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安全安心の社会の実現に向けての技術的課題
社団法人 日本建設機械化協会 常務理事 九州支部長
(九州大学 特任教授)江崎哲郎

21世紀は環境の世紀、そして平和と安定の世紀として期待された。しかし新世紀となっても経済の低迷は解決せずに、失われた10年は20年となった。社会資本整備の予算は大幅に削減、膨大となった社会資本は維持管理、更新という課題が待ち構えていた。さらに安全安心の社会の実現というスローガンも東日本大震災、原発事故によって無残に打ち砕かれた。地球環境問題、美しい日本の再生どころではない惨状である。この厳しい状況の中で、これからの安全安心の社会について、来し方を深く反省し、これからの技術のあり方、課題を明確にしておくことは極めて重要である。
本稿では、安全安心に関連深い社会資本の維持管理、環境・防災の技術について少し基本に立ち返って考えてみる、これらは、何れも建設技術と密接に関連したものであるが、これまで整備されてきた社会資本自体の存在、または、その社会資本の周辺の影の部分に起因する各種問題の解決を目指すものと位置づけられよう。この技術は、まわりの自然環境、社会環境との望ましい関わり方を模索して、それらと折合いをつけるという極めて大切な役割を果たすものである。しかし具体的な取組みの現状をみると、要素的技術そのものは高いレベルにあるものの、長期的視点からの持続性、開発と環境保全の相尅から調和へ、安全はともかく安心とは何か。年々高まっている社会の要求との整合性など、多様かつ困難な課題を受入れるための根本となる思想や理念がどうもみえてこない。これらの基本的な考えが明確になれば優れた要素技術も生きるようになると思われる。
そこで、これまでの建設技術を改めて考えてみよう。土木技術者の誇るべき、また実績のある建設技術は、効率的かつ安全に所期の構造物を完成させる技術である。他方、安全安心に関わる維持管理、環境・防災技術は、長い期間に亘って整備蓄積されてきた、膨大かつ広域に分布する社会資本がもたらす自然的社会的影響を解明したり、中に潜む欠陥や兆候を見つけて改善し、長期にわたって安全な使用を可能にして、重大な事故、エラーを未然防止あるいは最小化する技術と考えられる。守備範囲は極めて広く、異常を素早く正確に察知し適切な判断をして平常を保持するという技術である。
維持管理を例にあげると、すでに永く供用されている各種構造物の機能低下は避けられない。しかし、なくてはならないものであるので、広い意味での監視・評価体制がまず必要である。また寿命を過ぎたとしても取壊し、代替、修復などは著しく困難を伴うし費用も大である。危険度が解明、評価され、その危険度が決められた許容レベルに管理されている状態を『安全』と定義すれば、どのレベルの利便性と安全性を要求するかを市民に広く問い、その合意に基づく許容レベルが達成されるように維持管理が進められる。おそらく『安心』は、これらの技術に関する市民の理解と合意が形成される過程で実現されるのであろう。そのためには、これらの議論を進める前提として、分りやすく透明性のある、そして信頼される専門情報を提供することが技術者の重要な役割である。
一方で、これらを支える技術として、GPSやGISに代表される情報技術への期待がある。私は2000年に発生した雲仙普賢岳噴火に際して、文科省の緊急予算で購入したGPS受信機6台を用いて地盤変動の監視を行う機会を得た。当時は衛星の数も少なく、周辺技術もない試験的運用の時代である。災害現場では立ち入り禁止区域内に設置したり、降灰の山を登って重い機材を運んだり大変苦労したが、これを契機に長距離を格段の高精度で計測できる新技術を研究に取り入れるようになった。今日、GPSは基準点公共測量に絶大な威力を発揮している。東日本大震災においても三陸地方を中心に大きく移動したことも明確に示された。しかし、これは移動した結果を示したものであり、地震の予測、避難の誘導にはつながっていない。要するにGPSの要素的な計測技術は確立されているが、安全安心への利活用はまだまだこれからである。2007年に制定された地理空間情報基本法に基づく準天頂衛星1号機が打ち上げられ実用段階となったが、安全安心に寄与するには、情報技術が進むほど、担当者が実用の手順を更に深く考えることが必要である。
もう1つの空間情報技術、GISについて例をあげる。 GISを用いて5万分の1の旧版地形図から福岡県全体を100mメッシュに区切り約40万区分の判定を行なって100年前、50年前の土地利用図を作った(図は福岡地区のみ)。GISを用いると約40万の区分判定も短時間で可能である。
国交省が土地利用図を初めて刊行するようになった1976年以降と対比すると農地の宅地化や山地の開発の変遷が時間・空間で再現される。福岡筑紫平野の100年前は、漱石の詠んだ「菜の花のはるかに黄なり筑後川」の句そのものであり美しい印象がある。しかし今日平野は住宅やインフラで埋め尽され、山地の開発も更に進んでいる。更にこの開発は知らず知らずのうちに災害の危険のある所に人々を近づけているといえないだろうか。これまでの土地利用政策は有効利用を主眼に展開されてきた。開発は不可逆的である。将来にわたって地域特性を踏まえた自然環境保全を満たす土地利用のあり方が明示され、美しい国土の維持が未来世代に受け継がれねばならない。

