竹田水害緊急治水ダム建設事業について
~玉来 ダムの竣工~
~
大分県 土木建築部
河川課 副主幹
河川課 副主幹
森 下 雅 広
大分県 土木建築部
河川課 主査
河川課 主査
狩 生 亮
キーワード:基礎処理工、造成アバットメント、カーテングラウチング、試験湛水
1.はじめに
昭和57年7月24日、大洪水をもたらした梅雨末期の集中豪雨は大分県竹田市を襲い、7名の尊い人命を奪うとともに、家屋の全半壊、道路・鉄道の流失など、稲葉川・玉来川の氾濫などにより、大正12年7月以来59年ぶりの大水害となった。この洪水は、未曾有の大惨事をもたらした。そのため稲葉川・玉来川などでは、災害復旧工事やダム建設の調査・計画を進めてきた。しかし、その8年後の平成2年7月2日には、これを上回る豪雨が再び竹田地域を襲い、家屋の流失・全半壊、道路、鉄道の流失など市民生活に大きな被害を与えた。この大水害を契機に、平成3年度に市街地上流に稲葉ダムと玉来ダムを建設する「竹田水害緊急治水ダム建設事業」が採択された。先行して建設に着手していた稲葉ダムは平成22年度に完成、玉来ダムは、ダム検証作業を経て平成26年6月より工事用道路と転流トンネル工事を開始、平成29年4月から本体建設工事に着手し令和4年度に完成した。本著では、玉来ダムの特徴的な構造や施工状況を主に紹介する。
2.洪水調節
竹田水害緊急治水ダム建設事業における計画流量配分を図- 4 に示す。稲葉川は、ダム地点における基本高水流量540m3/s(1/80年規模)に対して290m3/sを調節し、13km下流の豊岡橋基準点において基本高水流量1,210m3/sを計画高水流量930m3/sへ流量低減させる。また、玉来川は、ダム地点における基本高水流量850m3/s(1/80年規模)に対して300m3/sを調節し、10km下流の常盤橋基準点において基本高水流量1,650m3/sを計画高水流量1,370m3/sへ流量低減させる計画である。なお、玉来ダムは洪水調節のみを目的とする治水専用ダム(流水型ダム)である。
3.玉来ダムの施工
(1)基礎処理工(止水処理)
玉来ダム周辺は、新生代第四紀更新世に阿蘇火山や、くじゅう火山等から噴出した複数の火山砕屑物が層状に分布している。ダムサイトの地質は、Aso-1 火砕流(A1-w)を基礎岩盤とし、その下位には今市火砕流(I-w)が、またA1-w の上位にはAso-2 火砕流(A2-w)~ Aso-4 火砕流(A4A-wp、A4A-w、A4A-p)が分布する。これらの火砕流の間には、降下火砕物(火山灰、軽石等)と岩屑流堆積物、旧河床砂礫からなる挟み層が分布しており、非常に複雑な地質分布となっている。
火砕流堆積物は、溶結度の程度が岩盤の強度や透水性の違いに現れる特徴がある。溶結度が高いと岩盤強度は強くなるが、割れ目が発達した高透水性の亀裂性岩盤となり、溶結度が低いと強度は弱くなるが、割れ目の少ない低透水性岩盤となる。貯水池からの浸透経路となるのは、左岸リム部(A4A-w)を除き堤体基礎となっている高透水性を示すA1-w であり、A1-w は上下流方向および他流域方向へ連続的に分布している。
止水構造は高透水性のA1-w 下部に分布する挟み層(I-A1、I-T)および上部に分布する挟み層(A1-2)は、いずれも低透水性の性状を示しかつ広範囲に分布することが判明していることから、このA1-w 上下の挟み層を自然の遮水層として活用し高透水のA1-w のみをグラウチングにより止水性の改良を行った。施工範囲は、本ダムが洪水時以外に水を貯めない流水型であることから、貯水池全区間を遮水するのではなく、堤体基礎地盤の浸透破壊抵抗性に対する照査結果およびダム直下流の社会的影響を防止できる区間(堤体から上流へ300m の範囲)とした。
A1-w を上下に挟み込むように存在する低透水性の挟み層やシラス状の火砕流堆積物は浸透破壊抵抗性が小さいため、カーテングラウチングにより改良されたA1-w 上下端部において発生する浸透流に対して、安全性が充分確保できる計画とする必要があった。
