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大分県大山町山際地区の大規模な
岩すべりとその対策

大分県土木建築部
 砂防課長
瀬 尾 克 美

はじめに
大分県日田郡大山町大字東大山字山際地区の町道中大山続木線,及びー級河川筑後川(大山川)の右岸護岸と護岸に沿った町道千丈小平線などに,昭和62年7月23日頃から地すべり亀裂が認められるようになった。現地踏査の結果によれば,各種の地すべり現象が筑後川に面した幅450m,奥行き約300m(面積13.5ha)の比較的急傾斜な地区一帯に認められた。このため,大分県では「当地すべりは,大規模ですべり面の深い岩すべりであり,地すべり変動がさらに活発化すれば,上記の町道や付近の人家などに大きな被害が発生するばかりでなく,多量の地すべり土塊が筑後川本川に流入した場合,河道を堰止め,町役場,学校及び人家が密集する町の中心部が壊滅し,上下流域に多大な被害を与える」危険があると判断した。このため,建設省傾斜地保全課と協議の上,“昭和62年度災害関連緊急地すべり事業”として,約50億円の事業費で各種の地すべり調査,計器観測,解析及び地すべり対策工事を実施している。
なお,当地区の地すべり発生機構は,非常に複雑であるため,広島大学総合科学部の栃木省二教授を委員長とする「山際地区地すべり対策技術検討委員会」で,各種の調査,解析結果を審議して対策工を決定したものである。
現地では,応急対策工事としての水抜き横穴ボーリング工13ケ所(12,760m)のうち8ケ所(7,680m)は昭和63年3月末には完了し,残りのボーリングもほぼ完成し,地すべりの変動は沈静化している。なお,深礎工を中心とする対策工事も用地補償をほぼ終了し,本格化している。
大山町では,筑後川に面した町道千丈小平線の急傾斜な山側斜面について,フリーフレーム工を中心とする災害復旧工事(昭和62年度公共土木施設災害復旧事業,災国町村第1498-2号)を昭和63年3月までに完成させている。
本報告は,現在までの地すべり調査,解析結果と対策工事の進歩状況について,中間報告としてまとめたものである。

1 地すべり変動の経緯
当地区の地すべり発生の誘因のひとつは,昭和62年の梅雨末期の7月14~20日の連続雨量296.5mm(大山町役場)の降雨が考えられる。7月末の現地踏査時には,筑後川(大山川)の右岸側護岸と護岸に沿った町道千丈小平線,及び下流側の人家などに地すべり末端の圧縮亀裂が認められた。また,中段を通る町道中大山続木線の約300m離れた道路上にサイド亀裂が認められ,特に東側のサイド亀裂は大きく,側溝は30cmもずれていた。しかし,これらの現象に見合う頭部亀裂は不明確であった。
図ー2,鳥諏図に示したように,当地すべり地の上部には分離小丘とそれを囲むような半円径の凹地があり,そこから下には数段の緩斜面があるが,全体としては,約30度の比較的急傾斜な斜面である(特に,筑後川に面した斜面下部は急傾斜)。当地区周辺は耶馬渓溶結凝灰岩層からなる標高300~400mの丘陵性山地であり,その中を筑後川(大山川)が嵌入蛇行しながら流れている。今回地すべり変動を起こした地区は筑後川右岸の攻撃斜面に当っており,鳥諏図などによれば,巨大な岩すべり(前後の谷壁斜面と比較すると,当地すべり地の区間だけ50m程前に出ている)である可能性が強い。
以上の状況から,大分県日田土木事務所と大山町が地すべり地全体の移動量観測を,建設省筑後川工事事務所が筑後川護岸の移動量観測を,昭和62年8月初めより開始した。その結果,8月初頭以降各地に設置した計測器には,各種の地すべり変動が認められた。特に,地すべり地末端の筑後川護岸の光波測距儀による移動測定量が最も大きく,9月末までの2ヶ月間で最大192mmの水平変位が認められた。(測線に対して30度下方に向って変位している)。また,地すべり地中段の伸縮計では,上記の2ヶ月間に最大38mm,地すべり地頭部のそれでは最大22mmの引張り変位が認められた(地すべり地上部より末端に向うにつれて移動速度が大きくなる)。8月中旬の現地踏査で中段の町道上部の平担面(栗林)に地すべり亀裂が見つかったため,8月21日に設置した伸縮計では,9月末までの40日間に58mmの引張り変位が認められた。また,9月5日には地すべりブロック西側の人家付近の筑後川護岸の階段が突然破損した。
しかし,10月以降小雨期に入ったため,地すべり変動はかなり小さくなり,10月20日に開始された水抜横ボーリング工の効果もあって,昭和63年4月現在,地すべり変動は小康状態にある。しかしながら,各地の地すべり亀裂などを詳細に観察してみると,わずかであるが,現在でも地すべり亀裂は拡大している。また,8月,9月のデータを見ても100mm以上の降雨があったときには,地すべり変動が大きくなっているので,今後とも地すべり変動については充分な監視が必要である。

