“多自然型川づくり”にたどりつくまで……その2
建設省九州地方建設局
河川部河川工事課長補佐
河川部河川工事課長補佐
石 原 保
今からちょうど1年前の平成7年の本誌17号に,“多自然型川づくり”にたどりつくまでと称して寄稿させていただいてから今だに,時々ではあるが,御批評をいただいている。
お褒めの言葉はともかく,なかには,きびしい批判もいただいた。
それらに対し,この1年間特に反論もせず,ただ,ひたすらお聞きしていたが,どうしてもこれだけは御理解いただきたいとの思いもあり,再度,恥をさらす覚悟で,お引き受けさせていただいた。
Q1 真面目な技術誌である本誌になんであのようなことを書いたか?
前回お引き受けするとき,私の文章がどのような位置付けで,記載されるのかを最初にお聞きしたところ,前段がかの福留先生で,次に私で,その次が,九州地建における多自然型川づくりの核弾頭みたいな某係長(当時)であるとのこと,つまり,クリントン大統領とエリツィン大統領の演説の間に何か喋れと,言われたようなもので,あのようなものにならざるを得なかったことが,第一の要因であった。
1年後の今になって考えると,言われたからといって,アメリカ大統領とロシア大統領の間に立ち上がって演説するほうが軽率であったと反省している。
さらに,もう一つの理由があるのだが,これだけは,どうしても活字にすることが憚られるので御容赦願いたい。
少数の方からではあるが,
Q2 よくあそこまで書いたな,と言われた。
ご指摘のとおり,私自身も特に後半部分は少々過激かな,と思いつつ,それでも精一杯努力してソフトに書いたつもりであるが,出来上がって,あらためて読み直したあと,本誌の方から多少の意志表示があるかもしれないと,覚悟はしていたが,原文のまま記載していただき感謝している。
ただ私は,様々な御批判,御意見のなかで,『よくあそこまで書いたな』が私の真意を理解していただいている方だと思っている。
決して,組織批判をしたつもりはない。
公共事業執行という名のもとに日々,地域の方々やその他諸々の人達の間に立ち,苦しみながら闘っている第一線の職員の皆さんがいつまで耐えられるだろうか,毎年入省してくる若い人達が後に続くのだろうか,と気になるからである。
ある川において,用地地権者200人以上というちょっとしたダムなみの大規模事業があり,2年前に私が最初に知ったときは,妥結しているのはごく僅かであったが,この2年で驚くほど進捗した。担当された方は,夜討ち,朝駆け……,その他,様々なことがあったそうだ。
公共事業を執行する公務員という職業を選択しただけ。さらに,たまたま担当となっただけ。さらに,翻って言えば担当とならなくても,公務員として生きていけないこともないのに。
それが仕事とはいえ,よく努力されたと思う。
つまるところ,人が人を説得する困難な作業はする側の生業(なりわい)を越えた,情熱などという精神力だけの世界かも知れない。
しかし結果として,その某大規模事業は努力のかいもなく当初の目標であった,年度内には完了せず,この間の努力は賞賛されることなく,主だった人達は退職や転勤でほとんど居なくなってしまった。
公共事業としての多自然型川づくり
公共事業として行う多自然型川づくりも,他の公共事業と同じように,人が人を説得する困難な作業が伴うことに変わりない。つまり,地域の方々は,多自然型で河川改修を行おうとすると,「いらんこと,すんな!今まで通りのコンクリでよか!」とおっしゃる。
環境に関心のある方々は,「まだ,建設省はわかってない」とおっしゃる。
現在,九州地建が行っている多自然型は主として,災害復旧に伴う工事箇所,つまり民有地にほとんど関係ない水際のみであっても,この有様であり「いらんこと,すんな!」との声に後退した事例が既にある。
将来もし本格的な多自然を行うこととなって,民有地の買収が生じるとすれば,人命,財産を守るという立派な大義名分のある治水事業とは異なり,さらに担当者の努力と忍耐の世界となるのではないか。
当然,多自然型を行うには,(河川工学+生態学)=(多自然の技術力)を習得することは不可欠だが,これも同じように事業実施にあたって必要となる精神力を持つ職員をいかに養成するか常に目を向けていなければならないのではないか。
このくらいで前17号の言い訳は終わりたい。
川をどうするのか?
