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土砂災害による犠牲者ゼロの実現に必要な建設分野の新たな役割
長崎大学 工学部 社会開発工学科 教授 高橋和雄

近年、わが国の防災対策はかなり見直され、被災地への政府調査団の派遣等の国の初動体制は迅速になり、課題解決型の対策が即座に導入されだした。土砂災害対策についても、市町村や住民が防災対応を取りやすい避難準備情報、土砂災害警戒情報等の災害情報が充実してきた。保全対象側の対策、すなわち、土砂災害警戒区域等の調査・指定、危険の周知、警戒避難体制の整備、既存住宅の移転勧告や立地規制を盛り込んだ土砂災害防止法が施行された。
内閣府がまとめた1998-2007年の10年間の統計によれば、自然災害による犠牲者は1,192人で、このうち九州に多い風水害による犠牲者は半数以上の55%を占める。自然災害による犠牲者は確実に減少し、内閣府は犠牲者ゼロの取組みを開始したが、2009年7月山口・北部九州豪雨災害に見られるように、土砂災害による犠牲者ゼロを目指すには課題が多いことが判明してきた。住民に避難勧告等を発令し、啓発活動をする市町村では、合併により災害対応する面積が増えたが、危機管理を担当する職員数は増えていない。職員は災害の他に交通や防犯等を兼務しており、自然災害に対する危機管理能力を持ち合わせた市町村は少ない。しかも、危機管理部門は総務部門又は市民部門に属しているところが多く、土木や砂防等技術の専門職員は一般に配置されていない。さらに、地方都市では高齢化・過疎化が進展し、災害時要援護者の避難を支援する人材が地域に居ないことが課題となっている。
災害発生後は、災害対策本部の運営等に首長部局が当たる現在のシステムは妥当である。しかし、災害予防や災害応急対策の段階では、この体制のみでは十分に機能しないと考えている。この問題を解決する方策の一つは、災害復旧の段階からではなく、災害予防や災害応急の段階から建設分野( 国・都道府県、建設業、研究者、NPO 等) を活用することである。すなわち、建設分野の専門的知識や資機材を活用して、都道府県が指定した土砂災害危険区域のデータを基に市町村が作成するハザードマップ・避難勧告の発令の判断基準・避難計画等の作成支援、土砂災害警戒情報が発表されたときのメッシュ毎の雨量の確認と避難勧告発令のタイミングの判断支援、災害時要援護者の避難に建設業が保有している工事用車両の活用や災害発生時の人命救助段階における建設機械の活用を行うことが可能である。国の機関が保有している道路や河川の監視や防災工事用の最近のモニタリング技術・情報伝達システム、無人化施工技術等を住民の警戒避難に活用することも考えられる。
災害発生の初動期を担う消防部門は、土砂災害に対して道路啓開や倒壊家屋を安全に撤去する重機を保有していない。さらに、土砂災害の前兆現象や二次災害に関する知識が少ないので、災害出動中の被災やそのおそれが2003年水俣市や2009年防府市の土石流災害で発生した。建設業は市町村内に拠点を持ち、資機材に加えて地域精通度や専門的知識があるので、災害発生のおそれの段階から活用できるポテンシャルをもつ。既に、建設分野では国土交通省が直轄河川の水位情報を市町村に提供し、避難のアドバイスを行った実績がある。また、公共工事の総合評価落札方式においても、地域貢献が評価項目として挙げられ、災害協定の締結やボランティア活動が評価の対象となっている。
産官学民の連携、情報共有・相互活用( 情報収集・伝達システム、資機材、専門的知識を含む)、教育等によって解決できる部分もかなりあると考えているが、災害対策基本法の枠組みを見直し、建設業が持つノウハウや資機材を活用するシステムの検討が望まれる。

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