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佐賀県・八田江排水機場
一未来型大口型ポンプと新技術一

佐賀県土木部河川砂防課
低平地対策係 技師
岸 川 俊 介

1 排水機場概要
(1)まえがき
佐賀市を中心とする佐賀平野は標高が5m以下(佐賀市街地T.P.+3.00m程度)と低く,また有明海の湾奥に位置するため潮位が高くなり雨水排水は極端に悪く,湛水被害が多発しやすい状況にある。八田江は,佐賀市街地の雨水排水を行う河川の1つであり,佐賀江川より分流し南流する流域面積18.3km2、流路延長8kmの河川である。この河口部には八田江防潮水門およびその右岸に位置する堤内地には八田江排水機場があり,佐賀市街地および河川沿川の内水被害の軽減に寄与している。しかし,平成2年7月の洪水においては,他の内水排除施設も含めて,フル稼働したにもかかわらず,佐賀市内で甚大な内水被害を受け,さらなる内水対策が強く望まれている。このような状況から,今回「佐賀江川激甚災害対策特別緊急事業」の指定を受け,その一環として,暫定施設であった八田江排水機場を本来の完成規模である60m3/sにするため,30m3/s の増設を行った。写真一1に排水機場の全景をしめす。以下にこの排水機場に投入された新技術という観点から内容を検討し報告する。

(2)排水機場設計基準
八田江排水機場の設計基準を以下に示す。
 ① 総排水量 60m3/s (今回30m3/s ×1台,既設10m3/s ×3台)
 ② 計画内水位(運転開始水位)T.P+1.80m
 ③ 計画外水位(計画高潮位) T.P+5.02m
 ④ 機場実揚程 2.6m
 ⑤ ポンプ実揚程 3.0m
 ⑥ ポンプ全揚程 3.3m
(3)ポンプ諸元
ポンプ設備の概要を表ー1にまとめた。新設される大口径ポンプの諸元は下記のようなものである。
 ① 型式 ISMVG-3600
   立軸軸流ポンプ可動翼形
   吸込形状,傘形,吐出形状,傘形
 ② 口   型 φ3600mm
 ③ 回 転 数 92rpm
 ④ ポンプ効率  86%以上

(4)ポンプの構造
新設される大口型ポンプの構造を下記に示す。図ー1は本ポンプ全体の縦断図である。
 ① 型  式 立軸軸流ポンプ(可動翼形)
 ② 機場型式 2床式
 ③ 羽  車 可動翼羽車
 ④ 翼角操作 本ポンプでは配管系の簡略化とメンテナンス性の向上のため機械式の翼操作機構を採用した。

(5)ポンプの材質
ポンプケーシングは大型ポンプで一般的なコンクリート製とした。排水機場が海に近く,海水の進入が予想されるので,要部はステンレス製となっている。
(6)減速機諸元
減速機の主要諸元は以下のような内容である。
 ① 形 式 直交軸歯車減速機
 ② 減速比 1:約8.152
 ③ 効 率 91%以上
(7) ディーゼル機関諸元
デイーゼル機関の主要諸元は以下のようなものである。
 ①形 式 立形4サイクル式デイーゼル機関
 ②出 力 2100PS
 ③回転数 750rpm

2 ポンプ設計方法
(1)ポンプ設計諸元
非常用防災設備としての排水ポンプは年間の平均運転時間が80時間前後と非常に短く,ポンプ効率はあまり問題にしなくても良いという議論があるが,実際には,排水機場建設計画段階でポンプ口径,減速機容量,エンジン容量等の決定に際して型番選定が1クラス上下するようなことが散見される。この様なことを踏まえ,本軸流ポンプ計画に際しては特に高効率を念頭に置いた仕様とし,ポンププロペラ翼型としてNACA65系統翼を用いている。NACA65系統翼については送風機・圧縮機分野で豊富な設計資料が整っておりNACAのカーペット線図1)改良カーペット線図2)等の翼列資料が利用でき高精度の設計が行える。このプロペラ形状を図ー2に示す。
表ー2はポンプの設計仕様である。

(2)工場立会
一般的に大型ポンプは工場試験で性能確認ができない場合が多いため,モデルポンプを用いて試験を行う。今回は受取試験に模型によるポンプ性能試験方法(JISB8327-1989)に準拠する仕様とした。
 ① モデルポンプ仕様
 モデルポンプの諸元を以下に述べる。
  a モデル比  1/9.027
  b 口  径 φ350
  c 仕  様  3.09m
         22.08m3/min
         830rpm
 ② モデル試験設備
写真一2が立ち会ったモデル試験設備である。