多自然型川づくり,の今後は地域の声,つまり「いらんこと,すんな!今まで通りのコンクリでよか!」にあるような気がする。
子供のころ聞いた話……山間部のそのまた奥地の田んぼもない所,その地区の人達は,人が亡くなる直前に,竹筒に米を入れたものを振り「これが米の音ゾョ」と聞かせるそうな。
子供のころ聞いた話 その2……そのまた奥地には家に風呂はあるが,水はめったに替えない。水を替える目安は風呂の中に棒を立て,その棒が倒れなくなった時であると。
以上の話は庶民がさらに貧しい人達を比喩した創作であろうが,それにしてもひどい話で,いま問題の,いじめを思い浮かべさせる話で,非常に不愉快な気分にさせられる。
この話は,昔の人は水にいかに苦しんだか,つまり農地はあっても水がなければ,米はできないし,風呂にもなかなか入れない。
藩政時代には周知のとおり国(藩)の大きさ,豊かさは,すべて米で表されていたし,日本という国は有史以来,人の命から始まる全ての価値観が米から始まっていたのではないだろうか。
飲料水はむろん米→水→川の図式のなかで,本当の意味で我々日本人は川を慈しみ,愛してきたのだろうか。生きるために,さらに豊かになるために必要な水を運ぶ水路としてだけしか見ていなかったのではないだろうか。
もし言い過ぎなら,かつて,ほとんどの日本人が農民であったころは,川を利用するとともに,川に対する感謝の気持ちがあったかも知れないが,現在のように川→水の間に水道局が入ってくると,川は日常的でなくなって,日々の生活から遠くなってしまった。
そうでなければなぜ,あんなに川の中にゴミを捨てる人達がいるのか。
多自然型批判
学識経験者といわれる人達や身内からの批判を私の聞いた程度で大別すると
1. あれはスイスの学問である。日本の実状に合わない。
2. どうせその内,建設省も熱が冷める。
3. 多自然型という名前が気にくわない。
その他 etc………………
残念ながら技術的な具体的事例や科学的根拠をあげての指摘は聞いたことがない。
1. 日本の実状に合わない。
難しい技術論は私にはよく分からないが,今実施している多自然型川づくりの基本的なことは
① 水の流れを直線化しない。
② 水際をできるだけ多孔質にする。
だけであって,これにスイスもドイツ,日本もないのではないか。それとも礼儀正しい日本の魚はコンクリートの直線的な水路を好むとでも言うのだろうか。
一部に行き過ぎや,首をかしげるようなものもあるかも知れない。しかし,それは,理論上の問題ではなく,実施上の問題である。
今までひたすら治水オンリーで固い物を作ってきたベテラン職員も若手職員も一生懸命学習し,実施している。大きな心で見てほしい。
2. どうせその内,建設省も熱が冷める。
水中の生きもの達は,実に変化に富み,時にはおかしくもあり,悲しくもある。
彼らも我々と同じ星(地球)に住む住人であって,彼らのために少々配慮することは,ひいては我々のためにもなるのではないか。
今,水産業界において鮭・鮎などの放流について議論がなされているとのことである。
その議論の一つとして,「どうも川の中には鮭.鮎だけではダメではないか,様々な生物が居てからこそ本当に育つのではないか」とのことである。多自然型の工法に異論ありとしても,その目指すものまで,熱くなるとか,冷める,などという次元の話だろうか。
3. 多自然型川づくりというネーミングが気にくわない。・…………お好きにどうぞ。
県や市町村の川はどうなっている。
多自然型に係わるようになって,様々な会にずうずうしくも出席させてもらっているが,「建設省はわかった。県や市町村の川は,どうなっている,何もやってないではないか」などの質問が必ず出る。人様の話を質問されても,なんともお答えのしようがないが,黙っているわけにもいかないので「中小河川は用地の問題もあり,難しいのではないでしょうか」と答えるのを定番としている。
ある川が多自然型川づくり,を目指すなら,大臣管理区間(下流)も県知事区間(上流)も同様の方向に進むのは,当然であろう。
中小河川
ある県の災害査定に初めて行かせてもらって,正に“農村地帯の市町村の川はどうなっている”の川を見せて(査定)もらった。
事例その1
上流部にコンクリートで固めた護岸があって,その直下流に竹や樹木に覆われた,天然河岸があり,これが洪水時の阻害となって,護岸部分から越流したと思われる被災箇所があった。
そこで,同行の役場の方に恐る恐る「出水前あの下流の樹木を伐採したらどうでしょうね」と問いかけたところ「この集落には,もうナタや鎌を振るえる若い人はいません」とピシャリと言われてしまった。
事例その2
川幅2~3mの小河川の延長約500m間の左右岸にボッボッと10箇所程度の被災,その内の2,3箇所に,いつの時代かに積まれた空石積み,コケも生えて,いい感じ,町役場の方に「これは,何とか,残せないですか」と伺っていると,そこの地主と思われる老夫婦が現れて,「うちの田んぼのところも,ちゃんとコンクリでやってくれ」と大声で町役場の方へ陳情(?)された。
その現場からの帰り道,町役場の若い職員の方に,こっそりと「多自然型を知ってますか?」とお聞きしたら「さぁ……」。その一週間,後にも先にも,私は多自然型などのそぶりは一切見せたことはない。
終わり近くになって,ずっと同行されていた県庁の若い係長さんが,私に向かって「多自然型をやっておられる補佐には,つらい一週間だったでしょうね」と言われた。私の胸の内を見透かされたような,胸に刺さる言葉であった。
しかし,後から思うに本当につらいのは,その係長さんではなかったろうか。
もし仮に,多自然型川づくり,を行うことが絶対の正義だとしても,流域住民の方々の同意と,杜会的環境の整備が,なされなければ出来るものではない。
特に,過疎と高齢化に悩む地域においては,公共土木技術屋の領域をはるかに越えた世界であり,単に「市町村の河川は何もやっていない」と批判することは,控えてあげて欲しい。
かと言って「日本の過疎対策は云々」と軽々に言える話しとも思えない。
いつの日か,流域住民ン十万の人々が我が町の川を,ふるさとの川を,どうするのか,もしくは理想の姿は?などをテーマに議論され,その結果として【多自然型川づくりを目指す,その管理は流域内外の住民参加による】となれば理想であろう。しかし,残念ながら,
永遠の理想で終わるであろう。
まさか流域住民の総意が「コンクリ,でよか」とはならないだろうが,
その時は高知の仙人様とあの世で,手を取り合って,さめざめと泣こう,ただ現世の行いの差より,同じあの世に行けるかどうか。
もしかすると「多自然型川づくり」とは,私には理解出来ない宗教や哲学の世界かもしれない。
いずれにしろ,私ごときが論じる話でもないので,これで私も,人前で「多自然型川づくり」について意見を述べることは終わりにしたい。