2 地質調査の結果
当地区の地すべりは大規模ですべり面の深い岩すべりであると判断したため,図ー3,地すべり防止平面図に示したように,65mピッチに6測線を設置し,50m間隔に調査ボーリングを実施した(48孔,総掘進長3129.5m)。これらのボーリング孔には、すべり面深度を確認するため,原則として孔内傾斜計またはパイプ歪み計を設置した。
図ー4,E測線断面図に示したように、当地区の基盤は新第三紀鮮新世の古期安山岩類(Oan)で,硬質,塊状の安山岩類である(当地すべり地東部の町道付近に露出している)。その上位には,不整合に第四紀更新世の日田層(Hi)が70m±の層厚で堆積している。この日田層は,日田地方に広く分布する半固結~低固結の軟岩で,下位には凝灰岩,泥岩等の水成堆積物(かつて広い湖沼があった)が,上位には陸成の軽石流堆積物(非常に軟質で水を含むと粘土化しやすい)が分布し,透水試験の結果によれば,透水係数が10-6~10-4cm/secと全体に難透水性である。
日田層の上位には,不整合に耶馬渓溶結凝灰岩(本層下面は現在の筑後川の河床より20~30m深い)が堆積したものと考えられる。溶結凝灰岩はかなり緻密であるが,柱状節理が発達しており,割れ目には流入粘土が認められるなど,透水性が非常に高い(透水係数10-2~10-1㎝/sec)。筑後川(大山川)の谷壁斜面は比高100~200mの比較的急傾斜な斜面からなっており,斜面の途中には数段の緩斜面が認められ,過去の表層崩壊や地すべりによって堆積した崖錐性堆積物(崩積土)が10m以下の層厚で存在する。

3 地すべり対策工の検討
以上の地質状況,及び各計測器の変動状況などを総合的に判断して,「大山町山際地区地すべり対策技術検討委員会」では,図ー4に示したようなすべり面を推定した。すなわち,BV-33とBV-34号孔の間の地形変換点を地すべり頭部(S-4に引張り亀裂)とし,耶馬渓溶結凝灰岩下位の日田層中をすべり面が通るものと判断した(古期安山岩中にすべり面が入るとは考えられない)。安定計算では地すべり変動が活発であった昭和62年9月頃の高水位時の安全率をFS=0.98と仮定した。逆算法であるが,すべり面の最厚深度が80mであるので,粘着力C=8.0t/m2と仮定すると,内部摩擦角はφ=0.3239(φ=17.95°)となる。
図ー3で示した13ケ所の水抜き横ボーリング孔(総計12,760m)は,応急対策工としてすでに完成しており,かなりの地下水が湧出している。地下水位測定の結果によれば,平均して4m以上の地下水位が低下した。このため,水抜き横ボーリング工の効果を−4mとして計算すると,安全率は2.5%上昇し,FS=1.005となり,地すべり変動がほぼ休止したものと考えられる。
恒久対策としては,地すべり地頭部の排水工と深礎工,アンカー工及び排水トンネル工を考え,最終の目標安全率をFS=1.20とした。しかし,委員会では「昭和62年度国補災害関連緊急地すべり対策事業」の目標安全率はFS=1.15とし,この事業が終った後,地すべり変動状況を見た上で,残りの対策事業を実施すべきか否か決定するとした。
図ー3,4に示した地すべり土塊頭部の排土工(標高230m以上の分離小丘を排土する約31.4万m3)を実施すると11.7%安全率は上昇する。目標安全率FS=1.15とするためには,安全率2.8%分の必要抑止力P=280t/m2が必要である。この必要抑止力を得るため,種々の比較設計の結果,地すべり地の中央部に,直径5.5m,長さ30~97mの深礎工を16本(総計1042m)実施することに決定した。中央部の深礎(3本)は長さが100mを越え,施工的にもかなりの問題点があるので,上記の工事完成後,地すべり変動状況や深礎杭の挙動(設計計算モデルと当っているか)などを観測してから,施工すべきか否か判断することにした。また,人家に面したB側線付近では,人家を直接保全するために,100t/本級のアンカーを74本,2707m施工することにした。

4 対策工の施工
上記の地すべり対策工が完成すれば,当地区の地すべりはほぼ完全に抑止できるものと考えられる。しかしながら,これらの施工には1年近くかかり,昭和63年の梅雨期には排土工や深礎工は完成しておらず,危険な状態で作業員が深礎の中で作業していることになる。昭和63年4月末現在,用地交渉もほぼ終わり,アンカー工と深礎工付近については,立木の伐採も完了した。しかし,地すべり土塊頭部の排土は,残土運搬路が完成していないため,着手できていない。当初は,排土工を先行させ,少しでも安全率を上昇させてから,深礎工を着手する予定であったが,梅雨期にはほとんど排土工事は進んでいないであろう。
このような状況を踏まえて,大分県では深礎工の施工管理を(財)砂防・地すべり技術センターに委託し,各施工業社は砂防センターの指導を受けながら,施工計画書の作成と仮設工事の準備にとりかかっている。砂防センターでは,昭和60年度の長野県地附山地すべり,昭和61年度の長崎県小舟地すべりで,深礎工の施工管理を行っており,施工業者の中にも,深礎工の経験者が多いが,今回の深礎工は,以下の点で以前の深礎工よりも多くの困難が予想される。
① 掘削深度が最大で97mと深い。(大山川河床より50m程度深い)。
② 工期が昭和64年3月までと短かく,長い深礎では昼夜作業が必要。
③ 地表面の傾斜が20~40度と急なため,仮設ヤードの施工が困難で面積も小さい。
④ 上部に硬質な耶馬渓溶結凝灰岩,中部,すべり面付近に軟質な日田層,下部に硬質な古期安山岩が存在するため,掘削,保坑が困難。このため,保坑には鋼製セグメントを使用し,シールド機(硬岩部は発破が必要)で掘削する。
⑤ 最深部は筑後川の河床よりも50m近く深いため,湧水状況如何によっては,止水方法を考えなければならない。

上記の深礎工は,地すべり変動状況をみながら施工しなければならないため,当地区に地すべり自動観測監視システムを導入した。現在,同システムはほぼ完成し,集中豪雨時でも地すべり変動や深礎の挙動を自動監視できるので,作業員の安全もはかれるものと判断する。

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