 ③ 性能試験結果
図ー11に性能試験結果を示す。試験結果は吐出量,揚程,および軸動力の換算式を用い性能換算した。設計翼角度における実物ポンプの性能は1,800m3/min-3.30m-92rpm-87.6%となり表一2の仕様を上回るものであることがわかる。
 ④ キャビテーション試験
キャビテーション試験は現地における最低運転水位でのH-Q特性への影響のチェックならびに可視化による翼面上のキャビテーション発生の有無を確認した。
 ⑤ モデル・実機製作方法
JIS試験方案のモデルポンプ,実機ポンプ間の寸法許容差を立会試験時に確認していく作業は骨の折れるものであり,プロペラ等の3次元部品が鋳造部品で構成されている場合には形状チェックは困難が予想される。この様な意味からモデル・実機がCAD/CAM化されたプロセスで製作され,素材からCNC加工で作り出されるとデータチェックが非常に容易になる。またJIS試験方案の厳しい寸法許容差を満足させるためには,CAD/CAMシステムによるNCデータの作成が不可欠である。写真一3が組立完了したプロペラである。

(3)吸込・吐出水路流動解析
図ー1に示したように吸込水路,吐出水路はコンクリートケーシングと一体となって水路を形成している。ポンプ性能の評価には各水路部も本ポンプの一部と考え,ポンプ上下流の流れが整流された部分での静圧を測定してポンプ特性を求める方法を採用した。したがって,静圧測定部間の水路形状から流体損失を水力学的に求める過程で種々の経験則,摩擦損失係数を利用しているが,これらの係数の妥当性が問題となる。そこで,流体力学的に問題になりそうな水路形状について流動解析を実施した3)。まず,吸込かさ型水路について計算した結果が図ー3である。これから解るように平均流速も低く,増速流れであることから非常に均ーな流れになっていることがわかった。一方,吐出かさ形水路は,平均流速も速くデイフューザとしての本来の機能が発揮されているかが重要なポイントである。図ー4に計算結果を示す。

(a)は水路内の速度分布である。かさ後方の円形部で反時計回りの旋回がみられる。流出方向には上下方向からの混合が観察される。(b)には静圧分布を示した。これを見る限りかさ部の高速流体は良好に整流され流出方向へ流れ出していることがわかる。(c)は内部の等圧力線図を示した。かさ後方の旋回部の影響は比較的狭く下流への影響は小さい4)

(4)ポンプ構造解析
ポンプを構成する構成部品についてはFEM解析を行って安全性を確認した5)。回転体の振動に対する安定性解析結果を図ー5に示す。対数減速比8は正の値で十分な大きさを持っているため自励振動を起こす可能性はない。図ー6は空中のシャフト危険速度で6.1Hzで,ポンプ回転数1.53Hzに比較して十分高い値である。応力解析結果の一例として図ー7にプロペラベーン部の応力分布を示す。翼付根部分の応力が大きくなっているが降伏応力に比較すると十分小さな値となっている。図ー8はその振動モードである。水の付加質量を考慮した固有振動数は122.5HzでガイドベーンのNZ成分より十分高く固有振動数の干渉も問題にならない。
現地試験結果によっても,全運転範囲において静粛な運転が行われることを確認できた。振動振幅も平均値で15µmと良好な値を示した。