そこで、止水対策の軸となるカーテングラウチングは、列間1.0m の完全複列配置とし、改良幅は浸透破壊抵抗性の照査結果より2.0m(改良目標値5Lu 程度)の厚みを持たせ、挟み層の浸透破壊を防止する計画とした。また、改良範囲であるA1-w の強溶結部に発達している高角度の冷却節理を効率よく捕捉するため、前列・後列の孔配置を差し向かいに角度をつけて配置するとともに、挟み層との境界部の注入ステージをステージ長2.0m、注入圧力を口元+0.1Mpa とした注入仕様を定め、慎重な施工を行った。
そこで、止水対策の軸となるカーテングラウチングは、列間1.0m の完全複列配置とし、改良幅は浸透破壊抵抗性の照査結果より2.0m(改良目標値5Lu 程度)の厚みを持たせ、挟み層の浸透破壊を防止する計画とした。また、改良範囲であるA1-w の強溶結部に発達している高角度の冷却節理を効率よく捕捉するため、前列・後列の孔配置を差し向かいに角度をつけて配置するとともに、挟み層との境界部の注入ステージをステージ長2.0m、注入圧力を口元+0.1Mpa とした注入仕様を定め、慎重な施工を行った。
カーテンライン上で実施した地質調査孔や試験施工において、100Lu以上の高透水岩盤の存在や、削孔水が岩盤内に逸散して孔口まで上昇しない事象が確認された。このような高透水性を示す原因は、主にA1-w 強溶結部に確認された開口節理に起因すると考えられることから、高透水が確認された区間を中心にグラウト注入に先立ってカーテンラインの外側にモルタルを注入し、開口節理をあらかじめ充填しておくことでグラウト材の逸散を防ぎ、効果的に改良が進むよう工夫した。また、カーテングラウチング2 列のうち後行列(後列)の水押し試験の結果が改良目標値を満足していた(先行列である前列の改良効果が後列部まで効いている)場合、後列では2 ステージ一括注入や注入省略などの合理化を図った。
各種グラウチングの施工は、堤体部コンソリデーショングラウチングから着手し、令和4年8月に閉塞部ファンカーテングラウチングが完了した。施工期間約4年、総削孔長70km、総注入セメント量3,300tであった。(いずれも概略値)特異区間としてダムサイト右岸上流から堤体下流に分布する旧河床砂礫および水成堆積物は、グラウチングによる改良が困難であるため、稲葉ダムでも施工実績がある表面遮水工(コンクリートフェーシングt=50 ~ 100㎝)で対応した。
(2)造成アバットメント
左右岸アバット部は上下位に堅硬な岩盤が分布し、低~中位標高においては軟質層(D 級岩盤)が水平分布した地質構造となっている。この軟質層は、ダム基礎岩盤として期待できないことから、地質的な特徴を活かし、軟質層を跨いで堅硬な岩盤を橋渡しする人工的な岩盤(造成アバットメント)を造成することにより対応を図った。玉来ダムでは、継目構造において堅硬なダム基礎岩盤(Aso-1 火砕流(A1-w))に着岩する範囲をスロットジョイントにより一体化し、確実な応力伝達を担保しつつ、スロットジョイント設置範囲より上位標高では鉛直継目を採用することで、施工の合理化を図った(図- 7)。
(3)堤体傾斜継目の導入
玉来ダムでは、河床部付近の大断面ブロックに開口部となる常用洪水吐が設置されることから、温度ひび割れ対策として通常用いられる用心鉄筋の配置に加えて、ダム軸方向の収縮継目(傾斜継目)を設けた。傾斜継目の設置に際しては、堤体内部の応力分布に着目した3次元弾性解析を行い、堤体安定性(内的安定性)に影響がないことを確認した。
4.試験湛水
(1)試験湛水計画
玉来ダムは、河川流量観測結果から洪水期を6月11日~ 9月10日、非洪水期を9月11日~6月10日と設定しており、令和4年8月の基本設計会議(試験湛水)を経て、令和4年9月12日に試験湛水を開始した。過去10カ年のダム地点における流量観測結果から解析した試験湛水シミュレーション(平水年)に基づき、SWL 到達が令和4年10月20日、試験湛水終了が令和4年11月30日の計画とした。
流水型である玉来ダムでは、試験湛水用としてSWL からの水位低下と下流河道への維持流量補給(最大0.394m3/s)に使用するための放流設備(ジェットフローゲートΦ 800 1門)を設置した。放流能力は最大約10m3/sであり、SWL水位からの緊急水位低下期間の目安である7 ~10日を満足できる放流能力とした。