少し話がそれた。次いで安全安心問題のひとつである土砂災害に触れる。土砂災害は施設の整備、すなわち技術の力で押え込むには限界があり、これからの防災は情報技術による警戒避難体制の整備、安全な土地利用への誘導を併せて展開するこ
とになっている。また、GISハザードマップが整備されようとしている。まさに時機を得た施策である。しかしその実態を見ると、紙地図で十分なものを単にデジタル化したような例も見受けられる。また災害の記録マップ、崩壊の可能性を予測するハザードマップ、生命や財産の被害を表示するリスクマップの区別が曖昧である。GISなど空間情報技術は最近大きく進歩しているが、それを高度に利活用した危険箇所の絞り込み、高性能の降雨センサーなどの情報を時々刻々に反映するリアルタイム予測などの実用化・普及もまだまだであり、ICT技術への期待の根幹である格段の付加価値を得るに至っていない。これには高度にGISを使える技術者の不足、この整備が書面主義など既存の制度の枠内で進められていることなども原因と考えられる。情報を生かせるように制度や業務のやり方も変革して初めて実効ある体制が実現する。また、日本は発災時の緊急対応に優れており安全安心に大いに寄与しているが、この対応はあくまで後追い技術である。防災は予知、未然防止が基本である。防災関係者の行動は災害後の調査が主体、そして復旧復興はいつの間にか施設整備中心になってしまう。これからの防災は災害経験の体系的なフイードバックにより、事前に予測して周到に備えをするのが、あるべき姿と考える。
そのためには、まず自然の地形地質などの視点から、どのような自然の過程であるかを深く理解し、一方では人や社会にとって安全・安心とはどんな状態かを追究する新しい地平で進めることが基本と考える。
技術とは、科学を実地に応用して自然の事物を改変・加工し、人間生活に利用する技である。知識を集積整理して法則性を明らかにするという自然科学から出発して、ある目的を達成するために最適化されて問題解決機能を付与されたのが技術である。従来からの建設技術の優れた理論と実績、蓄積された経験は新しい技術にも不可欠であるが、ここでは今一度科学の基礎に立返った上で、自然や社会と積極的に融合する安全安心を中核に据えた新しい技術を確立していくべきである。もちろん、他の科学分野や最新の情報技術を加えていくことも必要だろう。幸いにして、社会資本に関する技術者・研究者は世界的に見ても優れた人材が豊富である。維持管理、環境・防災など社会の厳しい目が注がれる実践の中で高度な優れた技術が育まれる。時代を越えて現場を凝視し、新しい技術を展開して、人々に利便と真の安全・安心をもたらす頼もしい21世紀の技術者・研究者の姿を、この区切りとなる時機に思い浮べている。

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