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大規模災害時の初動体制について
熊本県 佐多寛
1.経緯

熊本県の降雨特性として、東シナ海から移動してきた雨雲が九州山地にぶつかり、山間部や山麓で豪雨を降らせるという地形的な条件に起因するところが大きい。
また、近年の気候変動に伴い比較的狭い範囲で集中豪雨が発生したり、「ここ数十年間、一度も被災したことがない」というような地区において重大な災害が発生するケースが全国的に見ても増加している。
平成19年7月6日から8日にかけて降り続いた梅雨前線豪雨は熊本県中部に大きな被害を及ぼし、特に下益城郡美里町では6日から7日にかけての降雨量が500mm以上を記録し、河川の氾濫による橋梁流失や法面崩壊で道路が寸断された。
この災害により町内数箇所で孤立集落が発生したが、国土交通省九州地方整備局をはじめとする支援隊の迅速な活動により、被災状況の調査から応急復旧対策、緊急輸送路確保等が実施され、早期に孤立解消を図ることができた。
このとき、九州地方整備局および熊本県、美里町の合同で現地対策本部を設置して対応を行ったが、このような体制による活動は本県において前例がなく、またマニュアル等の整備も無かったため、対応にあたる人選や内部の指揮・連絡体制、現場における関係機関との調整や情報収集・伝達等に混乱が生じた。
この経験により改めて、防災危機管理体制、特に大規模災害時における初動体制の重要性を再認識することとなった。

2.背景
災害への取り組みである「防災」は、①予防(災害を未然に防ぐ)②応急措置(被害の拡大を防ぐ)③復旧(災害の復旧)の三本柱で構成され、各段階で様々な施策を実施しながら総合的に取り組む必要があるが、災害の発生が事前に予測できないことを考えると「応急措置」を迅速・的確に実施して被害を最小限に抑え、その後の復旧へ円滑に.げることが最も大きな課題であると思われる。
特に大規模災害が発生した場合には公共土木施設災害のみでなく「人命救助」「交通規制」「緊急治療」「救援物資の輸送」等、一刻を争う対応が求められ、また、応急措置の善し悪しは、その後の復旧全体にも影響することがある。
このため災害発生後72時間(三日間)程度の初動措置が重要であり、土木部においては「被害拡大防止」「二次災害防止」「避難・緊急輸送路確保」等の初動対応を迅速に行うための体制強化が必要となる。

防災危機管理体制の整備・拡充に至った背景には次のような課題がある。
        

  1. 大規模災害時における対応    
  2. 国土交通省緊急災害派遣隊(TEC-FORCE) への対応・連携    
  3. 職員の大量退職に伴う経験者不足への対応    
  4. 災害査定2ヶ月ルールへの対応

上述した平成19年美里町大災害時には、国土交通省九州地方整備局をはじめ、熊本河川国道事務所、八代河川国道事務所、延岡河川国道事務所、( 財) 道路保全技術センター、熊本大学ほか、自衛隊、福岡市等、多くの機関からご支援を頂いたが、その後、平成20年5月、国土交通省が全国の地方支分部局等と連携して活動する緊急災害対策派遣隊(TEC-FORCE) が創設され、これまで「災害発生の都度整えていた支援体制」から「予め整えられた支援体制」へと拡充された。これにより、非常時において更に迅速かつ組織的な対応が可能となり、平成20年6月に発生した岩手・宮城内陸地震に於いて大きな成果を上げている。
また、九州地方整備局においても管内の河川国道事務所等と連携し、九州版TEC-FORCEとして被災自治体への支援を行うこととしており、大規模災害時における初動対応の迅速化が着々と進められている。

このような状況の下、大規模災害時における地元町村と国との連絡調整や情報収集、その後の災害復旧事業に向けた準備応援等、国支援部隊の円滑・迅速な活動を支えるため、また、ある程度の災害には県独自でも対応可能とするため、相応の初動体制の整備が必要と判断された。
一方、県の内部課題として技術職員数の減、特に、現地測量から工法検討、工事実施まで、数多くの災害復旧事業を経験した世代の優秀な技術者が定年退職等により減少し、災害が発生した場合の迅速かつ円滑な事務執行が懸念される状況となっている。
また、被災から2ヶ月以内での査定がルール化され、災害復旧事務の迅速化が図られる中で、相当規模の災害が発生した場合には、他の地域振興局等から応援人員を派遣することが想定されるが、必要とされるのは即戦力として自ら災害復旧事業を実施・指導できる実務経験者であり、このような要請にも応えられる体制作りが不可欠となっている。
このような状況を踏まえ、平成19年度から大規模災害発生時の対応について検討を進め、平成21年3月「熊本県土木部災害応援チーム設置マニュアル」を策定。同年5月、「初期対応チーム」及び「災害査定準備対応チーム」を設置し、土木部内職員による応援体制を整えた。
さらに、災害対応の迅速化・円滑化を図るため各種協会等との支援・協力関係を構築し、民間のノウハウを活かした応援体制を強化することとした。