玉来ダムでは、堤体や基礎の挙動監視に通常用いられるリバースプラムラインではなく、基礎岩盤(A1-w)内に分布する複数の低角度節理やA1-w 下部の挟み層(I-A1、I-T)の深度方向における挙動が詳細に把握できる多段式孔内傾斜計(25 点)を設置して監視した(図- 9)。さらに、前述の低角度節理や挟み層は堤体基礎全面に分布していることから、監査廊内にトータルステーションを設置し、堤体各ブロック相互の挙動変化も併せて観測(1回/h 自動観測)した。湛水位上昇に伴い変化する地下水の動きや、地表面の変化を把握できるよう貯水池およびダム周辺を5つのゾーンに分け、地下水観測孔を20 孔、地表面観察および沢水観測ポイントを34 箇所選定し観測をおこなった。特に、高透水性のA1-w が上下流方向および他流域方向に連続していることから、貯留水による周辺地下水位の変動および下流域における社会的影響を把握することに主眼を置いた。
(2)試験湛水結果
試験湛水を開始した令和4年9月12日から6日後の令和4年9月18日に九州地方に襲来した台風14号により、ダム地点で累加雨量393mm(日雨量343mm、時間最大雨量50mm)を観測した。この降雨により、令和4年9月19日にSWL 水位に到達し、24時間以上の水位維持を経て9月20日より1m/日の水位低下操作を開始した。順調に水位を低下させることができ、令和4年10月30日に河床水位まで貯水位が低下したことから試験湛水を終了した。
台風14号に伴う降雨を捕捉したことにより、18時間で約30mの水位上昇を観測した。この間の水位上昇スピードは最大で約4.1m/hであったが、計画洪水波形において想定される最大水位上昇スピード8.8m/hを下回っていることを確認した。
基礎排水孔からの浸透量は、SWL 水位到達後から増加傾向が認められたが、全量最大で2.2ℓ/min、孔別でも1.08ℓ/min(D7孔)であり、注意ラインとしていた20ℓ/min/孔を大きく下回る結果であった。右岸側より左岸側からの浸透量が多い傾向が認められたが、観測された水量も少なく濁りも認められなかったため、安全性に問題はないと判断した。
揚圧力はほぼ全ての孔でSWL 水位保持期間中に最大値を確認しており、貯水位変動と概ね直線的な相関を保った挙動が確認された。念のため、揚圧力計および堤体上下流方向に設置した間隙水圧計の観測記録を踏まえた堤体安定性照査を実施し、所要の安全率を満足していることを確認した。ノーマルプラムラインの変位量は、上流側へ最大1.8mm、下流側へ最大1.2mmを観測したが、堤体の安定性に疑義が生じるような挙動は確認されなかった。
貯水池周辺の地下水位は、貯水位の上昇と下降に対してタイムラグを伴いながら緩やかに追従しており、試験湛水終了後にはほぼ湛水前の地下水位に戻っていることが確認された。また、地表面観察および湧水量観測の結果においても、特異な事象は確認されず、下流山体斜面の異常や農地の湿潤化等の社会的影響も認められなかった。
(3)今後の堤体観測
令和5年度より管理第Ⅱ期としての管理・運用に入っている。流水型ダムのため、平常時の観測に加え洪水時の貯水位変動に対応した堤体観測結果が堤体安定性の評価において非常に重要となる。そのため、ダム洪水警戒体制入りと連動して堤体観測班を現地に待機させ、貯水位変化に応じて揚圧力および浸透水量、継目排水管漏水量等の観測がタイムリーに実施できる態勢を構築している。
5.おわりに
試験湛水終了後の令和4年11月7日(月)に、玉来ダム竣工式を執り行った。多くの来賓や地域の方々、工事関係者のご臨席のもと悲願であった玉来ダムの完成と、竹田水害緊急治水ダム事業の完了を祝うことが出来た。
玉来ダムでは、前述のとおり試験湛水中に襲来した台風14号の降雨による出水を受け止め、1週間で満水となった。累加雨量393mm(日雨量343mm、時間最大雨量50mm)を観測している。過去の水害発生時の累加雨量に近い総雨量となったが、下流部に洪水被害はなく、地域の方々に早くもダムの存在を感じて頂けた事象となった。
これまで竹田地域は幾度となく大きな水害に見舞われてきた。この竹田水害緊急治水ダム建設事業により完成した稲葉ダムと玉来ダムが、流域の方々の「安全・安心」な暮らしの一助になるとともに、地域に末永く愛される存在になることを期待したい。