寄与していない等の問題点を抱えています。
このため,日南市では,油津地区に残る歴史的資産など現在埋もれているものを掘り起こし,地区のアイデンティティとして再生することにより,居住者にとって楽しく住みやすく誇りを持てる街にするとともに,来訪者の増加を目指し,「歴史的資産を活かした油津地区の街なか魅力拠点の再生と交流人口の増加によるにぎわいの復権」を目標にまちづくりを進めています。
4 まちづくり計画の概要
日南市では,平成14年度に学識経験者,地元,行政で構成された「油津地区・歴史を活かしたまちづくり計画検討委員会」(委員長:東京大学篠原修教授)を設置し,まちづくり基本計画を策定しています。
計画では,まず,地区全体のゾーニングと景観形成方針を定め,歴史的資産(後述)を街なか魅力拠点(交流拠点)として,再生・活用することによりにぎわいの復権を目指し,さらに歴史的資産と連携し,油津地区に新たな賑わいを生み出す街なか魅力拠点(後述)を創出していきます。
そして,これら街なか魅力拠点は堀川運河を中心とした歩行系ネットワークでつなぎ市民や観光客が歩きながら油津の町並みや文化資産により歴史や先人たちの偉業・思いを感じ,商店街ではショッピングを楽しみ,ウォーターフロントとなる堀川運河及び緑地では水辺に心身を癒す空間となるよう計画されています。
また,油津特有のチョロ舟から堀川運河,街並み景観を楽しむことも盛り込まれています。
■「歴史的資産」とは
① 城下町飫肥とセットとなる港町「油津」
② 江戸期開削から昭和初期までの近世・近代土木技術により整備された重層的な歴史的資産である堀川運河(石積護岸,閘門,石堰堤,堀川橋,花峯橋(昭和初期の木橋),を含む)・・登録文化財(閘門を除く)
③ 昭和初期の繁栄を残す歴史的建造物(登録文化財である赤レンガ館・杉村金物本店・同レンガ倉庫・旧河野家住宅,その他大正・昭和期の店舗や住宅)
④ 運河と一体的に発展した町の骨格,町割
⑤ 寺社
■新たに創出する「街なか魅力拠点」
① 中心商店街の再生
② 広島東洋カープのキャンプ地となる天福球場と隣接する澤津城との一体的活用再生
③ 油津港整備による漁港としての魅力拠点の創出
5 油津のまちづくりの方法
油津におけるまちづくりは,堀川運河の保存・再生整備は県にて「歴史的港湾環境創造事業」により取り組み,歩行系ネットワークとなる地区全体の街路は市により「身近なまちづくり支援街路事業(歴みち事業)」,その他の道路やポケットパーク等は「まちづくり交付金事業」にて取り組んでいます。
(1)コラボレーション
事業実施に当たっては前述の平成14年度設置の委員会に引き続き平成15年度からは同様のメンバーで構成された「日南市油津地区・都市デザイン会議」(委員長:東京大学篠原修教授)にて取り組んでいます。
通常,事業を行う際は,港湾事業都市計画事業(歴みち事業等),文化財保存と別々に委員会等を設置し.いわゆる縦割りで検討していくことが多いのですが,ここでは一つのテーブルで議論し,検討を進めています。ですから,事業者である県,市,学識経験者等の専門家や住民がそれぞれの立場で油津のまちづくり全体像を議論しながら,自分の役割を担っていく仕組みになっています。
このコラボレーションにより,従来境目ができていた港湾事業,都市計画事業,文化財保存,市民まちづくり活動が連続一体化して事業が進んでいます。
また,委員会の事務局は整備主体者である県の油津港湾事務所と日南市都市建設課になっていますが,これに加えて全体の調整を行う役として県都市計画課が調整事務局を担っています。これも油津の特徴的なコラボレーションの一つといえると思います。
(2)専門家
油津に関わる専門家は数多く,土木景観デザインの第一人者である篠原教授をはじめとして,土木歴史の専門家,都市計画家,文化財の修復・活用の専門家,照明・手摺のデザイナーが設計に加わる強力なコラボレーション体制となっています。
堀川運河整備については,篠原教授指揮のもと,コンクリートで補強された護岸の石積をはつり出し,文化財の専門家が石積を実測し,保存修復方法を検討し,伝統的な工法により復元を図ります。徹底して本物を造っていくという作業です。