3 ポンプ自動運転化システム
佐賀江川流域には佐賀市をはじめ1市6町があり,佐賀江川,巨勢川,中池江川の各河川で洪水を集め,佐賀江川,八田江,新川の3河川により筑後川と有明海に排水が行われる。これらの河川の挙動は密接にリンクしているため,降雨による出水に対しては地域全体を統括した形で防災体制を整備する広域総合管理が今後ますます重要となっている。
本システムは,この体制整備の一翼を担うもので,3,600mm立軸可動翼軸流ポンプの翼角自動制御を核に,上流の江上地点の水位等,テレメータで伝送されてくる監視情報を基に2,000mm立軸軸流ポンプ2台,2,000mm立軸斜流ポンプ1台と併せ計4台のポンプを的確に運転・制御するものである。特に,八田江河口の周辺には写真一1に見られるように多数の漁船等が係留されているため,突発的な排水を行わないよう3,600mmポンプは,低翼角度から起動し(ソフトスタート),内水位の上昇を監視しながら内水位一定制御を行う。また,安全面での対策としてITVカメラを設置し,ポンプ起動に際しての安全確認に万全を期した。
一方,運転員の操作負担軽減のため,オペレーションレス化に重点においたシステムを構築している。帳票出カ・画面切替の一部を除いてはキーボード,マウスの操作をなくすことに注力した。さらにマルチメディア化を促進・活用し,運転支援には音声と画面を併用し,ポンプ,ゲート操作の要所では,運転支援メッセージが出力されるようになっている。これらの運転支援メッセージ,実操作状況,監視情報等は記録管理機能により緻密なデータ記録が行われ,出水後の分析にも力を発揮する。本システムの主要目的をまとめると以下のようになる。
排水機場をはじめとする公共施設のポンプ設備は,地域住民の生命と財産を守るという極めてヘビーデューティーな施設にもかかわらず,運用頻度の低さから,常駐管理者をおくことが困難となり,熟練管理者不足が顕在化し,設備の無人化や省力化が大きな課題となっている。このような状況において排水機場の確実な運転操作および信頼性の向上は,ますます重要となってきた。ポンプ設備自動運転化システムはコンピュータによる緻密な出水・雨量情報管理のもとポンプ,ゲート,バルブなどの排水機場設備を高水準で監視・制御・運転支援するものである。
システムのダウンサイジングを図る一方で,マルチメディア対応化を図り,運転操作員の容易な状況把握等,良好な操作環境ときめ細かな運転支援を可能とした。従って経験の浅い運転操作員でもベテラン運転操作員の豊富な経験を効果的に習得することができ,機場運用の技術向上とヒューマンエラー防止効果が期待できる。
(1)システム構成
図ー9には自動運転化システムの構成をしめす。写真ー4はシステム全体の外観である。

(2)システムソフトフェア機能
 ① プログラム案内
図ー10はプログラム案内画面である。メニューを選択しながらポンプ運転を進行していく。

 ② ポンプ特性曲線図
図ー11はポンプ特性曲線図である。翼角度の変化につれて右上のアニメーションが変化し,現在の運転点がH-Q画面上に▽マークで表示される。

 ③ 機場モニタ
図ー12は機場モニタである。機場全体の模様をアニメーションで一括表示できる。始動条件は満足されると消えていくようにコントロールされる。

 ④ 操作制御支援マップ
図ー13は操作制御支援マップである。本川の排水用のマップと,地区内水用のマップが用意され,このマップによって起動時のソフトスタート,内水位一定制御,各ポンプ故障時のバックアップ運転等の緻密な運転がプログラムされている。

 ⑤ 水位・運転時間グラフ
図ー14は水位・運転時間グラフである。内・外水位の変化をポンプ・ゲートの運転状態と平行して表示する画面である。図中に示すように潮位予測(住ノ江基準)が組み込まれており台風時のピーク潮位がいつ訪れるか等の予測が瞬時に得られるものである。

4 あとがき
佐賀県八田江排水機場の計画・設計・施工にあたり,主要設備である3600mm軸流ポンプを中心に,本機場に投入した新技術に関して記述した。
(1)NACA65系統翼のプロペラを用い高効率を達成した。
(2)モデルポンプ性能試験方法(JISB8327-1989)を適用しCAD/CAMの活用によって精度の良いモデル・実機の製作を行い,効率的な立会試験を実施できた。
(3)乱流解析技術を用い吸込・吐出水路の解析を行い最適な水路形状を見いだした。
(4)FEM解析技術を用い,回転体の安定性解析・振動解析・応力解析を行い安全なポンプ設計を行うことができた。
(5)自動運転設備による翼角自動制御,内水位一定制御,運転支援を実施した。
最後に本文を作成するにあたり,御指導いただいた関係各位に深く感謝の意を表します。

参考文献
1)Felix,A.R:NACA TN,3913(1957)
2)生井・井上・九郎丸:機械学会論文集 38,310
3)高田ほか2名,トリシマレビュー,Vol91,No1
4)汎用流体解析システム,FUJI-RIC/α-FLOW丸善
5)江ロ・兼森,トリシマレビューVol94,No1

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