3.災害応援チームの設置
災害応援チーム設置マニュアルでは「土木部が所管する公共土木施設等が、暴風、豪雨、洪水、地震等の自然災害により著しい被害を受けた場合に、災害復旧事務に習熟した職員により構成された災害応援チームを、速やかに被災施設を管理する現地機関へ派遣し、災害直後における業務に従事させることにより、被災施設の機能と安全性の早期回復を図り、もって被災地域の住民生活や社会・経済活動の安定に資することを目的とする」としており、災害によって公共土木施設等に著しい被害が発生した場合、被災現地機関の長からの要請に基づき、土木部長が派遣職員の所属する所属長と協議のうえ、速やかに応援チームの派遣を決定することとした。

1)初期対応チーム(TOPチーム)
1班5名の3班を編成し、災害の状況に応じて派遣規模(班数)を決定する。派遣期間は災害発生直後から概ね1 週間とし、被害状況調査、情報の収集伝達、対策の検討等を行い、災害報告を取りまとめる。(図―2中の「熊本県災害応援チーム派遣制度①」)
対策検討に当たっては、避難・緊急輸送路として位置づけられる路線を選定し、優先順位を勘案しながら道路等の緊急復旧対策計画を行い、被災現地機関及び市町村に対し緊急に施工すべき箇所、内容、順序、期間等の指示又は協議を行う。
また、国の派遣隊が入る場合は、国・県・町村が把握する情報の整理・共有化、関係機関との連絡調整等が重要な任務となる。

<初期対応チームの主な任務>
        

  1. 被災施設等の調査    
  2. 災害対策に必要な情報の収集及び伝達    
  3. 国土交通省、市町村及び関係機関等との連携    
  4. 災害対策の技術的指導及び応急措置の指示    
  5. 応急工事必要箇所及び工法等の調査、検討、概算工事費把握    
  6. その他、災害復旧事業の初期段階に行う事務

2)災害査定準備対応チーム(Sチーム)
土木事務所及び地域振興局から各1~ 3名を任命し、災害の状況に応じて被災地以外の部署から派遣する。応援職員は、初期対応チームの活動により災害の全容が判明してから災害査定までの約2ヶ月間、下記のような任務を行い災害復旧事務が迅速・円滑に進むよう努めることとしている。(図―2中の「熊本県災害応援チーム派遣制度②」)
一職員の派遣期間は2週間を目安として次の職員へ引き継ぐ。

<災害査定準備応援チームの主な任務>
        

  1. 災害復旧工法等の検討、工事費積算    
  2. 災害改良復旧事業実施の可能性の調査、検討、調整    
  3. その他、災害復旧事業の初期段階に行う事務

4.民間との連携
民間との支援・協力関係により、その技術や資機材・ノウハウを活用することは災害対応の迅速化・円滑化につながるものである。
本県土木部では、平成18年3月に(社) 熊本県建設業協会、同10月に(社) 熊本県造園建設業協会および(社) 熊本県法面保護協会と「大規模災害時の支援活動に関する基本協定」を締結し、被害情報収集、応急措置、緊急輸送路確保等についての協力体制を整えた。
また平成21年5月には(社) 熊本県測量設計・建設コンサルタンツ協会および(社) 地質調査業協会と支援協定を締結し体制強化を図った。(図―2)

本協定書の前文では「大規模な地震、風水害等の災害が発生した場合又は、その恐れが生じた場合において、乙(協会) の社会貢献活動の一環として実施する支援活動について次のとおり協定を締結する」としており、基本的には「被害状況把握および簡易な応急措置」については社会貢献の範囲として協会の費用負担、「県が指示する応急措置」については県負担を想定し、下記のとおり定めている。

(支援活動の内容)
        

  1. (1)公共土木施設等の被害情報の収集及び甲(県) に対する報告     
  2. (2)公共土木施設等の簡易な応急対策や災害復旧のための技術的助言、地質調査、解析、設計等に対する提案     
  3. (3)甲(県) が緊急に行う必要があると認め、指示する業務
(費用負担)
支援活動の実施に要した費用のうち、(支援活動の内容)に規定する条文、第1号及び第2号については乙(協会) の負担とし、同条3号については甲(県)、又は甲(県)・乙(協会)が協議してその負担割合を決定するものとする

従って、工法検討や工事実施を目的とした具体的な検討や、そのための測量・地質調査等については別途、県の委託業務(県負担) として実施することとなる。
また、崩土除去等、急を要する作業については県との随意契約により緊急工事として協会員が即日対応する事となる。

協定を締結した協会では、協会員を地区ごとに班編成して連絡網等を整備し、大規模災害が発生した場合、被災機関(地域振興局等)からの要請により出動し、県の災害応援チームと共に活動する。
被災直後に現場入りし、被災状況の把握や安全度の判断、応急措置の検討、復旧に向けてどんな調査やデータが必要か等々、各専門分野からの助言を受けることで、より的確かつ迅速な対応が可能となることが期待される。

5.おわりに
一応の体制は整ったが、実際に大規模な災害が発生した場合にスムーズに活動し、効果を発揮するためには、災害応援チームをはじめとする技術職員の個々の技術力向上や、例えば防災エキスパート等との連携による協力体制の拡充など、目前の課題は多い。身をもって経験したことのない者にとって、被災現場の緊迫した状況の中で冷静に行動し、迅速・的確な判断を行うことができるのか不安でもある。どんな準備をしても災害への備えがこれで万全ということはない。事前に出来る事は確実に実施し、今後遭遇する様々な状況の中で生じるであろう問題点を改善しながら、より充実した危機管理体制を目指す必要がある。

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