これに併せて,都市設計家,照明・手摺デザイナーが新しいウォーターフロント・デザインを創っていきます。このデザインが決まるまでには,現場サイドや住民と篠原教授をはじめとする専門家との議論が数知れず交わされており,妥協は許されません。
また,各専門家(コンサルタントも含む)は設計して終わりではなく,工事現場にまで立ち入って現場担当者や職人と直接話をしながら現場を進めていきますが,時には現場からの発信でデザインが変わっていくこともあります。
これら専門家の方々は,主に東京から集まっていただいておりますが,「われわれは,落下傘部隊かもしれないが,市民のためのまちづくりをしています。やりっばなしで手を引くことはないから,安心してください。」と力強い言葉をいただいています。
(3)住 民
油津のまちづくりは,住民活動抜きでは語れないくらい重要な要素となっています。
堀川運河は,ヘドロや悪臭から昭和51年に埋め立てる港湾計画となりますが,反対の住民運動が高まり,平成6年に歴史的港湾施設として保存・整備することになりました。
その後もまちづくりの活動は続き,特に驚くのは,地区内に残る大正11年に建設された赤レンガ館の競売が持ち上がったとき,地元有志31人が100万円ずつ持ち寄り合名会社を設立し,赤レンガ館を買い取り守ったことです。この赤レンガ館はその後,登録文化財となり,合名会社から日南市に寄贈され,修復工事を待っているところです。
現在,住民活動は賑わい創出のための多くのソフト事業を行いながら,景観条例策定に向けて,住民で構成された「まちづくり協議会」の中で自分たちの役割を議論するとともに当デザイン会議においても熱心に意見・提案されています。
熱心な例を一つお話しますと,堀川運河の復元・整備は一部区間約100mが平成15年秋に出来上がりましたが,これに合わせて運河沿いの喫茶店が計画されました。計画をデザイン会議で見せてもらったところ,建物が運河に対して背中を向けたデザインとなっていました。篠原教授以下,2階にカフェテラスを造って水辺を感じるお店造りをお願いしたところ高齢の女性店主も協力され,今は居心地のよいお店になっています。
この店主も地元のまちづくり協議会のメンバーでまちづくりに熱心な方でした。
こういった住民の熱心さが行政を動かしているのも事実ですし,本当の住民参加とはこういった姿なのかもしれません。
6 地場産業への貢献
油津では,地場産材である飫肥石,飫肥杉を積極的に使用することにしていますが,これを取り入れる過程でさらに一歩踏み込んで,地場産業の活性化と活用方法まで視野に入れたまちづくりとなっています。
例えば,油津には高齢ではありますが,数人の石工さんがおられ,堀川運河の石積み復元には大変活躍され,伝統的な技能も復活し,話題になりました。
また,飫肥杉利用についても設計者が地元森林組合などの林業関係者や県の木材利用技術センターと何回となく協議,検討を重ね,ベンチやボードデッキ,ついには地元の強い要望で屋根付木造橋を運河に計画することになりました。
効率性・経済性だけを追及すると,よそから資材・技術を持ってくるほうが楽ですが,このように地元の資源,高い技術を活用してまちづくりを行い,これが継続,伝えられていくことは重要なことであり,さらにそれが何らかの形で地元に還元されることは,地元住民からも歓迎されるまちづくりだと思います。
7 おわりに
現在,油津地区にはまちづくり条例や景観保全・形成を誘導する規制等がなく,心配されるのは堀川運河や町並み,周囲の自然景観を壊すような建築物や広告物などの構造物が築造され,このプロジェクトの趣旨である「歴史と風景から考えるまちづくり」が台無しになってしまうことです。
日南市では,住民と一緒になって景観条例の策定準備を進めていますが,条例施行までには時間がかかります。この条例施行までに何とか景観破壊を食い止めることが目前の大きな課題となっています。
景観破壊阻止のベストな方法についてデザイン会議をはじめ,住民,市,県が一緒になって速やかに対策を講じていくことが必要であると考えています。